モブ令嬢はモブとして生きる~周回を極めた私がこっそり国を救います!~

片海 鏡

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7章 氷塊は草原に憧れる

102話 赤は繋がり続ける (続・視点変更)

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「亡き親友って……僕はここにいるじゃないか」

 訳が分からずサージェルマンは言った。

「おまえはサジュじゃない……全部、この手紙に書いてあるんだ」

 イグルドは感情を荒げず、静かに首を振った。

「サジュは生まれつき身体が弱かった。あいつの両親は、弱さを克服させる為に、色んなものを無理やり食わせ続けた。だから、太っていた」

 栄養をきちんと与えれば、化学に頼らず自然に育った食べ物を与えれば、自然のものを見に着ければ、と医療が発展するのとは逆行し、偏った思考を持った親は存在する。中には、医療では救えない我が子をどうしても助けたいと、藁をもすがる思いの親もいる。そのような親を狙い、金儲けの為に利用し、洗脳をする悪しき者もまた存在する。
 彼等によって子供の容体が急激に悪化、最悪の場合死に至り、問題が取り沙汰され続けている。
 サジュもまたその被害者の1人だった。

「健康そうに見えたのも、顔色を誤魔化す為に化粧をさせられていたからだ」

 両親に恵まれ、健康な体のイグルドには知らない世界だった。
 運動が苦手なら、屋敷で遊ぼうと誘っていた。
 貴族であるイグルドに誘いをサジュの両親は断れず、遊びに行かせていた。
 手紙には、あの屋敷で過ごす時間が、唯一の楽しみだったと記されていた。

「この手紙はサージェルマンさんが、使用人だった女性に託したものだ。彼女はイグルドが16歳になった時に、渡して欲しいと頼まれたらしい」

 ラグニールはそう言って、イグルドの前に立った。
 これ以上故人の領域を踏み荒らされない様に、手紙の内容は語れなかった。
 イグルドは間に立たれても何も言わず、手紙を見る。待ちに待った手紙が、遺書になるなんて、思いもしなかった。無性に悔しさだけがこみ上げる。

「使用人を信用できる? 偽造した可能性だってあるのに」
「信用できるとも。彼女は、サージェルマンさんの母親代わりだったからね」

 それを聞き、サージェルマンとされる人物は口を噤んだ。

「一か月半かけて、色々と調べさせてもらったよ。君の知っての通り、サージェルマンさんの生みの母親は常に厳しく、些細な失敗であっても𠮟りつけ、成功するまで何度もやり直させるような人だった。そんな人、母親であっても愛せないのは仕方がない」

 厳しく教育すれば、心が強く育つ。そう思い込む親は一定数存在する。
 だが幼いサージェルマンの心は擦り減り、徐々に壊れ始めた。見るに堪えない状況に使用人の女性は、彼に寄り添い、甘やかした。彼の優しい心は、花が大好きな彼女によって育てられたものだ。

「当主である父親には愛人がいたそうだね。彼女との間には、健康な子供が二人も生まれた。だから正妻の子供には関心が持てず、けれど世間体もあり、サージェルマンさんの治療に金を出し続けた」
「愛人なんて知らない。浮気はあったけど、母さんにすぐにバレて大喧嘩をしていたよ」

 ラグニールは一歩前へと進み、彼は一歩下がる。

「両親の不仲を知っているんだね」
「昔は顔を合わせる度に喧嘩をしていたけれど、今は随分とマシになったよ。この通り、健康になったから」
「おかしいな。正妻の御遺体は、6年前に彼女の実家で埋葬されているのに」
「母さんが、亡くなってる……? そんな筈はないよ。だって、屋敷に帰れば、いつだって出迎えてくれる」
「その女性は、君と同じ色の瞳と髪をしているんだよね?」
「えっ……それ、は……」

 サージェルマンはなぜか言葉を詰まらせた。

「没落寸前の男爵家の三女であった彼女は、ロクな嫁入り道具を持たせてはもらえなかったが、一人だけ使用人を連れて来た。それがサージェルマンの母親代わりとなった使用人。彼女は、約11年間のエレウスキー家の動向について教えてくれたよ」
「……正妻の女性が、赤い毒薬を飲んでいたのね」

 6年前と聞いたシャーナは、声を小さく震わせながら言った。

「残念な事にね。けれど、それだけなら使用人の女性は、隠れる必要なんてなかったんだ」

 11年前、エレウスキー商会に商売を持ち込もうとした者がいた。その者は、栄養剤として赤い毒薬を持って来た。当主は異様な赤さに気味悪がり、取引をしなかった。
 新しいものへ意欲的であった正妻は、赤い毒薬を個人で購入し、妊娠中から定期的に飲んでいた。栄養剤と見せかける為に、当時であっても妊婦が飲む事を推奨してはいなかった。
 原因であるか不明だが、生まれて来た子供の体は弱かった。
 自分の子供の弱さ、愛人とその子供、思い悩む正妻は酒に溺れる様に、次第に赤い毒薬への依存を強め始めた。性格から好みまで、豹変した。
 使用人の女性は、まだ情報が少なかった赤い毒薬を危険であると判断し、依存を断つ為にも正妻へ療養を提案した。表向きは、サージェルマンの健康の為、である。
 そして、三人が療養先として過ごしていたのが、レンリオス領だった。

「レンリオス領で過ごしたのは3年程だ。その間に、エレウスキー当主は愛人とその子供を連れ込み、金の力で正妻と離婚した。行き場を失った3人は、実家に戻るしかなかった。やがて赤い毒薬を断ったことによる禁断症状によって容体が急変し、正妻であった女性は亡くなった」 

 ラグニールは死亡届と離縁届の写し、賄賂を貰い不正な手続きを行った者達の名が記された紙を懐から取り出した。
 それは、ミューゼリアがシャーナを助ける1週間前の事だった。

「正妻が亡くなると、サージェルマンの親権は当主が取得し、連れ戻された。何故だと思う?」

 離婚した正妻の子供であり、尚且つ身体の弱い。丁度良く母親代わりの使用人もいる。残酷ではあるが、健康な子供にエレウスキー商会の未来を託した方が良い、と当主は考えそうなものだ。

「わ、分かるはずがだろ! なんで、そうやって僕が死んだ前提で話を進めるんだ!」
「私の部隊によって、サージェルマン遺体の半分を回収したからだ」

 ラグニールは冷静さを保ちながら応えた。
 シャーナは驚き口を覆うが、イグルドはサージェルマンを見つめ、彼の奥、本物の死を悼んでいる。

「イグルドに宛てられた手紙は、死んだ前提で語られた内容だと聞いている。子供が死を覚悟するなんて余程の事だ。父親が何か危険な事業に手を出し、逃げようにも逃げられなかったと示唆される」
「父さんの事業では、事故でもない限り誰かの命を脅かす様なものはないよ」
「あるさ」

 ラグニールは当然のように言った。

「エレウスキー商会から引き抜いた商人や事務員が、多くを語ってくれたよ」

 正確には、逃げたくとも逃げられなかった生存者を〈引き抜き〉の形で、エレウスキー商会から辞職させた。
 ロレンベルグの名が出れば、大抵の人間はそちらに従う。
 二国に渡り、ロレンベルグは王家であっても無視を出来ない巨大な組織である。

「人間を材料とするホムンクルス事業。私の一族でも手を出さない蛮行だ」
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