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三章 夏霞の2人
24.穏やかにただ語らう
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地上の時間でさらに十日が過ぎた。シャルシュリアの左足は少しずつ動く様になり、支えがあれば歩ける程にまで回復した。ゼネスは彼の補助役を務め、ベッドからソファまでの約3メートルの距離を一緒に移動する。
補助をしながらの移動の際、重心を真っ直ぐにするためにゼネスはシャルシュリア傍らに立ち、左脇と右手を把持した。再び触れる冷たさに少し動揺しながらも、ゼネスはシャルシュリアの歩調に合わせた。
「これを繰り返して行けば、左足の動きも少しはマシになるだろう。苦労を掛けるな」
「お力に成れて光栄です」
シャルシュリアから見て正面に置かれたソファへと、ゼネスは座った。
両者の間に設置されたテーブルの上には、ゼネスが持って来た20本の黄と橙のカーネーションが活けられた淡い緑色の花瓶が飾られている。毎日ゼネスはシャルシュリアの寝室へと通っているが、部屋には毎回今日の花しか飾られない。前日の花は無くなっている。
地上から持ち込まれた物では無いが、未熟な力は徐々に空気中に霧散し、形を保てなくなり花は消えた。その様にゼネスは考え、無くなっても気に留めてはいない。
それどころか、花に似合う花瓶を用意するようシャルシュリアが亡霊に命令するので、申し訳なくなるくらいだ。
「調査の報告が来ているが、以前と特に変化はない。魔術の女神が冬の宴に参加し、天神と海神にそれとなく聞く予定だそうだ」
亡霊の持って来た薬草茶のカップを手に取り、シャルシュリアは一口飲んだ。
魔術の女神が煎じた体の回復能力を高める薬草茶は、いかにも苦そうな緑色をしているが、シャルシュリアの舌は何も感じなかった。
「冬の宴ですか。雪の中に輝く会場は、とても華やかで見事だと聞いています」
「地上の神でありながら、行った事が無いのか?」
もう一口飲もうとしたシャルシュリアの手が止まる。
神にとって冬の寒さは感じ取れても、それだけだ。人間の様に体温を奪われる事も、命の危機にさらされる事もない。それどころか世界の摂理として必要だと認識していても、雪に覆われた殺風景な世界は退屈だと感じる神すらいる。鬱憤晴らしに暴れられては困ると誰かが思ってか、人間の文化が浸透してか、いつしか今年を労い来たる新年を祝う宴を行うようになった。
豊穣の女神によって生み出された花々で飾られた会場には、希少な珍味や瑞々しい果実、脂の乗った肉、そして宴の為に醸造された最高級の葡萄酒と聖酒がテーブルの上に並び、神々は自らの務めを忘れて三日三晩騒ぎ続ける。
天神も参加する為、地上の神であれば必ずと言っていい程参加する宴だ。
「その……もう少し大人に成ってからと、母上に言われまして」
「過保護が過ぎる所の話では無いな。身体が充分に育っているのにも関わらず、まだ囲うのか。心もとないというならば、経験を積ませ、心の成長を手助けするのが親だろうに」
耳を疑う様な発言に、シャルシュリアは呆れた。
「地上に戻っても母の過保護に悩まされるのならば、天神に口添えしてやろう」
「ありがとうございます!」
嬉しい反面、ゼネスは冥界の神々が地上で開かれる宴に参加するのか気になった。
「冥界の方々は、地上の宴には参加されるのですか?」
「一度は参加させているが、その後は合わないのか殆どが不参加だ。時折エーデが顔を出しているが、早々に退席している」
運命の女神より死の宣告を受けた人間の魂は、一刻の猶予もなく狩らなければならない。
死んだ人間の魂は地上を彷徨わせず、船に乗せ、冥界へと送らなければならない。
生前の人生を紐解き、感情に流されず、公正な判断を持って判決を下さなければならない。
収容した魂に罰を与え、地上へと逃げないように見張らなければならない。
地上から冥界へと降りようとする人間を通してはならない。
ゼネスが知っている限りでも、冥界に関係する者達は毎日のように動き続けている。今のシャルシュリアの様に休養は取れるが、臨機応変に対応できるよう酒は控えていそうだ。
「彼曰く、酒は美味いが騒ぎ踊るのは性に合わないそうだ。レガーナ達に聞き込みを行ったところ、似た回答が来た。ここで働く亡霊達の為にも、館の一角に静かに飲める酒場を併設した」
「そんな場所があるんですか。行ってみたいです」
「三層へ続く大階段の手前にあるぞ」
「えっ……あそこに?」
ゼネスは苦園へ行く際は必ず大階段を上る。毎回客室からそこまでの道のりを走って行ってしまうのも原因の1つだろう。何日も通っているのに、全く気づかなかった自分に驚き、呆然としてしまう。
「大階段へ行く際に、注意深く確認すると良い」
「はい。そうします……」
呆然とするゼネスを笑わず、シャルシュリアはそう言って薬草茶を飲んだ。
顔を傾けた際に銀の長い髪が口元へと垂れ下がり、彼は耳にかける。
首の三つの星の様な模様は、転生の剣で首を切り落とした回数なのだろう。あれがぐるりと一周したら、どうなるのか。ふと、ゼネスは嫌な考えが過った。
「シャルシュリア様は、冥界をどうして担うと決めたのですか?」
暗い感情を振り払うように、ゼネスは話を変えた。
補助をしながらの移動の際、重心を真っ直ぐにするためにゼネスはシャルシュリア傍らに立ち、左脇と右手を把持した。再び触れる冷たさに少し動揺しながらも、ゼネスはシャルシュリアの歩調に合わせた。
「これを繰り返して行けば、左足の動きも少しはマシになるだろう。苦労を掛けるな」
「お力に成れて光栄です」
シャルシュリアから見て正面に置かれたソファへと、ゼネスは座った。
両者の間に設置されたテーブルの上には、ゼネスが持って来た20本の黄と橙のカーネーションが活けられた淡い緑色の花瓶が飾られている。毎日ゼネスはシャルシュリアの寝室へと通っているが、部屋には毎回今日の花しか飾られない。前日の花は無くなっている。
地上から持ち込まれた物では無いが、未熟な力は徐々に空気中に霧散し、形を保てなくなり花は消えた。その様にゼネスは考え、無くなっても気に留めてはいない。
それどころか、花に似合う花瓶を用意するようシャルシュリアが亡霊に命令するので、申し訳なくなるくらいだ。
「調査の報告が来ているが、以前と特に変化はない。魔術の女神が冬の宴に参加し、天神と海神にそれとなく聞く予定だそうだ」
亡霊の持って来た薬草茶のカップを手に取り、シャルシュリアは一口飲んだ。
魔術の女神が煎じた体の回復能力を高める薬草茶は、いかにも苦そうな緑色をしているが、シャルシュリアの舌は何も感じなかった。
「冬の宴ですか。雪の中に輝く会場は、とても華やかで見事だと聞いています」
「地上の神でありながら、行った事が無いのか?」
もう一口飲もうとしたシャルシュリアの手が止まる。
神にとって冬の寒さは感じ取れても、それだけだ。人間の様に体温を奪われる事も、命の危機にさらされる事もない。それどころか世界の摂理として必要だと認識していても、雪に覆われた殺風景な世界は退屈だと感じる神すらいる。鬱憤晴らしに暴れられては困ると誰かが思ってか、人間の文化が浸透してか、いつしか今年を労い来たる新年を祝う宴を行うようになった。
豊穣の女神によって生み出された花々で飾られた会場には、希少な珍味や瑞々しい果実、脂の乗った肉、そして宴の為に醸造された最高級の葡萄酒と聖酒がテーブルの上に並び、神々は自らの務めを忘れて三日三晩騒ぎ続ける。
天神も参加する為、地上の神であれば必ずと言っていい程参加する宴だ。
「その……もう少し大人に成ってからと、母上に言われまして」
「過保護が過ぎる所の話では無いな。身体が充分に育っているのにも関わらず、まだ囲うのか。心もとないというならば、経験を積ませ、心の成長を手助けするのが親だろうに」
耳を疑う様な発言に、シャルシュリアは呆れた。
「地上に戻っても母の過保護に悩まされるのならば、天神に口添えしてやろう」
「ありがとうございます!」
嬉しい反面、ゼネスは冥界の神々が地上で開かれる宴に参加するのか気になった。
「冥界の方々は、地上の宴には参加されるのですか?」
「一度は参加させているが、その後は合わないのか殆どが不参加だ。時折エーデが顔を出しているが、早々に退席している」
運命の女神より死の宣告を受けた人間の魂は、一刻の猶予もなく狩らなければならない。
死んだ人間の魂は地上を彷徨わせず、船に乗せ、冥界へと送らなければならない。
生前の人生を紐解き、感情に流されず、公正な判断を持って判決を下さなければならない。
収容した魂に罰を与え、地上へと逃げないように見張らなければならない。
地上から冥界へと降りようとする人間を通してはならない。
ゼネスが知っている限りでも、冥界に関係する者達は毎日のように動き続けている。今のシャルシュリアの様に休養は取れるが、臨機応変に対応できるよう酒は控えていそうだ。
「彼曰く、酒は美味いが騒ぎ踊るのは性に合わないそうだ。レガーナ達に聞き込みを行ったところ、似た回答が来た。ここで働く亡霊達の為にも、館の一角に静かに飲める酒場を併設した」
「そんな場所があるんですか。行ってみたいです」
「三層へ続く大階段の手前にあるぞ」
「えっ……あそこに?」
ゼネスは苦園へ行く際は必ず大階段を上る。毎回客室からそこまでの道のりを走って行ってしまうのも原因の1つだろう。何日も通っているのに、全く気づかなかった自分に驚き、呆然としてしまう。
「大階段へ行く際に、注意深く確認すると良い」
「はい。そうします……」
呆然とするゼネスを笑わず、シャルシュリアはそう言って薬草茶を飲んだ。
顔を傾けた際に銀の長い髪が口元へと垂れ下がり、彼は耳にかける。
首の三つの星の様な模様は、転生の剣で首を切り落とした回数なのだろう。あれがぐるりと一周したら、どうなるのか。ふと、ゼネスは嫌な考えが過った。
「シャルシュリア様は、冥界をどうして担うと決めたのですか?」
暗い感情を振り払うように、ゼネスは話を変えた。
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