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二章 転生の剣と春の若葉

13.保管庫の中(修正)

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  苦園ダスアエリスに囚人達の悲鳴がこだましている。
 彼等をよそに、ゼネスは掃除をしながら、剣を探す。まずは100部屋と目標を立て、今度は床や壁、水路掃除だけでなく、石像と壁の隙間や毒液の入った壺、壊れた床、骨の山など、物を隠せそうな場所をより細かく探していく。
 32部屋まで到達したゼネスは、誰もいない部屋の片隅で休憩を取る。
 そういえば、保管庫へはどう行くのだろう。
 懐へ大事に仕舞っていた鍵を取り出し、手の上で転がす。
 牢獄の様な苦園の迷宮には、番人達が使う通路は存在しない。ゼネスの金の首飾りの様にシャルシュリアの加護によって、彼等は自由に冥界の中を移動できるからだ。
神殿から館へ移動した時と同じく念じるのかと思ったが、保管庫がどの様な場所なのか知らないので、頭の中で想像する事が出来ない。
 番人に訊きに行こうと、ゼネスは休憩を終えると部屋を出た。

「えっ?」

 次の部屋は、やけに綺麗な場所だ。石の壁や床など、作りこそ同じであるが、囚人が拷問された形跡や破損した壺等は無く、壁付けの燭台の蝋燭は比較的新しい。正面には10匹の蛇を象った金属製の大扉があり、牛程の大きさがある大きな赤い蜥蜴が張り付いていた。長い尻尾が大扉を縁取る様に緩やかに伸び、滑らかで美しい鱗は蝋燭の灯りに反射している。
ここが保管庫。即座に分かったゼネスであるが、直ぐに来られるとは思ってもいなかったので少々戸惑う。

「シャルシュリア様から鍵を貰っているんだ。入らせてもらえないか?」

 ゼネスの呼びかけに蜥蜴は、深緑の視線を向けゼネスを一瞥すると、壁際へ移動をした。

「仕事中に悪かったな。直ぐに終わらせるよ」

 蜥蜴は特に反応を見せず、壁に張り付いたままだ。
 どうやら首飾りの効力により、苦園にある保管庫や階段のある広間のような特定の場所へは、頭の中で考えながら次の部屋へと移動すると辿り着く様だ。草園や楽園で上への階段のある広間や闘技場へ到達できた理由を、ここで理解する。
 ゼネスは大扉の前に立ち、蛇の目をした鍵穴へと金の鍵を差し込んだ。カチッと言う音が鳴り、扉は自動的に開き、中に備え付けられていた蝋燭に火が灯る。

「おぉ……!」

 ゼネスの目が輝く。
 人間の建築した豪邸よりも保管庫は遥かに広く、二階建ての構造をしている。建ち並ぶ棚の中や台座には鎧や盾、剣などの武器と防具、石像や陶器、宝石の散りばめられた装飾品等が数多く収められている。植物と動物由来物が全くなく、急速に腐敗が進むと言う話は本当であるとゼネスは理解を深める。
 革製のベルトは無くなっている可能性がある。その考えを頭の隅に置いたゼネスは、品々をじっくりと見て回る。

「へぇ……こう見ると、人間の技術の進歩は凄いな」

 手入れの行き届いた保管品には、それぞれ発見した日時と年代が記された名札立てが置かれている。その中でも最古は、太陽と月の模様が彫られた5千前の石仮面だ。儀式の際に使用されていたと思しき石仮面は、そこから100年後、200年後と細部の装飾や立体感が増している。人口増加によって勢力が分かれたのか500年後には、太陽と月は2つの鉄仮面に変わった。
 その他にも、剣は年代を重ねる毎に切れ味がさらに良くなり、鎧は頑丈さと軽量化を両立しようと試行錯誤がされ、宝石は玉から四角や楕円などの形に加工されていく。
 感心しながら見ていると、神の加護を受ける武具が無い事にゼネスは気づいた。
 地上に残っている武器や防具もあるが、それは歴史に名を残し、何百何千年と語り継がれる大英雄の品ばかりだ、と英雄譚を聞く中でゼネスは母に教えてもらった。何故なのか母に訊くと、大英雄の武器と防具には神々の加護が付与され、安易に人間達の手に渡らないよう神殿が管理し、あるいは堅牢な山や洞窟に隠されていると答えが返って来た。けれど、加護にも差があり、微々たるものとなれば人から人へと渡り、時に川や海に沈むとも言っていた。
〈切れ味が衰えない〉〈決して折れない〉〈錆びる事がない〉
 その様な派手さと脅威は無いが、実用的で確かな特殊性だけでも、人間達は重宝する。どれ程の頻度で神が加護を与えたのか不明ではあるが、複数の川が流れ込む冥界の保管庫に一つもないのは奇妙だ。

「ゼネス様」
「うわぁああ!?!」

 渦の様に巻いた角の羊の頭蓋骨を被った番人が、ゼネスの真後ろに立っていた。

「苦園の保管庫の管理を務める番人でございます。ゼネス様がお越しになると聞き、待機しておりました」
「あっ、ど、どうも……邪魔してる……」

 心臓が飛び出しそうな程驚いたゼネスは、苦笑いをする。
 番人達は足音を全く立てずに歩く。草園であれば葉のこすれ合う音で気づけるが、苦園は囚人の叫び声、魔物の足音と鳴き声、さらに罠が発動する音が入り混じり察知するのが極めて困難だ。 

「軽く見せさせてもらった。ここには、神の加護を受ける武具や装飾品はあるのか?」
「はい。ございます。神の加護を受けている武具は、ここより奥の部屋に厳重に保管されておりますが、太陽神のものはございません」

 きっぱりと言われて残念に思うゼネスであるが、番人は話を続ける。

「しかしながらゼネス様には、この2日間で苦園に流れ着いた剣を見ていただきたいと考えております」
「無いと言ったのに、見て欲しいとはどういう事なんだ?」
「太陽神の加護は地上にあってこそ。冥界では力の大部分が封じされ、通常の剣と変わりない可能性がございます」

 ゼネスの持っていた剣は、錆びず切れ味が衰えないだけでなく、傷を癒す力を秘めている。その刀身は太陽の光を受けて白く光り、夕暮れに近付くほどに消え、朝焼けと共に輝きを取り戻す。かすり傷程度しか癒した試しがないゼネスだが、もし太陽の動きに連動し力が増減するのであれば、暗き冥界ではゼロに等しい状態となる。

「一番身近で力を感じ取っていた俺なら、分かりそうだな。見せてくれ」
「かしこまりました」

 番人が鞘に収まった剣20本を持って来ると、ゼネスは一本一本観察し、似た形状があれば振ってみる等の手応えを確かめる。しかし全て愛用の剣とは別物だった。

「上層にも幾つか届いていると報告が入っています」
「あぁ、今度掃除の際に行ってみるよ」

 一息ついたゼネスは保管庫をぐるりと見渡す。
 人気は一切無いが広く、調度品の様に遺品の数々が静かに佇んでいる。
 強固な扉と窓の一切ない空間。
 どこか懐かしくも、二度と帰りたくないと何故か思ってしまった。
 
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