白銀の城の俺と僕

片海 鏡

文字の大きさ
上 下
30 / 71
三章

30話

しおりを挟む
「これから話す事、内密に頼む」

 トゥルーザが話を始めた同時刻。周囲の探知を終えた後、扉の前で警護していた聖騎士にフェルエンデは言う。聖騎士は静かに頷き、二人を無いものと扱うように警護を続ける。

「シャングア。体の調子はどうだ?」
「エンティーを助けに行くときに肉体強化したけれど、特に何もないよ」
「そうか……それじゃ、エンティーさんを見てどう思う?」

 真剣な表情の兄からの質問に、意味が分からずシャングアは戸惑う。

「興奮まではいかなくても、触ってみたいとか近くに居たいとかそういう欲求はあるか?」

 フェルエンデは、微量ではあるがエンティーの媚香に気づいていた。エンティー本人は抑制剤を飲んでいるので体調を崩さず、周囲のαやβに影響はない。しかし、間近では多少影響が出る。宝玉が割れた事で弟に何か変化があると思い、フェルエンデは問いかけたのだ。

「エンティーは大切だけれど、特には……どういう事?」

 シャングアは益々理解できず、フェルエンデは悩まし気にため息をつく。

「これからおまえは、αの特性が強く体に出始めるんだ。思い返せば、一度も宝玉割れたことなかったもんな……」
「?? Ωの媚香でαも誘発され発情するって話とは違うの?」
「性的な発情は確かにあるが、他にもΩに対して独占欲や支配欲が湧いてくる」

 Ωに対するαの性加害行為についてはシャングアも見聞きし、実際の被害記録を読んでいる。自分もそうなるのではと恐れを感じた事もあったが、エンティーに対してはそれらしき感情は抱かなかった。

「一から説明するぞ。宝玉器官は、俺達の奇蹟の使用有無だけでなく、若い時には第二性本能の活性化を促すんだ。宝玉が生成し始める13歳から17歳まではかなり割れやすくて、その再形成のために神力の巡りが活発になる。Ωの場合は、初期の発情期がこれと同等の意味を持つ。これによって、自分の体に第二の性が成立されていく」

 第二の性の活性化は思春期に該当する為、その心身の不安定さから周囲の大人達が見守り、時には手助けをする。シャングアの場合は一切割れが起きず、穏やか過ぎる思春期だったために、周囲に心配はされたが静かに終わった。

「おまえは奇蹟を使うのが上手いうえに、性格上調子に乗らないし、無理に使うなんて一切なかったからなぁ……今回、同質量の神力を引き出して奇蹟をたて続けに使っただろ?」

 脚を速くするための肉体強化、飛竜捕獲の鎖。そして、エンティーへの誓約の効力を強めていた。あの時シャングアは体力の消耗は大きかったが、神力は充分に余裕がある状態だった。生成できる神力や発動する奇蹟に、宝玉が耐えられなかった。

「確かに連続で発動させたけれど……もう19歳なんだから、第二の性の確立は終わっているんじゃないの」
「性が確立しても、活性化は平均22歳まで起きる。おまえの場合は今まで見合い相手のΩに一切反応が無かっただろ? あれの反動が来る可能性があるんだよ」

 運命の番でなくとも、Ωの媚香にαは発情をする。
 シャングアは貴族との見合いで、発情期のΩと出会う時もあった。しかし、香りを嗅いでも体にざわつく様な感覚は在っても、シャングアはΩに対する欲求は何も湧いてこなかった。むしろ、それが不快だとすら思っていた程だ。
 加害行為への恐れとざわつきによって、シャングアは見合いから逃げ続けた。

「僕は、エンティーを傷付ける様な人にはなりたくない。どうしたら良いの?」
「己の行動に自覚を持つことも大切だが、所詮生物だから抗えない時もあるだろうな。だから、α用の抑制剤を処方する」

 αの抑制剤はシャングアも内容は知っている。個人差はあるが、Ωの媚香を嗅いで発情したαは獣と言っても過言では無い程に欲情し、性行為を強要する。被害を受けたΩの中には腕や足の骨折、さらには殺害された事例まで存在する。運命の番であっても性暴力の被害の事例があり、αの間ではそれを問題視し、強すぎる性欲を抑える薬が開発された。

「今回は、診療室に常備されている薬を渡す。合わない場合は、俺に言ってくれれば別の種類を用意するから言ってくれ」
「ありがとう」

 シャングアは安堵し、フェルエンデに礼を言う。

「医者として、患者を手助けするのは当然の事だ。話はこれで終わりだ。何かあったら、ちゃんと相談するんだぞ?」
「うん。そうさせてもらうよ」

 二人はエンティーとトゥルーザの待つ診療室へと戻る。

「あ!!」

 扉を開け一歩足を踏み入れた瞬間、突然フェルエンデが大きな声を出し、シャングアは肩をビクリと震わせる。

「な、なに?」

 彼の顔が向いている方をシャングアが見ると、上半身を起こしてもらったエンティーとトゥルーザがカップケーキらしき焼菓子を食べている。

「俺のおやつ!!」
「すいません。棚に隠してあったのを見つけました」
「何で食べてるの!!」

 頭を使った後には甘いものが欲しくなる。いつだったかフェルエンデが言っていたのをシャングアは思い出した。ガッカリとした様子から、カップケーキを楽しみにしていたようだ。

「エンティーさんがまだ昼食を食べていないそうなので、いただきました。私も共犯です」

 トゥルーザの話にシャングアは少し驚き、エンティーを見る。
 騒動の前、エンティーは一緒にいたが、何か食べたがるような素振りを見せなかった。一人になった時に宴で振舞われていた料理を食べているだろう、とシャングアは思っていた。大勢いる場では、信頼できる人と一緒か、その人から貰った物しか食べられない。エンティーの過去を考えれば、何か問題ごとに巻き込まれた可能性はいくらでもあるのに、シャングアはそれを見落としていた。

「お腹が空いちゃって……勝手に食べて、すいません」

 エンティーは申し訳なさそうに謝罪をする。

「それなら、仕方ない。許す」

 フェルエンデはまだガッカリした様子だが、事情があるとして許した。

「今から僕が何か食事を貰ってくるよ。兄さんのおやつも新しい物を取りに行ってくる」
「そうか? 悪いな」

 シャングアが自ら行動するのは珍しいと思いつつ、フェルエンデは言う。

「エンティー、少し待っててね」
「うん。ありがとう」

 シャングアは直ぐに部屋を出て行った。
 フェルエンデは少し気になっていた。シャングアのエンティーに対する静かな執着だ。運命の番ではない相手を守る為に、危険を冒すなんてαとしてはあり得ないと言っても良い。数が少ないとはいえ、繁殖相手の代わりとなるΩはいるからだ。
 例外はいくらでもあり、記録に残されていない内容は山ほどある。
 2人の関係がどう動くのか見ものである、とフェルエンデは静かに思う。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブオメガはただの脇役でいたかった!

天災
BL
 モブオメガは脇役でいたかった!

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

愛して、許して、一緒に堕ちて・オメガバース【完結】

華周夏
BL
Ωの身体を持ち、αの力も持っている『奏』生まれた時から研究所が彼の世界。ある『特殊な』能力を持つ。 そんな彼は何より賢く、美しかった。 財閥の御曹司とは名ばかりで、その特異な身体のため『ドクター』の庇護のもと、実験体のように扱われていた。 ある『仕事』のために寮つきの高校に編入する奏を待ち受けるものは?

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...