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2章 生誕祭に霊草の葉を

26話 少々変わった褒美 (一部変更)

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「レンリオス卿。これまで囮役として立ち回り、情報収集をしてくれた事、感謝する。今回の事件に加え、共犯者たちを炙り出す事に成功した」

 災害の後に王都へ呼ばれたあの時から、赤い液体の調査の一員としてお父様は立ち回っていたようだ。
 お父様は豪農に近い貴族であり、貴族社会にデビューを予定していた年に当主になった。魔物討伐隊に所属していた為に政治への経験の浅さも相まって、領地を切り盛りするだけで精一杯だった。さらに平民の娘と結婚した事で、風当りはかなり強くなり、お父様は貴族社会と距離を置いていた。無知な田舎者を傀儡や捨て駒にしようと考え、近づいて来る貴族は密かに居ただろうが、近隣の親戚からの助けもあって平穏にこれまで過ごしてきた。
 レンリオス家は歴史は長く、実直な統治を行ってきた実績があり、王都を中心とする貴族社会から離れた位置にいた為に赤い液体の影響を全く受けていなかった。
 敵味方が入り乱れる王宮の中や周囲を取り巻く貴族達よりも、信頼が置ける存在である陛下はと判断されたのだと思う。
 
「お褒め頂き、誠に光栄です」

 お父様は深々と頭を下げる。

「ミューゼリア嬢。君の活躍を大いに評価する。シャーナ嬢の救出だけではない。君がシャルティスの人工栽培を前進させてくれた。これから技術が向上すれば、多くの人が救われる事だろう」

「温かいお言葉、ありがとうございます」

 私は、膝を折らずにスカートを両手でつまんで上げつつ頭を下げるタイプのカーテシーを行う。

「アーダイン公。そう思い詰める事が無いように。今後の君の働きに期待する」
「国王陛下の期待を裏切らないよう、誠心誠意努めてまいります」

 アーダイン公爵は陛下へ深々と頭を下げながら、力のこもった声音で言った。
 ゲームの設定では、アーダイン公爵は自身の屋敷へ全く帰らない程に多忙を極めているとされる。彼が魔術師として王国の最強の座にいるだけでなく、王都や公爵家の領土を守る結界の核とも呼べる術式を所有しているからだ。小さな問題は大きな災いに転じてしまう。常に彼は行動し、結界を守り続けている。
 ファシアはアーダイン公爵の前では良い妻を装い続けていたのだろう。執事長が定期的に公爵へ送る報告書が偽造され、より正確な情報が彼の元に来なかった為に、食い止めるのが遅れてしまった。彼もまた被害者であるが、妻の非道に対する責任を取る為に、多くのものを陛下へと差し出した。

「レンリオス卿とミューゼリア嬢への褒美だが、アーダイン公に譲渡された鉱山を与えても良いと私は思う」

 驚く私とお父様の元へ、臣下の男性から地図が手渡される。
 イリシュタリア王国全域が書かれた地図には、アーダイン公爵の広大な領地に赤い丸が2つ記されている。それは、ダンジョン〈牙獣の王冠〉の付近だ。山が連なり入り組んだ地形なので距離は王都からでも5日掛かるだろうか。公爵の屋敷からは1日もすればつく距離だと思うが、レンリオスの領地からするとかなり遠い。

「陛下。レンリオス卿の領土から鉱山までの距離は余りにも遠く、採掘や管理に多くの人財と資金が必要です。男爵家にとっては重荷になりかねません」

 アーダイン公爵の言う通りだと思う。採掘、選定、属性鑑定、運搬等、様々な工程と人の手が加わり魔鉱石は市場に出る。鉱山の運営をそのまま引き継ぐとしても、維持費は相当な金額だ。公爵家が所有していた鉱山なので、その分の黒字は見込めると思うが、いつまでそれが続くか分からない。廃坑になっても家門が傾かない程の財力を持つのに、何年かかるだろう。

「それでは、私の代わりにアーダイン公が管理を行い、採掘された上質な魔鉱石をレンリオス卿へ独占納品してもらおうか。牙獣の王冠付近は魔物の生息域であり、警備を疎かには出来ない。鉱山を私へ譲渡したからと、今の体制を一気に変更するのは君にとっても不都合が多いだろう」
「そういう事ですか……」

 アーダイン公爵は何か理解したらしい。

「わかりました。娘を助けていただいた恩があります。こちらからはミューゼリア男爵令嬢の行うシャルティスの人工栽培の支援と資金提供、並びにレンリオス卿の統治する領地の災害と魔物対策に魔術師達を派遣させていただきます」

 私は驚きながらも、内心では飛び上がる程に喜んだ。
 半場諦めていた支援を、アーダイン公爵が行ってくれる。シャルティスの人工栽培の確立が早まるだけでなく、規模を拡大できるはずだ。アーダイン公爵家の傘下には、多くの魔術師の家門がいる。中には、魔術に使う道具や薬を制作する職人達、その材料を扱う木こりや農家達もいると設定で書かれていた。彼らの手によって私の作った木箱よりも大きな施設を作り、発芽が安定すれば、一気に規模が拡大できると夢が膨らんでいく。

「しかし、陛下。褒美とは少々違うのではありませんか?」
「仕方ないだろう。最初の段階で〈今回の計画が完了した曙には、褒美をやる〉と卿と夫人に言ったが、子供達の為になるならと何も見返りを求めてこなかったんだぞ。ようやく引き出したのは、復興支援だ。確かにそちらは重要だが、欲が余りになさすぎる。危うさすら感じる」

 アーダイン公爵の問いかけに、陛下は大きくため息を着いた。どこか2人の間で交わされる会話の声音が緩やかで、親しい感じがする。年が近いので2人が小さな頃は、王太子と遊び相手の関係だったのだろう。
 褒美を欲しがらないから、兄様を王太子の遊び相手にしようと陛下は提案したのだと、私はここで理解した。選び抜かれた騎士達が集まる城は、強くなりたいと願う兄様にとってうってつけの場所と言える。将来的にも、王太子の傍に付くことは優位に働くだろう。
 おそらく、私のドレスやアクセサリーは陛下からの贈り物だ。こちらは問答無用に、玉座の間に行くからと押し付ける形で渡されたのだろう。お母様はとても喜んでいた。

「申し訳ありません……」

 2人の会話にお父様は思わず謝ってしまった。

 お父様は現実的で、考えなしに欲しがるような性格ではない。陛下からの信頼は今後の家門にとって優位に働くが、褒美はどれも手に余る程に高価であると判断されたのだろう。

「ほれ、見ろ。すぐ萎縮されるんだ。国宝の1つを押し付けて、私の体面を保った方がまだマシだ」

 確かに、褒美はいらないと慈善活動をするのは美徳に見えるが、田舎の男爵が良い様に操られていると思われ、洗脳など良からぬ憶測をゴシップ紙に書かれてしまう。それならちゃんと報酬を貰って、その功績を歴史に刻んだ方が良さそうに思う。

「レーヴァンス。おまえはどう思う?」

 陛下が問いかけると、レーヴァンス王太子は玉座の後ろから出てきた。いつの間に、あちらへ移動していたんだ。全く気付かなかった。

「ここは、ミューゼリア嬢に訊いては如何ですか? 人工栽培以外にも、何かやってみたい事があるのではないでしょうか」
「そうだな。彼女の方が、欲が強そうだ」

 陛下じゃなかったら失礼だと言いたくなる発言をされた。

 確かに、これから起こるゲームの危険なイベントは山のようにあり、それを回避するための私の出来る事を見つけている最中なので、必要なもの、欲しいものは幾らでもある。
 あの手この手と取得できるアイテムはあっても、2つは陛下の許可が無いと手に入らないものがある。

「……私は、風森の神殿と牙獣の王冠へ入るための通行証が欲しいです」

 しっかりはっきりと言ったが、何故か周囲の大人達は目を丸くするように無言で驚き、私はよく分からずお父様を見上げる。

「ミューゼリア。小さな君には危険だ」
「え? あ! も、もちろん行くのは、今よりずっと大きくなってからです!」

 お父様に言われて、私は慌てて付け加える。周囲の大人達が安堵したように空気が和らいだように感じた。
 急にダンジョンに行きたがる令嬢なんて、それは意外過ぎて驚く。いや好奇心で行きたがる子はいると思うが、ここで発言するなんて誰も思わなかったに違いない。

「ふむ……なぜ、その2か所に行きたい?」
「千年樹のように、2か所にしか生息していない植物があると本で読みました。それを実際に見てみたいです」

 一つ目のやるべき事が達成間近なので、次が定まっていない。しかし、選択枠を増やす為にダンジョンの通行証が欲しいと思った。

「確かに、あの一帯の特殊な環境には、他にはない独自の進化を遂げた動植物達がいる。ミューゼリア嬢の研究の一環、と考えて良いかな?」
「はい。お願い致します」
「良いだろう。12歳の君の生誕した日に、通行証を送るとしよう」

 陛下は笑顔で言いながらも、その目は真っ直ぐと私を見据えている。
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