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五章 秋色付く感情は別れを生む
39.月下に咲く白き花
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たった数歩の距離のはずが、遠く感じた。
胸が激しく高鳴るにも関わらず、耳に届くのは小さく笑う声のみ。
ゼネスは、彼を探していく中で気付き、そして確信に変わりつつある感情がある。
最初に会ったその日、神殿で僅かに交わされた会話から、始まった。
あの時、彼の腕の中にいる一匹の獣へ向けられた微笑みに、王としてではない顔を垣間見え、心が小さく揺らいだ。
彼が自身の首に傷をつけた瞬間、心が乱れ、ただ助けたい一心だった。
また新しく生まれるから心配する必要な無いと言われても、出会った彼とはもう二度と巡り会えない事実は覆せない。居なくなって欲しくないと強く思い、自分の無力さに言葉が口から思う様に出なかった。
大義名分であっても、彼に会い、共に過ごせる事が何よりも嬉しかった。自分では近づけない遠い存在であるはずの彼へと花を贈り、会話できるだけで良かった。
しかし、エーデとの関りを目の前にし、アイデンに諭され、自分の中にある嫉妬や独占欲に気づかされた。
信頼を欲するだけでなく、自分だけを見て欲しいと内なる思いがあると知った。
会い、そして確かめたい。
無自覚に蓄積された想いを養分に、芽吹いた若葉は急速に成長し、蕾をつける。
「……ゼネス?」
角を曲がり、歩き続け、彼の前に立つ。
獣を抱え、大理石の長椅子に座っていた彼は立ち上がり、こちらを見つめる。
遠き天井から降り注ぐ光に銀の髪は虹を抱き、金の瞳は宝石と見紛うばかりに輝きを増している。血の気が無く灰色にさえ見える程だった白い肌は、健康な状態に戻り仄かに赤みが増している。
嗚呼、そうか。
納得すると共に、ゼネスは自覚をする。
シャルシュリアに恋をしているのだ、と。
柔らかく、甘く、激しく、痛くもあり、どこか晴れやかだ。
胸に抱く蕾は大輪の花を咲かせ、感情を知る喜びで溢れる。
知って欲しい。確かめたい。受け入れて欲しい。でも、押し付けてはいけない。
同じと気を共有したい。話したい事が沢山ある。
だが、まず言わなければならない言葉がある。
「と、突然来てしまい、申し訳ありません」
震える唇を何とか動かし、正常な声でゼネスは謝罪をする。
「謝罪を受け入れよう」
シャルシュリアがそう言うと、腕の中にいる獣が軽く身じろぎをする。
「この子を連れて来たのか? どう……いや、身体はもう大丈夫なのか?
鍵をかけられている以上、この神殿の空間にはシャルシュリアしか入れない。普段の彼であれば侵入方法を聞く所であるが、ゼネスは3日間寝込んでいた為にまずは気遣いを見せる。
「は、はい! 俺はこの通り、もう大丈夫です」
ゼネスはすぐさま答え、笑顔を浮かべる。
胸は今も鳴り響いているが、不思議とシャルシュリアの声は耳の奥まで届いて来る。
「そうか。突然の報せに驚いたが……元気になった様で何よりだ」
「御心配をおかけしました」
わずかに上がる彼の口元に、ゼネスは自分の心が浮足立つのを感じた。
「ここは私の為だけの空間だ。どうやってここへ来たんだ?」
「彼に主人の居場所を知らないかと尋ねたら、案内してくれました。ここへ入る為の鍵は、シャルシュリア様から頂いたものです。鍵穴に入れて、押し込んだら変形し、扉が開きました」
「変形? そんな力は鍵に与えはいないぞ」
ゼネスは驚き、懐を探ろうとしたが、鍵を穴から取り出すのを忘れていた事に気づいた。
「ほ、本当なんです。金の糸みたいなのが鍵から出て、一回り位大きくなったんです」
「疑っている訳じゃない。どうせ、また混沌の神だろう」
焦るゼネスをシャルシュリアは落ち着かせるように言った。
「あの力はどこにでも存在し、しかし決して私達では触れられない。何かに例えられない程に、私の両親や弟達から感じる力とは、決定的に違う」
転生の剣を首に宛がうシャルシュリアの時に感じたうねりを思い出し、ゼネスは納得をする。母メネシアであれば春の様に温かく、忘却の神エーデの口から吐いた煙は朝霧の様に涼やかに、何かを感じ取れるものだ。だが、あの時のうねりの片方、氷に似た冷ややかなものとは違い、例えられないが〈ある〉と感じられる何かがあった。
「儀式を止めてくれたあの花畑も、本来私しか出入りできないんだ。鍵は無いが、周囲に認知されないよう術が施されている。冥界である以上、私の術に対抗できるのは混沌の神位だ。ゼネスに何故そうも肩入れするかは知らないが……まぁ、悪い行いではないだけ、目を瞑ろう」
混沌の神がゼネスをあの青白い花畑へと誘った際、鍵へ何らかの細工をしていてもおかしくは無い。シャルシュリアはそう結論付け、腕の中にいる獣を撫でる。
長い指の櫛で毛を掬われる獣は、心地よさそうに彼に擦り寄る。
一瞬だが、間が開いた。
途方も無く長く感じた。
「ゼネスは……どうして、倒れる程に無理をしたんだ?
シャルシュリアはゼネスの様子を窺うように問う。
「あっ……その……」
ゼネスは口籠り、目を泳がせそうになるが、真っ直ぐにこちらを見つめる金の瞳から逃れる事は出来ない。
一呼吸を置くと、ゼネスは彼と向き合う。
「エーデ様から、廊下に過労で倒れたとの報告を受けていると思います。その原因は、清掃や探索がではないんです」
「何だ?」
「それは……」
ゼネスは手の平を前に出し、光の玉を作り出す。
使わなければ体調に問題ないと考えたが、ここで力を使わずして何になるだろうか。
全身全霊を込め、ゼネスはシャルシュリアへと贈る花を作り出す。
薬を飲んだはずが、一瞬だが眩暈を起こした。心配かけない様に堪え、ゼネスは笑顔を作る。
「こうやって、綺麗な花を貴方へ贈れるように、練習をしていたからです」
最初に贈ったガーベラと同じく、光の中から一輪が現れる。
触れれば散ってしまいそうな程に、繊細で透けるように白い大輪の花。薫り高い上品な香りが2人を包み込むように漂っている。
夜にのみ咲く花、月下美人だ。
「……私を心配しておいて、自分はされないとでも思っているのか? レガーナからの報告も行けているんだぞ」
「あっ!?」
レガーナが先に報告していたのを、ゼネスはすっかりと忘れていた。
「今も完全に治ってはいないのに、無理やり力を使ったな。私では説得力に欠けるが、誰かがゼネスを気に掛けていると覚えておいて欲しい」
ゼネスは何か言い訳を考えようとするが、シャルシュリアに苦笑されてしまう。
「すいません」
「分かってくれれば、それで良い」
正直に謝罪するゼネスの手から、シャルシュリアは月下美人を受け取る。
胸が激しく高鳴るにも関わらず、耳に届くのは小さく笑う声のみ。
ゼネスは、彼を探していく中で気付き、そして確信に変わりつつある感情がある。
最初に会ったその日、神殿で僅かに交わされた会話から、始まった。
あの時、彼の腕の中にいる一匹の獣へ向けられた微笑みに、王としてではない顔を垣間見え、心が小さく揺らいだ。
彼が自身の首に傷をつけた瞬間、心が乱れ、ただ助けたい一心だった。
また新しく生まれるから心配する必要な無いと言われても、出会った彼とはもう二度と巡り会えない事実は覆せない。居なくなって欲しくないと強く思い、自分の無力さに言葉が口から思う様に出なかった。
大義名分であっても、彼に会い、共に過ごせる事が何よりも嬉しかった。自分では近づけない遠い存在であるはずの彼へと花を贈り、会話できるだけで良かった。
しかし、エーデとの関りを目の前にし、アイデンに諭され、自分の中にある嫉妬や独占欲に気づかされた。
信頼を欲するだけでなく、自分だけを見て欲しいと内なる思いがあると知った。
会い、そして確かめたい。
無自覚に蓄積された想いを養分に、芽吹いた若葉は急速に成長し、蕾をつける。
「……ゼネス?」
角を曲がり、歩き続け、彼の前に立つ。
獣を抱え、大理石の長椅子に座っていた彼は立ち上がり、こちらを見つめる。
遠き天井から降り注ぐ光に銀の髪は虹を抱き、金の瞳は宝石と見紛うばかりに輝きを増している。血の気が無く灰色にさえ見える程だった白い肌は、健康な状態に戻り仄かに赤みが増している。
嗚呼、そうか。
納得すると共に、ゼネスは自覚をする。
シャルシュリアに恋をしているのだ、と。
柔らかく、甘く、激しく、痛くもあり、どこか晴れやかだ。
胸に抱く蕾は大輪の花を咲かせ、感情を知る喜びで溢れる。
知って欲しい。確かめたい。受け入れて欲しい。でも、押し付けてはいけない。
同じと気を共有したい。話したい事が沢山ある。
だが、まず言わなければならない言葉がある。
「と、突然来てしまい、申し訳ありません」
震える唇を何とか動かし、正常な声でゼネスは謝罪をする。
「謝罪を受け入れよう」
シャルシュリアがそう言うと、腕の中にいる獣が軽く身じろぎをする。
「この子を連れて来たのか? どう……いや、身体はもう大丈夫なのか?
鍵をかけられている以上、この神殿の空間にはシャルシュリアしか入れない。普段の彼であれば侵入方法を聞く所であるが、ゼネスは3日間寝込んでいた為にまずは気遣いを見せる。
「は、はい! 俺はこの通り、もう大丈夫です」
ゼネスはすぐさま答え、笑顔を浮かべる。
胸は今も鳴り響いているが、不思議とシャルシュリアの声は耳の奥まで届いて来る。
「そうか。突然の報せに驚いたが……元気になった様で何よりだ」
「御心配をおかけしました」
わずかに上がる彼の口元に、ゼネスは自分の心が浮足立つのを感じた。
「ここは私の為だけの空間だ。どうやってここへ来たんだ?」
「彼に主人の居場所を知らないかと尋ねたら、案内してくれました。ここへ入る為の鍵は、シャルシュリア様から頂いたものです。鍵穴に入れて、押し込んだら変形し、扉が開きました」
「変形? そんな力は鍵に与えはいないぞ」
ゼネスは驚き、懐を探ろうとしたが、鍵を穴から取り出すのを忘れていた事に気づいた。
「ほ、本当なんです。金の糸みたいなのが鍵から出て、一回り位大きくなったんです」
「疑っている訳じゃない。どうせ、また混沌の神だろう」
焦るゼネスをシャルシュリアは落ち着かせるように言った。
「あの力はどこにでも存在し、しかし決して私達では触れられない。何かに例えられない程に、私の両親や弟達から感じる力とは、決定的に違う」
転生の剣を首に宛がうシャルシュリアの時に感じたうねりを思い出し、ゼネスは納得をする。母メネシアであれば春の様に温かく、忘却の神エーデの口から吐いた煙は朝霧の様に涼やかに、何かを感じ取れるものだ。だが、あの時のうねりの片方、氷に似た冷ややかなものとは違い、例えられないが〈ある〉と感じられる何かがあった。
「儀式を止めてくれたあの花畑も、本来私しか出入りできないんだ。鍵は無いが、周囲に認知されないよう術が施されている。冥界である以上、私の術に対抗できるのは混沌の神位だ。ゼネスに何故そうも肩入れするかは知らないが……まぁ、悪い行いではないだけ、目を瞑ろう」
混沌の神がゼネスをあの青白い花畑へと誘った際、鍵へ何らかの細工をしていてもおかしくは無い。シャルシュリアはそう結論付け、腕の中にいる獣を撫でる。
長い指の櫛で毛を掬われる獣は、心地よさそうに彼に擦り寄る。
一瞬だが、間が開いた。
途方も無く長く感じた。
「ゼネスは……どうして、倒れる程に無理をしたんだ?
シャルシュリアはゼネスの様子を窺うように問う。
「あっ……その……」
ゼネスは口籠り、目を泳がせそうになるが、真っ直ぐにこちらを見つめる金の瞳から逃れる事は出来ない。
一呼吸を置くと、ゼネスは彼と向き合う。
「エーデ様から、廊下に過労で倒れたとの報告を受けていると思います。その原因は、清掃や探索がではないんです」
「何だ?」
「それは……」
ゼネスは手の平を前に出し、光の玉を作り出す。
使わなければ体調に問題ないと考えたが、ここで力を使わずして何になるだろうか。
全身全霊を込め、ゼネスはシャルシュリアへと贈る花を作り出す。
薬を飲んだはずが、一瞬だが眩暈を起こした。心配かけない様に堪え、ゼネスは笑顔を作る。
「こうやって、綺麗な花を貴方へ贈れるように、練習をしていたからです」
最初に贈ったガーベラと同じく、光の中から一輪が現れる。
触れれば散ってしまいそうな程に、繊細で透けるように白い大輪の花。薫り高い上品な香りが2人を包み込むように漂っている。
夜にのみ咲く花、月下美人だ。
「……私を心配しておいて、自分はされないとでも思っているのか? レガーナからの報告も行けているんだぞ」
「あっ!?」
レガーナが先に報告していたのを、ゼネスはすっかりと忘れていた。
「今も完全に治ってはいないのに、無理やり力を使ったな。私では説得力に欠けるが、誰かがゼネスを気に掛けていると覚えておいて欲しい」
ゼネスは何か言い訳を考えようとするが、シャルシュリアに苦笑されてしまう。
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「分かってくれれば、それで良い」
正直に謝罪するゼネスの手から、シャルシュリアは月下美人を受け取る。
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