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一章 冬の睡蓮と冥界

3.太陽神の剣の紛失

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 自分の誇るモノとは、好きなモノとは、そして自分の力とは何なのか。
 今まで真剣に考えた事など無かった。いや、思考する時間が無かった。

「すいません……まだ、これと言って力発揮する局面が無く、俺自身がわかっていません」
「呆れたものだ。メネシアは随分とおまえを溺愛しているようだな」

 表情はほぼ崩さず、嘲笑う様にシャルシュリアは言った。
 ここで不快や怒りを感じるべきだったが、ゼネスは不思議とそうは思わなかった。それどころか、心が軽くなった。

「あ!?」

 ふと、無意識に腰に手を添えようとしたゼネスは、驚きの声を上げる。シャルシュリアは眉一つ動かさず静観していると、ゼネスは慌てた様子で自分の腰のあたりを念入りに触り、確認を始めた。

「剣が……」

 腰に携えていた剣が無くなっていた。冥界の館へと落ちる中で結び目がほどけ脱げてしまった、と予想が付くローブとは訳が違う。過程で剣が抜けてしまったとしても、鞘は残っている筈だ。しかし、腰に括り付けていた革のベルトも含めて無くなってしまっている。

「剣がそれほど重要か?」

 冥界の王を前にして冷静さを保っていたゼネスが、たった一本の剣に大きく取り乱す様に、シャルシュリアは興味を示す。

「父上から賜った大切な剣ではあるのですが……鞘やベルトごと失っていて、余計に驚いてしまいました。申し訳ありません」

 我に返ったゼネスは謝罪する。

「装備品ごと、か……」

 冥界の館へと運び込まれた兵士や英雄の中には、ゼネスと同じく心を落ち着かせる為に腰に携えた剣の柄を握る癖のある者がいた。生前の姿を失い、魂だけの存在となった亡者であれば気にも留めないが、神が冥界へ落ちて来ただけでなく、装備品を紛失した前例は無い。
 冥界下りを試みる英雄から武器と防具を奪い、魔物と戦う試練を課した記録が存在する。それは、冥界に張り巡らされたシャルシュリアの権能による御業である。
 その例に準えるならば、地上に住まういずれかの神の権能によって、睡蓮の仕業に見せかけ、剣と装備品を奪い、ゼネスを冥界に落とした事となる。
 現時点で最も有力な仮説だが、誰が何のために行ったのか分からない。
 悪行の末に天神の怒りを買い、罰として冥界での労働を強いられたのであれば、即座にシャルシュリアの元へと報せが来る。
 地上の神達の小競り合いの1つで準えるならば、どこかの神がゼネスに惚れ、我が物にしようと画策し、それに気づいた豊穣の女神が彼を逃がす為に冥界へ落とした。装備品を地上に残す事で、時間稼ぎをしつつ、天神へ抗議を行っている。
 はたまた直情的に、どこかの神がゼネスを揶揄う為に冥界へ落とした。そのついでに、彼の大事な剣と装備品を冥界の何処かへ放り投げた。
 頭を抱える程に、可能性が無数に存在する。
 大事な時期が迫る中、この様な事態が発生するとはシャルシュリアは予見すらしてはいなかった。

「不可解な点が多く、おまえの話だけでは結論は出せない。だが、何らかの神が関与しているのは間違いなく、慎重に動かなければならない。調査が必要だ」

 シャルシュリアがそう言った瞬間、彼の傍らに亡霊達が現れる。

「おまえはまず濡れた体を温め、休むが良い」
「お心遣い感謝いたします」

 乾ききらないゼネスは、亡霊達に布を被せられ、背中を押されながらその場を退出した。
 彼の居た場所に残る水滴を見ながら、シャルシュリアは小さくため息をついた。
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