モブ令嬢はモブとして生きる~周回を極めた私がこっそり国を救います!~

片海 鏡

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7章 氷塊は草原に憧れる

109話 街道を目指して

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 私とニアギスは、上空を飛ぶレフィードの誘導の元、街道に出る為に移動をする。
 ニアギスの負った傷は回復魔術によって、顔はほとんど消え、頭に巻かれていた布も取られた。ただ、一番液体を被ってしまった背中から左腕にかけては時間が必要だ。
 一時間もすれば動かせると言っていたけれど、無理をさせるわけにはいかない。
 急ぎ過ぎず、でも着実に進む。

『こちらの動きに合わせて、あちらも動いている』

 ニアギスの血、もしくは服のどこかに付着した赤い液体の匂いを辿って来ていると思われる。試験管を投げた犯人が差し向けているのは確定、としたいが、人間が赤黒い魔物を使役するなんてゲーム内で見た事が無い。牙獣の王冠の魔方陣を思い返せば、人間の関与は否定できない。
でも魔術の〈使い魔〉として赤黒い魔物を扱うには、リスクが高すぎると知った。
 使い魔は、ここ200年で確立した魔術。最近、学園で教えてもらった。主に生物や妖精を使役するが、より正確に、思い通りに動かすには術者と五感を共有しなければならない。負の想念の塊である赤黒い魔物と五感を共有するなんて、術者の心が崩壊しかねない。

「結界に綻びは?」
『今は大丈夫だ』

 敵がこちらしか見向きもしていないのなら、レイさんへの被害は出ない。
 これには安心した。

「大きな杉までは、もう少しかかりそう?」
『30分は掛かると考えてくれ。レイの家は森の中心に近かったからな』
「わかった。出来るだけ、急ごう」

 レフィードと心の中でも話し合いながら、作戦を決めた。
 街道に出たら急いで結界の魔道具を探し、発動させる。結界が崩壊し、魔物の正体が判明した場合は、レフィードに応戦してもらい。弱った所で私が浄化を行う。ニアギスは回復魔術で魔力を使い続けているから、休ませる。
 以前、ロカ・シカラに絡まる黒い棘の浄化が出来たので、ある程度大きくてもやれると思う。兄様が持って来てくれた赤黒い爪で練習を行ったので、コツも掴んでいる。
 一番の不安は、私の魔力の量が足りるかどうかだ。

「お嬢様。先程、何か気付かれた様子でしたが、教えていただけますか?」
「うん。レイさんの話で、昔の事を思い出して……」

 街道までまだまだ距離がある。私は、レイさんの話から気づいた事をニアギスに伝える。

「エレウスキー商会の食品に赤い毒薬、またはその製法を元にした類似品が含まれる可能性ですか……」
「あの話が本当なら、調べる必要があると思う。昔の誕生日会で兄様が赤い毒薬の入った紅茶を一口飲んで、高熱を出してしまったことがあるの。その時は、シャルティスの葉で治ったんだけど……まだ生産が少ない状況で、何かの拍子に皆が一斉に倒れてしまったら、社会が停止して大変なことになる」
「そうですね。エレウスキー商会は、他の町にも店を構えていると聞きます。何万人と被害が出る可能性があります」

 ゲーム上の妖精王の復活に伴い発生した病については避け、分かってもらえるか心配になりながら説明した。
 かつて王太子の誕生会で振舞われた赤い紅茶は、血の臭いが濃かった。紅茶へ赤い毒液を直接流し込む代物だった。
 商品開発、研究、改良を経て、血の臭い限りなく少なくし、ハーブや香辛料でより減らしたとすれば、納得できる。
 前の毒薬は原材料に、雷竜の血が使われていた。竜種の血が必要となれば、牙獣の王冠の蛇竜達が記憶に新しい。カルトポリュデ曰く、中身が空に等しい状態だった。商品に加える毒薬を作る為、血を全部抜き取っていたとすれば頷ける。
 そうなってくると、サジュのお店は何だったのか。
 仮に牙獣の王冠での事件にエレウスキー商会が暗躍していたとして、彼等がアーダイン公爵家の配下たちの目をどうやって盗んだのか。
 兄様を襲った赤黒い魔物も、同じ犯人が送り込んでいたのか。
 蛇竜達の生息域周辺の村や町の人達は、大量討伐と運搬を目撃しているのか。
 疑問ばかりが増えるなぁ……憶測だけで考えてもいかないし、今は置いておくしかない。

「毒薬を浄化した霊草が絡んでいるとすれば、お嬢様へ攻撃を仕掛けた理由は明確になりますね」
「うん。あの場で、シャルティスに深く関わっているのは、私だけだからね」

 以前の手芸店の事件。そして今回の事件。どちらもエレウスキー商会が雇っているのでは、と考えが過る。
 ゲームで病が流行した際には、国と共にエレウスキー商会が先頭に立って国民の支援をしていた。
 ……それが、こんな形で変異するとは思いもしなかった。
 ゲームのメインストーリーでは、エレウスキー以外の商会は一切登場しない。レイさんの話をふまえると、他の商会は急成長するエレウスキーの商品を調査する為に購入し、食べ、徐々に依存体質となり、やがて〈病〉を患い、会社は縮小や停止した事になる。
 そうなってしまえば、店に商品が並ばなくなり、町から町への移動が困難になり、住民の生活が儘らなくなる。
 リティナの素材などのアイテム入手、運搬、クラフトのクエストは、これによって発生したと思えてしまう流れだ。
 けれど今はゲームの内容と違い、私の行動によって赤い毒薬の症状と霊草シャルティスの情報が知れ渡っている。貴族と関りのある商人なら、レイさんのように臭いで判別できなくても、妄信する客の様子から警戒をする。異常な症状が出る人が少しでも現れ、総じて同じ商会の商品を食べているとなれば、医療に関わる人達が疑問視し、国も動くことになる。
 どちらも正常な判断が出来る人がいればの話だ。今が瀬戸際。このままいけば、被害はゲームと同じ数だけ膨れ上がってしまう。

「この場を乗り越えたら、エレウスキー商会について調べたいの。力を貸してくれる?」
「もちろんです」

 ニアギスは力強く頷いてくれた。
 それが心強くて、何とかなる様な気がしてきた。
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