61 / 62
六章 霧に消える別れ結びの冬
61.きっかけのきっかけの、きっかけ
しおりを挟む
「それにしても、災難だったなぁ」
エーデの生み出した幻想の川の上は、周囲は霧に覆われている。
どこへ向かっているのか船に揺られるゼネスには分からない。しかし、時折鳥の羽ばたく音が聞こえてくる。ここが地上へと繋がっているのだと意識させられる。
舟を漕ぐエーデの後ろ姿を見ていたゼネスだが、気になっていた事を問いかける。
「なぜ、貴方がシャルシュリア様を率先して救出しなかったのですか? もっと表立って動く事も出来たでしょうに」
「予言紙もあるが、俺は基本脇役。何をどうしても、暗躍する側だ」
「でも」
貴方はシャルシュリアの為に、神々を巻き込む程の大事を発生させた。
助けられた。
脇役なんて立場は相応しくない。
「え? なに? あっ、もしかして俺が、シャルシュリアに気があるとでも思ったのか?」
「い、いや! そういう訳では……」
顔を赤くして慌てるゼネスを見て、エーデは肩を揺らしながら大きく笑う。
「勘違いさせて悪かったな。俺は運命の女神の子供。アギス以上に機能の側面が色濃いんだわ」
「え……?」
「全てに残忍で、慈悲深くあることが要求される〈持つ者〉としてな」
生まれつき全てを持っている神である。以前、シャルシュリアは言っていた。
何をやるか知っている。力を持っている。それ相応の器量と才能を持っている。
努力せずとも手の内にある。
その代償は。
「それを隠すっつーか、なんか其れっぽく演じてる。正直、感情と心の面は手の平に少しある程度だ。んー……まぁ、そうだな。シャルシュリアは他の神と違ったから、かなり思考を繰り返したし、転生なんて異例尽くしで大変だった。そのお陰で、今がある。でも、心が貧相である事に変わりない。傷付けてばかりだ」
ほんの一瞬、エーデの顔から表情が抜け落ち、再び戻って来た。
その微笑みは優しく穏やかであるが、瞳はどこまでの感情の色を移さず、ただ宝石の様に澄んでいるだけだ。綺麗であるが無機質であり、どこか寂しい。
「器の中に備え付けられていた〈エーデとしての愛〉は、三人にあげた。だから、ゼネスは今の彼との関係に対し、負い目を感じる必要は無い」
「三人って……」
今のシャルシュリアは4人目に該当する。
友愛、家族愛、性愛、師弟愛、遊びの愛、一体何を相手へと渡したのだろうか。
「さてと。この辺りか岸に着いたから、降りても良いぞ」
霧はまだ濃いが、地面と船底がこすれる音が聞こえた。
ゼネスはエーデに促され、安全を確認しながら船から降りる。雪が体重に押し潰される音と、冷気を肌に感じた。
「なぁ、ゼネス。おまえは、今後……未来永劫、シャルシュリアだけを愛する覚悟はあるか?」
「俺は地上で生き、冥界へ帰ると決めました。彼を愛する覚悟は、とうにあります」
揺るがぬ翡翠の瞳に、携えられた転生の剣に、エーデは安堵の表情を浮かべる。
「良かった。シャルシュリアが、ゼネスを選んでくれて嬉しいよ。あいつは心が優しくて傷付きやすいから、それを包み込めるような奴がいてくれたらって、ずっと思っていたんだ」
それは、これまで貴方だったではないのか。
言いかけたゼネスであるが、船は岸から離れ始める。
「待ってくれエーデ! シャルシュリアの記憶が欠けている理由って、まさか」
「あいつが、シャルシュリアが選んだ結果を、俺が修繕したいと奔走したに過ぎない。沢山嘘ついて悪かったな」
この想いは、心は、自分だけのものだ。
メネシアから記憶を消すと言われた時、ゼネスは強く思い、そして恐怖を乗り越え反発した。冥界の為に首を落とした王は、エーデへの想いを次の王へと渡さない為に、転生の剣の持つ法に抗ってまで魂を削り続けた。
その想いを彼は知っている。だからこそ受け取らず、これ以上繰り返されないようシャルシュリアの幸せの為に選択をした。
「今のシャルシュリアを守ったのは、ゼネスだ。想いを受け取り、そして渡したのもおまえだ。過去に引きずられんなよ。現在から目を逸らす必要なんて、これっぽっちもないんだからさ」
「エーデ」
「ゼネス。ありがとうな」
その慈愛の精神に、屈託のないその笑顔に、ゼネスは返す言葉が見つからない。
霧はやがて濃く、白くなり、エーデの姿を包み隠していく。
「またどっかで会ったら、酒飲もうな。それじゃ」
やがて霧が晴れる。
そこに川もエーデの姿も存在せず、快晴の空の元に雪の残る大地が広がっている。
停滞し、過ちを繰り返す冥界を変えるには、誰かが介入し、誰かが席から立つ必要があった。
地上で死するシャルシュリアの姿を思い出し、ゼネスは彼の苦悩の片鱗を見た。
エーデは見返りを一切求めず、シャルシュリアとゼネスを祝福した。
運命の女神によって記された予言は覆せないが、選択する事が出来る。
彼は、彼の思う最良を選択した。それに納得するかはエーデ自身が決める事であり、横槍を入れる資格など誰にもない。
「……」
1人大地に立つゼネスは、深い感謝と祈りを込める。
これから先、様々な困難と選択が目の前に待ち受けている。
残酷に慈悲深く全てが巡り、そして邂逅する。
壮絶な選択を迫られ、泣きたくなる程の苦しみを背負う事があるだろう。
それでも、希望を手にする為には選択をし続けなければならない。
背中を押してもらった。励ましを貰った。あとは、自分がそれに相応しくなれるように、前へ進み続けるのみだ。
ゼネスは顔を上げ、世界を見通す。
真っ直ぐに前を向き、大地を踏みしめる。
エーデの生み出した幻想の川の上は、周囲は霧に覆われている。
どこへ向かっているのか船に揺られるゼネスには分からない。しかし、時折鳥の羽ばたく音が聞こえてくる。ここが地上へと繋がっているのだと意識させられる。
舟を漕ぐエーデの後ろ姿を見ていたゼネスだが、気になっていた事を問いかける。
「なぜ、貴方がシャルシュリア様を率先して救出しなかったのですか? もっと表立って動く事も出来たでしょうに」
「予言紙もあるが、俺は基本脇役。何をどうしても、暗躍する側だ」
「でも」
貴方はシャルシュリアの為に、神々を巻き込む程の大事を発生させた。
助けられた。
脇役なんて立場は相応しくない。
「え? なに? あっ、もしかして俺が、シャルシュリアに気があるとでも思ったのか?」
「い、いや! そういう訳では……」
顔を赤くして慌てるゼネスを見て、エーデは肩を揺らしながら大きく笑う。
「勘違いさせて悪かったな。俺は運命の女神の子供。アギス以上に機能の側面が色濃いんだわ」
「え……?」
「全てに残忍で、慈悲深くあることが要求される〈持つ者〉としてな」
生まれつき全てを持っている神である。以前、シャルシュリアは言っていた。
何をやるか知っている。力を持っている。それ相応の器量と才能を持っている。
努力せずとも手の内にある。
その代償は。
「それを隠すっつーか、なんか其れっぽく演じてる。正直、感情と心の面は手の平に少しある程度だ。んー……まぁ、そうだな。シャルシュリアは他の神と違ったから、かなり思考を繰り返したし、転生なんて異例尽くしで大変だった。そのお陰で、今がある。でも、心が貧相である事に変わりない。傷付けてばかりだ」
ほんの一瞬、エーデの顔から表情が抜け落ち、再び戻って来た。
その微笑みは優しく穏やかであるが、瞳はどこまでの感情の色を移さず、ただ宝石の様に澄んでいるだけだ。綺麗であるが無機質であり、どこか寂しい。
「器の中に備え付けられていた〈エーデとしての愛〉は、三人にあげた。だから、ゼネスは今の彼との関係に対し、負い目を感じる必要は無い」
「三人って……」
今のシャルシュリアは4人目に該当する。
友愛、家族愛、性愛、師弟愛、遊びの愛、一体何を相手へと渡したのだろうか。
「さてと。この辺りか岸に着いたから、降りても良いぞ」
霧はまだ濃いが、地面と船底がこすれる音が聞こえた。
ゼネスはエーデに促され、安全を確認しながら船から降りる。雪が体重に押し潰される音と、冷気を肌に感じた。
「なぁ、ゼネス。おまえは、今後……未来永劫、シャルシュリアだけを愛する覚悟はあるか?」
「俺は地上で生き、冥界へ帰ると決めました。彼を愛する覚悟は、とうにあります」
揺るがぬ翡翠の瞳に、携えられた転生の剣に、エーデは安堵の表情を浮かべる。
「良かった。シャルシュリアが、ゼネスを選んでくれて嬉しいよ。あいつは心が優しくて傷付きやすいから、それを包み込めるような奴がいてくれたらって、ずっと思っていたんだ」
それは、これまで貴方だったではないのか。
言いかけたゼネスであるが、船は岸から離れ始める。
「待ってくれエーデ! シャルシュリアの記憶が欠けている理由って、まさか」
「あいつが、シャルシュリアが選んだ結果を、俺が修繕したいと奔走したに過ぎない。沢山嘘ついて悪かったな」
この想いは、心は、自分だけのものだ。
メネシアから記憶を消すと言われた時、ゼネスは強く思い、そして恐怖を乗り越え反発した。冥界の為に首を落とした王は、エーデへの想いを次の王へと渡さない為に、転生の剣の持つ法に抗ってまで魂を削り続けた。
その想いを彼は知っている。だからこそ受け取らず、これ以上繰り返されないようシャルシュリアの幸せの為に選択をした。
「今のシャルシュリアを守ったのは、ゼネスだ。想いを受け取り、そして渡したのもおまえだ。過去に引きずられんなよ。現在から目を逸らす必要なんて、これっぽっちもないんだからさ」
「エーデ」
「ゼネス。ありがとうな」
その慈愛の精神に、屈託のないその笑顔に、ゼネスは返す言葉が見つからない。
霧はやがて濃く、白くなり、エーデの姿を包み隠していく。
「またどっかで会ったら、酒飲もうな。それじゃ」
やがて霧が晴れる。
そこに川もエーデの姿も存在せず、快晴の空の元に雪の残る大地が広がっている。
停滞し、過ちを繰り返す冥界を変えるには、誰かが介入し、誰かが席から立つ必要があった。
地上で死するシャルシュリアの姿を思い出し、ゼネスは彼の苦悩の片鱗を見た。
エーデは見返りを一切求めず、シャルシュリアとゼネスを祝福した。
運命の女神によって記された予言は覆せないが、選択する事が出来る。
彼は、彼の思う最良を選択した。それに納得するかはエーデ自身が決める事であり、横槍を入れる資格など誰にもない。
「……」
1人大地に立つゼネスは、深い感謝と祈りを込める。
これから先、様々な困難と選択が目の前に待ち受けている。
残酷に慈悲深く全てが巡り、そして邂逅する。
壮絶な選択を迫られ、泣きたくなる程の苦しみを背負う事があるだろう。
それでも、希望を手にする為には選択をし続けなければならない。
背中を押してもらった。励ましを貰った。あとは、自分がそれに相応しくなれるように、前へ進み続けるのみだ。
ゼネスは顔を上げ、世界を見通す。
真っ直ぐに前を向き、大地を踏みしめる。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
冤罪で投獄された異世界で、脱獄からスローライフを手に入れろ!
風早 るう
BL
ある日突然異世界へ転移した25歳の青年学人(マナト)は、無実の罪で投獄されてしまう。
物騒な囚人達に囲まれた監獄生活は、平和な日本でサラリーマンをしていたマナトにとって当然過酷だった。
異世界転移したとはいえ、何の魔力もなく、標準的な日本人男性の体格しかないマナトは、囚人達から揶揄われ、性的な嫌がらせまで受ける始末。
失意のどん底に落ちた時、新しい囚人がやって来る。
その飛び抜けて綺麗な顔をした青年、グレイを見た他の囚人達は色めき立ち、彼をモノにしようとちょっかいをかけにいくが、彼はとんでもなく強かった。
とある罪で投獄されたが、仲間思いで弱い者を守ろうとするグレイに助けられ、マナトは急速に彼に惹かれていく。
しかし監獄の外では魔王が復活してしまい、マナトに隠された神秘の力が必要に…。
脱獄から魔王討伐し、異世界でスローライフを目指すお話です。
*異世界もの初挑戦で、かなりのご都合展開です。
*性描写はライトです。
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。
天海みつき
BL
何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。
自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
薬師は語る、その・・・
香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。
目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、
そして多くの民の怒号。
最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・
私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる