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7章 氷塊は草原に憧れる
104話 ホムンクルスが成り代わり(続・視点変更)
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「6年前にアレルギーで食べられない筈の料理を突然口にした、と使用人の1人から報告があった」
エレウスキー当主は、海老や蟹などの甲殻類を食べると喉のかゆみや蕁麻疹を発症するアレルギーの体質であった。そのため専属のシェフを雇い、料理だけでなく専用の調理器具と食器を使う様に徹底していた。しかし、6年前の従業員への礼を兼ねたパーティにて、彼は当然のように他の人と同じ料理を口にした。会場には彼専用の料理が並ぶテーブルが用意され、いつもならば彼はそこから選んで食べるはずだった。
食物アレルギーとは、病原体から身を守るための免疫機能が誤作動を起こし、特定の食べ物を異物として認識する事で発症をする。最悪の場合は死に至り、完治する術は見つかってはいない。
「アレルギーなんて、そんな話……」
「療法があるとしても、体質を変えるのは不可能だ。死んで生き返りでもしない限りね」
「な、長い間から黙認されていたなんて、おかしいじゃないか」
「組織ではよくある事だろ。最初に声に出した人が突然いなくなれば、誰も何も言えなくなる」
会場にいた配膳係の1人が、医者を呼ぶと言って慌てて出て行った。だが、その配膳係は帰って来ず、専属シェフは厨房から姿を消していた。
あからさまであり、強力な脅迫。当主のアレルギーを知る者達は、一斉に口を閉ざした。
少しでも辞職しようにも〈気づいた〉と見なされ、消される可能性がある。怪我や病気で運よく辞められたとして、商会から出た瞬間どうなっているか分からない。
誰が当主となった者の息が掛っているか分からず、逃げ出せない状況が作り出されていた。ロレンベルグが介入し、安全を確保した上で引き抜かなければ、誰も情報を開示しなかった。
「新しい感染症が発見された為、国が各商会に抜き打ちの健康診断を行っている。そう偽って、エレウスキー商会の全員を検査させてもらった。結果、当主はホムンクルスであると判明した」
実際に、各地で原因不明の病が確認されている。それを利用して、ラグニールはレーヴァンス王太子の力を借り、証拠を一つ一つ揃えて行った。
「父さんがホムンクルスだと言うなら、その愛人とその子供はどうなったの?」
「行方不明だ。子供と一緒に情報源にされ、骨すら残っていない可能性もあり、調査中だ」
「父さんが亡くなった理由は? ホムンクルスを作っている元凶は誰だって言うのさ」
「そちらも調査中。一か月半でこれだけ分かったんだ。褒めて欲しい位だよ」
だが、不可解な点はまだ残っている。
エレウスキー商会自体は傍から見れば、赤い毒薬を仕入れず、着々と店舗を増やしているやり手であった。国からの信頼もあった。学園でのサージェルマンのミューゼリアに対する異常行動と遺書によって情報が漏れさえしなければ、誰も調べようとはしなかった。
6年前ともなれば、赤い毒薬による貴族達の被害もあり、一般市民も含めて大きな騒ぎとなっていた。情報が錯綜する中、ほぼ同時期に当主がホムンクルスへ成り代わりが完了した。とうの昔に重要な証拠は燃やされ、犯人はより良い隠れ家に逃げ、エレウスキー商会は傀儡として機能し続けていた。
「ここまで説明したんだ。自分が何者か、わかるはずだ」
「僕も、ホムンクルスだと?」
ラグニールは微笑む。
「その通り。さて、話を戻そう。どうして、サージェルマンさんが連れ戻されたのか。司法解剖した結果、サージェルマンさんは魔力を過剰に生産する体質であるのが分かったんだ」
「……知った時は驚いた。でも、納得できた。あいつに教えた水属性の魔術が暴走して、俺の家の二部屋が水浸しになった。教えたせいでそうなったから、俺が魔術を失敗したと皆に嘘を付いたんだ」
真剣な面持ちのイグルドの話を聞き、サージェルマンはそんな事があったのかと思い返した。しかし、印象的な出来事の筈が、全く思い出せなかった。
「魔力を持つ子供が上手に消費できず、溜め込んだ結果体調不良を起こすのは、よくあることだ。けれど、彼の場合はあまりにも過剰で、薬の効果が薄かった。結果、身体が弱いと思われていたんだ」
魔力の溜め込みによる体調不良は、成長と共に改善をする。しかしサージェルマンの場合は、改善どころか成長と共に生産量が増えていた。半分の遺体であっても、筋肉や血管に残る魔力は常人の比では無かった。
「自分の魔力が膨れ上がる分、彼は他者の魔力に敏感になった。これも小さい頃によく出る症状だ。大人には見えないものが子供には見える。小さな子供が、妖精を看破するなんて昔話がよく転がっている位にね」
「何が言いたいんだ」
「サージェルマンさんは、3年ぶりに会う自分の父親が偽物であると気づいた。体の弱さから助からないと悟り、死を覚悟し遺書を書いた」
「ホムンクルスへの情報源がどれほどの量が必要か知らないけれど、殺すほどではないはずだ。それに、今の話からして外部に漏らさなければ命は助かっているじゃないか」
「より精密なホムンクルスを作るには、それ相応の魔力と情報の塊が必要だ。人であれば、言語や感情、複雑な思考が不可欠。なぜ、エレウスキー商会が倒産せずにいられたのか。従業員たちの力だけじゃない。当主の情報源から記憶や能力を引き継いだからだ」
錬金術師達による実験、研究は今も進んでいる。大火傷を負った人の肌や、腕や足を失った人に移植をする実験、薬の臨床実験など、活用法が考えられている。その研究の中で、情報源の量によってホムンクルスの初期の行動や思考回路に差が生まれると判明した。
情報源の少ない渡り鳥のホムンクルスは、見た目こそ成鳥だが、餌を捕れず、飛ぶことが出来なかった。逆に多い方は即座に飛び、本物の群れへ混ざり他国へ渡ろうとしたのだ。
「魔力壺に魔力が満たされているほど、ホムンクルスの誕生する確率は跳ね上がる。エレウスキー商会当主の子供の情報源としてだけでなく、サージェルマンさんの体は良い資材だったという訳だ」
外道も外道の話であるが、重宝されていたからこそ約6年経とうとも遺体が半分残っていた。
「そして、君が作られた。調査する中で私は、他の店で〈君〉と何人も会っているんだよ」
「そんなの嘘だ」
サージェルマンとされる人物は首を振った。
父にこの店を任せると言われた。認められたと喜び、一生懸命だった。
目の前にいる底知れない男は、静かにこちらを見つめ、訳の分からない話を突き付けるばかり。けれど自分の欠けている部分の多さに気づかされ、心は弱まる。
「嘘じゃない。確かめるために、まずは地下へ行ってみようか」
ラグニールは既に他の店の地下に赴き、見ている。迷いなく、自信に満ちたその発言に、彼は打ちのめされる。
「君は唯一学園の生徒になった。その理由を知るためにも、協力して欲しい」
サージェルマンとされる人物は、一歩後ろに引いた。
ホムンクルスの製造の為の隠れ蓑。その目的が分からないまま、ずっと犯罪の片棒を担がされる。一家もろとも捨て駒に仕立て上げら得ている。
ミューゼリアの隣に立てる位に、立派になりたいと頑張っていたのに。
「いやだ」
彼は首を振り、頭を抱えた。
「僕は、僕のままでいたい。捕まりたくない」
「手荒な真似はしないよ。証拠が揃うまでは、監視下に」
「嫌だ!!!!!」
彼が叫んだ瞬間、地面が大きく揺れ、客間に飾られていた花瓶が床へと落下する。
エレウスキー当主は、海老や蟹などの甲殻類を食べると喉のかゆみや蕁麻疹を発症するアレルギーの体質であった。そのため専属のシェフを雇い、料理だけでなく専用の調理器具と食器を使う様に徹底していた。しかし、6年前の従業員への礼を兼ねたパーティにて、彼は当然のように他の人と同じ料理を口にした。会場には彼専用の料理が並ぶテーブルが用意され、いつもならば彼はそこから選んで食べるはずだった。
食物アレルギーとは、病原体から身を守るための免疫機能が誤作動を起こし、特定の食べ物を異物として認識する事で発症をする。最悪の場合は死に至り、完治する術は見つかってはいない。
「アレルギーなんて、そんな話……」
「療法があるとしても、体質を変えるのは不可能だ。死んで生き返りでもしない限りね」
「な、長い間から黙認されていたなんて、おかしいじゃないか」
「組織ではよくある事だろ。最初に声に出した人が突然いなくなれば、誰も何も言えなくなる」
会場にいた配膳係の1人が、医者を呼ぶと言って慌てて出て行った。だが、その配膳係は帰って来ず、専属シェフは厨房から姿を消していた。
あからさまであり、強力な脅迫。当主のアレルギーを知る者達は、一斉に口を閉ざした。
少しでも辞職しようにも〈気づいた〉と見なされ、消される可能性がある。怪我や病気で運よく辞められたとして、商会から出た瞬間どうなっているか分からない。
誰が当主となった者の息が掛っているか分からず、逃げ出せない状況が作り出されていた。ロレンベルグが介入し、安全を確保した上で引き抜かなければ、誰も情報を開示しなかった。
「新しい感染症が発見された為、国が各商会に抜き打ちの健康診断を行っている。そう偽って、エレウスキー商会の全員を検査させてもらった。結果、当主はホムンクルスであると判明した」
実際に、各地で原因不明の病が確認されている。それを利用して、ラグニールはレーヴァンス王太子の力を借り、証拠を一つ一つ揃えて行った。
「父さんがホムンクルスだと言うなら、その愛人とその子供はどうなったの?」
「行方不明だ。子供と一緒に情報源にされ、骨すら残っていない可能性もあり、調査中だ」
「父さんが亡くなった理由は? ホムンクルスを作っている元凶は誰だって言うのさ」
「そちらも調査中。一か月半でこれだけ分かったんだ。褒めて欲しい位だよ」
だが、不可解な点はまだ残っている。
エレウスキー商会自体は傍から見れば、赤い毒薬を仕入れず、着々と店舗を増やしているやり手であった。国からの信頼もあった。学園でのサージェルマンのミューゼリアに対する異常行動と遺書によって情報が漏れさえしなければ、誰も調べようとはしなかった。
6年前ともなれば、赤い毒薬による貴族達の被害もあり、一般市民も含めて大きな騒ぎとなっていた。情報が錯綜する中、ほぼ同時期に当主がホムンクルスへ成り代わりが完了した。とうの昔に重要な証拠は燃やされ、犯人はより良い隠れ家に逃げ、エレウスキー商会は傀儡として機能し続けていた。
「ここまで説明したんだ。自分が何者か、わかるはずだ」
「僕も、ホムンクルスだと?」
ラグニールは微笑む。
「その通り。さて、話を戻そう。どうして、サージェルマンさんが連れ戻されたのか。司法解剖した結果、サージェルマンさんは魔力を過剰に生産する体質であるのが分かったんだ」
「……知った時は驚いた。でも、納得できた。あいつに教えた水属性の魔術が暴走して、俺の家の二部屋が水浸しになった。教えたせいでそうなったから、俺が魔術を失敗したと皆に嘘を付いたんだ」
真剣な面持ちのイグルドの話を聞き、サージェルマンはそんな事があったのかと思い返した。しかし、印象的な出来事の筈が、全く思い出せなかった。
「魔力を持つ子供が上手に消費できず、溜め込んだ結果体調不良を起こすのは、よくあることだ。けれど、彼の場合はあまりにも過剰で、薬の効果が薄かった。結果、身体が弱いと思われていたんだ」
魔力の溜め込みによる体調不良は、成長と共に改善をする。しかしサージェルマンの場合は、改善どころか成長と共に生産量が増えていた。半分の遺体であっても、筋肉や血管に残る魔力は常人の比では無かった。
「自分の魔力が膨れ上がる分、彼は他者の魔力に敏感になった。これも小さい頃によく出る症状だ。大人には見えないものが子供には見える。小さな子供が、妖精を看破するなんて昔話がよく転がっている位にね」
「何が言いたいんだ」
「サージェルマンさんは、3年ぶりに会う自分の父親が偽物であると気づいた。体の弱さから助からないと悟り、死を覚悟し遺書を書いた」
「ホムンクルスへの情報源がどれほどの量が必要か知らないけれど、殺すほどではないはずだ。それに、今の話からして外部に漏らさなければ命は助かっているじゃないか」
「より精密なホムンクルスを作るには、それ相応の魔力と情報の塊が必要だ。人であれば、言語や感情、複雑な思考が不可欠。なぜ、エレウスキー商会が倒産せずにいられたのか。従業員たちの力だけじゃない。当主の情報源から記憶や能力を引き継いだからだ」
錬金術師達による実験、研究は今も進んでいる。大火傷を負った人の肌や、腕や足を失った人に移植をする実験、薬の臨床実験など、活用法が考えられている。その研究の中で、情報源の量によってホムンクルスの初期の行動や思考回路に差が生まれると判明した。
情報源の少ない渡り鳥のホムンクルスは、見た目こそ成鳥だが、餌を捕れず、飛ぶことが出来なかった。逆に多い方は即座に飛び、本物の群れへ混ざり他国へ渡ろうとしたのだ。
「魔力壺に魔力が満たされているほど、ホムンクルスの誕生する確率は跳ね上がる。エレウスキー商会当主の子供の情報源としてだけでなく、サージェルマンさんの体は良い資材だったという訳だ」
外道も外道の話であるが、重宝されていたからこそ約6年経とうとも遺体が半分残っていた。
「そして、君が作られた。調査する中で私は、他の店で〈君〉と何人も会っているんだよ」
「そんなの嘘だ」
サージェルマンとされる人物は首を振った。
父にこの店を任せると言われた。認められたと喜び、一生懸命だった。
目の前にいる底知れない男は、静かにこちらを見つめ、訳の分からない話を突き付けるばかり。けれど自分の欠けている部分の多さに気づかされ、心は弱まる。
「嘘じゃない。確かめるために、まずは地下へ行ってみようか」
ラグニールは既に他の店の地下に赴き、見ている。迷いなく、自信に満ちたその発言に、彼は打ちのめされる。
「君は唯一学園の生徒になった。その理由を知るためにも、協力して欲しい」
サージェルマンとされる人物は、一歩後ろに引いた。
ホムンクルスの製造の為の隠れ蓑。その目的が分からないまま、ずっと犯罪の片棒を担がされる。一家もろとも捨て駒に仕立て上げら得ている。
ミューゼリアの隣に立てる位に、立派になりたいと頑張っていたのに。
「いやだ」
彼は首を振り、頭を抱えた。
「僕は、僕のままでいたい。捕まりたくない」
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