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一章
10話
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翌日の朝。エンティーが自室の扉を恐る恐る開けると、目の前に白装束の人が立っていた。
驚き、思わず叫びかけたエンティーはぐっとこらえる。
その人は、エンティーよりも背が低く、小柄だ。首から頭の上まで全てが布で覆い隠され、作業着の様な体は動きやすくも一切露出の無い。手袋をはめ、靴は長靴を履いている。どれも色は白だ。医療道具や薬が入っていると思われる大きな鞄を左手に持っている。
この特異な服装を切る事が許されるのは、白衣の医療団だけだ。
白衣の医療団。主に神殿の外殻の医療現場を担う精鋭だ。彼らのほとんどは、銀髪に青い瞳ではない。美しい眷属の色は、他国で高い評価を受け、人身売買の標的になった時代があった。そのため白衣の医療団には、医師と看護師含め全1248人中7名しか眷属の色の者はいない。だが許しさえあれば、彼ら特例として内殻と心殻に入る事が出来る。初代聖皇の時代より、奇蹟を使わぬ医療技術の向上と発展を目指し、厳正な審査と試験の元、優秀な人財を迎え入れているのだ。
「えっと、どなたですか?」
エンティーは問うと、その人は深々と頭を下げた。
「私の名前はテンテネ。あなたの主治医です。ご主人様」
声は若く、女性と言うより少女に近い。
「ご、ご主人様??」
思わぬ呼び方に、エンティーは聞きかえす。
布で覆われ、顔の見えないテンテネは、エンティーの部屋へと遠慮なく入っていく。
「診察に参りました。上半身の服を脱いでここへ座ってください」
彼女は机の上に鞄を置くと、エンティーにそう言って椅子に座るよう促す。
「いや、待って。いきなりで意味が分かんない。どうして、白衣の医療団が俺のところへ?」
「シャングア様からのご命令です。私は、本日より怪我と病気からあなたを救い、健康を維持する手助けをいたします」
「シャングアが、どうして……」
最も神殿内で中立の立場である医療団であり、彼の名前が出た事でエンティーは少なからず彼女を信頼し、部屋の扉を閉じ椅子に座った。
「大切な誓約者様を守るのは、αとしての義務であり愛だと教わっております」
彼女は鞄から聴診器と、診察記録を付けるための手帳と万年筆をとりだす。
「そ、そうなんだ……」
愛。その言葉に少し心が疼いたが、きっとそれは友情だろう。
エンティーはそう思いながら上に着ていた服を脱ぎ、ベッドの上に置いた。
テンテネは、聴診器を当てようと身構えていたが、彼の上半身を見て硬直した。まるで石のように固まり、全く動かない。
「な……ん……」
ボソボソと、何か呟いているのが聞こえ、エンティーは首を傾げる。
「あの、テンテネ、さん?」
エンティーが彼女の名前を読んでみる。
「ひどい!!!!!!」
「ええええぇぇ??」
彼女は立ち上がり、先程の冷静そのものから一変し、声に熱と音量が強まる。エンティーは目を丸くした。
「あなたは平均的なΩよりも見るからに痩せている。それに、なんですかこの痣と怪我の後の数は。周りは正気ですか?管理者は絶対に頭がイってますよ!!」
前後、左右とエンティーの体を見ながら、テンテネは主張する。
「あ、あのー」
自分の事の様に怒ってくれており、彼女の意見に同意は出来るが、早口で豹変した様子にエンティーは戸惑った。
「あなたの支給箱の食事見ました。何ですか、あれ。育ち盛りの若者に、栄養のかけらもない様なゴミを与えて!! 正常に動けているのが奇跡です!!!!」
「リュク達が、時々美味しいもの食べさせてくれたから……」
時々お菓子だけでなく、野菜や肉をこっそり昼に食べさせてもらっている。毎日ではないが、たった一口でもエンティーにはご馳走だった。
「それはありがたいですが!!」
テンテネは椅子に再び座り、一瞬で静かになると、エンティーに聴診器を当てた。
何だったんだ、今の。エンティーはそう思わずにはいられない。嵐が一気に消滅したかのようだ。
心臓、血管、肺、腹部の音を聞き、異常が無い事を確認するとテンテネは、安堵したように小さく息を吐いた。
「聞き終わりましたので、もう服を着てください」
「は、はい」
戸惑いつつ、エンティーは服を着る。
彼女は聴診器を机に置き、鞄から紙袋と塗り薬を取り出す。
「こちらは発情期の際の抑制剤と外傷用の塗り薬です。抑制剤は常時持ち歩くことをお勧めします」
「ありがとう」
白衣の医療団の出してくれる抑制剤ならば、安心して飲めるだろうとエンティーは内心安堵する。
今まで出されていた抑制剤の中には、飲んだ後に意識を無くし、丸一日寝たきりだった事もある。その際は、リュクや同年代のβは、エンティーが死んだのではないかと心配していたと聞かされ、驚き、申し訳ない気持ちになった。
「………あなたの抑制剤の種類と、成分を確認しました」
「は、はい」
「あなたの体を見て、壊れてしまっているのではと思い、ずっと心配していました」
「……?」
エンティーは訳が分からず、黙って彼女の話を聞く。
「ご主人様が使用している抑制剤は、試作品ではありません。現在、人への臨床実験が行われている抑制剤は2種類ありますが、それに該当していないどころか……近年では、実験動物にすら行っていないような強い成分の薬物です。中には歴史上存在していた物もありますが、どれも初代聖皇の時代のもの。今は禁止されています。そんなものが、あなたに使われていた……我々白衣の医療団は、それを知って大騒ぎになりました」
「テンテネさん達も、知らなかった…?」
今までのΩの薬物中毒の原因の一片。エンティーは血の気が引くようだった。
一日寝たきりだけでなく、過度な副作用についてリュクから一部始終聞いていたが、こんなに恐ろしいものだとは思わなかった。
「えぇ。内殻の健康管理は我々だけでなく、別の医療団も担っているので、理由の一つと考えられます。そうだとしても医者として、薬剤師として、これを処方するのはおかしな話です。そもそも、製造されているのがおかしい……いえ、これを隠蔽していた管理者や医療団にも問題があります」
「……俺、なんで無事だろう?」
馬鹿な問いかけであるとエンティーも自覚しているが、思わずテンテネに問いかけてしまう。
「血液などさらに精密な検査を受けないと無事かどうかは、まだわりません。問題は山積みですが、ご主人様はどうかご自身の体の事を第一に考えてください。健康体に見えても、内臓が弱まり荒れている恐れがあります。これからは、白衣の医療団所属の薬剤師、栄養士が監修した物を支給しますのでご安心ください」
「わ、わかった」
「これからの目標は太る事です。骨を丈夫にして、筋肉と脂肪を付けて、健康体形になってもらいます」
「うん」
エンティーは言われるがまま頷いたが、今後の生活やシャングアの為にも必要な事だ。
ただ、今回の話を聞いて少し不安がよぎる。
劇薬を使われたと言う事は、内臓が弱まり荒れている可能性が高い。子宮にも何かしら影響が出ているかもしれない。
平民Ωは子を産める体だからこそ、価値がある。もし、子宮が駄目になっていたら、シャングアにさらに迷惑が掛かる。重荷をさらに増やしてしまう。
今後診断で、子宮が機能していなかったら、自殺も視野に入れなければならない。
驚き、思わず叫びかけたエンティーはぐっとこらえる。
その人は、エンティーよりも背が低く、小柄だ。首から頭の上まで全てが布で覆い隠され、作業着の様な体は動きやすくも一切露出の無い。手袋をはめ、靴は長靴を履いている。どれも色は白だ。医療道具や薬が入っていると思われる大きな鞄を左手に持っている。
この特異な服装を切る事が許されるのは、白衣の医療団だけだ。
白衣の医療団。主に神殿の外殻の医療現場を担う精鋭だ。彼らのほとんどは、銀髪に青い瞳ではない。美しい眷属の色は、他国で高い評価を受け、人身売買の標的になった時代があった。そのため白衣の医療団には、医師と看護師含め全1248人中7名しか眷属の色の者はいない。だが許しさえあれば、彼ら特例として内殻と心殻に入る事が出来る。初代聖皇の時代より、奇蹟を使わぬ医療技術の向上と発展を目指し、厳正な審査と試験の元、優秀な人財を迎え入れているのだ。
「えっと、どなたですか?」
エンティーは問うと、その人は深々と頭を下げた。
「私の名前はテンテネ。あなたの主治医です。ご主人様」
声は若く、女性と言うより少女に近い。
「ご、ご主人様??」
思わぬ呼び方に、エンティーは聞きかえす。
布で覆われ、顔の見えないテンテネは、エンティーの部屋へと遠慮なく入っていく。
「診察に参りました。上半身の服を脱いでここへ座ってください」
彼女は机の上に鞄を置くと、エンティーにそう言って椅子に座るよう促す。
「いや、待って。いきなりで意味が分かんない。どうして、白衣の医療団が俺のところへ?」
「シャングア様からのご命令です。私は、本日より怪我と病気からあなたを救い、健康を維持する手助けをいたします」
「シャングアが、どうして……」
最も神殿内で中立の立場である医療団であり、彼の名前が出た事でエンティーは少なからず彼女を信頼し、部屋の扉を閉じ椅子に座った。
「大切な誓約者様を守るのは、αとしての義務であり愛だと教わっております」
彼女は鞄から聴診器と、診察記録を付けるための手帳と万年筆をとりだす。
「そ、そうなんだ……」
愛。その言葉に少し心が疼いたが、きっとそれは友情だろう。
エンティーはそう思いながら上に着ていた服を脱ぎ、ベッドの上に置いた。
テンテネは、聴診器を当てようと身構えていたが、彼の上半身を見て硬直した。まるで石のように固まり、全く動かない。
「な……ん……」
ボソボソと、何か呟いているのが聞こえ、エンティーは首を傾げる。
「あの、テンテネ、さん?」
エンティーが彼女の名前を読んでみる。
「ひどい!!!!!!」
「ええええぇぇ??」
彼女は立ち上がり、先程の冷静そのものから一変し、声に熱と音量が強まる。エンティーは目を丸くした。
「あなたは平均的なΩよりも見るからに痩せている。それに、なんですかこの痣と怪我の後の数は。周りは正気ですか?管理者は絶対に頭がイってますよ!!」
前後、左右とエンティーの体を見ながら、テンテネは主張する。
「あ、あのー」
自分の事の様に怒ってくれており、彼女の意見に同意は出来るが、早口で豹変した様子にエンティーは戸惑った。
「あなたの支給箱の食事見ました。何ですか、あれ。育ち盛りの若者に、栄養のかけらもない様なゴミを与えて!! 正常に動けているのが奇跡です!!!!」
「リュク達が、時々美味しいもの食べさせてくれたから……」
時々お菓子だけでなく、野菜や肉をこっそり昼に食べさせてもらっている。毎日ではないが、たった一口でもエンティーにはご馳走だった。
「それはありがたいですが!!」
テンテネは椅子に再び座り、一瞬で静かになると、エンティーに聴診器を当てた。
何だったんだ、今の。エンティーはそう思わずにはいられない。嵐が一気に消滅したかのようだ。
心臓、血管、肺、腹部の音を聞き、異常が無い事を確認するとテンテネは、安堵したように小さく息を吐いた。
「聞き終わりましたので、もう服を着てください」
「は、はい」
戸惑いつつ、エンティーは服を着る。
彼女は聴診器を机に置き、鞄から紙袋と塗り薬を取り出す。
「こちらは発情期の際の抑制剤と外傷用の塗り薬です。抑制剤は常時持ち歩くことをお勧めします」
「ありがとう」
白衣の医療団の出してくれる抑制剤ならば、安心して飲めるだろうとエンティーは内心安堵する。
今まで出されていた抑制剤の中には、飲んだ後に意識を無くし、丸一日寝たきりだった事もある。その際は、リュクや同年代のβは、エンティーが死んだのではないかと心配していたと聞かされ、驚き、申し訳ない気持ちになった。
「………あなたの抑制剤の種類と、成分を確認しました」
「は、はい」
「あなたの体を見て、壊れてしまっているのではと思い、ずっと心配していました」
「……?」
エンティーは訳が分からず、黙って彼女の話を聞く。
「ご主人様が使用している抑制剤は、試作品ではありません。現在、人への臨床実験が行われている抑制剤は2種類ありますが、それに該当していないどころか……近年では、実験動物にすら行っていないような強い成分の薬物です。中には歴史上存在していた物もありますが、どれも初代聖皇の時代のもの。今は禁止されています。そんなものが、あなたに使われていた……我々白衣の医療団は、それを知って大騒ぎになりました」
「テンテネさん達も、知らなかった…?」
今までのΩの薬物中毒の原因の一片。エンティーは血の気が引くようだった。
一日寝たきりだけでなく、過度な副作用についてリュクから一部始終聞いていたが、こんなに恐ろしいものだとは思わなかった。
「えぇ。内殻の健康管理は我々だけでなく、別の医療団も担っているので、理由の一つと考えられます。そうだとしても医者として、薬剤師として、これを処方するのはおかしな話です。そもそも、製造されているのがおかしい……いえ、これを隠蔽していた管理者や医療団にも問題があります」
「……俺、なんで無事だろう?」
馬鹿な問いかけであるとエンティーも自覚しているが、思わずテンテネに問いかけてしまう。
「血液などさらに精密な検査を受けないと無事かどうかは、まだわりません。問題は山積みですが、ご主人様はどうかご自身の体の事を第一に考えてください。健康体に見えても、内臓が弱まり荒れている恐れがあります。これからは、白衣の医療団所属の薬剤師、栄養士が監修した物を支給しますのでご安心ください」
「わ、わかった」
「これからの目標は太る事です。骨を丈夫にして、筋肉と脂肪を付けて、健康体形になってもらいます」
「うん」
エンティーは言われるがまま頷いたが、今後の生活やシャングアの為にも必要な事だ。
ただ、今回の話を聞いて少し不安がよぎる。
劇薬を使われたと言う事は、内臓が弱まり荒れている可能性が高い。子宮にも何かしら影響が出ているかもしれない。
平民Ωは子を産める体だからこそ、価値がある。もし、子宮が駄目になっていたら、シャングアにさらに迷惑が掛かる。重荷をさらに増やしてしまう。
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