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五章 秋色付く感情は別れを生む

48.想いを繋ぎ、結ばれ

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「わかっています。行かなきゃいけないって、でも、俺は……ここに居たい」

 あまりにもみっともなくて、失望されているに違いない。

「ゼネスのいるべき場所は地上だ」
「俺は、ここに居てはいけないのですか?」
「それは……」
「貴方の邪魔でしたか?」

 駄々をこねる子供の様で、けれどそう言わなければ、聞いてはくれない気がした。
 本当に、どうしようもない。
 格好が悪い。
 彼の優しさに甘えて、殻に閉じ籠ってばかりだ。
 感情のうねりは風浪となり、激しい波へと転じる。
 抑える事も出来ず、耐える事も出来ず、ゼネスの目に自然と涙が滲み、視界が歪んで行く。

「すいません。馬鹿な事を聞いて」

 俯くゼネスの元へシャルシュリアは向かおうとするが、一歩踏み出す事が出来ない。

「それでも、地上に戻ったら、二度と貴方に会えない気がして……」 

 失う位なら、いっそのこと全て告げてしまおう。
 もうここへ戻れないのなら、想いを曝け出してしまおう。
 気持ちを押し付け、綺麗な彼を傷付けようとする自分が、ますます嫌いになる。
 彼に傷を残したいと思う自分が、気持ち悪くて仕方がない。

「俺は、貴方が好きなんだ。はじめて会った時から、ずっと……」

 声が掠れながら、けれどはっきりとゼネスは、シャルシュリアに想いを伝えた。
 言ってしまった。
 僅かな沈黙が、とても長く感じられる。
 彼はどんな表情を浮かべているだろう。
 顔を上げるのが恐くなるゼネスだが、一歩前へと足を進める際に葉とこすれ合う音が耳に届いた。

「え……?」

 思わず顔を上げたゼネスの目にしたのは、涙を流すシャルシュリアだった。
 静かに、静かに目から零れ落ち、白い頬へと伝っていく。

「あっ……これは、すまない。どうして、こんな……」

 ゼネスの驚く表情に、シャルシュリアは自身が涙している事に気づき、両手で覆った。
 一歩進んだはずが後ろへと下がろうとする彼を追うように、ゼネスの片足が前へと出る。
 僅かに見えた彼の表情は拒絶では無かった。
 期待しても良いのだろうか。
 こんな汚い形で想いを告げたのに、貴方は受け入れてくれるのだろうか。

「私は……君を邪魔だなんて、思ってはいない。一度だって、思った事は無い」

 淡い希望に縋りつき、ゼネスは勇気を振り絞り、名前を呼ぶ。

「シャルシュリア」

 彼の肩が小さく跳ね、指の間から見える金色の瞳が揺れた。
 ゼネスは一歩、一歩、確認をしながら彼の元まで歩みを進める。
 そして、あの時と同じく、2人は正面に立ち、手を伸ばせば触れられる程に近づいた。

「…………ゼネス。私は、剣で自らの首を落とし、3度も転生をした」
「はい」

 シャルシュリアは涙を繰り返し拭きとるが、金の瞳は涙で歪み、再び溢れそうになる。

「私は、昔の自分を知らない。ただ知識の能力を引き継いだだけで、空っぽなんだ」

 彼の心と共鳴するように、風の吹かない花畑で花々がさざめき、青白い光が舞い始める。
 色彩の無い停滞した洞窟の中、その光に、その言葉に、多くの苦悩が見え隠れする。
 王として有ろうとする姿も、獣を撫で、花を愛でる姿も、ゼネスは美しいと思う。
 重荷を肩代わりする事は出なくとも、その身を支え、心を休ませる拠り所になりたい。
 そう、強く、強く想う。

「こんな私でも……君を想って良いのだろうか」

 徐々に消えそうな程に弱々しくなる問いかけに、ゼネスは感極まり、シャルシュリアを抱擁した。
 大事に、大事に、壊れない様に、愛する神を腕に抱く。

「ゼネス?」
「俺が知っているのは、今の貴方だ」

 シャルシュリアは恐る恐るゼネスの背中へと手を回す。
 彼から伝わる熱は、今まで感じたほどない位に温かく、胸の打つ僅かな振動と呼吸する小さな音が耳を通り過ぎていく。
 彼は今を生きている存在なのだとシャルシュリアは実感し、自分もまたここにいるのだと認識する。

「恋をしたのは、今の貴方なんだ。だから、どうか、このまま……こうしてあり続けて欲しい」

 ゼネスの切なる願いである。
 地上に戻れば、二度とここへ訪れる事は許されないかもしれない。
 けれど、ここに〈シャルシュリア〉が居てくれると分かりさえすれば、苦痛も耐えられる。いつか、はるか遠くとも、再会できると胸に希望を抱くことが出来る。

「…………それだけで、良いのか? 本当に、欲のない奴だな」
「これほど欲の深い事は無いよ」

 自分の死体の上に立つ、愚かな〈私〉を選んでくれるのか。
 シャルシュリアはゼネスの肩に顔を埋め、静かに泣いた。
 子供のように声を上げる事もなく、肩を僅かに震わせる。聞こえてくるのは遠くに流れる川のせせらぎだけだった。




 想いが結ばれた。
 これ以上嬉しい事は無い。
 だからこそ、現実から逃げられない。

「明日の朝、地上に行くよ。だから、どうか今晩だけは、傍に居て欲しい」

 心が落ち着きを取り戻したシャルシュリアに、ゼネスは僅かに頬を赤らめながら、願った。

「だめ……かな」

 シャルシュリアの思いを無駄にせず、自分の決意を揺るがせたくはない。けれど、想いが通じ合った今を逃したくはない。
 自分の中に、シャルシュリアの存在を強く刻みつけたい。ゼネスはそう、強く思う。

「ふふ……」
「え!?」

 シャルシュリアの小さく穏やかな笑い声が漏れ、ゼネスは驚き目を丸くする。

「すまない。あまりに可愛らしい誘いだったから」
「可愛い!?」

 驚くゼネスに、シャルシュリアはころころと笑う。

「お、俺は、真剣なんだけど……!」

 今まで見せなかった明るく可愛らしい表情に、ゼネスはますます顔を赤くしながらも抗議の声を上げる。

「わかっている。すまなかった」

 シャルシュリアはゼネスの右へと腕を回し、ほんの少し体重を彼の元へと掛ける。
 互いの唇はほんの僅かな隙間を残し、吐息は交わり、揺れる銀の髪がゼネスの頬を撫でる。金と緑の瞳は数秒間互いを見つめ合う。

「おまえの行きたい場所に、連れて行ってくれ」

 包み込むように柔らかく、温かさの中に甘さを含んだ声が、ゼネスの耳をくすぐる。
 心臓の音が速く、激しく鳴り響く。
 身体に熱が駆け巡る。
 ゼネスは耳まで赤くしながら、シャルシュリアを抱き抱える。金の首飾りが光り放ち、神殿から2人は姿を消した。
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