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五章 秋色付く感情は別れを生む

49.夜を共に

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 想うばかりで言葉足らず、傷付くのを恐れて近づけず、それでも先へ進みたいと共に踏み出し、心を分かち合う。
 淡い灯りが灯る部屋の中。
 長い遠回りの末に結ばれたゼネスとシャルシュリアは、一つの寝台を共有する。
 床に落ちるは、肌を傷付けないように丁寧に脱がされた服と装備品の数々。その隣に、乱雑に脱いだ茜色の服が落とされている。
 一糸纏わぬ肌へと擽り合うように戯れながら、腹、胸、背中、腰へと手を滑らせ触れ合う。指の一つ一つを絡め、二つの温度を重ね、堪能し、想いを確かめ合う。
 死体のように冷たい体は血の通ったその身に触れ、徐々に熱を共有していく。 
 熱は等しい体温となり、互いに寝転び抱きしめ合うだけでも、心が満ちてしまう。
 このまま見つめ合い、静かに眠り着くだけでも良いとさえ思う程に幸福だ。
 だが、絡み合っていた二つの手は、ゆっくりと離れる。
 起き上がったゼネスの眼下に広がるのは、瑠璃のシーツに広がる白銀の長い髪。枝分かれし、天の川の様に煌めいている。
 横たわる愛しき神に許しを乞う様に、太陽に愛されしその指は彼の頬を撫でる。
 薄い唇から吐き出される吐息は、不安と喜びに微弱に揺れる。薄桃色に染まった頬に触れる其の手へ再び白い手が重ねられ、小さく、だが確かに頷いた。
 ゆっくりと慎重に、衝動に耐え、想いを重ね合い、慣らしていく。
 門の鍵穴へ刺し込まれる指に、白磁の体は僅かな痛みと違和に小さく震え、拒絶反応を抑え込もうと足の指に力が入る。
 位置を変え、数を増やし、傷付けないよう丁寧に解いていく。
 奥に隠された箇所に触れられてしまえば、理性の糸が徐々に細くなる。
 やがて指は離れ、緩やかな雨脚の中で門は開かれた。
 奥へとゆっくりと進み、壁を広げ、受け入れ、包み、深く繋がる。
 その違和は変化し、息苦しさは感じず、優しく、痛みは些細なものへと変わっていた。
 長い時間をかけて到達した深淵を確かめ合う様に、互いに深く息を吐く。
 まるで日の光を透かしたかのように翡翠の瞳は強く輝きを放ち、どちらともなく口づけを交わす。
そして名残惜しむように糸を引き、二人の唇がゆっくりと離れた。
  二人の目線が交わる。
 荒い呼吸音と、激しく打ち付ける心臓の音しか聞こえない。
その時、その瞬間が、あまりにも長く感じられた。
 そして。
 息を忘れる程の衝撃と、逃げ場のない快楽が、同時に白き体へと押し寄せる。
 押しては引き、寄せては返す荒波が襲う。
 身体の奥底へ。隠された箇所へ。幾度も、繰り返し与えられる。
 思考する余地など無く、逃げるかのように虚空を漕ぐ白い足の指先は、その衝撃に合わせる様に伸ばしては丸まる。
 迫りくる痛みも、衝撃も、感触も、その熱も、何もかもが愛おしく、金色の瞳は涙に揺れ、目尻から滴が零れ落ちる。
 2人を乗せる瑠璃の大地は山をと谷を幾度も生んでは消え、 銀の流れは乱れる。
 嵐の中に取り残される様に、打ち付ける波の音は激しさを増す。
 悲鳴にも似た嬌声は徐々に甘さを増し、今この時が現実であると確認するように薄い唇はか細く名を呼ぶ。
 確たる意識は点滅し、瞬く星を数える余裕など無く、互いを求め合う。
 滴り落ちる汗と二色の体臭。吐息は混じり合い、打ち付ける心臓の音は激しく、さらに速度を上げていく。
 
 





 微睡むゼネスの心は、春の花吹雪が舞う様に艶やかに色付き、幸福で満たされている。しかし、心臓が掴まれる様な苦痛が、徐々に心の内を蝕み、意識は覚醒に至る。

「ゼネス?」

 心中を察し、隣に横たわるシャルシュリアは彼の髪を優しく撫でる。
 はっと我に返ったゼネスは笑顔を浮かべようとするが、上手く出来なかった。

「不安か?」

 白い手がゼネスの頬へと添えられる。

「分かっているのに、この時間が永遠に続けばと思ってしまったんだ……不甲斐ない」
「仕方がない。待っているのは、困難な試練だ。私も……終わって欲しくないと思う」

 シャルシュリアは寂しげに微笑むが、その金の瞳に宿る意志は固く、ゼネスは目が離せなくなる。

「けれどゼネスは、逃げ出さないと覚悟を決めた。ならば、私もそれに応える必要がある」
「シャルシュリア……」
「私は、私として君をここで待つ。ゼネスの帰る場所でありたい」

 視界が歪み、涙が一筋流れ落ちる。
 真っ直ぐに、純粋な想いを返してくれる。こんなにも嬉しい事は無く、今すぐにでもそれに応えたいとゼネスはシャルシュリアを抱き寄せた。

「今度は君が泣くのか」

 シャルシュリアは指の腹を使い、ゼネスの頬を流れる涙を拭きとる。

「どうやら、貴方に似た様だ」
「あぁ、本当に」

 ずっと形容し難い疎外感と孤独が常に胸の中にあり、大切にされていても何かズレを感じ続ける。その穴を互いの想いが埋め、胸に刺さていた針は抜け、愛する神の冷たくも温かい感触に心が癒えていく。
 嗚呼、自分の居場所はここだ。
 強く、強く思う。

「愛している」
「私も、君を愛しているよ」

 抱擁し、触れ合う唇は柔らかく、優しく、そして甘い。
 
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