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抗えないほど情熱的なキス
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キッと甲高い音を耳にしたのと同時に、車体が揺れ、身体に軽い振動を感じた。
「着いたぞ」
運転席から短く声をかけられ、私はハッと我に返った。
窓の外の風景をずっと見ていたのに、まったく焦点が合っていなかったせいで、マンションの前で車が停まったことを、彼に言われて初めて知った。
慌てて振り返ると、郡司さんはエンジンを止めて、シートベルトを外している。
「あ、ありがとうございました」
反射的にお礼だけ言って、私もすぐシートベルトを外そうとした。
ところが、その手を郡司さんに掴み上げられ、思わず息をのんだ。
勢いよく吸い込んだせいか、喉の奥でヒュッと変な音がする。
ベルトを外せず、私はシートから身動きできない。
「ちょっと待て。話は途中だ」
郡司さんがそう言いながら、運転席の方から大きく身を乗り出してくる。
「っ、え?」
私はギクッとして聞き返した。
思いの外、顔が近い。
至近距離で目の高さを合わせられたら、強張った顔をしっかりと観察されてしまう。
「なんだ、お前。……今日はやけに隙だらけだな」
郡司さんはなんだか面白そうに肩を揺すり、くくっと笑い声を漏らす。
「隙なんて」
「隙だらけだよ。じゃなきゃ、そんなに顔に出ないだろ」
「え?」
真正面から瞳の奥を射貫かれる感覚に、私の返事は随分と怯んだ声になった。
「郡司さんと浮気してみてもいいかな、って、結構揺れてるだろ」
「!? ま、まさか」
目の前で動く郡司さんの唇が紡いだ言葉にギョッとして、私は反射的に声をあげた。
なのに彼はまったく気にせず、私の手を掴む手にグッと力を込める。
ギリッと捩じるようにシートに押さえつけられ、私はギュッと目を瞑った。
「い、たっ……」
「なあ、若槻さん。俺はお前の彼氏と違う。週末は、いつでもデートに連れて行ってやる。お前に、不満な思いなんかさせない」
「なに……」
「もちろん、夜もね。ベッドでは夢見心地にさせる。お前が大満足するよう、大事に可愛がってやる」
郡司さんは男の色香を漂わせ、妖しく誘いかけてくる。
その言葉と目つきに、私の胸は不覚にもドクンと音を立てて騒ぎ出した。
「な、なに言ってるんですか」
まるで視線を縫い留められているかのように、私は彼から目を逸らせない。
この至近距離だと、私の心の動揺だけじゃなく、頭の中で鳴り響く警鐘すら見抜かれてしまいそうだ。
「今日の最初に、至福のひと時、約束したろ? あれ、ベッドまで含めてパーフェクトなんだけど。……どう? まずは一度試してみる?」
「っ、冗談やめ……痛っ……」
押さえつけられたままの手に痛みを感じると同時に、シートが軋んだ音を立てた。
郡司さんが私に覆い被さってくる。
助手席のシートに体重を預けた彼の影が、私の上に降ってきていた。
「え? ちょっ……」
大きく目を見開いた。
形のいい顎を傾け、目を伏せて近づいてくる郡司さんに、私の視界はすぐに覆い尽くされる。
次の瞬間、唇になにか温かく柔らかいものが押し当てられ、私は思わず息を止めた。
「っ、んっ……」
一瞬、なにをされているのか、この状況が信じられなかった。
それでも反射的にシートに背を逃がしたせいで、私はぴんと背筋を伸ばした格好になる。
そのせいで、それ以上の逃げ場を失った。
ただ、情熱的に唇を貪られる感触ばかりに神経が働き、私の胸は早鐘のように打ち鳴る。
嘘。嘘。私、郡司さんにキスされてる……!!
『嫌っ』と声をあげようと唇を開いた途端、間髪入れずに舌が挿し込まれる。
あげかけた声は呆気なくのみ込まれ、郡司さんに獰猛に翻弄されてしまった。
「あ、ふ……う……」
舌の付け根から絡め取られているせいで、声がまったく言葉にならない。
自由な片手でなんとか押し返そうとしても、郡司さんの身体はビクともしない。
「ん、や……苦し……」
結局、くぐもった不明瞭な声を漏らし、郡司さんの胸を、まるで乞うように叩くのが精一杯だった。
完全に脱力した私の身体が、ズズッとシートを滑る。
それでやっと、唇が解放された。
いつの間にか浮かんだ生理的な涙で、視界が霞む。
それでも、激しいキスで濡れた郡司さんの唇が、一番に目に映った。
「っ、は……」
その口が小さく動き、短く浅い息を吐くのがわかる。
私の心臓はドクンと疼くような音を立て、限界を超えて激しく高鳴っていく。
「……愛美」
郡司さんが、私を名前で呼んだ。
掠れた声に彼の欲情を感じて、私の胸は怖いぐらいにリズムもテンポも狂わされる。
「は、なしてっ……!!」
それでも、最後は必死に声を振り絞った。
自分の声に勢いを借りて、ありったけの力を込めて郡司さんの胸を強く押しのける。
彼がわずかに身を起こした隙を突き、急いでシートベルトを外してドアを開けた。
「若槻っ……」
助手席からほとんど滑るようにして、地面に降りた。
バタンと大きな音を立ててドアを閉めて、郡司さんの声を断ち切る。
レンガ敷きの通路を、転がるように走る。
もちろん、振り返る余裕はまったくなかった。
「着いたぞ」
運転席から短く声をかけられ、私はハッと我に返った。
窓の外の風景をずっと見ていたのに、まったく焦点が合っていなかったせいで、マンションの前で車が停まったことを、彼に言われて初めて知った。
慌てて振り返ると、郡司さんはエンジンを止めて、シートベルトを外している。
「あ、ありがとうございました」
反射的にお礼だけ言って、私もすぐシートベルトを外そうとした。
ところが、その手を郡司さんに掴み上げられ、思わず息をのんだ。
勢いよく吸い込んだせいか、喉の奥でヒュッと変な音がする。
ベルトを外せず、私はシートから身動きできない。
「ちょっと待て。話は途中だ」
郡司さんがそう言いながら、運転席の方から大きく身を乗り出してくる。
「っ、え?」
私はギクッとして聞き返した。
思いの外、顔が近い。
至近距離で目の高さを合わせられたら、強張った顔をしっかりと観察されてしまう。
「なんだ、お前。……今日はやけに隙だらけだな」
郡司さんはなんだか面白そうに肩を揺すり、くくっと笑い声を漏らす。
「隙なんて」
「隙だらけだよ。じゃなきゃ、そんなに顔に出ないだろ」
「え?」
真正面から瞳の奥を射貫かれる感覚に、私の返事は随分と怯んだ声になった。
「郡司さんと浮気してみてもいいかな、って、結構揺れてるだろ」
「!? ま、まさか」
目の前で動く郡司さんの唇が紡いだ言葉にギョッとして、私は反射的に声をあげた。
なのに彼はまったく気にせず、私の手を掴む手にグッと力を込める。
ギリッと捩じるようにシートに押さえつけられ、私はギュッと目を瞑った。
「い、たっ……」
「なあ、若槻さん。俺はお前の彼氏と違う。週末は、いつでもデートに連れて行ってやる。お前に、不満な思いなんかさせない」
「なに……」
「もちろん、夜もね。ベッドでは夢見心地にさせる。お前が大満足するよう、大事に可愛がってやる」
郡司さんは男の色香を漂わせ、妖しく誘いかけてくる。
その言葉と目つきに、私の胸は不覚にもドクンと音を立てて騒ぎ出した。
「な、なに言ってるんですか」
まるで視線を縫い留められているかのように、私は彼から目を逸らせない。
この至近距離だと、私の心の動揺だけじゃなく、頭の中で鳴り響く警鐘すら見抜かれてしまいそうだ。
「今日の最初に、至福のひと時、約束したろ? あれ、ベッドまで含めてパーフェクトなんだけど。……どう? まずは一度試してみる?」
「っ、冗談やめ……痛っ……」
押さえつけられたままの手に痛みを感じると同時に、シートが軋んだ音を立てた。
郡司さんが私に覆い被さってくる。
助手席のシートに体重を預けた彼の影が、私の上に降ってきていた。
「え? ちょっ……」
大きく目を見開いた。
形のいい顎を傾け、目を伏せて近づいてくる郡司さんに、私の視界はすぐに覆い尽くされる。
次の瞬間、唇になにか温かく柔らかいものが押し当てられ、私は思わず息を止めた。
「っ、んっ……」
一瞬、なにをされているのか、この状況が信じられなかった。
それでも反射的にシートに背を逃がしたせいで、私はぴんと背筋を伸ばした格好になる。
そのせいで、それ以上の逃げ場を失った。
ただ、情熱的に唇を貪られる感触ばかりに神経が働き、私の胸は早鐘のように打ち鳴る。
嘘。嘘。私、郡司さんにキスされてる……!!
『嫌っ』と声をあげようと唇を開いた途端、間髪入れずに舌が挿し込まれる。
あげかけた声は呆気なくのみ込まれ、郡司さんに獰猛に翻弄されてしまった。
「あ、ふ……う……」
舌の付け根から絡め取られているせいで、声がまったく言葉にならない。
自由な片手でなんとか押し返そうとしても、郡司さんの身体はビクともしない。
「ん、や……苦し……」
結局、くぐもった不明瞭な声を漏らし、郡司さんの胸を、まるで乞うように叩くのが精一杯だった。
完全に脱力した私の身体が、ズズッとシートを滑る。
それでやっと、唇が解放された。
いつの間にか浮かんだ生理的な涙で、視界が霞む。
それでも、激しいキスで濡れた郡司さんの唇が、一番に目に映った。
「っ、は……」
その口が小さく動き、短く浅い息を吐くのがわかる。
私の心臓はドクンと疼くような音を立て、限界を超えて激しく高鳴っていく。
「……愛美」
郡司さんが、私を名前で呼んだ。
掠れた声に彼の欲情を感じて、私の胸は怖いぐらいにリズムもテンポも狂わされる。
「は、なしてっ……!!」
それでも、最後は必死に声を振り絞った。
自分の声に勢いを借りて、ありったけの力を込めて郡司さんの胸を強く押しのける。
彼がわずかに身を起こした隙を突き、急いでシートベルトを外してドアを開けた。
「若槻っ……」
助手席からほとんど滑るようにして、地面に降りた。
バタンと大きな音を立ててドアを閉めて、郡司さんの声を断ち切る。
レンガ敷きの通路を、転がるように走る。
もちろん、振り返る余裕はまったくなかった。
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