甘いSpice

恵蓮

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誠意と熱情に魅せられて

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彼は小さな舌打ちをして、私の鎖骨に額をぶつけてくる。
シャツの上から顔を擦りつけられ、一瞬、私の全身が大きく撓った。


「居留守使われるの覚悟で、家まで迎えに行くなんてカッコ悪い真似したのだって、お前だからだろうが。そのくらい気付けよ」


胸元で、郡司さんが絞り出すような声を出す。


「っ、え……?」

「……好きだよ。お前のこと。俺は、ずっと前から」


私の胸に直接語りかけるように、郡司さんが不貞腐れた声で呟く。
声による振動はリアルに伝わり、心に強く刻み込まれた。


「す、好きって。……郡司さんが、私を……?」


耳にも声で届いた郡司さんの想いが信じられず、私は自分の口で反芻していた。
半信半疑な気持ちが揺れる声に色濃く表れてしまい、それが郡司さんの機嫌を損ねてしまったようだ。


「……なんだよ、その『嘘でしょ』とでも言いたげな口調」

「えっ」

「俺はそういう男じゃないって……どうして信じないんだよ」


不機嫌な声が胸をくすぐったかと思うと、郡司さんは全体重をかけて私を押し倒した。


「っ! 郡司……」


慌てて呼びかけた声が、またしてもキスで掻き消されてしまう。
大きく見開いた私の目に映る、男の人にしては長い睫毛。
綺麗に伏せられていて、微かに震えている。
さっきよりも意地悪に音を立てて私の唇を貪る郡司さんから、真剣な想いを信じようとしない私への、焦燥感にも近い苛立ちを感じる。


「ん……ま、待って、ご、めんなさ……」


舌を絡め取られながらも、なんとか謝罪して止めようとした。
けれど、郡司さんが仕掛けるキスはあまりに甘く媚薬のようで、私の身も心も呆気なく蕩けさせてしまう。
思えば、さっきプレス発表会の後、忍のホテルでキスをされた時、私はとっくに溺れる感覚を覚えていた。
こんなに何度も……強く激しい想いと一緒にぶつけられたら、私の中にある理性はあっさりと崩壊してしまう。
脳の片隅で蠢く罪悪感は、麻痺して機能しなくなる。
でも……。


「だ、ダメ、郡司さんっ……」


甘い官能の波にのみ込まれ、足元を掬われ流されながらも、チクチクする胸の痛みに縋る気分で、必死に声をあげて郡司さんの唇から逃れた。


「愛美」


郡司さんは静かに上体を起こし、怪訝そうに私を見下ろしてくる。


「し、信じるから。郡司さんが本気で私を好きって言ってくれてるのは、痛いくらい胸に沁みたから……!」


私は吐き出すように叫び、身を震わせた。
そんな私に、郡司さんはクッと眉をひそめる。


「だったら、今更止めるな」

「~~だから、ダメなのっ!!」


郡司さんが本気で言ってくれているからこそ、ここは絶対に流されてはいけないと思った。
彼の熱情が真摯だから、衝動に任せて溺れてしまってはいけない。


「私っ……今のままじゃ情けない。ズルい」


郡司さんがベッドについた腕に、そっと手をかけた。
その手が白くなって震えるほど、力を込める。


「私、今ヤケになってる。それだけで、こんなこと……。私に本気を見せてくれた郡司さんに、申し訳ないから!」


引き攣ったような金切り声になってしまった。
でも、郡司さんの心には、ちゃんと伝わったようだ。
彼は私から顔を背け、一度大きく頭を振った。
小さな小さな舌打ちをして、私から手を離してくれる。
はあっとお腹の底から深い溜め息をつき、ベッドにドスッと胡坐を掻いて座る。
苛立ちを抑えるように、ガシガシと乱暴に髪を掻き毟った。


「……わかった。今は、やめる」


胸の内で荒ぶる感情を、郡司さんは必死に鎮めようとしている。
低く抑揚の感じられない声を聞いて、私はゆっくり上体を起こした。
中途半端にはだけたシャツを胸元に掻き集めて、肩でホッと息を吐く。


「ごめんなさい。ありが……」

「『今は』だから」


私の謝罪とお礼を素っ気なく遮ると、郡司さんが私にくるっと背を向けた。


「ちゃんと、お前の中のモヤモヤ全部吹っ飛ばして……その時、改めて俺に抱かれろ」

「っ……」


ちょっと乱暴な言い方だからこそ、私の想像以上に、今、郡司さんが感情を押し殺して言ってくれているのがわかる。
ドキンと大きく胸が跳ね上がるのを感じて、私は胸元をギュッと握りしめた。


上手く声が出せず返事もできないまま、私は目を伏せた。
視線を横に逸らして、郡司さんの引き締まった広い背中を見つめる。
一瞬躊躇してから、そっと手を伸ばした。


「あの……郡司さん、私……」

「……お前な。マジ、覚悟しておけよ」


郡司さんはちょっとくぐもった声で私を遮り、肩越しにジロリと睨みつけてきた。
上目遣いの強烈な目力に怯み、私は思わず手を引っ込めてしまう。


「寸止めした自覚くらいあるだろ。いざ!って時は、前後不覚になるまで抱き尽くしてやる」

「っ!!」


あからさまな言い方に、私の心臓は跳び上がり、鼓動が大きくリズムを狂わせた。


「あの……本当に、その……」


あまりにも居た堪れない。
肩も首も縮めて消え入るような声で続けると、妙に長い吐息が返された。


「あ~くっそ……」


どこか切なげに聞こえる郡司さんの呻き声に、私は身を縮めるしかなかった。
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