暗き冥界の底で貴方の帰りを待つ

片海 鏡

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一章 冬の睡蓮と冥界

7.草園に飛ぶ怪鳥と女神

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 軽く談笑した後、ゼネスは階段を上り草園カウルギエンへやって来た。
 苦園と違い、草原地帯が広がっている。草は一メートルを優に超え、中には種の入った綿の玉を茎の先に付けている。密閉された空間であった苦園とは違い解放的ではあるが、どこまで進んでも同じ光景が広がっている。試しに目印として綿の玉の茎同士を結んだ後、ゼネスは真っ直ぐに突き進んだ。しばらく進むと、再び結んだ綿の玉の元へ戻って来た。どうやら人を中心に空間が輪の様に繋がり、出られない仕組みになっているようだ。
 その打開策である鳥を装飾が施された金属製の門が、草原に一定間隔で設置されている。そこをくぐると同じく草原に見える別の〈部屋〉に行ける仕組みだ。時折水路と思われる川も流れているが、苦層に比べて大差のない光景が広がり続け、進んでいると意識を保ち辛い。常人であれば精神がすり減ってしまいそうだ。
 草を抜くわけにもいかないゼネスは歩き回り、時折草原に設置されている首が破壊された大理石の女神像をブラシで磨いた。この像は、次の階段のある広間を案内している訳では無く、ただ置かれているだけだ。この像の周りには、館と同じ姿の亡霊達が、行く当てもなく彷徨はないよう集まっている。
 ここの囚人は転生を待つ亡霊達の為、番人達は拷問官としてではなく管理者として立ち回っている。順番がやって来た亡霊を連れて、番人達が一瞬で姿を消す様をゼネスは道中で度々見かけた。

「ん?」

 地面が揺れたかと思えば、草で構成された巨大な人形が4体現れた。ゼネスは壊れた像の影に隠れて様子を窺っていると、人形は部屋をしばらく徘徊したのち再び草へと戻った。どうやら、何の変哲もないように見える草原は、単なる植物の群生では無く、草園の罠そのものでもあるようだ。
考え無しに抜かなくて良かった、とゼネスは思いながら、次の部屋へと進んだ。
 10部屋を渡り歩いたのち、突風が吹いた。
 風が止んだかと思えば、馬ほどの大きさをした鳶色の怪鳥の群れが、頭上に現れる。
 鷲の様な嘴や大きな翼は何処か金属のような艶があり、鱗で覆われた足には刃物の様に鋭利な爪が生えている。頭部から白い冠羽が伸び、ゼネスを威嚇するかのように広がった。

「は? なんだよ。骨のある囚人かと思えば、あの若い神か」
「君は……」

 飛んでいる怪鳥の一羽から、女性が顔を出す。
 短く切られた赤い髪に茜色の瞳。顔立ちはレガーナとよく似ているが、好戦的な印象を受ける。金の装飾、鎧とローブを合わせた特殊な装備を着ているが、こちらは防御面よりも動きやすさを優先している。

「自己紹介だけしてやる。三姉妹の次女イシリス。それじゃ、アタシは忙しいんで」
「あ、あぁ、お疲れ様……?」

 突っかかれるかと思いきや、あっさりと彼女は怪鳥達と共に風の中へと消えて行った。
 死の三女神の次女イシリス。主に天災や事故によって死を遂げた魂を狩る役割を担っている。人間や神と関わるよりも、自然やその類似した環境に身を置いている方が好きなようだ。

「…………進むか」

 あっと言う間の出来事に、考える暇もなかったゼネスは門をくぐった。
 草園の広間は同じく草原であるが、神殿の柱の様に均等に首の無い女神像が並び、その奥に階段へと繋がる大きな鷲を模した門が聳え立っている。あの先に、次の層へと続く階段があるのは一目瞭然だ。その門と広間の周りには、別の群れと思われる怪鳥達が飛び回り、監視している。
 地上であれば草に紛れられるが、上空からでは丸見えだ。もしゼネスが逃亡を試みる亡霊であれば、一瞬で怪鳥の餌食となっていただろう。

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