52 / 143
4章 老緑の王は幼子に微笑む
49話 森の裏側
しおりを挟む
「お嬢様! 起きてください!」
「んん…………あれ、ゼノス……さん?」
私はゼノスさんの必死の呼びかけで意識を取り戻した。
シュクラジャに連れ去られた状況で眠ったとは考えられない。
「ここは……」
ゆっくりと起き上がり周囲を見渡す。私とゼノスさんは、横に伸びる大風樹の幹の上にいる。
空間が広がっている。そこは森ではあるが、森ではない。
空は白く、周囲は煌々と輝きながらも、霞が掛かっている。葉のない木々が上下、左右、四方八方から枝や幹を伸ばしているが、根を張るべき地面がどこにも見当たらない。鼻を頼りにしてみるが、土の香りは一切しない。耳を澄ませても、鳥の鳴き声や水の流れる音は聞こえない。
『森の裏側、かつての神達の棲む側へ連れてこられたようだ』
「レフィード!?」
今まで人前に出ない様にしていたのに、傍らに座っている半人型のレフィードに驚いた。
「この方が、意識を失っていた我々を守ってくださいました。魔物は我々を連れて来ると、すぐに戻って行ってしまったそうです」
連れ去られる直前は動揺していたようだが、今は護衛兵として心構えはしっかりとしている様子だ。ただしゼノスさんは私が目を覚ましてから、徐々に遠ざかっている。女性への苦手意識には抗えないようだ。
『ここは人間が長時間いられない。私の力で2人を守る必要があり、やむを得なかった。ゼノスは公言しないと約束してくれたので、安心してほしい』
「ゼノスさん。そうなのですか?」
念の為、少し離れた場所にいるゼノスさんに訊く。
悪の組織に狙われているわけではないが、誰かれ構わずレフィードの存在を知られたくはない。レフィードの言うように非常事態だが、私がリティナではない以上、ゼノスさんとの関係性は今後薄くなるので、慎重になってしまう。
「はい。御二人が皆さんに話すと決めるその日まで、私は命に代えても公言はしません」
胸に左手を当てながらゼノスさんはしっかりとした声音で言う。視線は真っすぐとしており、揺らぐ様子は一切ない。
この距離感は、主従に近いと思った。必要以上に接触をしない、私とゼノスさんには丁度良い距離だろう。
「……わかりました。信じます」
私は静かにそう言い、立ち上がる。
周囲には道らしきものは無く、足を滑らせ幹から落ちたらどうなるか予測がつかない。
「レフィード。どうやってここに連れてこられたか、覚えている?」
『突如森に発生した濃霧にシュクラジャが一直線で入り込み、一瞬で場所が変わった』
風森の神殿で霧が発生するのは、主に秋から冬にかけての寒い時期。濃霧がここへの出入り口の役割をしているのは明白だが、〈突如〉となれば発生条件が分からない。鳥が一斉に鳴き出したのが要因の一つに思えるが、それが本当に鳥なのか怪しいと感じてしまう。
「私達が意識を失った理由は、その濃霧の発生条件を知られたくないから、かな」
『そうだ。ここは、神の時代が終わりを告げて尚その存在を残す場所。世界にとっての〈聖域〉と呼んで良いだろう。安易に人が触れるべきではない』
「うん。人間が踏み入れてしまったら、壊れそうだもんね」
本来私達のいるべき世界と理が違うが、幻想的でとても綺麗だと思う。安易に入れては、人間が長時間いられないとしても、どれ程居られるか実験をする人が出てくるだろう。冒険者の制度が無くなっても、密猟や乱獲をする人はいる。そんな人達の目に晒してはいけない場所だ。
「私達が連れてこられたってことは、何か理由があるんだよね?」
『隣人が我々に頼みがあるようだ』
「隣人?」
きっと私達を気絶させた張本人だ。
どんな人物か聞こうとした時、コツン、コツンと誰かが杖をついて歩いてくる音が上から聞こえてくる。
ゼノスさんが音のする方角を警戒し、剣の柄を握る。
「あなたは、確か狩人の……」
私は驚き、ゼノスさんは警戒をしつつも剣の柄から手を離す。
霞の中から現れたのは狩人の老人だ。一回目の風森の神殿でアンジェラさんに連れられて帰って来た時、バンガローのオーナー達と一緒にいるのを見た覚えがある。
白髪に豊かな髭を生やし、顔を隠すように毛皮で作ったフードを被っている。背中はそれ程曲がってはおらず、足腰もしっかりとしているが、今は白い小鳥が乗った杖をついている。
「手荒な真似をしてしまい、すまなかった」
一瞬、老人の体が幻の様に歪んだように見えた。
「突然で驚きました。あなたは、誰ですか?」
「墓守を担う妖精だ」
純血の妖精は初めて見る。バンガローで目にした時には何も思わなかったが、今は決定的に〈何か〉が違うように感じた。
「妖精という名は、今は畏敬を象徴する名として世界へ広まった。故に肉を持つ亜人達が身を守る為に名乗る様になり、空席となった玉座を守る為に常若の門は閉ざされ、本来の意味は薄れてしまった」
老人は木々の枝をまるで階段のようにして、私達の元へと下りて来た。まるで体重が無いかのように、枝は一切重みでたわむことは無かった。
風が吹いていないのに、葉がこすれ合う音が聞こえた気がした。
「精霊の器であるあなたに、頼みがある」
懐から、どうやって納めていたのか分からない程に長い木の枝が取り出される。
「杖を作って欲しい。あの方を拠り所にしてしまった想念を導く為に」
手渡されたのは一本の乾燥させた太い木の枝。
年輪に結晶の層がある。千年樹だ。
「んん…………あれ、ゼノス……さん?」
私はゼノスさんの必死の呼びかけで意識を取り戻した。
シュクラジャに連れ去られた状況で眠ったとは考えられない。
「ここは……」
ゆっくりと起き上がり周囲を見渡す。私とゼノスさんは、横に伸びる大風樹の幹の上にいる。
空間が広がっている。そこは森ではあるが、森ではない。
空は白く、周囲は煌々と輝きながらも、霞が掛かっている。葉のない木々が上下、左右、四方八方から枝や幹を伸ばしているが、根を張るべき地面がどこにも見当たらない。鼻を頼りにしてみるが、土の香りは一切しない。耳を澄ませても、鳥の鳴き声や水の流れる音は聞こえない。
『森の裏側、かつての神達の棲む側へ連れてこられたようだ』
「レフィード!?」
今まで人前に出ない様にしていたのに、傍らに座っている半人型のレフィードに驚いた。
「この方が、意識を失っていた我々を守ってくださいました。魔物は我々を連れて来ると、すぐに戻って行ってしまったそうです」
連れ去られる直前は動揺していたようだが、今は護衛兵として心構えはしっかりとしている様子だ。ただしゼノスさんは私が目を覚ましてから、徐々に遠ざかっている。女性への苦手意識には抗えないようだ。
『ここは人間が長時間いられない。私の力で2人を守る必要があり、やむを得なかった。ゼノスは公言しないと約束してくれたので、安心してほしい』
「ゼノスさん。そうなのですか?」
念の為、少し離れた場所にいるゼノスさんに訊く。
悪の組織に狙われているわけではないが、誰かれ構わずレフィードの存在を知られたくはない。レフィードの言うように非常事態だが、私がリティナではない以上、ゼノスさんとの関係性は今後薄くなるので、慎重になってしまう。
「はい。御二人が皆さんに話すと決めるその日まで、私は命に代えても公言はしません」
胸に左手を当てながらゼノスさんはしっかりとした声音で言う。視線は真っすぐとしており、揺らぐ様子は一切ない。
この距離感は、主従に近いと思った。必要以上に接触をしない、私とゼノスさんには丁度良い距離だろう。
「……わかりました。信じます」
私は静かにそう言い、立ち上がる。
周囲には道らしきものは無く、足を滑らせ幹から落ちたらどうなるか予測がつかない。
「レフィード。どうやってここに連れてこられたか、覚えている?」
『突如森に発生した濃霧にシュクラジャが一直線で入り込み、一瞬で場所が変わった』
風森の神殿で霧が発生するのは、主に秋から冬にかけての寒い時期。濃霧がここへの出入り口の役割をしているのは明白だが、〈突如〉となれば発生条件が分からない。鳥が一斉に鳴き出したのが要因の一つに思えるが、それが本当に鳥なのか怪しいと感じてしまう。
「私達が意識を失った理由は、その濃霧の発生条件を知られたくないから、かな」
『そうだ。ここは、神の時代が終わりを告げて尚その存在を残す場所。世界にとっての〈聖域〉と呼んで良いだろう。安易に人が触れるべきではない』
「うん。人間が踏み入れてしまったら、壊れそうだもんね」
本来私達のいるべき世界と理が違うが、幻想的でとても綺麗だと思う。安易に入れては、人間が長時間いられないとしても、どれ程居られるか実験をする人が出てくるだろう。冒険者の制度が無くなっても、密猟や乱獲をする人はいる。そんな人達の目に晒してはいけない場所だ。
「私達が連れてこられたってことは、何か理由があるんだよね?」
『隣人が我々に頼みがあるようだ』
「隣人?」
きっと私達を気絶させた張本人だ。
どんな人物か聞こうとした時、コツン、コツンと誰かが杖をついて歩いてくる音が上から聞こえてくる。
ゼノスさんが音のする方角を警戒し、剣の柄を握る。
「あなたは、確か狩人の……」
私は驚き、ゼノスさんは警戒をしつつも剣の柄から手を離す。
霞の中から現れたのは狩人の老人だ。一回目の風森の神殿でアンジェラさんに連れられて帰って来た時、バンガローのオーナー達と一緒にいるのを見た覚えがある。
白髪に豊かな髭を生やし、顔を隠すように毛皮で作ったフードを被っている。背中はそれ程曲がってはおらず、足腰もしっかりとしているが、今は白い小鳥が乗った杖をついている。
「手荒な真似をしてしまい、すまなかった」
一瞬、老人の体が幻の様に歪んだように見えた。
「突然で驚きました。あなたは、誰ですか?」
「墓守を担う妖精だ」
純血の妖精は初めて見る。バンガローで目にした時には何も思わなかったが、今は決定的に〈何か〉が違うように感じた。
「妖精という名は、今は畏敬を象徴する名として世界へ広まった。故に肉を持つ亜人達が身を守る為に名乗る様になり、空席となった玉座を守る為に常若の門は閉ざされ、本来の意味は薄れてしまった」
老人は木々の枝をまるで階段のようにして、私達の元へと下りて来た。まるで体重が無いかのように、枝は一切重みでたわむことは無かった。
風が吹いていないのに、葉がこすれ合う音が聞こえた気がした。
「精霊の器であるあなたに、頼みがある」
懐から、どうやって納めていたのか分からない程に長い木の枝が取り出される。
「杖を作って欲しい。あの方を拠り所にしてしまった想念を導く為に」
手渡されたのは一本の乾燥させた太い木の枝。
年輪に結晶の層がある。千年樹だ。
33
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説

間違えられた番様は、消えました。
夕立悠理
恋愛
竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。
運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。
「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」
ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。
ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。
「エルマ、私の愛しい番」
けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。
いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。
名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる