甘いSpice

恵蓮

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誠意と熱情に魅せられて

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その後――。
郡司さんは私の腕を強く掴み、たくさんの通行人が行き交う広い歩道を縫うように歩いた。
何度もその背に『どこに行くの』と訊ねたけれど、返事はないまま。
郡司さんは私を連れて、少し歩いた別のホテルに入った。
戸惑う私に構うことなく、スマートにチェックイン手続きを済ませると、再び私の肘を掴んで強引にエレベーターに向かっていく。
長身で足の長い郡司さんがさっさと大股で歩くから、腕を引かれる私はほとんど小走りだ。
おかげで、『どうして』と問うこともできないまま、肩を抱えられて高層階の一室に踏み込んでしまった。


「っ、ぐ、郡司さん」


室内に入った途端に軽く背を押されて、身体のバランスを崩してよろけてしまった。
足を縺れさせて数歩前に出た後、慌てて背後の彼を振り返る。
郡司さんが、ドアのバーロックを後ろ手でかけていた。


「あ、あのっ、なんでホテルに……」


身体の芯から湧き上がってくるような緊張が、私の喉から潤いを奪う。
カラカラに渇いた喉に、上擦った声を引っかからせながら口にした質問は、『今更』なのはわかっていた。
それを証明するように、郡司さんが上着を脱ぎながら、ふっと眉尻を上げる。


「さすがに、彼氏の勤務先じゃ、お前も俺に集中できないだろう?」


郡司さんは強気に言い捨て、口角を上げた。


「わかってたくせに、惚けるな」


脱いだ上着を乱暴に床に放って、いきなり私を横抱きにして抱え上げる。


「きゃあっ……!」

「俺に集中させるために、場所を変えただけだ。もちろん、ここでするのはさっきのキスの続き」


ふてぶてしく言いのけ、一瞬言葉に詰まった私をほんの数歩でベッドに運び、ちょっと乱暴にドサッと放る。
大きなダブルベッドのスプリングがギシッと音を立てて軋み、私の身体はその上で跳ね上がった。


「っ……」


その感覚をやり過ごし、ハッとして上体を起こそうとする。
それを阻むかのように、郡司さんがベッドに乗り上げてきた。
私を跨いで膝立ちになり、片手でネクタイを緩める。
見下ろしてくる視線に確かな欲情を感じて、否応なく、背筋にゾクッとした刺激が走った。


「ぐ、郡司さ……」


名前を呼んだ声が少しひっくり返ってしまったのは、恐怖や怯えからではない。
あのキスの続き……そこまではっきり言われてしまえば、私も惚けて済ませるわけにはいかない。
私、このまま郡司さんにここで抱かれてしまうの?
焦りなのか不安なのか、それとももっと違う他のものなのか……自分でも説明のつかない様々な感情が胸を過ぎったせいだ。
けれど、そんな戸惑いを孕んだ私の声は、郡司さんの唇にのみ込まれてしまう。



「ふ、う、んっ……」


強引に唇を塞がれると同時に、鼻にかかった声が漏れてしまった。
郡司さんがわざと音を立てるから、艶めかしいキスの音が私の鼓膜をくすぐる。
脳内が強い薬で酩酊しているような気分になり、私は抗うのも忘れて、キスに反応を返してしまう。
とろんとして目を閉じると、郡司さんがわずかに唇を離し、ふっと小さな吐息を漏らして笑った。


「……愛美。キス、気持ちいい?」


からかうように問われて、私はハッと目を開けた。
真っ先に視界に飛び込んでくるのは、濡れた唇が妖艶な、郡司さんの綺麗な顔。
私は慌てて顔を背け、身体を横に向けた。
郡司さんに見下ろされながら、できる限り小さく丸くなる。


「愛美?」

「こ、こんなとこまで来ておいて、なにも予感してなかったなんて、嘘になるけど。で、でも、ごめんなさい。これ以上は無理です……っ」


必死にそう叫んだ私に、上から「え?」と訝し気な声が降ってくる。


「郡司さんが、『俺にしろ』なんて言うから。あ、あんな……混乱してる時に、そんなこと言われたら」

「……言われたら?」


私の言葉尻を拾い、冷静に聞き返してくる郡司さんの下で、私はグッと言葉に詰まった。


「……揺れ、ます」


彼は私の目の前に伸ばした腕を、ベッドについた。
そこで、ギシッと軋んだ音がする。
私は思わず両手で顔を覆った。
この土壇場で、さっきまで麻痺していたすべての感覚が、私の中に少しずつ戻ってきていた。
恋人の忍ではなく、郡司さんに組み敷かれているこの状況、自分でもとても信じられない。


「あ、甘えちゃ、いけなかったのに」


ちゃんと答えるつもりで必死に出した声は、無様なくらい上擦った。


「でも、郡司さんがあんなこと言うから。忍よりも郡司さんの方が私を大事にしてくれる。そんな錯覚を……」

「錯覚じゃない。実際俺は、ずっと前からそう思ってるよ」


自分でもわけがわからなくなっていた私を、郡司さんがさらりと遮った。
耳の鼓膜を直接くすぐる声にドキッとして、私はゆっくり顔から手を離した。
そっと目だけを動かし、郡司さんを見上げる。


「今までも……さ。俺が本気でお前を口説いてたって、どうして信じないわけ?」


彼は私からスッと目を逸らし、額にかかった前髪を苛立たしげに掻き上げた。
拗ねたような口調に戸惑いながら、私はベッドに肘をついて、わずかに身を起こす。


「本気、って」

「あのなあ……お前は俺を相当遊び人の軽い男だと思ってるようだが、それはまったくもって心外だ」


郡司さんはチッと舌打ちして、私の肩を押した。
再び横たわった私の背で、ベッドがギシッと軋んだ音を立てる。


「好きでもない女を、誰でも彼でも口説く男じゃねえぞ」


私の肩を押さえつけたまま、郡司さんはキュッと唇を噛んだ。
空いた片手で、もどかしげにネクタイを解く。
シュッと音を立てて引き抜き、自分のシャツのボタンを器用に上から外していく。


「少なくとも……お前の浮気彼氏より、ずっと誠実なつもりだ」


ドキッと胸を弾ませる私の前でシャツを脱ぎ捨て、引き締まったボディを惜しげもなく披露すると、彼はベッドに両腕を突っ張ってその中に私を囲い込んだ。
郡司さんは、私の上で顔を伏せ、ブルッと身体を震わせた。
彼の前髪が揺れるのを見て、私の胸がトクンと跳ね上がる。


「っ……え?」


咄嗟に聞き返したのが気に障ったのか、郡司さんがちょっと強引に私の身体を起こした。
そのままぎゅうっと抱きしめられ、私は思わず息をのむ。


「やっ……あ……」


耳を甘噛みされた私は、ビクッと身を震わせた。
ゾクゾクとした痺れが背筋を貫き、堪らず背を撓らせる。
仰け反り、剥き出しになった私の喉に、郡司さんの唇が落ちてきた。
郡司さんは私のシャツのボタンを一つずつ器用に外しながら、少しずつ肌を暴き、唇を下に這わせていく。


「あっ、だ、ダメ、待ってっ……」


ゾクゾクとせり上がってくる甘い官能の渦。
私は必死に、郡司さんの手を掴んで止めた。
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