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7章 氷塊は草原に憧れる

119話 霊峰の水 (視点変更)

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「秘策と言いますか……治療に役立てそうな情報でしたら、あります」

 ヤレアの一件で直ぐに招集が掛けられたデュアスは、若干自信が無さそうに言った。

「なんだろうか?」
「最近に入り、ゼノスの母を自称するホムンクルスが人間で言う所の〈正気〉になりました。これまで一日中寝たきりか、自傷行為や錯乱するか、妄言を呟き続けるのかのいずれかでしたが、一か月ほど前から変化が出てきました」

 精神病を患った人を看護するように、清潔な環境で様子を見ていた。最初の変化は、世話係への挨拶だった。一言いうだけだったが、次第に天気の話、季節の話、窓の外から見える鳥や植物と話題が増えていった。それと並行するように1人で食事を摂れるようになり、着替えだけでなく外見を気にするようになった。今では掃除や洗濯を自らやりたいと言う程にまで回復した。

「ゼノスへの関心は完全に無くなりました。まだ検証不足ではありますが、その一か月前から〈霊峰の湧き水〉を飲ませ始めていたのです。私の住む地域では、病気を患った時には霊峰の湧き水を飲む習慣があり、何か良い方向へ回復すればとそれを試し、この様な結果が出ました」

 レンリオス領の半分を占める霊峰シャンディアは、800年前の災厄で負の想念による大地の汚染から免れた数少ない土地の1つである。変わり易い天候が常に牙を向き、吹き荒れる強風によって、雪や火山灰のように降り積もる負の想念を吹き飛ばし続けていたからだ。霊峰には負の想念の汚染された地層は一切なく、雪解け水は清らかさを誇っている。特に〈湧き水〉と呼ぶのは、レンリオスの屋敷周辺に点在する小さな泉から採取された水を指す。井戸の水はもちろん飲めるが、そのホムンクルスの変化から、湧き水のみに効力があると考えられる。

「霊草シャルティスほどの即効性は弱いが、浄化効果の可能性か。客層は、どうなっているんだ?」

 紅茶を淹れるのに適した水だとミューゼリアの母サリィが社交界で売り出し、その違いに驚いた一部の貴族が買っている。ラグニールとの縁もあって、ロレンベルグと契約を結び、卸している。そう耳にしていた国王は、ロレンベルグに問う。

「赤い毒薬事件の被害者の割合が高い。レンリオス夫人が売り出したおかげで、安全が保障されていると信頼を寄せられている。彼等らの子供達の多くは学園の生徒だ。ラグニールに調査をさせるとしよう」

 当時幼い子供のいる貴族の間では、赤い毒薬の件があり〈健康に良い〉の謳い文句を警戒する傾向があった。サリィの美食の面からの広報は彼等にも受け入れられ、さらに霊峰の水は小さな子供にも飲みやすいとして食材の一種として定着し始めている。

「結果次第では……エレウスキー商会と同じ手法になるのは癪だが、国民へ予防と治療の為に摂取させるためには、霊峰の水を使った食品開発をする必要がある。新作の試供品を全国に配布や贈呈の計画を立てるとしよう。それまでの間は、時間稼ぎをして欲しい」

 喫茶などのこだわりのある店ならあり得る話だが、一般家庭は水を買う文化はそうそうない。あっても、井戸を一日借りるような行商や旅人が行う程度のものだ。
 そこにどう霊峰の水を入れこむのか。食品に混ぜ、加工しても効果がきちんと残るのか。
 大きな課題が立ちふさがっている。

「わかった。二次、三次の被害を治めるよう尽力する。エレウスキー商会のように商家だけでなく、幅広い層を監視する必要がある。アーダイン側の魔術師と錬金術師も協力してくれ」
「当然だ」

 国王とアーダイン公爵は迷いなく言った。
 ホムンクルスに国を支配される。その最悪の未来は絶対に避けなくてはならない。
 一国だけでは対処しきれない。なにより、サージェルマンに使われている核が問題になってくる。

「……一連の事件に関して神に操られた者の仕業であれ、残された記録から何か企んでいる者の仕業であれ、人の中で最も彼等に近く、情報を大量に保管しているのは神聖教会くらいだ」

 国王はそう言って、大きくため息を着いた。

「加えて、命樹のほとんどは彼等の管理する保護区に自生している」

 神聖教会。グランディス皇国の中でも皇族の次に強い勢力を誇る団体であり、イリシュタリア王国にも信者が多い。教会の名の通り、世界を生み出した創造主を信仰する一団であり、1000年以上の歴史を誇る。
 教会が一連の事件に関与していなくとも、潜伏者がいる確率が極めて高い。

「ゼノス君の核は賢者の石、サージェルマン君は命樹の樹液による核が使用されている。イリシュタリア王国だけの問題じゃない」

 グランディス皇国にも調査の協力を要請する必要がある。だが、イリシュタリアの現状を顧みれば、どこにホムンクルスが紛れ込んでいるか分からない。犯人、敵組織にこちらの動向を知られては、掴めるトカゲの尾すら無くなってしまう恐れがある。

「あっ……グランディス皇国についてなんですが……」

 思い出したようにデュアスは言う。

「ん? あちらにレンリオス子爵の親戚がいるのかな?」
「い、いえ。実は、娘に見合いの話が来ていまして」
「あちらの貴族か。名は?」

 ミューゼリアは年頃であり、交流関係を見ればグランディス皇国の貴族が関心を持ってもおかしくはない。見合いが破談になっても、それがきっかけでグランディス皇国の情報を得られるかもしれないと国王は思った。

「いえ、あちらの……だ、第一皇子です」

 それを聞いた3人は一瞬動きが止まった。

「……ちょっと待て。私にその話は来ていないぞ」
「はぁ? 百歩譲って学園で恋愛ならまだしも、こちらの王を通さないでこちらの子爵へ見合い話を皇族が持ち込む??」

 予想外の相手に国王とロレンベルグは驚き呆気にとられ、アーダイン公爵は無言で眉間に手をあてた。




 見合いの話は来たばかりであり、相手がどう動くか分からない。国王と公爵がそれとなく間に入る事になり、一旦デュアスは城を後にする。
 通路を抜け城の外へと出たリュカオンは、隣で項垂れる親友の背を軽く叩いた。

「デュアス。落ち込むなよ」
「仕方ないだろ……俺は父親として不甲斐なくて、子供達に申し訳ない」
「おまえは充分にやっている」
「子供を最前線に立たせるなんて大人の恥だ。変わってあげられるものなら、喜んで変わるのに……どうしてこうも、俺は言われてからしか気づけないんだ。見合いの話だって、自分で解決できないなんて……」
「相手が相手だ。子爵では言いなりにされかねない以上、仕方ない」

 大きくため息をつき、デュアスは肩を落とした。

「おまえにはおまえの、お嬢様にはお嬢様のやるべき事が、使命があるんだ。みんな万能ではないのだから、そう自分を責めな」
「そうだろうか」
「今、おまえのおかげで、国の危機の1つは消えたんだ。誇れよ」

 リュカオンは平然とした顔で言うが、周囲の近衛騎士達は絶句している。
 城門へと続く広い庭に作られた一本の道。彼等の目の前に落下し、石畳を砕くほどの重量を誇る巨体が倒れている。 

 それは、一本の槍で喉を貫かれ絶命した炎竜。

 赤き竜の鱗は本来紅玉のような美しい輝きを持つはずが、赤黒く淀みきっている。
 まるで投擲の練習のように何気ない足取りでデュアスは竜へと歩み寄り、その喉を貫く槍を引き抜いた。いつもであれば厚みのある肉の感触が僅かにでも槍から伝わって来るが、余りにも軽い。まるで、中身が無いかのようだ。

「問題が山済みなんだ。誇ってはいられない」

 デュアスは槍についた血を振り払い、近衛騎士の1人に返した。 
 その瞬間、炎竜の死体は塵となり崩れ落ち、風に乗って消え去った。
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