暗き冥界の底で貴方の帰りを待つ

片海 鏡

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六章 霧に消える別れ結びの冬

57.それは大河より始まる

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 遥かなる霊峰。
 涙を枯らしたゼネスは、転生の剣を携えて登り続け、その神殿へと到達した。
 天井は無く、大理石の太い柱のみが並ぶ神殿の中、ゼネスを出迎える一人の神が居る。

「やぁ。君が、ゼネス君だね」

 星の煌めきを宿した銀の真っ直ぐに伸びる長髪、芸術品を凌駕する完全なる美を宿す容姿は、女とも男とも取れる不思議な魅力を秘めている。金剛石があしらわれた白き衣を身に纏い、樫の冠を被る其の神が誰であるか、ゼネスはすぐに理解する。

「フォルシュア様……」
「ははは。そう畏まらないでくれ。君も神なのだから、もう少し気楽に」

 天神フォルシュア。シャルシュリアの弟であり、地上の神々の統率者。
 顔立ちは違う部類であるが、微笑む仕草や立ち居振る舞いが兄によく似ている。

「……休むかい?」
「いいえ。俺は、聞かなければなりません」
「強い子だ」

 泣き腫らそうと真っ直ぐなその瞳に、フォルシュアは微笑む。
 2人は前へと進み、地上であれば礼拝堂となる広い空間に到着する。
 リュイン、イレン、両手を鎖で結ばれたメネシア、同じ状態のヘラナがいる。ゼネス達が到着すると共に、霧の中からエーデが現れた。

「エーデ!」

 ヘラナはエーデの姿を見るや否や駆け寄ろうとするが、彼女の足元へ雷が迸る。

「駄目だよ。私の前で勝手な行動をしては」
 注意されたヘラナは顔を下げ、小さく〈ごめんなさい〉と呟いた。

「リュイン。首尾はどうかな?」
「はい! お姉さまたちの協力の元、豊穣の女神に協力した下位の神は全て拘束しております!」

 毛玉姿の千の顔を持つ獣を肩に乗せたリュインの手には、金の鎖がある。それを引っ張ると、彼女の影の中からは、黒いローブに包まれた100人以上の下位の神が現れた。
 まるで刑を待つ囚人の様な列に、ゼネスは驚くが、フォルシュアは涼しい顔をしている。

「さて、今回の参謀と協力者、そして被害者は揃ったね。事の始まり、洗いざらい話してもらおうか」

 そう言ってフォルシュアは、煙管を吹かしていたエーデへと美しい微笑みを向ける。

「長くなるけど、ゼネスは良いわけ?」
「はい。大丈夫です」

 それなら、とエーデは煙管を袖の中へと仕舞う。

「まず、今回の騒動のきっかけは俺にある」

 言い切るエーデに対し、フォルシュアを除く皆が驚き、視線が彼へと集まる。

「えー……まず、そのきっかけのきっかけね。かつての冥界は管理するには、あまりに貧弱だった。それを補強するために、シャルシュリアは転生の剣を使いその身を冥界へと捧げ、巨大勢力へと発展させた」
「あぁ、以前ニネティスから聞いているので、その辺りは知っているよ」
「……シャルシュリアが度重なる転生によって、魂に異常が生じた。俺にも対存在がいて、そいつは記憶を司っている。シャルシュリアの転生に関して、異常な数の記憶消失が観測されたと報せが入った。修復しようと試みたが、魂が拒絶しているとも言われてね……」

 忘却する存在が居れば、その逆に記憶する存在が居る。冥界の死者を記した本は、全て正確に記されているのも、記憶の神の助力があってこそだ。

「いやぁ、困ったもんだ。転生の剣自体に欠陥があるのか、それともシャルシュリアの魂が何かと嫌がっているのか、原因は不明だ」

 エーデはため息をついた後、説明を続ける。

「俺が気づいたのは2人目。話しても覚えていない事が多すぎたんだ。これを〈魂の摩耗〉と仮称して、これ以上転生させないよう止めようとした時、母である運命の女神に止められた。理由教えてくれなくて、滅茶苦茶に歯痒かった」

 運命の女神の力は、天神や冥王ですら逆らう事は出来ない。親子関係以前に、到底かなわぬ存在からの制止に、エーデは従うほかなかった。

「それで、いざ許可されたと思ったら、それにはいくつか条件があってさ……その1つがゼネスだったんだよ」

 エーデは懐から、紐で括られ丸められた金の紙を取り出す。
 それは運命の女神の予言紙。運命が事細かに書かれ、そして多くの選択肢と結末が記されている。書き換える事は不可能であるが、未来を知れる唯一の手段。一部の神や人間からは喉から手が出るほどの代物だ。
 だがゼネスはそれを目にした瞬間、心が、魂が騒めき出した。その紙から伝わる余りにも強大な力と強制力。それを目の辺りにし、見てはならないモノを見ようとする好奇心は一切消え、より深く重い生存本能から来る警鐘が鳴り響いている。

「フォルシュア。見てみるか?」
「いいや。自我は保ちたいものでね。遠慮しておくよ」

 天神の答えに満足するエーデは、予言紙を留めていた紐を解き、文章を読み上げる。
 それは、ゼネスが冥界に落ちてからの物語。主な行動のみ書かれている為、詳細は省かれているが、ほとんど一致している。

「これを開始するに辺り、俺はまずゼネスを探した。豊穣の女神が子供を産んだなんて、教えてもらえなかったから、苦労した。なにせ、知られないよう力を封じ込め、領域に隠していたからな。イレンが若い神と会ったと聞いて、何とか見つけたと思ったら、自分で物事を判断できない位に根深い洗脳教育施されていたようで、酷い有様だった」

 予言紙を丸め直したエーデは、金の楔で拘束されたメネシアに鋭い視線を送る。

「子供が親にやる行為じゃないのも、幾つか体に刻まれていた」

 何か言いたげに口を開こうとした彼女であったが、フォルシュアの目線に気づき、閉ざした。

「それらを忘れさせるために、忘却の水と天神の奥さんから賜った黄金林檎の果汁を混ぜた飲料を作り、イレンを介して飲ませ、精神と身体を健やかな状態に戻した。眠りと夢の双神、記憶の神と協力して、知識と記憶の辻褄を合わせ、壊れた自我を修復した」

 ゼネスは衝撃を受けながらも、記憶と現実の母の差や自分の置かれていた環境を忘れていた事があり、納得する点がいくつも存在していた。

「おや。最近彼女がそわそわしていると思ったら……ゼネス君が心配だったのか。言ってくれれば、私も動いたのに」
「あんたが動くと、面倒な選択肢が増えるんだよ」
「酷いなぁ」

 楽しそうに微笑むフォルシュアに、エーデは呆れた表情をする。

「あー、それで、ゼネスと関りのあるイレンに頼んで、夜に咲く睡蓮の泉まで誘導させて、俺が冥界へ連れて行く手筈だったんだけど……そこに混沌の神が介入して、今に至るって訳よ」

「混沌の神の影響力は?」

「ゼネスが囲われ続けるのは、世界に大きな影響を与えると判断された様だ。ほんの一部だけど、予言紙が書き換えられた。俺が読んだ時は、ゼネスが1人で冥界の掃除役と剣の探索をやってはいなかったんだよね。自分で考え動いて貰って、自我を確立させる思惑があったんじゃないか」

ゼネスの治癒された体に、その痕跡はもう残ってはいない。だが、心の奥底に刻まれた傷は完全には癒えず、トラウマとなり表面に現れ続けた。まだ克服に至らずとも、乗り越えたゼネスの精神は確かに強くなっている。

「さっきから、ずっとこっち見てる気配あって、本当に迷惑だわ…………まぁ、その後は、ゼネスとシャルシュリアの間で、交流が成されたわけだ」

 エーデは天を見上げる。
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