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第一章 インデール・フレイム編
緊急召集に隠くされた闇 A
しおりを挟む第十四話 緊急召集に隠くされた闇 A
何事もなく平穏だった毎日。
そんな都市インデール・フレイムに、ある朝―――――街に住む全ハンターたちに向けて緊急の通達が届く。
『緊急クエスト・ランクS。
緊急召集およびバルディアス討伐依頼を発注する。
凶暴かつ獰猛なモンスターな為、直ちに作戦を考え、目標を討伐せよ』
その通達が届いたのは、熱帯のような気温が少し下がりだした、そんな二日前の事だった。
緊急招集によって街は一変して重い緊張感に包まれる。だが、それも仕方がないことでもあった。
それもそのはずインデール・フレイムが建てられてからの歴史の中で、この都市は一度として緊急招集が発生した事がなかったのだ。
各都市では何回か、招集があったと噂で流れてくることがあるも、今回初めての経験ということもあって、ハンターたちは皆戸惑った表情を浮かべている。
緊急招集は各都市同様に条約に沿って全ハンターに依頼が発注される。
そして彼らもまた、その決まりに従い目標のモンスターを狩らなければならない、絶対的な命令が指令として出される決まりになっていた。
指令とは言ったが何も、皆で挑めば何とかなる。といった無謀な計画の元で出される訳ではない。
名の上げた戦力あるハンターたちで前線を選び、その後方に続けて力量そこそこのハンターたちを集わせるといった持久戦を考慮した戦法が今回の計画の中身でもあった。
そして、喫茶店を営む美野里もまたその招集に集められた一人であり、後方を任されたハンターの一人なのである。
都市インデール・フレイムの中央広場。
いつもは人通りだけがその広場を行き交っているのだが、今では都市に住む全ハンター……総勢数百人という集まりがその中央広場周囲に集まっている。
重量の武器や二刀持ち、刃のついたハンマー等を持つ上級クラスのハンターたちが共に雑談を混ぜながら騒ぎあっている姿を見ると、特に危機感を感じていない様子が窺える。その一方で、クラスが下のハンターたちはというと、その顔に不安といった曇りが見え隠れさせていた。
そして、ここにも一人。
「…………はぁー」
そんなドンよりとした空気に会わせるように、美野里は大きな溜め息を吐く。
店の衣服とは違う戦闘着を着る美野里だが、今回ばかりは油断が出来ないこともあって、いつもと違う上半身の防具が隠れるほどの大きなローブを羽織り、軽装備とは違うしっかりとした防具を装備している。
と、そんな彼女の後ろからどこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「美野里―!」
「ん、アチル?」
トタトタ、と走ってきたのは青い刀身を腰に帯刀する魔法使いのアチル。
服装は最初に出会った時と比べ色々と強化したようで、青いコートの中には胸元を守る蒼黒の丸まったアーマーや両腰に巻かれた見慣れない新品の防具が見え隠れする。
だが、美野里はそこでふと気になった事をアチルに尋ねる。
「アチル。それ、この街で売ってたやつ?」
「え、何がですか?」
「いや、その防具の事よ。って……………まさか、オーダーメイド?」
美野里が口にしたオーダーメイドとは、店々で特別に注文して作られた持ち主専用のオリジナルのことを言う。
だが、それを頼むとしても相当な金額がいるらしく下手をする物なら一軒家を買える程の値段がついたりもすると聞くのだが………。
誰に作って貰ったのか、と美野里が尋ねようとするも、それより早くアチルは口元を緩ませながら早々にその答えを言った。
「はい、ルーサーさんに作ってもらいました!」
どうです、似合いますか? とアチルはその場でクルりと一回転して新品の防具たちを見せびらかす。
その瞬間………ビキリ、と額に力が籠った気がした。
美野里は頬を引きつらせながら、乾いた笑い声を漏らすと同時に羨ましいという気持ちが半々にあった
わけであり……。
可愛らしく首を傾げるアチルに対し、美野里は拗ねたように頬を膨らませるのであった。
しばらくして、広場中央で都市上層部の者たちによる招集に対しての説明が行われる。
今回の編成では先に上級ハンターたちが下見もかねて街を出て、バルディアスの調査を行うようだ。そして、調査を終えた者達が帰ってきた上で、後方に備えるハンターたちと共に討伐を開始するという流れになる。
と、説明が続いていく中、
「そう言えば、アチルは向こうでも収集に呼ばれたことってあるの?」
美野里は隣に立つアチルにそんな疑問を不意に尋ねた。
アチルはここに来る前までは、故郷である魔法の都市、アルヴィアン・ウォーターに住んでいた。
魔法主体で生活を補っている都市なのだが、それでもインデールより先に緊急収集が発生したという話は以前に耳にしたことがあり、美野里も気になったのだ。
(……こういった緊急召集の時って、向こうだと…どうしてたのだろう?)
と純粋な疑問を頭に浮かばせる美野里。
すると、アチルはとくに考えもなく普通とした感じで、
「はい、基本として前線によく出てました」
「ふーん、そうなんだ…………………………………………………………………………………え、今なんて?」
とんだ爆弾発言を聞かされ、美野里は思わずもう一度尋ねてしまう。
だが、アチルはとくに言い換えることせず、
「えっと、だから……前線によく出て」
「って、そこ! えっ、ちょっ、もしかしてアチルって向こうでは無茶苦茶強かったの!?」
以前、巨大ミミズに襲われそうになっていた彼女を助けた経験がある美野里にとっては驚愕の事実だった。まさかの今目の前にいる彼女が前線に出ていたこともそうだが、同時にそんな凄い人物であったことに今でも信じられない気持ちで一杯だったのだ。
とはいえ、とうのアチルはというと、小さく苦笑いを浮かべながら、
「あ…で、でも! 私の家系では前線に出ることいつも決まりになっていただけなので、その美野里が何を勘違いしているか分からないんですが…と、とにかく落ち着いてください! 後、凄く目立ってますからっ!?」
美野里が口にした言葉によって周囲の視線が次々とアチルに集まっていく。
アチルは慌てたい気持ちで一杯だった。
しかし、それよりも先に目の前で、あわわわ…となる……次に何をくちゃべってくれるかわからない美野里をどうにかしないといけない!!
アチルは急いで誤解を解くべく言葉を考えようした。
だが、そんな時だった。
いつの間にか上層部の説明が終わり、広場に集められたハンターたちが去って行く中で遠くからこちらに向かってくるように人々の騒ぎ声が次第に大きく聞こえてくる。
そして、そんな雑音のような人々の声を打ち消すように、その大きな声が美野里に向かって人一番に放たれた。
「おお、連撃じゃねーか!」
「っぶ!?」
げぼっげぼっ!!? と驚きのあまり喉を詰めらせ咳き込む美野里。
そんな彼女の元に人の波を押しのけ近づいてきたのは、巨大な大剣を背中に背負う赤黒の防具で全身を纏う中年の大男だった。
その男はインデール・フレイムの中でも特に有名な重量型の大剣を巧みに扱う上級者ハンターの一人。
その通り名は、雷撲のライザム。
今回、緊急召集の前線に選ばれた者なだけあり、その姿からは只ならぬ威圧感が感じられる。だが、対する美野里はげんなりとした表情を浮かべ、声も若干と震えを見せている。
ライザムはそんな彼女の反応に、楽しげに黒厚の髭を触りながらニンマリと笑みを溢していた。
その一方でアチルはというと、今目の前に広がる光景に開いた口を閉じれずにいた。
ライザムの名はこの都市に限らず、遠い地にあるアルヴィアンにでもその名は知れ渡っている。
だが、まさか自身と関わりのある美野里が、そんな有名なハンターと知り合いであったことに驚きを隠せずにいた。
そして、さらにもう一つ気になったのはライザムが彼女に対して呼んでいた…あの言葉。
(……連撃?)
まるで通り名のようなその言葉に、アチルの疑問が増していく一方だ。
対して、突然と声を掛けられたことに大慌てする美野里は、ライザムに大きな声を向け抗議を続けていた。。
「ちょっ、何言ってるんですか、ライザムさん!?」
「何って、連撃って呼んだんだよ? 良いだろ、別に」
「良くないっていつも言ってるでしょうがッ!! って、わわッ!? なんか今度はこっちに注目が集まってきてるんだけどっ!?」
赤面の顔で一杯の美野里は周囲のハンター達からくる視線に騒ぎまくっている。
だが、それも無理もない。何故なら、前線確定の上級ハンターと気軽に話をしているのだ……注目を集めるなというのが無理な話だ。
ライザムは依然と大笑いを続け、そんな空気を受けてなお平然としている。
と、そんな中、不意に彼は美野里の側に立つアチルの存在に気づいた。
「ん? 初めて見る顔だな」
「あ、はい。アルヴィアン・ウォーターから来ました、……アチルです」
「アルヴィアン? ほぉ…、ってことは魔法使いって奴か。初めて見るなぁ…」
魔法使いといった所に食いついたのか、ライザムはしばらくアチルの武器やら防具を見つめ、感嘆の声を漏らす。
だが、そんな彼の腕が突然とゆっくりとした動きで伸び――――――ガシッと何かを掴んだ。
それは、コソコソとその場から逃げようとする美野里の服の襟首だった。
「まぁ、逃げるな」
「うぅっ」
やっぱり無理かぁ……、とガックリと肩を落とす美野里。
逃げるのを諦めたのを確認したライザムは、彼女の拘束を解きながら視線をアチルに戻し、優しげな表情を浮かべ、その口を動かす。
「まぁ、今回の標的は俺ら前線でケリをつけるつもりなんだが…。魔法使いの嬢ちゃんにはつまらないかも知れねぇが、後ろにつくんだからそのまま気軽に待っててくれ」
何とも頼もしい言葉だ。
周囲にいたハンターたちからも感激の声が湧き上がり、アチルもまたそんな自信の籠った彼の言葉に正直、関心していた。
だが、そんな中で一人。
美野里だけが何故か顔を伏せ、暗い表情を浮かべている。
「……美野里?」
いつもと、どこかおかしい。
アチルはそんな美野里が心配になり、声を掛けようとするがそれより早く、周囲の歓声が広まる中でライザムが彼女に顔を近づけ、小さな声でボソリと言葉を口にした。
「それで、連撃。………お前は今回も後ろに回るのか?」
「っ!?」
その瞬間。
美野里の肩が震え、同時に硬直したように体に力が籠る。
ライザムは気軽に言った言葉なのかもしれないが、美野里にとって、それはあまりにも耐えがたい言葉でもあったのだ。
「……………………」
アチルが見つめる中、美野里は手を握りしめ額からは嫌な汗が浮かばせている。普段の強気な印象とは裏腹に、まるで何かを予期して怖がっているようだった……。
ライザムは、そんな彼女を静かに見つめ、続けて言葉を足そうする。
だが、そんな彼らの間を遮るように―――――――――――乱入するように、アチルがライザムの目の前に立ちはだかる。
「…すみませんが、あまり美野里をいじめないでくれませんか?」
「ん?」
「……アチル」
普段から穏やかな雰囲気の持つアチルなのだが、この時だけは違った。
上級ハンターを前にしてなお怯む来なく、まるで殺気を向けているような近づきがたい威圧感を漂わせている。
そして、目の前から来る視線に怯えることんなく、彼女は告げる。
「そんなに今の前線が不安なら、代わりに私が出てあげます」
「……………………ほぉ」
それは、挑戦的な威圧感が躊躇なくぶつけられた瞬間だった。
ライザムも感心した様子で言葉をつく。
しかし、その直後。
「「!?」」
今まで漂わせていたライザムの穏やかな雰囲気が突然と一変する。
周囲のハンターたちでさえ、たじろぐほどの只ならぬ重圧がライザムの全身から発せられる。それは歴戦を戦い抜いたことによってできるようになった威嚇めいた、威圧だ。
側にいた美野里でさえもその気に当てられ言葉をなくし、ただその場で立つことしかできなかった。
だが、それでも…、
「……………………」
アチルだけは、負けることなく正面から立ち向かうようにライザムを睨み付けていた。
ライザムの瞳にさらなる殺気が籠ろうとも、彼女は一歩も退こうとしない。
緊迫とした空気が、着々と広がり続ける―――――――――――その、時だ。
「……………ハハッ」
と、ライザムの口から笑いがこぼれ落ちた。
それと同時に周囲に漂っていた緊迫感が四散するように消えていく。
突然の事に動揺しながらも依然と睨みを解かないアチルに、ライザムはゆっくりと小さく頭を下げ、その口で言葉を続ける。
「……いや、別にいじめてるわけじゃねぇんだよ」
「……………………」
「悪かったな、連撃。断られるのは分かっていたんだが、それでも…………ただ久しぶりに、お前とまた狩りに行きたかっただけなんだ」
ライザムはそう言って再び口を閉ざし、静かな足取りでアチルの横を通り過ぎていく。
周囲のハンターたちが道を空けるように後ろに退いて中、彼は美野里の隣を横切ろうとした際に、小さな声で彼女にこう言葉を言い残す。
「(いい友達を持ったな、美野里)」
「!?」
足音を立て、そのまま開いた道を進んで行くライザム。
美野里が遅れて振り返ると、そこには背中を見せながら手を振る彼の姿があった。
「美野里?」
「…………………………」
何を言われたのか、とアチルが心配した表情を浮かべる中、美野里は呆然とした様子でアチルに視線を移し、ライザムが言った…友達という言葉を思い返した。
自分のために怒ってくれる――――
自分のために、心配してくれる――――
そして、自分に対し、いつも無邪気な笑顔で話しかけてくれる――――
美野里はもう一度視線を動かし、遠くなっていくライザムの後ろ姿を見つめる。
そうして、去って行く彼に美野里は小さな声で呟いくように言う。
「(うん……そうでしょう、ライザムさん)」
「………美野里?」
「………ううん、何でもない。それよりアチル、今から私の店に行かない? タダ飯ぐらいはご馳走してあげ」
「行きます! ほら、美野里も早くー!!」
「……切り替え早すぎでしょ」
まったく…と、言葉をつきながら、さっきまでのは何だったのかと呆れ果てる美野里は小さく笑みを浮かばせながらアチルの後を追うようにその場を去って行く。
美野里たち後方の出発は、前衛が調査を終え帰ってくることを考えても明日が出発となるだろう。だが、ライザムは上級者ハンターたちだけでカタを付けると言ってくれた。
彼なら―――――ライザムさんなら問題はないはずだ…。
彼と親しい仲である美野里は、そう思いながらアチルの隣を歩き、自分の店―――マチバヤ喫茶店へと帰っていく。
平穏を祈り、何事もない毎日を夢見て…………
だが、その次の朝。
平穏な日々は、偽りであったかのように―――――――――――――夢見た現実は、崩壊する。
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