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三章
30話
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「これから話す事、内密に頼む」
トゥルーザが話を始めた同時刻。周囲の探知を終えた後、扉の前で警護していた聖騎士にフェルエンデは言う。聖騎士は静かに頷き、二人を無いものと扱うように警護を続ける。
「シャングア。体の調子はどうだ?」
「エンティーを助けに行くときに肉体強化したけれど、特に何もないよ」
「そうか……それじゃ、エンティーさんを見てどう思う?」
真剣な表情の兄からの質問に、意味が分からずシャングアは戸惑う。
「興奮まではいかなくても、触ってみたいとか近くに居たいとかそういう欲求はあるか?」
フェルエンデは、微量ではあるがエンティーの媚香に気づいていた。エンティー本人は抑制剤を飲んでいるので体調を崩さず、周囲のαやβに影響はない。しかし、間近では多少影響が出る。宝玉が割れた事で弟に何か変化があると思い、フェルエンデは問いかけたのだ。
「エンティーは大切だけれど、特には……どういう事?」
シャングアは益々理解できず、フェルエンデは悩まし気にため息をつく。
「これからおまえは、αの特性が強く体に出始めるんだ。思い返せば、一度も宝玉割れたことなかったもんな……」
「?? Ωの媚香でαも誘発され発情するって話とは違うの?」
「性的な発情は確かにあるが、他にもΩに対して独占欲や支配欲が湧いてくる」
Ωに対するαの性加害行為についてはシャングアも見聞きし、実際の被害記録を読んでいる。自分もそうなるのではと恐れを感じた事もあったが、エンティーに対してはそれらしき感情は抱かなかった。
「一から説明するぞ。宝玉器官は、俺達の奇蹟の使用有無だけでなく、若い時には第二性本能の活性化を促すんだ。宝玉が生成し始める13歳から17歳まではかなり割れやすくて、その再形成のために神力の巡りが活発になる。Ωの場合は、初期の発情期がこれと同等の意味を持つ。これによって、自分の体に第二の性が成立されていく」
第二の性の活性化は思春期に該当する為、その心身の不安定さから周囲の大人達が見守り、時には手助けをする。シャングアの場合は一切割れが起きず、穏やか過ぎる思春期だったために、周囲に心配はされたが静かに終わった。
「おまえは奇蹟を使うのが上手いうえに、性格上調子に乗らないし、無理に使うなんて一切なかったからなぁ……今回、同質量の神力を引き出して奇蹟をたて続けに使っただろ?」
脚を速くするための肉体強化、飛竜捕獲の鎖。そして、エンティーへの誓約の効力を強めていた。あの時シャングアは体力の消耗は大きかったが、神力は充分に余裕がある状態だった。生成できる神力や発動する奇蹟に、宝玉が耐えられなかった。
「確かに連続で発動させたけれど……もう19歳なんだから、第二の性の確立は終わっているんじゃないの」
「性が確立しても、活性化は平均22歳まで起きる。おまえの場合は今まで見合い相手のΩに一切反応が無かっただろ? あれの反動が来る可能性があるんだよ」
運命の番でなくとも、Ωの媚香にαは発情をする。
シャングアは貴族との見合いで、発情期のΩと出会う時もあった。しかし、香りを嗅いでも体にざわつく様な感覚は在っても、シャングアはΩに対する欲求は何も湧いてこなかった。むしろ、それが不快だとすら思っていた程だ。
加害行為への恐れとざわつきによって、シャングアは見合いから逃げ続けた。
「僕は、エンティーを傷付ける様な人にはなりたくない。どうしたら良いの?」
「己の行動に自覚を持つことも大切だが、所詮生物だから抗えない時もあるだろうな。だから、α用の抑制剤を処方する」
αの抑制剤はシャングアも内容は知っている。個人差はあるが、Ωの媚香を嗅いで発情したαは獣と言っても過言では無い程に欲情し、性行為を強要する。被害を受けたΩの中には腕や足の骨折、さらには殺害された事例まで存在する。運命の番であっても性暴力の被害の事例があり、αの間ではそれを問題視し、強すぎる性欲を抑える薬が開発された。
「今回は、診療室に常備されている薬を渡す。合わない場合は、俺に言ってくれれば別の種類を用意するから言ってくれ」
「ありがとう」
シャングアは安堵し、フェルエンデに礼を言う。
「医者として、患者を手助けするのは当然の事だ。話はこれで終わりだ。何かあったら、ちゃんと相談するんだぞ?」
「うん。そうさせてもらうよ」
二人はエンティーとトゥルーザの待つ診療室へと戻る。
「あ!!」
扉を開け一歩足を踏み入れた瞬間、突然フェルエンデが大きな声を出し、シャングアは肩をビクリと震わせる。
「な、なに?」
彼の顔が向いている方をシャングアが見ると、上半身を起こしてもらったエンティーとトゥルーザがカップケーキらしき焼菓子を食べている。
「俺のおやつ!!」
「すいません。棚に隠してあったのを見つけました」
「何で食べてるの!!」
頭を使った後には甘いものが欲しくなる。いつだったかフェルエンデが言っていたのをシャングアは思い出した。ガッカリとした様子から、カップケーキを楽しみにしていたようだ。
「エンティーさんがまだ昼食を食べていないそうなので、いただきました。私も共犯です」
トゥルーザの話にシャングアは少し驚き、エンティーを見る。
騒動の前、エンティーは一緒にいたが、何か食べたがるような素振りを見せなかった。一人になった時に宴で振舞われていた料理を食べているだろう、とシャングアは思っていた。大勢いる場では、信頼できる人と一緒か、その人から貰った物しか食べられない。エンティーの過去を考えれば、何か問題ごとに巻き込まれた可能性はいくらでもあるのに、シャングアはそれを見落としていた。
「お腹が空いちゃって……勝手に食べて、すいません」
エンティーは申し訳なさそうに謝罪をする。
「それなら、仕方ない。許す」
フェルエンデはまだガッカリした様子だが、事情があるとして許した。
「今から僕が何か食事を貰ってくるよ。兄さんのおやつも新しい物を取りに行ってくる」
「そうか? 悪いな」
シャングアが自ら行動するのは珍しいと思いつつ、フェルエンデは言う。
「エンティー、少し待っててね」
「うん。ありがとう」
シャングアは直ぐに部屋を出て行った。
フェルエンデは少し気になっていた。シャングアのエンティーに対する静かな執着だ。運命の番ではない相手を守る為に、危険を冒すなんてαとしてはあり得ないと言っても良い。数が少ないとはいえ、繁殖相手の代わりとなるΩはいるからだ。
例外はいくらでもあり、記録に残されていない内容は山ほどある。
2人の関係がどう動くのか見ものである、とフェルエンデは静かに思う。
トゥルーザが話を始めた同時刻。周囲の探知を終えた後、扉の前で警護していた聖騎士にフェルエンデは言う。聖騎士は静かに頷き、二人を無いものと扱うように警護を続ける。
「シャングア。体の調子はどうだ?」
「エンティーを助けに行くときに肉体強化したけれど、特に何もないよ」
「そうか……それじゃ、エンティーさんを見てどう思う?」
真剣な表情の兄からの質問に、意味が分からずシャングアは戸惑う。
「興奮まではいかなくても、触ってみたいとか近くに居たいとかそういう欲求はあるか?」
フェルエンデは、微量ではあるがエンティーの媚香に気づいていた。エンティー本人は抑制剤を飲んでいるので体調を崩さず、周囲のαやβに影響はない。しかし、間近では多少影響が出る。宝玉が割れた事で弟に何か変化があると思い、フェルエンデは問いかけたのだ。
「エンティーは大切だけれど、特には……どういう事?」
シャングアは益々理解できず、フェルエンデは悩まし気にため息をつく。
「これからおまえは、αの特性が強く体に出始めるんだ。思い返せば、一度も宝玉割れたことなかったもんな……」
「?? Ωの媚香でαも誘発され発情するって話とは違うの?」
「性的な発情は確かにあるが、他にもΩに対して独占欲や支配欲が湧いてくる」
Ωに対するαの性加害行為についてはシャングアも見聞きし、実際の被害記録を読んでいる。自分もそうなるのではと恐れを感じた事もあったが、エンティーに対してはそれらしき感情は抱かなかった。
「一から説明するぞ。宝玉器官は、俺達の奇蹟の使用有無だけでなく、若い時には第二性本能の活性化を促すんだ。宝玉が生成し始める13歳から17歳まではかなり割れやすくて、その再形成のために神力の巡りが活発になる。Ωの場合は、初期の発情期がこれと同等の意味を持つ。これによって、自分の体に第二の性が成立されていく」
第二の性の活性化は思春期に該当する為、その心身の不安定さから周囲の大人達が見守り、時には手助けをする。シャングアの場合は一切割れが起きず、穏やか過ぎる思春期だったために、周囲に心配はされたが静かに終わった。
「おまえは奇蹟を使うのが上手いうえに、性格上調子に乗らないし、無理に使うなんて一切なかったからなぁ……今回、同質量の神力を引き出して奇蹟をたて続けに使っただろ?」
脚を速くするための肉体強化、飛竜捕獲の鎖。そして、エンティーへの誓約の効力を強めていた。あの時シャングアは体力の消耗は大きかったが、神力は充分に余裕がある状態だった。生成できる神力や発動する奇蹟に、宝玉が耐えられなかった。
「確かに連続で発動させたけれど……もう19歳なんだから、第二の性の確立は終わっているんじゃないの」
「性が確立しても、活性化は平均22歳まで起きる。おまえの場合は今まで見合い相手のΩに一切反応が無かっただろ? あれの反動が来る可能性があるんだよ」
運命の番でなくとも、Ωの媚香にαは発情をする。
シャングアは貴族との見合いで、発情期のΩと出会う時もあった。しかし、香りを嗅いでも体にざわつく様な感覚は在っても、シャングアはΩに対する欲求は何も湧いてこなかった。むしろ、それが不快だとすら思っていた程だ。
加害行為への恐れとざわつきによって、シャングアは見合いから逃げ続けた。
「僕は、エンティーを傷付ける様な人にはなりたくない。どうしたら良いの?」
「己の行動に自覚を持つことも大切だが、所詮生物だから抗えない時もあるだろうな。だから、α用の抑制剤を処方する」
αの抑制剤はシャングアも内容は知っている。個人差はあるが、Ωの媚香を嗅いで発情したαは獣と言っても過言では無い程に欲情し、性行為を強要する。被害を受けたΩの中には腕や足の骨折、さらには殺害された事例まで存在する。運命の番であっても性暴力の被害の事例があり、αの間ではそれを問題視し、強すぎる性欲を抑える薬が開発された。
「今回は、診療室に常備されている薬を渡す。合わない場合は、俺に言ってくれれば別の種類を用意するから言ってくれ」
「ありがとう」
シャングアは安堵し、フェルエンデに礼を言う。
「医者として、患者を手助けするのは当然の事だ。話はこれで終わりだ。何かあったら、ちゃんと相談するんだぞ?」
「うん。そうさせてもらうよ」
二人はエンティーとトゥルーザの待つ診療室へと戻る。
「あ!!」
扉を開け一歩足を踏み入れた瞬間、突然フェルエンデが大きな声を出し、シャングアは肩をビクリと震わせる。
「な、なに?」
彼の顔が向いている方をシャングアが見ると、上半身を起こしてもらったエンティーとトゥルーザがカップケーキらしき焼菓子を食べている。
「俺のおやつ!!」
「すいません。棚に隠してあったのを見つけました」
「何で食べてるの!!」
頭を使った後には甘いものが欲しくなる。いつだったかフェルエンデが言っていたのをシャングアは思い出した。ガッカリとした様子から、カップケーキを楽しみにしていたようだ。
「エンティーさんがまだ昼食を食べていないそうなので、いただきました。私も共犯です」
トゥルーザの話にシャングアは少し驚き、エンティーを見る。
騒動の前、エンティーは一緒にいたが、何か食べたがるような素振りを見せなかった。一人になった時に宴で振舞われていた料理を食べているだろう、とシャングアは思っていた。大勢いる場では、信頼できる人と一緒か、その人から貰った物しか食べられない。エンティーの過去を考えれば、何か問題ごとに巻き込まれた可能性はいくらでもあるのに、シャングアはそれを見落としていた。
「お腹が空いちゃって……勝手に食べて、すいません」
エンティーは申し訳なさそうに謝罪をする。
「それなら、仕方ない。許す」
フェルエンデはまだガッカリした様子だが、事情があるとして許した。
「今から僕が何か食事を貰ってくるよ。兄さんのおやつも新しい物を取りに行ってくる」
「そうか? 悪いな」
シャングアが自ら行動するのは珍しいと思いつつ、フェルエンデは言う。
「エンティー、少し待っててね」
「うん。ありがとう」
シャングアは直ぐに部屋を出て行った。
フェルエンデは少し気になっていた。シャングアのエンティーに対する静かな執着だ。運命の番ではない相手を守る為に、危険を冒すなんてαとしてはあり得ないと言っても良い。数が少ないとはいえ、繁殖相手の代わりとなるΩはいるからだ。
例外はいくらでもあり、記録に残されていない内容は山ほどある。
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