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五章
54話
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食堂室にいたシャングアはその瞬間、椅子から立ち上がる。
エンティーに施していた誓約が一瞬だが消えかけた。縄を編むように、複数種の奇蹟を織り交ぜて作ったはずだ。エンティーに何かあったと即座に思い、シャングアは廊下を駆ける。
フェルエンデはそれを一切留めず、シャングアの後をゆるりと追いかけ歩いて行く。
「2人に嫌われるのは嫌だな……」
そう呟きながら大きくため息を着く。
廊下を駆け抜け、庭の低木を乗り越え、自室へと辿り着いたシャングアは、すぐさま扉を開ける。
「やぁ、おかえり」
そこにいたのは、兄センテルシュアーデとトゥルーザ、そして床に座るリュクだ。ベッドを見るが、そこにはエンティーがいない。
「あぁ、エンティーさんは隣の部屋にはいないよ」
移動したのかと思い動こうとしたシャングアに、センテルシュアーデは言う。
「だったら、エンティーはどうしたの!?」
「連れ去られたよ」
切羽詰まった様子のシャングアとは違い、センテルシュアーデは静かに微笑みながら応える。
「いったい、どういう……」
部屋は荒らされた様子は一切なく、変化があったとすれば小箪笥の上に置かれた水の入ったガラスのコップと机の着替えらしき衣類だけだ。
「リュク。何が遭ったの?」
「お、俺は何も知りません! 本当です!」
何が何だか分からず、戸惑うリュクは声を上げる。その表情は演技にしては迫真であり、小刻みに震えている。
「あぁ、そうだとも。リュクくん自身は何も知らない。君は、ちゃんとエンティーさんを守っていた。悪いのは、これだ」
美しく微笑むセンテルシュアーデは、左手をリュクの額へと押し当てる。
奇蹟の力が込められた手の中で、リュクの宝玉にひびが入り、割れる。
「うっぁ……!」
その痛みにリュクは呻き、センテルシュアーデが手を離すと、額を抑えながら俯いた。
「これで自由になれるよ。しばらくの間は宝玉が欠けているけれど、普段の生活には支障は出ない」
センテルシュアーデは、床へと零れ落ちたリュクの宝玉の欠片を手に取る。
「どういうこと。何を知っているの?」
シャングアは訳が分からず、センテルシュアーデに問う。
「内殻の平民の14歳以上は全て洗脳の奇蹟が施されている」
「え……?」
あまりにも唐突であり、衝撃的な内容に、シャングアは受け入れられず戸惑いを見せる。
洗脳の奇蹟。他者を思い通りの行動と思考を持たせ、支配する。マインドコントロールのように長期的に行いその状態に陥れるものとは違い、奇蹟は短期的に堕としてしまう。一歩間違えば、相手を廃人にさせてしまう。
「β達は日常生活を送り、仕事に務めているが、皆がΩを監視し情報共有を行ってきた。禁止薬物を飲ませ、それによる体質の変化を確認する為に暴力を行い、外見の変異を見る為に健康診断では下着姿にした」
管理者を拘束し事情聴取しても、根本へと到達できなかった理由に平民が関わっていた。神殿は島の政治の中心部であり、聖徒達の住居。管理者よりも平民の方が働き手として、許可が下りれば様々な場所に入る事が出来る。
当たり前のこと過ぎて、シャングアは気づけていなかった。
「Ωの場合、神力を蓄積する体質は、精神に作用する奇蹟を弾く力がある。生物として、相手を選ぶために正常な意思が必要だからだろう。だが、神殿内ではそうはいかない。情報統制され、皆がその様に動くから、常識だと思い込み、疲弊した心では何も発言することが出来なかった」
洗脳方法はいくらでもあると言うように、センテルシュアーデは言う。
暴力と甘い言葉。感覚の遮断と賞罰。本来学習として成り立つはずの操作と反復によって、人は強制的な意識改造が行われる。
エンティーが健康診断の時に下着姿になるのは当たり前だと思った事、Ωだから自由に動けないと言った事、それらもまた洗脳だ。
「本来であれば、皇権によって阻止される。しかし、先代聖皇から現聖皇へと継承されるほんの一瞬の隙を突いて、平民層に施されてしまったのだろう。リュクくんの様子を見る限り、定期的に更新されていたようだね。朝礼、報告会……βが集まる場所で更新されたのだろう」
奇蹟の抑制を行う皇権。権能と呼ぶべき奇蹟は複雑な式で構築され、皇位継承と共に新たな聖皇がそれを担う。その時、数秒間発動しない。しかし、その儀式はいつどこで行われるかは二人しか知らないはずだ。
「その一瞬を突いたとして、長期では洗脳は無理じゃないの?」
「フェルエンデの作った宝玉。シャングアの予測。もし、摂取できるとしたら、どうなるかな」
絶滅種とされる竜の血を結晶にしたものが、フェルエンデの作った宝玉と同質のものだったら。それに奇蹟の力を封じ込め、薬剤として使えるものであったならば。
それもまた予測だ。
だが、それが可能であった場合〈配給〉と言う形で平民たちは摂取している。持続によって、少量を力で支配することが出来る。
エンティーに施していた誓約が一瞬だが消えかけた。縄を編むように、複数種の奇蹟を織り交ぜて作ったはずだ。エンティーに何かあったと即座に思い、シャングアは廊下を駆ける。
フェルエンデはそれを一切留めず、シャングアの後をゆるりと追いかけ歩いて行く。
「2人に嫌われるのは嫌だな……」
そう呟きながら大きくため息を着く。
廊下を駆け抜け、庭の低木を乗り越え、自室へと辿り着いたシャングアは、すぐさま扉を開ける。
「やぁ、おかえり」
そこにいたのは、兄センテルシュアーデとトゥルーザ、そして床に座るリュクだ。ベッドを見るが、そこにはエンティーがいない。
「あぁ、エンティーさんは隣の部屋にはいないよ」
移動したのかと思い動こうとしたシャングアに、センテルシュアーデは言う。
「だったら、エンティーはどうしたの!?」
「連れ去られたよ」
切羽詰まった様子のシャングアとは違い、センテルシュアーデは静かに微笑みながら応える。
「いったい、どういう……」
部屋は荒らされた様子は一切なく、変化があったとすれば小箪笥の上に置かれた水の入ったガラスのコップと机の着替えらしき衣類だけだ。
「リュク。何が遭ったの?」
「お、俺は何も知りません! 本当です!」
何が何だか分からず、戸惑うリュクは声を上げる。その表情は演技にしては迫真であり、小刻みに震えている。
「あぁ、そうだとも。リュクくん自身は何も知らない。君は、ちゃんとエンティーさんを守っていた。悪いのは、これだ」
美しく微笑むセンテルシュアーデは、左手をリュクの額へと押し当てる。
奇蹟の力が込められた手の中で、リュクの宝玉にひびが入り、割れる。
「うっぁ……!」
その痛みにリュクは呻き、センテルシュアーデが手を離すと、額を抑えながら俯いた。
「これで自由になれるよ。しばらくの間は宝玉が欠けているけれど、普段の生活には支障は出ない」
センテルシュアーデは、床へと零れ落ちたリュクの宝玉の欠片を手に取る。
「どういうこと。何を知っているの?」
シャングアは訳が分からず、センテルシュアーデに問う。
「内殻の平民の14歳以上は全て洗脳の奇蹟が施されている」
「え……?」
あまりにも唐突であり、衝撃的な内容に、シャングアは受け入れられず戸惑いを見せる。
洗脳の奇蹟。他者を思い通りの行動と思考を持たせ、支配する。マインドコントロールのように長期的に行いその状態に陥れるものとは違い、奇蹟は短期的に堕としてしまう。一歩間違えば、相手を廃人にさせてしまう。
「β達は日常生活を送り、仕事に務めているが、皆がΩを監視し情報共有を行ってきた。禁止薬物を飲ませ、それによる体質の変化を確認する為に暴力を行い、外見の変異を見る為に健康診断では下着姿にした」
管理者を拘束し事情聴取しても、根本へと到達できなかった理由に平民が関わっていた。神殿は島の政治の中心部であり、聖徒達の住居。管理者よりも平民の方が働き手として、許可が下りれば様々な場所に入る事が出来る。
当たり前のこと過ぎて、シャングアは気づけていなかった。
「Ωの場合、神力を蓄積する体質は、精神に作用する奇蹟を弾く力がある。生物として、相手を選ぶために正常な意思が必要だからだろう。だが、神殿内ではそうはいかない。情報統制され、皆がその様に動くから、常識だと思い込み、疲弊した心では何も発言することが出来なかった」
洗脳方法はいくらでもあると言うように、センテルシュアーデは言う。
暴力と甘い言葉。感覚の遮断と賞罰。本来学習として成り立つはずの操作と反復によって、人は強制的な意識改造が行われる。
エンティーが健康診断の時に下着姿になるのは当たり前だと思った事、Ωだから自由に動けないと言った事、それらもまた洗脳だ。
「本来であれば、皇権によって阻止される。しかし、先代聖皇から現聖皇へと継承されるほんの一瞬の隙を突いて、平民層に施されてしまったのだろう。リュクくんの様子を見る限り、定期的に更新されていたようだね。朝礼、報告会……βが集まる場所で更新されたのだろう」
奇蹟の抑制を行う皇権。権能と呼ぶべき奇蹟は複雑な式で構築され、皇位継承と共に新たな聖皇がそれを担う。その時、数秒間発動しない。しかし、その儀式はいつどこで行われるかは二人しか知らないはずだ。
「その一瞬を突いたとして、長期では洗脳は無理じゃないの?」
「フェルエンデの作った宝玉。シャングアの予測。もし、摂取できるとしたら、どうなるかな」
絶滅種とされる竜の血を結晶にしたものが、フェルエンデの作った宝玉と同質のものだったら。それに奇蹟の力を封じ込め、薬剤として使えるものであったならば。
それもまた予測だ。
だが、それが可能であった場合〈配給〉と言う形で平民たちは摂取している。持続によって、少量を力で支配することが出来る。
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