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六章 霧に消える別れ結びの冬
54.其の力が覚醒する時
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「なっ!? 離せ!」
「貴方が傷付くのは見たくないんだ!」
立ち上がったゼネスは、シャルシュリアを抱き抱え、走り出した。
「ゼネス。待ちなさい!」
思わぬ行動にメネシアは一歩遅れを取る。
シャルシュリアは擦り切れていく力で、ゼネスを邪魔する茨を砂へと転じさせ、逃げる隙を増やしていく。
だが、回数を追うごとに茨の蔓は鋼よりも強固となり、領域の外へ出さないように、壁を生み出し、ゼネスは誘導され始める。
徐々に弱々しい息遣いとなるシャルシュリアを大事そうに、壊れないように、ゼネスは抱えながら、捕まらぬよう走り続ける。
時間のみが削られていく最中、
「旦那様!!」
「リュイン……?」
甲高くも感情の読み取れない声が天より響き、蒼天の鮮やかな髪の白き翼を生やした麗しき乙女が、天より勢いよく着地する。死の三女神の三女リュインだ。
彼女はその細腕で大鎌を振るい、鋼の茨を一掃した。
「お姉さまから、情報提供がありました。旦那様とゼネス様の救助のため、一時の職務放棄をお許しください」
「許す」
「エーデ様から、睡蓮の泉へ至急向うようにとの連絡を受けております。お急ぎください」
リュインと呼ばれた乙女は大きな鎌を振るい、2人の為に道を切り開く。
「早く!」
その一言に、ゼネスは礼を言う間もなく再び走り出した。
「絶対に逃がさない! 逃がさない!」
メネシアの苛立ちは限界達し始める。叫びと共に血の核を持つ植物の魔獣が生み出され、2人を捕まえようと動き出す。
「旦那様の為に、死になさい!」
リュインが大鎌を振るう最中、千の顔を持つ獣の一匹が茂みの中から飛び出し、ゼネスの頭を飛び越え、植物の魔獣の一匹へと食らいついた。
魔獣はけたたましく叫び、振り払う。飛ばされた獣だが小さな毛玉の様な姿は、金剛石の角を持つ大きな黒鉄の牡鹿へと変貌する。
牡鹿は飛びかかろうとする魔獣を強靭な前足で踏みつけ、背後から迫る一匹を後ろ足で蹴り飛ばし、その角で二匹を切り裂き、その鋭利な牙を持って核を噛み砕いて行く。
彼女達の協力によって、2人とメネシアとの距離が確実に遠のき始める。
「ゼネス。私を置いて行け」
「嫌です」
「私は」
「俺は、貴方の傍に居たい」
その時。その瞬間。
ゼネスは、誰かに背中を押された気がした。
全身に纏わりつく鎖、蔦が全て切られ、解放されたかのように身体が軽い。
宙を掛ける様に、足が前へ前へと踏み出していく。
ただ、自分の為に走る。
愛する神の為に走る。
眼下に広がる世界は、あまりに白い。
けれど風が吹く度に枝葉が揺れ動き、崩れ落ちる雪の向こう側に青き葉が顔を出す。
地面は氷の冷たく、足を下ろす度に痛い。
口から吐く息は、熱を水によって白き煙となって消えていく。
心臓の鼓動が聞こえる。全身を流れる血流のように力が巡るのを感じる。
雲が割け、太陽の光降り注ぐ蒼天が見える。
降り注ぐ光が、大地を、山を、川を、丘を、町を、全てを照らす。
全てが輝き、果て無き大地がそこにある。
春。冬をも巻き上げ嵐を呼び、氷を解かす温かさに生命は目覚め、大いなる芽吹きを生む。
夏。太陽の熱を内包し、生命は高く伸びあがり、高らかに声を上げる。
秋。全ての生命を繋ぐ実りの恵みを紡ぎ、輪唱する虫の音が次の季節を呼び寄せる。
冬。厳しき風は命を刈り取り、休眠を促し、次の季節へと続く生と死の連鎖を生む。
一つ一つの美しさを、尊さを、残酷さをゼネスは再認識する。
「ゼネス」
シャルシュリアは、その目で確かに見た。
ゼネスより溢れる渦巻く力が、世界に共鳴し、雪を瞬く間に溶かし、植物達が目覚めを促す。鳥達は其の神の覚醒を報せ、獣は喝采の雄叫びを上げる。
天を覆う灰色の雲は一掃され、太陽神アギスの加護が世界へと再び降り注ぐ。
決して留めることなく変化を続け、世界と数多の生命を躍動させ、流転する。
「ゼネス」
すぐ傍に、肌が触れ合う程に近いはずが遠くに感じ、シャルシュリアはもう一度彼の名を呼んだ。
「俺は貴方の傍に居るよ」
ゼネスは最愛の神を強く、強く抱きしめながら、疾走を続ける。
世界が共鳴する。もはやメネシアには四季を操る資格はないと言うかのように、命無きもの達が、生きとし生きるもの達が、ゼネスの存在を認識する。
「あぁ、そうだな」
光と闇は常に傍にあり、死と生は惹かれ合う定めにある。
シャルシュリアは、理解する。彼は生命を司り、四季を紡ぐ神であると。
炎を抱く小麦色の髪が蒼天の空に良く似合う彼は、やはり地上に居るべきであると。
「あっ……!?」
神として力が覚醒を迎えたゼネスだが、走る続けた足は限界に達し、体制を崩し、地面へと転倒する。
咄嗟にシャルシュリアを庇い、地面に打ち付けられようとした。
その瞬間、ゼネスの金の首飾りに残る僅かな力が瞬き、2人を泉へと誘う。
「貴方が傷付くのは見たくないんだ!」
立ち上がったゼネスは、シャルシュリアを抱き抱え、走り出した。
「ゼネス。待ちなさい!」
思わぬ行動にメネシアは一歩遅れを取る。
シャルシュリアは擦り切れていく力で、ゼネスを邪魔する茨を砂へと転じさせ、逃げる隙を増やしていく。
だが、回数を追うごとに茨の蔓は鋼よりも強固となり、領域の外へ出さないように、壁を生み出し、ゼネスは誘導され始める。
徐々に弱々しい息遣いとなるシャルシュリアを大事そうに、壊れないように、ゼネスは抱えながら、捕まらぬよう走り続ける。
時間のみが削られていく最中、
「旦那様!!」
「リュイン……?」
甲高くも感情の読み取れない声が天より響き、蒼天の鮮やかな髪の白き翼を生やした麗しき乙女が、天より勢いよく着地する。死の三女神の三女リュインだ。
彼女はその細腕で大鎌を振るい、鋼の茨を一掃した。
「お姉さまから、情報提供がありました。旦那様とゼネス様の救助のため、一時の職務放棄をお許しください」
「許す」
「エーデ様から、睡蓮の泉へ至急向うようにとの連絡を受けております。お急ぎください」
リュインと呼ばれた乙女は大きな鎌を振るい、2人の為に道を切り開く。
「早く!」
その一言に、ゼネスは礼を言う間もなく再び走り出した。
「絶対に逃がさない! 逃がさない!」
メネシアの苛立ちは限界達し始める。叫びと共に血の核を持つ植物の魔獣が生み出され、2人を捕まえようと動き出す。
「旦那様の為に、死になさい!」
リュインが大鎌を振るう最中、千の顔を持つ獣の一匹が茂みの中から飛び出し、ゼネスの頭を飛び越え、植物の魔獣の一匹へと食らいついた。
魔獣はけたたましく叫び、振り払う。飛ばされた獣だが小さな毛玉の様な姿は、金剛石の角を持つ大きな黒鉄の牡鹿へと変貌する。
牡鹿は飛びかかろうとする魔獣を強靭な前足で踏みつけ、背後から迫る一匹を後ろ足で蹴り飛ばし、その角で二匹を切り裂き、その鋭利な牙を持って核を噛み砕いて行く。
彼女達の協力によって、2人とメネシアとの距離が確実に遠のき始める。
「ゼネス。私を置いて行け」
「嫌です」
「私は」
「俺は、貴方の傍に居たい」
その時。その瞬間。
ゼネスは、誰かに背中を押された気がした。
全身に纏わりつく鎖、蔦が全て切られ、解放されたかのように身体が軽い。
宙を掛ける様に、足が前へ前へと踏み出していく。
ただ、自分の為に走る。
愛する神の為に走る。
眼下に広がる世界は、あまりに白い。
けれど風が吹く度に枝葉が揺れ動き、崩れ落ちる雪の向こう側に青き葉が顔を出す。
地面は氷の冷たく、足を下ろす度に痛い。
口から吐く息は、熱を水によって白き煙となって消えていく。
心臓の鼓動が聞こえる。全身を流れる血流のように力が巡るのを感じる。
雲が割け、太陽の光降り注ぐ蒼天が見える。
降り注ぐ光が、大地を、山を、川を、丘を、町を、全てを照らす。
全てが輝き、果て無き大地がそこにある。
春。冬をも巻き上げ嵐を呼び、氷を解かす温かさに生命は目覚め、大いなる芽吹きを生む。
夏。太陽の熱を内包し、生命は高く伸びあがり、高らかに声を上げる。
秋。全ての生命を繋ぐ実りの恵みを紡ぎ、輪唱する虫の音が次の季節を呼び寄せる。
冬。厳しき風は命を刈り取り、休眠を促し、次の季節へと続く生と死の連鎖を生む。
一つ一つの美しさを、尊さを、残酷さをゼネスは再認識する。
「ゼネス」
シャルシュリアは、その目で確かに見た。
ゼネスより溢れる渦巻く力が、世界に共鳴し、雪を瞬く間に溶かし、植物達が目覚めを促す。鳥達は其の神の覚醒を報せ、獣は喝采の雄叫びを上げる。
天を覆う灰色の雲は一掃され、太陽神アギスの加護が世界へと再び降り注ぐ。
決して留めることなく変化を続け、世界と数多の生命を躍動させ、流転する。
「ゼネス」
すぐ傍に、肌が触れ合う程に近いはずが遠くに感じ、シャルシュリアはもう一度彼の名を呼んだ。
「俺は貴方の傍に居るよ」
ゼネスは最愛の神を強く、強く抱きしめながら、疾走を続ける。
世界が共鳴する。もはやメネシアには四季を操る資格はないと言うかのように、命無きもの達が、生きとし生きるもの達が、ゼネスの存在を認識する。
「あぁ、そうだな」
光と闇は常に傍にあり、死と生は惹かれ合う定めにある。
シャルシュリアは、理解する。彼は生命を司り、四季を紡ぐ神であると。
炎を抱く小麦色の髪が蒼天の空に良く似合う彼は、やはり地上に居るべきであると。
「あっ……!?」
神として力が覚醒を迎えたゼネスだが、走る続けた足は限界に達し、体制を崩し、地面へと転倒する。
咄嗟にシャルシュリアを庇い、地面に打ち付けられようとした。
その瞬間、ゼネスの金の首飾りに残る僅かな力が瞬き、2人を泉へと誘う。
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