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六章
63話
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エンティー達のいる石へと光線が当たろうとした瞬間、竜がその間に入り、長い胴体に直撃を食らう。まるで庇うような行動。空中浮遊が上手く出来ず落下しそうになる竜へエンティーは咄嗟に手を伸ばそうとし、シャングアは蜘蛛たちの糸を使って籠を作り、それを阻止した。
「シャングア。ありがとう」
エンティーは安堵し、感謝を述べる。
「エンティー達を守ってくれたんだ。助けるのは当然だよ」
痛みによって呼吸が荒くなる竜。再び飛ぼうとするが、蓄積された痛みに耐えかね、蜘蛛の糸の籠の中に再び倒れ込む。
「ほぉ……やはり、竜は子供達を同胞と認識しているようだ。素晴らしい」
イルディナータはその様子に関心をする。
「シャングア。竜はここから落ちても、死にはしない。何故、こうも周囲のモノを心配するんだ」
モノと言う呼び方は、人や生き物を指しているのではないとシャングアは瞬時に理解する。イルディナータにとって価値あるのは聖徒の中でもαだけ。
「君は優しい。それによって身を滅ぼしてしまうぞ」
「民を傷付け利用し、俺の家族と番を侮辱した挙句、関係のない竜まで犠牲にしようとしている貴方の言葉なんて、聞きたくもない」
「番……?」
イルディナータはここで初めて表情を変える。心底驚いているようだ。エンティーの首に包帯が巻かれている事に、ここでようやく気付いた。
「そうか! そうか! その被験体を番にしたのか! それは良い。実にめでたい!」
「被験、体……?」
心から祝福するイルディナータ。
エンティーは驚き、シャングアは言葉を失った。
「シャングア。私は、神殿の聖徒の血が濃くなり、選ばれしαの出産率の減少を危惧していた。そこで、母方の一族に相談したところ、秘薬について教えてもらったんだ」
嬉々として話し始めるイルディナータの異様さに、彼の護衛達は一切反応しない。
「神に再び近づくための秘薬だ! しかし、すでに生まれた私達では近づけない。だからこそ、研究のやりがいを感じると言うものだ。後世の子供達を更なる高みへと導くためには、秘薬によって浄化されたΩの子宮が必須となる。悲しい事に歴代の当主達が作り続けていたが全て未完成……そこで私は竜の血に着目した!」
まるで幼子が無邪気に親へと話しかける様な、全て受け止めてもらえると信頼しきった表情。
複雑に絡み合っていたはずの糸は力づくに千切られ、その中心に隠されていた醜悪が露になる。
シャングアには、突如生き生きと話し始めるイルディナータが得体の知れない何かに取りつかれているようにさえ見えた。
「竜の血は見事に人を選んだ! 外殻のものどもは苦しみ、聖徒のΩに強力な恵みを授けた! シャングア、君ならばわかるだろう。その奇蹟を操る類稀なる才! それが証拠だ!!」
奇蹟は思い描いただけで発動できるほど、簡単なものではない。実際には、何度も練習を重ね、時に外界の魔術の様に式を描かなければ扱えない代物だ。シャングアは実際に見た奇蹟を応用するだけでなく、自ら生み出した虫達を何十匹と動かし、処理するだけの強靭な精神と神力の器を持っている。しかしそれは、長年母の目を盗み、貴族や従属からの逃れるために、身に着けた力だ。手放しで喜べる程、シャングアは単純ではない。
「こうして成功を治めた私が次の着目したのは、子供達だ。まだ第二の性が判明していない子を神の使いとしてのちに、生まれてくる聖徒の世話係に出来ないか、と。その為に、更なる秘薬の開発に着手した」
神殿には革新派と保守派がいる。政治の面で両者が対立し、議論し合うのは必要不可欠であるが、イルディナータはその中でも異端と言えるだろう。これまでの発言から、保守派の中でも選民意識と原理主義の凝り固まった思想の持主であると伺える。
神に対し狂信的なまでの崇拝の念。子供達を神に近づけ、神徒を導こうとする異様な使命感。邪教とも呼べる程に、暴走してしまっている。
「結果、その2人の子供は選ばれた! 見るが良い。その美しき鱗を! 神の使いである竜の力をその身に宿している」
どこからが妄想で、真実なのか分からない。
いや、違う。イルディナータもまた洗脳されている。神殿の未来を憂いた彼はその方法を模索し、多くの壁にぶつかり自尊心が崩壊した。壊れた心の安寧を求め、新たな価値観を取り入れようとした時、秘薬の話を囁かれてしまった。その時、新しい価値観は古い価値観と連結した。そして、周囲の人々から威圧的な説得がなされ、今までの行いが間違いであり、今の考えこそ正しいと信じ切ってしまっている。
この状況では、説得は出来ない。否定はより強固な信念へと変換され、肯定はより暴走の引き金となってしまう。専門的な医師でなければ、彼の意志は目覚めさせられない。
話し続けるイルディナータをよそにシャングアは、皆を地上へ戻すための階段を蜂達に探させようとする。
その時、光線が再び地下から発射される。狙いを定め、打っていると思われていた光線は、シャングア達から10メートル以上離れた石を貫いた。そして、また一本、もう一本と次々と発射される。
シャングアは、気づいた。あの光線は、イルディナータの思考と共に暴走をし始めている。
「シャングア。ありがとう」
エンティーは安堵し、感謝を述べる。
「エンティー達を守ってくれたんだ。助けるのは当然だよ」
痛みによって呼吸が荒くなる竜。再び飛ぼうとするが、蓄積された痛みに耐えかね、蜘蛛の糸の籠の中に再び倒れ込む。
「ほぉ……やはり、竜は子供達を同胞と認識しているようだ。素晴らしい」
イルディナータはその様子に関心をする。
「シャングア。竜はここから落ちても、死にはしない。何故、こうも周囲のモノを心配するんだ」
モノと言う呼び方は、人や生き物を指しているのではないとシャングアは瞬時に理解する。イルディナータにとって価値あるのは聖徒の中でもαだけ。
「君は優しい。それによって身を滅ぼしてしまうぞ」
「民を傷付け利用し、俺の家族と番を侮辱した挙句、関係のない竜まで犠牲にしようとしている貴方の言葉なんて、聞きたくもない」
「番……?」
イルディナータはここで初めて表情を変える。心底驚いているようだ。エンティーの首に包帯が巻かれている事に、ここでようやく気付いた。
「そうか! そうか! その被験体を番にしたのか! それは良い。実にめでたい!」
「被験、体……?」
心から祝福するイルディナータ。
エンティーは驚き、シャングアは言葉を失った。
「シャングア。私は、神殿の聖徒の血が濃くなり、選ばれしαの出産率の減少を危惧していた。そこで、母方の一族に相談したところ、秘薬について教えてもらったんだ」
嬉々として話し始めるイルディナータの異様さに、彼の護衛達は一切反応しない。
「神に再び近づくための秘薬だ! しかし、すでに生まれた私達では近づけない。だからこそ、研究のやりがいを感じると言うものだ。後世の子供達を更なる高みへと導くためには、秘薬によって浄化されたΩの子宮が必須となる。悲しい事に歴代の当主達が作り続けていたが全て未完成……そこで私は竜の血に着目した!」
まるで幼子が無邪気に親へと話しかける様な、全て受け止めてもらえると信頼しきった表情。
複雑に絡み合っていたはずの糸は力づくに千切られ、その中心に隠されていた醜悪が露になる。
シャングアには、突如生き生きと話し始めるイルディナータが得体の知れない何かに取りつかれているようにさえ見えた。
「竜の血は見事に人を選んだ! 外殻のものどもは苦しみ、聖徒のΩに強力な恵みを授けた! シャングア、君ならばわかるだろう。その奇蹟を操る類稀なる才! それが証拠だ!!」
奇蹟は思い描いただけで発動できるほど、簡単なものではない。実際には、何度も練習を重ね、時に外界の魔術の様に式を描かなければ扱えない代物だ。シャングアは実際に見た奇蹟を応用するだけでなく、自ら生み出した虫達を何十匹と動かし、処理するだけの強靭な精神と神力の器を持っている。しかしそれは、長年母の目を盗み、貴族や従属からの逃れるために、身に着けた力だ。手放しで喜べる程、シャングアは単純ではない。
「こうして成功を治めた私が次の着目したのは、子供達だ。まだ第二の性が判明していない子を神の使いとしてのちに、生まれてくる聖徒の世話係に出来ないか、と。その為に、更なる秘薬の開発に着手した」
神殿には革新派と保守派がいる。政治の面で両者が対立し、議論し合うのは必要不可欠であるが、イルディナータはその中でも異端と言えるだろう。これまでの発言から、保守派の中でも選民意識と原理主義の凝り固まった思想の持主であると伺える。
神に対し狂信的なまでの崇拝の念。子供達を神に近づけ、神徒を導こうとする異様な使命感。邪教とも呼べる程に、暴走してしまっている。
「結果、その2人の子供は選ばれた! 見るが良い。その美しき鱗を! 神の使いである竜の力をその身に宿している」
どこからが妄想で、真実なのか分からない。
いや、違う。イルディナータもまた洗脳されている。神殿の未来を憂いた彼はその方法を模索し、多くの壁にぶつかり自尊心が崩壊した。壊れた心の安寧を求め、新たな価値観を取り入れようとした時、秘薬の話を囁かれてしまった。その時、新しい価値観は古い価値観と連結した。そして、周囲の人々から威圧的な説得がなされ、今までの行いが間違いであり、今の考えこそ正しいと信じ切ってしまっている。
この状況では、説得は出来ない。否定はより強固な信念へと変換され、肯定はより暴走の引き金となってしまう。専門的な医師でなければ、彼の意志は目覚めさせられない。
話し続けるイルディナータをよそにシャングアは、皆を地上へ戻すための階段を蜂達に探させようとする。
その時、光線が再び地下から発射される。狙いを定め、打っていると思われていた光線は、シャングア達から10メートル以上離れた石を貫いた。そして、また一本、もう一本と次々と発射される。
シャングアは、気づいた。あの光線は、イルディナータの思考と共に暴走をし始めている。
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