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六章 霧に消える別れ結びの冬
53.若き神の逃走
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人の波を掻き分け、ゼネスは疾走する。
地面から這い寄る力を感じながらも、常春の楽園の領域から逃げ出そうとする。
「ゼネス様」「どうなされたのですか?」「旅を終えたばかりなのですから、お休みください」「ゼネス様」
心配する従者と信者達の声が聞こえる。
だが、メネシアの元に集まったものだ。信じる事など出来るはずが無く、全て聞き流し、走り続ける。
足が悲鳴を上げようと、なんとしても境域から脱出しなければならない。そして、後援として間を取り持つ天神の元へ向かわなければならない。
やがて雪の境界がゼネスの視界に入り始め、もう直ぐで逃げられると思った。
だが、ゼネスの走る地面が浮かび上がり、巨大な根が突如現れる。
体勢を崩し身体が宙に浮きそうになるが、即座に根を掴み地面に激突するのを避けた。態勢を整え地面に着地したゼネスは、再び走り出そうとするが、根の主である茨が襲い掛かる。
肉をも引き裂くほどの鋭利な棘を生やし、縄よりも遥かに太いその茨は自然物ではない。
まるで肉食獣が獲物を狩るかのように、ゼネスへと狙いを定め、一本、二本、三本と四方八方から次々に襲い掛かる。
何とか避け、走るゼネスであったが、鬱蒼とする木々と雪が邪魔をし、徐々に足場は悪くなり逃げ場を無くし始める。
太陽神のように炎よりも熱い光を操る力があれば。
そう思った矢先、何か甘い匂いが漂う。
纏わりつく様な、濃く、甘い香。
ゼネスは思わず振り返り、それを見た。
バラの園。花の玉座にメネシアが居る。
いつもと変わらぬ優しく穏やかな微笑みを浮かべているが、その瞳に宿るのは烈火の怒り。
「ゼネス。戻りなさい」
その言葉に、ゼネスの身体が反応し、足を緩めてしまった。
「がぁっ!?」
一瞬の隙を逃さず、茨はゼネスの左足に一撃を食らわす。
鮮血が飛び散り、全身に迸る激痛にゼネスは膝をついた。茨の先に毒が含まれていたのか傷口は熱を持ち、脂汗が流れ、身体に力が入らない。
「まったく……本当に困った子ね。今回はこれで許してあげるから、一緒に帰りましょう」
「いや、です」
懐に忍ばせておいた薬の瓶へと手を掛けるゼネスだが、飲むよりも先に意識が飛んでしまいそうだ。
「もう少し、痛めつけないと分からないようね」
メネシアが軽く手を上げると、茨はゼネスへと標準を定める。
だが手が振り下ろされようとした瞬間、茨が音も無く砂のように崩れ落ちる。
「……シャルシュリア」
黒く、夜空を内包したローブを身に纏う冥界の王が、ゼネスの影より現れた。
安堵しかけるゼネスだが、眉間に皺を寄せるシャルシュリアの指先は赤く、まるで焦げる様に黒く変色していくのを目の辺りにしてしまう。
「あら、暗雲があっても日の光は僅かに通るわ。噂通り、地上では生きられない体なのね」
笑みを溢すメネシアに対し、シャルシュリアはただ真っ直ぐに彼女を見据えている。
「ゼネス。意識がまだあるのであれば、早く薬を飲むんだ」
瓶を取り出し、ヘラナが次を作らないぎりぎりの量を残しながら、ゼネスは薬を飲んだ。
効果は確かなものであり、傷口は塞がり、意識と視界が晴れていく。
「シャルシュリア。親子の喧嘩に手出しは無用よ」
「喧嘩? 虐待の間違いだろう。それどころ、束縛しようとする厄介な女に見えるぞ」
失笑し、ゼネスを庇うように前に出た冥王に対し、メネシアは悔しさを見せる。だがそれは、直ぐに嘲りに代わる。
「あら。もう帰る時間よ?」
新たな茨が根より生み出され、2人を標的に定める。
眉間の皺が深くなるシャルシュリアは、首から徐々に黒く変色が始まり、手は震えてしまっている。地上にいるだけで命が削れて行く。
「この女の足止めは私がする。ゼネスは天神の元へ早く行け」
「貴方を置いて」
「さっさと行け!」
遮るその声に力はほとんど感じられず、苦しむのを覚悟の上でここまでやって来たのが伝わって来る。
ゼネスは、覚悟を決めた。
地面から這い寄る力を感じながらも、常春の楽園の領域から逃げ出そうとする。
「ゼネス様」「どうなされたのですか?」「旅を終えたばかりなのですから、お休みください」「ゼネス様」
心配する従者と信者達の声が聞こえる。
だが、メネシアの元に集まったものだ。信じる事など出来るはずが無く、全て聞き流し、走り続ける。
足が悲鳴を上げようと、なんとしても境域から脱出しなければならない。そして、後援として間を取り持つ天神の元へ向かわなければならない。
やがて雪の境界がゼネスの視界に入り始め、もう直ぐで逃げられると思った。
だが、ゼネスの走る地面が浮かび上がり、巨大な根が突如現れる。
体勢を崩し身体が宙に浮きそうになるが、即座に根を掴み地面に激突するのを避けた。態勢を整え地面に着地したゼネスは、再び走り出そうとするが、根の主である茨が襲い掛かる。
肉をも引き裂くほどの鋭利な棘を生やし、縄よりも遥かに太いその茨は自然物ではない。
まるで肉食獣が獲物を狩るかのように、ゼネスへと狙いを定め、一本、二本、三本と四方八方から次々に襲い掛かる。
何とか避け、走るゼネスであったが、鬱蒼とする木々と雪が邪魔をし、徐々に足場は悪くなり逃げ場を無くし始める。
太陽神のように炎よりも熱い光を操る力があれば。
そう思った矢先、何か甘い匂いが漂う。
纏わりつく様な、濃く、甘い香。
ゼネスは思わず振り返り、それを見た。
バラの園。花の玉座にメネシアが居る。
いつもと変わらぬ優しく穏やかな微笑みを浮かべているが、その瞳に宿るのは烈火の怒り。
「ゼネス。戻りなさい」
その言葉に、ゼネスの身体が反応し、足を緩めてしまった。
「がぁっ!?」
一瞬の隙を逃さず、茨はゼネスの左足に一撃を食らわす。
鮮血が飛び散り、全身に迸る激痛にゼネスは膝をついた。茨の先に毒が含まれていたのか傷口は熱を持ち、脂汗が流れ、身体に力が入らない。
「まったく……本当に困った子ね。今回はこれで許してあげるから、一緒に帰りましょう」
「いや、です」
懐に忍ばせておいた薬の瓶へと手を掛けるゼネスだが、飲むよりも先に意識が飛んでしまいそうだ。
「もう少し、痛めつけないと分からないようね」
メネシアが軽く手を上げると、茨はゼネスへと標準を定める。
だが手が振り下ろされようとした瞬間、茨が音も無く砂のように崩れ落ちる。
「……シャルシュリア」
黒く、夜空を内包したローブを身に纏う冥界の王が、ゼネスの影より現れた。
安堵しかけるゼネスだが、眉間に皺を寄せるシャルシュリアの指先は赤く、まるで焦げる様に黒く変色していくのを目の辺りにしてしまう。
「あら、暗雲があっても日の光は僅かに通るわ。噂通り、地上では生きられない体なのね」
笑みを溢すメネシアに対し、シャルシュリアはただ真っ直ぐに彼女を見据えている。
「ゼネス。意識がまだあるのであれば、早く薬を飲むんだ」
瓶を取り出し、ヘラナが次を作らないぎりぎりの量を残しながら、ゼネスは薬を飲んだ。
効果は確かなものであり、傷口は塞がり、意識と視界が晴れていく。
「シャルシュリア。親子の喧嘩に手出しは無用よ」
「喧嘩? 虐待の間違いだろう。それどころ、束縛しようとする厄介な女に見えるぞ」
失笑し、ゼネスを庇うように前に出た冥王に対し、メネシアは悔しさを見せる。だがそれは、直ぐに嘲りに代わる。
「あら。もう帰る時間よ?」
新たな茨が根より生み出され、2人を標的に定める。
眉間の皺が深くなるシャルシュリアは、首から徐々に黒く変色が始まり、手は震えてしまっている。地上にいるだけで命が削れて行く。
「この女の足止めは私がする。ゼネスは天神の元へ早く行け」
「貴方を置いて」
「さっさと行け!」
遮るその声に力はほとんど感じられず、苦しむのを覚悟の上でここまでやって来たのが伝わって来る。
ゼネスは、覚悟を決めた。
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