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五章 秋色付く感情は別れを生む

37.一匹と共に彼を探す

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 シャルシュリアに会いに行こうと館を見て回るゼネスだが、彼は何処にもいない。
 玉座の間、酒場、書庫、青の花畑、そして彼の寝室。思い当たる場所を探したが見当たらず、亡霊達に訊いてみるが知らないと動作で伝えてくる。レガーナ達は既に地上へと出てしまっている様で手がかりが一つもない。
 最後に金の首飾りを使い、シャルシュリアの姿を思い浮かべてみる。僅かな首飾りから発せられる熱に、移動した分かり目を開けてみると、そこは地上の神殿だ。
 1人で動けるようになり、千の顔を持つ獣3匹に会いに来たのだろう。そう思い、辺りを見回してみるが、神殿には3匹が毛の玉の姿で転がっているだけだった。
 何度もシャルシュリアを思い浮かべるが、神殿のいずれかの場所に飛ぶだけだ。
 ゼネスは首飾りに宿るのは、シャルシュリアの力だ。地上と冥界の境である神殿の中では、金の首飾りの効力は若干弱くなり、降りる分には問題ないが、上へと一気に登る際には正確な位置にズレが生じるようだ。これまで〈神殿へ〉と場所のみの指定であったゼネスにとっては、意外な発見だった。

「なぁ、おまえ達の御主人がいる場所、知ってるか? 会いたいんだ」

 途方に暮れるゼネスは床へと座り、こちらへと転がって来る3匹に訊いてみる。
 ひと鳴きもせずコロコロと転がる3匹の毛玉。知らないか、と眺めていると時、1匹だけ輪の中から離れていく。
 立ち上がり、ゼネスは後を追う。
 勇士達の遺品が壁沿いに散乱していた不気味な神殿は、今ではゼネスの尽力によって清潔さが保たるだけでなく、天幕や蝋燭が取り換えられ、より荘厳な佇まいへと変貌を遂げた。 
 冥界の門であるこの神殿は、他の神のものとは内部構造が違う。大河の上に建設された神殿には祭壇や至聖所は無く、地上へと続く門扉と冥界へ続く階段のある大広間を中心に、周囲を囲う様に部屋が複数存在する。他の神の神殿であれば、宝物庫や祭司達の調理場等に利用されるが、ここでは3匹の獣が各々に気に入った品を入れる倉庫となっている。
 ある部屋には、人間の身長程ある大きな骨が大量に押し込められていた。
 またある部屋には、勇士達のマントやローブのみが収められ、寝床にしているのか大量の毛が付着していた。
 中でも驚かされたのは、神殿の外や大河の中から持って来たと思われる岩が大量に置かれている部屋だ。どうやら暇な時に噛んでいるらしく、綺麗に真っ二つに割れたものや、爪や牙が突き刺さった跡のある岩があった。
 神殿では無く巣と言う方が正しい位に、彼等は好きなように使っている。
 ゼネスは冥界の掃除の日々で、3匹に許可を貰い、勇士の遺品だけでなく、折れた骨や粉砕した岩を片付け、マントやローブを1枚1枚洗ってきた。他の層と違い、神殿は広さが限られるので、何処に何があるのかすぐに覚え、ゴミが溜まりそうな場所に目星が付くほどだ。
 ゼネスの記憶する限りでも神殿内には、シャルシュリアが居着いていそうな場所は思い当たらない。それなのに、一匹の毛玉はコロコロと転がり続ける。ゼネスは疑問が浮かぶが、その後を付いて行き、ある場所に辿り着いた。

「何もないけど……」

 北の角にある小さな部屋。3匹は門扉や階段近くの部屋を使うので、ここには何も置かれてはいない。床が埃塗れだったので掃除した覚えがあり、ゼネスは益々不思議に思う。

「おまえの御主人がここにいるのか?」

 再度訊いてみると、毛玉は大理石のレンガの壁へとコロコロ転がり、ふわりと身体を押し当てる。
隠し扉があると言いたい様だ。
 ゼネスは1匹が触れている壁に手を当て、扉を起動させる仕掛けが無いか探す。上から下へと壁全体を触っていると、床に程近いレンガの1つが他に比べて若干沈んでいる事に気づいた。恐る恐る押してみると、壁が動き出し、人ひとりが通れる大きさの通路が出現する。開いた瞬間に壁の燭台の蝋燭が灯り、毛玉は再び転がり始め、ゼネスはその後を追う。
 しばらく歩き続けると、行き止まりに到達した。

「また隠し、か」

 ここまで一本道であり、襲撃を受けた際に逃げる為の隠し通路としては、あからさまだ。部屋がこの奥になり、彼がここにいるのは間違いない。ゼネスは確信し、再度壁を探る。
 今度は、小さな穴を見つけた。
 咄嗟に懐から金の鍵を取り出したゼネスだが、保管庫と同一であるとは考え難い。
 隠し通路の鍵を探しに行っている間に、シャルシュリアがまた何処かへ行ってしまうかもしれない。普段通り玉座の間や寝室に居る時に会いに行けば、と思うが、ここまで来て戻るのは性に合わない。
この扉の前で待ち伏せしては、不審に思われる。
 早く会って、話がしたい。
 悩んだ結果ゼネスは、一か八か金の鍵を差し入れることを決める。

「鍵、差し込むぞ」

 無駄足に終わると思うが念の為に毛玉へそう告げると、ゼネスは金の鍵を小さな穴へと差し込んだ。
 穴に入ったが、金の鍵が小さすぎて合ってはいない。
 やっぱり無理かとゼネスは諦め、鍵を抜こうとしたが何故かびくとしない。

「お、おい。これどうすれば……!?」

 慌てるゼネスは何とか引き抜こうとするが、力一杯やろうが、角度を変えようが、無駄だった。
 途方に暮れるゼネスに対し、毛玉は早くしろとばかりに彼の周りを飛び跳ね始める。

「わかったから、飛び跳ねるなって! もう、自棄だ! この!!」

 引いて駄目なら押してみようと、ゼネスは鍵を穴へ押し込める。
 その瞬間、まるで蛹になろうとする芋虫の様に鍵は金の糸を吐き、自身に纏わせる。ひと回り大きくなり、鍵穴に適合する形へと変化した。
 ゼネスは恐る恐る指先で何度か触り、大丈夫だと分かると、鍵を開ける為に横へと捻る。
 カチッと言う音が中からした。

「よ、よし! 開い、た……」

 壁が動き出したが、そこから差し込んできたのは日光だった。
 いや、太陽によく似た光だ。
 毛玉はそのままコロコロと動き出し、ゼネスも追う形でその光の中へと入って行った。

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