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その正体は神か妖か
しおりを挟む「まっ…がはっ…まっ!待ってください~~!!!!」
「はよう、走れ!グズは置いていく!!」 間島健治は疾走していた。だが、前を走る巫女姿と、どんどん距離が広がっていく。
「そんなあ~!!はあっ!はあっ!」
T県某山中である。獣道すらない森を、追われながら必死に下っていく。追手との距離は近くなったり、離れたり。相手もままならない様子だ。だが、追いつかれたらどうなるかわからない。
「電話っでんわあああ!!」
巫女姿がスマホを見ながら駆ける。この山道で信じられない機動力だ。不意にその姿が間島の眼前から消える。左の雑木に飛び込んだのだ。間島もそれを追う。しばらくして、追手が二人を無視して直進していった。
「やった…!撒いた!」
「喜ぶのは早いわ!すぐ気づかれる。そうでなくとも、このまま麓に降りられたら集落が危ない!」
「どうするんすか…」
巫女姿はスマホを見た。
「やった!繋がった!」
すぐに電話をかける。
「繋がってくれ~いてくれ~!」
呼び出し音が止まって、人の声が応えた。
『はい。善龍寺です。どちら様で…』
「アカネじゃ!助けてくれ!!」
電話の向こうから、「はあ…」という相手の深いため息が聞こえた。
『アカネさん、こういうことは事前にと』
「サトルさんか!だって、簡単な憑き物落としだと思ったんじゃ!それが、山の神と繋がっておって、怒らせた!」
『わお』
「ええから、とにかく助けてくれ!」
『うーん…場所は?』
「T県の…」
アカネは詳しい場所を相手に伝えた。
『遠っ!ぶっちぎりますけどね。でも二時間は見といて下さい』
「頼む…!」
『じゃあ、結界張ってじっとしといて下さい』
「わかった…!恩に着る!」
電話が切れると、巫女姿ーアカネは「はあ~」と、疲労感を滲ませたため息をついた。
「サトルさんがいたのは僥倖じゃ。あいつハンドル握らせると人格変わるタイプじゃからの。渋滞と警察に捕まらなけりゃ…とにかく、結界を張ろう」
アカネは間島の担いでいたリュックの中から、2リットルのペットボトルを取り出すと、無色無臭の液体を自分たちの周りにぐるりと円を描くように撒いて行った。
「なんですか、それ?」
「水じゃ」
「そんなんで大丈夫なんですか?」
間島は泣きそうになった。先程の追手、三メートルはある熊のような枯れた木々や葉っぱの集合体を思い出した。
「ただの水ではない。念を込めてもらった水じゃ。これで気配はたどれん…はずじゃ!」
「はずって…!」
間島は、都内に暮らす平凡な予備校生である。簡単そうな業務内容とそこそこの時給につられて、『木多茜怪異研究所』のアルバイトに応募した。めちゃくちゃ胡散臭い研究所であったが、業務内容は、荷物持ち。力には自信があった。早速、採用され、T県に出張と相成った。
とある集落の地主の、六歳になる娘が熱病に冒されていると。どの医者にかかっても埒が明かず、地元の寺社仏閣に頼んでも管轄外だと言われ、ついに怪しげな研究所の門を叩くに至った。最初はアカネも渋った。だが、生来のお人好しであるがゆえ、放っても置けなかった。
そして、実際に娘の様子を見たが、確かに呪いの類にかかっている。それはアカネにもわかった。
アカネは本来、霊能力があったりするタイプではない。一通りの修業を受けて多少、勘がよくなった程度のものだ。それでも、何かの呪いだとわかった。そして、その気配はこの家の裏山から来ていることも。
裏山に赴き、えっちらおっちら頂上にたどり着き、苔むした祠を見つけた。積み上げられた石が崩れている。ここ最近のようだ。大きな地震などは起きていないから…。
「子供のいたずらで倒してしまったのかのう」
「はあ」
間島は少し驚いていた。確かに原因らしきものをアカネが見つけたので。
「しかし、こんな程度のことで幼子にあんな仕打ちを…。とにかくわしなんかじゃ祠を直すのは無理じゃ。後で専門家に頼むとして、気休めかもしれんが一応の魂鎮めを…」
間島に荷物を下ろさせて、準備をしようとしたその時である。「オオー!!」と、なんともまがまがしい咆哮が聞こえたのは。
祠の背後の林から、枯れ木と落ち葉の集合体みたいなものが、明確な意思を持って二人に襲い掛かろうとしていた。
「ぎゃっ!」と叫んで、間島は荷物を担ぎ直し、二人は逃げ出した。
そして、今に至る。
二人は結界の中で、膝を抱えて息を殺し化け物の襲来に怯えていた。長い。時間が長い。
「まだ、一時間くらいか…?」
「いえ、三十分ですね」
「くっ…」
間島は抱いていた疑問をアカネにたずねた。
「それにしても…あれは、神様なんですか?」
「うーむ。あれ自体が神ではあるまい。なにか邪悪過ぎる…と、思う。使い魔のようなものだと…」
「使い魔というと…」
「神は変幻自在じゃ。自分の体から引き離した分身のようなものじゃろ。」
「はあ」
わかったような、わからないような。
更に時間はゆっくりとだが過ぎていく。風もない、静かな山の中。じっとしていると、かさ…かさ…葉の擦れる音が二人の耳に聞こえてきた。
「えっ…」
「シッ!」
アカネには気配でわかった。先程の化け物だ。
枯れ木と落ち葉の集合体が、じっとこちらを見つめている。目はないが、そう感じる。近づいてくる。
ゆっくり、ゆっくりと、だが確実にこちらに向かって歩を進めてくる。
二人の視界に化け物が入ってきた。立ち上がらなければ。逃げなければ。だが、結界から出なかれば見つからないのでは?いや、もう見つかっているのかもしれない。八方塞がりで二人は動けない。そうしている間に、化け物は目と鼻の先に。化け物が、結界を踏み越える!二人に気がついた。咆哮を上げ、襲い掛かってくる…!
「オオオオオ!!」
「ぎゃーっ!」
這う這うの体で、逃げ出そうとした二人は何かにぶつかった。
「いって!」
ぶつかったのは、黒コートの人間の青年だった。二人にタックルされて尻もちをついたようだ。
振り返ると、化け物の頭頂部には日本刀が深々と刺さり、のけぞり呻いていた。青年が尻もちをつく前に投擲したものだ。
「痛いじゃないですか!」
「サトルさーん!」
抱き着こうとしたアカネを、サトルはひょいとよけた。そんな場合ではない。
立ち上がったサトルを間島は見上げた。黒コートに喪服のようなスーツ。その服装に似合わない籠を背負っている。籠から何本も日本刀の柄が出ていた。
サトルは背中に手を回し、その中の一つを握って鞘を抜き、下段に構えた。
「これが神様?アカネさん、眼科行ってください」
「だって…!祠があって…!それが!」
「説明は後にしましょう。そらそら…」
サトルは苦しんでいる化け物の前に走り寄り、下から逆袈裟?(化け物には四肢がないため、わからない)に切り裂いた。
「オオ…!!」
ドサドサッ!と、枯れ木や落ち葉が形を留めていられずに、その場に落ちて来た。これも落ちて来た頭頂部に刺さっていた日本刀を、サトルが器用に柄を受け止めた。刃を確認する。
「錆びてすらいない。小物じゃないですか!まーいいけど…」
「こ、小物お…?」
アカネは半泣きである。
「祠とやらを見に行きましょうか」
「はいい…」
間島もやっと立ち上がった。改めてサトルを見ると、どう見ても年下だ。さっき見た姿は大きく感じたが、身長は170もなさそうだし、下手すると中学生くらいに見える。
しばらく山を登って、先程の祠へ着いた。アカネと間島はサトルについていくのにひいひい言ってしまった。なんの修業をするとこうなるのだろう。
「ほ、ほ、ほらこれ…っ」
「うん…」
アカネが指さした先の祠へサトルは迷わず歩み寄ると、覗き込むように観察し始めた。そして、すぐ祠に手を突っ込み、何かを取り出した。それは五センチ四方、厚さは一センチほどの小さな木箱だった。
「ご神体…」
呟くアカネに、「では、ないね」と、サトルは返した。
「では、これは…」
「呪具でしょう」
「な、中身は…」
「見る必要はない」
「あっ!」
サトルの手の中で、木箱が炎を上げて燃えた。手を放すと地面に落ちたそれは更に大きく燃え、あっと言う間に灰になった。
「貴重な資料が…!」
「どうせ、たいしたものじゃないですよ。髪とか、経血とか、呪いの対象の名を書いた紙とか、そんなもんでしょう」
「でも~」
「なんとなく、女性が女性を呪ったものっぽい感じがしたんですけど、どういった依頼だったんですか?」
「えっ?それは…」
話を聞くと、サトルは山を下った。二人も続く。さっきと同じくばてばてになった。
地主の家の門を叩くとすぐに地主自ら現れた。屋敷の娘が寝ている座敷に案内される。
「本当に助かりました。先程急に熱が下がって、すやすや寝ています。あの、ただ…」
「ただ?」
「偶然なんでしょうか、母親の方がさっき倒れて救急車で運ばれて行きました。まさか身代わりとかそういうことでは」
「えーと…」
アカネに代わってサトルが答えた。
「偶然でしょう。ただ、また医者がどうにか出来なかったら、ご連絡ください」
「は、はあ…」
サトルが名刺を差し出した。地主は怪訝そうな顔をしながらも、それを受け取った。妙に貫禄のある中学生にしか見えないので。
夜が白み始めていた。
「では」
三人は屋敷を去った。サトルの運転である。確かに、スピード狂で、間島ははらはらした。
「築地行って、朝飯食べましょう。アカネさんのおごりで」
「えっ」
「やった!」
あっと言う間に、築地に着く。
コインパーキングに車を止め、近くの古びた定食屋の暖簾をくぐる。
「海鮮丼、酢飯大盛みっつー!」
「あいよー」
適当な席に座り、食事が来るのを待つ。
「あのー…」
問いを放ったのは間島だった。
「お母さんが、あの子を呪ってた…ってことなんですか?」
「うん」
サトルが水を一気に飲み干す。
「そんな…どうして」
「母親と言っても、血は繋がってないだろう?後妻…。あの女の子は前の奥さんの子でしょう」
「えっ!」
アカネと間島は二人して驚きの声を上げた。アカネが呻いた。
「くう~、そんなことまでわかるんです??」
「なんとなく。家事を取り仕切っている女性の気配が入り混じっていたから」
「はあ~」
アカネが感嘆のため息をもらす。
間島が聞いた。
「でも…あのお母さんはどうなっちゃうんですか?」
「しばらく、苦しむだろうね。かんたんに家に帰れたら、また何するかわからない。仕方ない。苦しんでもらうよ」
「そんな…」
サトルの口ぶりでは、すぐにあの母親を開放しようと思えばできるのだと間島は思った。しかし、確かにサトルの言う通りなのだ。
「あの子がここまで持ちこたえたのは、実のお母さんの守護があったからだよ?そうでなきゃ、とっくに…」
「おまちどお!!」
「きたあ!」
海鮮丼が運ばれてきた。
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