白銀の城の俺と僕

片海 鏡

文字の大きさ
上 下
36 / 71
三章

36話

しおりを挟む
 収集品の置かれた部屋を出た二人は、近くの中庭に辿り着いた。
 中庭と言っても、かなり小さい規模だ。木が一本とその周りにピンクと白の花が植えられ、3人掛けのベンチが一脚置かれている。
神殿にはかつてエンティーが清掃をしていた小さな噴水のように、人気があまりない場所が幾つか存在する。一時期人目を避けていたシャングアはそういった〈穴場〉をよく知っているので、そこへエンティーを抱えて移動したのだ。

「どれを貰う?」

 お互いにベンチへ座り、籠の中を見る。
籠の中に瓶詰の果肉の入ったゼリーは8個入っている。桃、葡萄、マスカット、オレンジ、苺、二種のメロンが各1個。そして、フルーツポンチのように数種の果物が入ったゼリーが2個だ。

「俺は……桃を貰おうかな」
「うん。わかった」

 シャングアは桃のゼリーの瓶を取り、蓋を開けるとスプーンと一緒にエンティーへ渡す。

「ありがとう!」

 エンティーは礼を言い受け取ると、早速ゼリーの中へとスプーンを差し入れる。
 柔らかな透明のゼリーと一口サイズに切り分けられた桃を一緒に掬い、口へと運ぶ。するりと滑らかなゼリーの舌触り。香り豊かであり、柔らかな果肉の甘みと歯応え。
 誓約の儀で食べさせてもらって以降、エンティーは桃が気に入っている。

「美味しい!」

 気分が良くなり、頬がほんのりと赤くなるエンティーは感想を述べる。

「良かった。父様が聞いたら喜ぶよ」

 シャングアはそう言いつつ、スプーンを使い半分に切られているマスカットの果肉を食べる。
 マスカットは芳しさと、しっかりとした弾力がありながら直ぐに解けるように切れる果肉がとても美味しい。思わず、シャングアの口が綻ぶ。

「シャングアのも美味しそうだね。俺のゼリーを一口あげるから、そっちの一口分けてくれないかな?」

 その様子を見ていたエンティーは、余程美味しいのかと興味をそそられ提案をする。

「えっ」

 思ってもいなかった提案にシャングアは少し目を見開く。

「ダメ?」
「あっ、いや、駄目じゃないよ。ど、どうぞ」

 断れば悲しんでしまうと思い、慌ててシャングアはゼリーの入った瓶をエンティーへ差し出す。

「ありがとう!」

 エンティーは嬉しそうに自分の使うスプーンを瓶へと差し入れ、マスカット一欠片とゼリーを掬い取る。

「こっちも美味しい!」

 一口食べたエンティーは嬉しそうに笑顔を見せ、シャングアへと自分の持っている瓶を差し出す。シャングアは少し戸惑いつつも、エンティーと同じように桃一欠片とゼリーを少量掬い取る。スプーンを口へと運び、桃とゼリーを味わおうとするが、焦りからか何も感じられない。

「う、うん。こっちも美味しい」

 飲み込んだシャングアは、なんとか笑顔を見せる。

「そうでしょう! 陛下に後でもう一度お礼を言わないとね」
「そうだね」

 嬉しそうにするエンティーにシャングアは同意しつつも、胸がざわついていた。
エンティーはリュクを含めたかつての友人たちと、このように分け合い食べていたのだろう。しかし、シャングアは初体験であり、その相手が彼ただ一人だ。
 相手が口にしたものを、自分の口へと入れる様な、何とも言いが無い緊張感。そして、その逆の高揚感に近い何か。
 意識が逸れ始めていた筈が、ぶり返してしまいシャングアは、今にも手を出してしまいそうな衝動を堪える。

「ねぇ、シャングア」
「あ、え、何?」

 挙動不審になり始めている自分は心底気持ちが悪い、と再びシャングアは思う。

「気になっていたんだけれどさ、飛竜の騒動の時、シャングアはどうやって俺に追い付いたの?」
「あぁ、僕が走り出したのはエンティーよりもかなり遅かったけれど、奇蹟を使って肉体強化を使って加速させたんだ。それと、破損している廊下から進行方向を予測して、神殿の秘密通路をいくつか使って近道したんだ」

 神殿は初代聖皇の時代からずっと平和が続いていたわけではない。外界の大航海時代には度重なる侵略行為を受けた。時には外殻との内戦を繰り広げた時代も存在する。神殿の中を迷路のように張り巡らされた秘密通路は、聖徒達の逃亡経路となり、時には騎士達の奇襲する為の活路となる。
 シャングアは見合いからの逃亡の際には、建物をよじ登るだけでなく、秘密通路を度々利用して追っ手を撒いていた。

「俺も避難経路でいくつか教えてもらったけれど、そんな風にも使えるんだね」

 エンティーは感心をした様子で言う。

「うん。色んな使い方があるよ。悪さをする人もいるから、通路の全貌を知っている人は皇族の中でも、ごく僅かなんだ」
「シャングアはどれくらい知っているの?」
「僕でも……半分くらいかな。中には老朽化が進んで通れない場所もあるらしいから、行けるところしか教わっていないよ」 
「シャングアでも半分かぁ。相当な数があるんだね」

 歴史の長い神殿は毎年どこかで修復作業が行われている。しかし、迷路のような秘密通路の修復まで手が回っていない。修復が行われるのは、避難経路として使われている主な通路だけだ。今回の飛竜の暴走と墜落によって、何本か秘密通路は潰れてしまった事だろう。

「半分でも色んな所へ行けて面白いよ。今度、浜辺を案内してあげる」
「浜辺って、あの砂地の……!」

 何気なく言ったシャングアに対し、エンティーは目を輝かせる。
 神殿に召し上げられた聖徒達は、許可が下りない限りは外へ出る事を許されない。気軽に浜辺に行くなんて、出来ないのだ。

「きっとエンティーも気に入ってくれると思う」
「シャングアが言うなら、絶対気に入るよ! 楽しみにしているね!」

 エンティーの無邪気な笑顔に、シャングアは静かに見惚れる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛して、許して、一緒に堕ちて・オメガバース【完結】

華周夏
BL
Ωの身体を持ち、αの力も持っている『奏』生まれた時から研究所が彼の世界。ある『特殊な』能力を持つ。 そんな彼は何より賢く、美しかった。 財閥の御曹司とは名ばかりで、その特異な身体のため『ドクター』の庇護のもと、実験体のように扱われていた。 ある『仕事』のために寮つきの高校に編入する奏を待ち受けるものは?

モブオメガはただの脇役でいたかった!

天災
BL
 モブオメガは脇役でいたかった!

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...