甘いSpice

恵蓮

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不安は意地悪に煽られる

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その夜、帰宅してすぐ、私はスマホに忍の番号を表示させた。
発信ボタンをタップした後、気持ちばかりが急いて、手がカタカタ震える。
それでも必死に気持ちを落ち着けようとした。


ただただ、忍の声が聞きたかった。
いや、声だけじゃ足りない。
今すぐぎゅっと抱きしめてほしい。
消せない不安を取り除いてくれるのも、郡司さんの言葉に反抗する力をくれるのも、忍だけ。
なのに、無情なコール音が続くばかりで、忍の応答は返ってこない。
満たされない欲求が、無機質な電子音に逆撫でされる。


「っ……お願いだから、出てよ、忍っ……」


郡司さんに残酷に暴かれた不安が加速して、私は焦燥感に煽られ、吐き捨てるように言った。
私は、忍を信じる。信じてる。信じたい――。
抑え切れない不安に駆られて、がむしゃらに忍を求める私は矛盾してる。
それでも私は、郡司さんの言葉に揺さぶられて、忍との『絆』を確認したかった。
確かに、会いに来てくれる頻度は少なくなったし、次の約束も交わしていない。
不安は募るばかりだけど、私と一緒にいる時の忍の笑顔は変わらない。


「出てよ、忍。お願いだから……」


焦れた私は、前髪を生え際からギュッと掴み、か細い声を漏らした。
忍が出られないのは仕事中だからだとわかっている。
変則勤務の忍との連絡手段は、普段から電話よりもメールやLINEだ。
だけど、私は彼の応答を待ち続ける。
コールが続けば続くほど、不安に押し潰されそうになり、立っていられずにしゃがみ込んだ。


スマホを強く耳に押し当て、俯いて頭を抱え込む。
こんな私を見たら、郡司さんは『ほら見ろ』と嘲笑するだろう。
『浮気してるんじゃないかって、やっぱり不安なんだろ?』とでも言って。
そして私は、そんな郡司さんをまさに脳裏に思い描いてしまう。
激しく抗議して反論したかったのに、私は声を喉に詰まらせた。


「……に、が、悪いの」


掠れる声は、自分自身を慰めるもので、郡司さんへの反論じゃない。
いつもいつもいつも……次に会える日を楽しみに、心の支えにして待ちながら、気が遠くなりそうに切なくなる。
そうやって、浮き沈みを繰り返すうちに、私の心は弱くなった。
郡司さんにバカにされた通り、見送った朝は『次』までのスタートを切るためだけに、気合を入れてメイクしなきゃいけないほどに。
――不安になって、なにが悪いの。
寂しいんだもの、それが当然じゃない。


その日、何度かけても、忍に繋がることはなかった。
たとえ仕事中だったとしても、私からの着信が何件もあれば、電話をくれるはず。
そう願った私に、忍は翌土曜日の昼間、短いLINEメッセージで返してきた。


『夜勤だった。なんか用?』


なんだか虚しくなって、私は返事をせずにスマホを放り出した。
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