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彼の背中を見送る切ない朝
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特定の彼女は作らずに、毎晩違う女の人とデートだとか。
オフィスからも近く、便利な立地の高級マンションには、ほとんど帰っていないとか。
噂とは言え、わりと真実を物語っていると、私は踏んでいる。
彼の方からしたら、自分に興味を示さない女の相手をするほど暇じゃないだろうけど、そんな節操のない男、いくら仕事でもできるだけ多くの接点を持たないのが一番。
毛を逆立てた猫みたいに警戒心露わにする私に、郡司さんは鬱陶しそうに溜め息をついた。
「若槻さん、男の匂いがする」
「は?」
この流れで、いきなりなにを言われたのか。
どこか憂いを帯びた表情を浮かべる郡司さんに、私は自分でも匂いを気にしながら聞き返す。
「週末。急いで帰ったの、遠恋中の彼氏のためだろ? なに? 今朝までいたの?」
「……!!」
まるで一部始終を見ていたかのように、見抜かれている。
思わず絶句して口ごもり、次の瞬間、カマをかけられただけだと気付いた。
私の頬は、カアッと赤く染まってしまう。
「お、オフィスでそういう話、やめてください」
「俺たちしかいないんだし、いいだろ。逃げるってことは図星?」
「~~! 違います! そんなんじゃないです!」
「誤魔化さなくていい。俺の洞察力の前じゃ、若槻さんってわかりやすい。隔月くらいで、同じ行動繰り返す。彼氏と約束のある週末は、自主的にNO残業。男との待ち合わせに、すっ飛んで行く」
指折り数えて、郡司さんはニヤリと笑う。
私はギョッとして、口をパクパクさせるだけ。
「週明けで男が朝早く帰って行くから、それに合わせて起きるんだろ? そのせいで、月曜日の出社時間がバカに早い。で、『次に会えるのはいつだろう?』ってセンチメンタルな気分になってるのか、それを払拭しようとして、いつも鬱陶しいくらいの気合。……それに」
意地悪な流し目で見遣り、彼は私の首にスッと手を伸ばしてくる。
反射的にビクッと首を縮めようとした私に……。
「隠せてないよ? キスマーク」
「……!?」
その言葉に動揺して、私は郡司さんの手を払い、首筋を押さえた。
私の反応を見て、郡司さんは堪え切れないというように爆笑し始める。
「あ~あ、自らバラしちゃって。嘘に決まってるだろ」
「えっ。う、嘘?」
目尻に涙まで浮かべる郡司さんに、私は真っ赤な顔できょときょとと瞬きを繰り返す。
「彼氏だってオトナなんだし、見えるとこにつけるなんてバカな真似しないだろ。見えないとこにつけるの、親しい仲でも最低限の礼儀」
郡司さんは口元に手を当て、なんとも楽しげに言いながら、私が築いた間隔を大きな一歩で詰めてきた。
「あるとしたら……多分この辺」
そう呟いて、二つボタンを開けた私のシャツの襟元に指を引っかけ、クイッと下げる。
「え? なっ……」
慌ててその手を掴もうとしたけど、一瞬遅かった。
郡司さんが、私の鎖骨の下を指でちょんと突く。
「見つけた」
口角を上げて笑いながら、上目遣いで意地悪に私を探ってくる。
「……っ!」
本当にそこに忍の痕が残ってるかなんて、もうこの際どうでもいい。
この人には、私の週末の行動が、完全にバレてるんだから。
「わ、私が彼となにしようが、郡司さんに関係ないじゃないですか!」
私は郡司さんの手を払い、大きな一歩で飛びのいた。
先ほどよりも意識して彼から離れ、「それに」と、悔し紛れに一言付け加える。
それを耳にして、郡司さんは胸の前で腕組みしながら、「ん?」と小首を傾げている。
「……郡司さんだって」
「俺?」
「こんな朝早くから出勤してるのは同じです。いつも以上に、気怠そうだし。社内で噂されてるように、ホテルからご出勤ってとこじゃないんですか」
恥ずかしさのあまりふて腐れて、頬を膨らませながらささやかな反論をした。
郡司さんは動じる様子もなく、ふふっと小さな笑い声を漏らし、目を細める。
「気になる?」
「別に」
そう、別にどうでもいい。
恥ずかしさを紛らわせるために、ちょっと言い返したかっただけだ。
プイッと顔を背けると、背後で郡司さんの含み笑いが聞こえた。
「優秀なアシスタントで助かるね。俺の体調まで気配りしてくれてるんだ?」
「してません」
「そこはしてるって言っておけよ。少しは先輩のご機嫌取りもしてほしいな。ホテル出勤云々は置いといても、確かに疲れてるし、寝不足でもある。ってわけで、寝覚めの一杯。コーヒー淹れてくれるかな? 若槻さん」
――最低。
瞬時に脳裏に浮かんだ一言を、口走るのだけはなんとか堪えた。
とにかくこれ以上話しても、私はからかわれるだけ。
私は黙って郡司さんに背を向け、さっき行ってきたばかりの給湯室に向かった
オフィスからも近く、便利な立地の高級マンションには、ほとんど帰っていないとか。
噂とは言え、わりと真実を物語っていると、私は踏んでいる。
彼の方からしたら、自分に興味を示さない女の相手をするほど暇じゃないだろうけど、そんな節操のない男、いくら仕事でもできるだけ多くの接点を持たないのが一番。
毛を逆立てた猫みたいに警戒心露わにする私に、郡司さんは鬱陶しそうに溜め息をついた。
「若槻さん、男の匂いがする」
「は?」
この流れで、いきなりなにを言われたのか。
どこか憂いを帯びた表情を浮かべる郡司さんに、私は自分でも匂いを気にしながら聞き返す。
「週末。急いで帰ったの、遠恋中の彼氏のためだろ? なに? 今朝までいたの?」
「……!!」
まるで一部始終を見ていたかのように、見抜かれている。
思わず絶句して口ごもり、次の瞬間、カマをかけられただけだと気付いた。
私の頬は、カアッと赤く染まってしまう。
「お、オフィスでそういう話、やめてください」
「俺たちしかいないんだし、いいだろ。逃げるってことは図星?」
「~~! 違います! そんなんじゃないです!」
「誤魔化さなくていい。俺の洞察力の前じゃ、若槻さんってわかりやすい。隔月くらいで、同じ行動繰り返す。彼氏と約束のある週末は、自主的にNO残業。男との待ち合わせに、すっ飛んで行く」
指折り数えて、郡司さんはニヤリと笑う。
私はギョッとして、口をパクパクさせるだけ。
「週明けで男が朝早く帰って行くから、それに合わせて起きるんだろ? そのせいで、月曜日の出社時間がバカに早い。で、『次に会えるのはいつだろう?』ってセンチメンタルな気分になってるのか、それを払拭しようとして、いつも鬱陶しいくらいの気合。……それに」
意地悪な流し目で見遣り、彼は私の首にスッと手を伸ばしてくる。
反射的にビクッと首を縮めようとした私に……。
「隠せてないよ? キスマーク」
「……!?」
その言葉に動揺して、私は郡司さんの手を払い、首筋を押さえた。
私の反応を見て、郡司さんは堪え切れないというように爆笑し始める。
「あ~あ、自らバラしちゃって。嘘に決まってるだろ」
「えっ。う、嘘?」
目尻に涙まで浮かべる郡司さんに、私は真っ赤な顔できょときょとと瞬きを繰り返す。
「彼氏だってオトナなんだし、見えるとこにつけるなんてバカな真似しないだろ。見えないとこにつけるの、親しい仲でも最低限の礼儀」
郡司さんは口元に手を当て、なんとも楽しげに言いながら、私が築いた間隔を大きな一歩で詰めてきた。
「あるとしたら……多分この辺」
そう呟いて、二つボタンを開けた私のシャツの襟元に指を引っかけ、クイッと下げる。
「え? なっ……」
慌ててその手を掴もうとしたけど、一瞬遅かった。
郡司さんが、私の鎖骨の下を指でちょんと突く。
「見つけた」
口角を上げて笑いながら、上目遣いで意地悪に私を探ってくる。
「……っ!」
本当にそこに忍の痕が残ってるかなんて、もうこの際どうでもいい。
この人には、私の週末の行動が、完全にバレてるんだから。
「わ、私が彼となにしようが、郡司さんに関係ないじゃないですか!」
私は郡司さんの手を払い、大きな一歩で飛びのいた。
先ほどよりも意識して彼から離れ、「それに」と、悔し紛れに一言付け加える。
それを耳にして、郡司さんは胸の前で腕組みしながら、「ん?」と小首を傾げている。
「……郡司さんだって」
「俺?」
「こんな朝早くから出勤してるのは同じです。いつも以上に、気怠そうだし。社内で噂されてるように、ホテルからご出勤ってとこじゃないんですか」
恥ずかしさのあまりふて腐れて、頬を膨らませながらささやかな反論をした。
郡司さんは動じる様子もなく、ふふっと小さな笑い声を漏らし、目を細める。
「気になる?」
「別に」
そう、別にどうでもいい。
恥ずかしさを紛らわせるために、ちょっと言い返したかっただけだ。
プイッと顔を背けると、背後で郡司さんの含み笑いが聞こえた。
「優秀なアシスタントで助かるね。俺の体調まで気配りしてくれてるんだ?」
「してません」
「そこはしてるって言っておけよ。少しは先輩のご機嫌取りもしてほしいな。ホテル出勤云々は置いといても、確かに疲れてるし、寝不足でもある。ってわけで、寝覚めの一杯。コーヒー淹れてくれるかな? 若槻さん」
――最低。
瞬時に脳裏に浮かんだ一言を、口走るのだけはなんとか堪えた。
とにかくこれ以上話しても、私はからかわれるだけ。
私は黙って郡司さんに背を向け、さっき行ってきたばかりの給湯室に向かった
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