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一章
4話
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掃除を終え、シャングアと別れ、表に出ない様部屋に戻ろうとしたエンティーは平民Ωの居住区へと向かう為、渡り廊下を歩いていく。
20代前半の年上のβの二人が前から歩いてきた。
「お疲れ様です」
エンティーは止まると廊下の端に行き、彼らに一礼をする。年上β達は、完全にエンティーを存在しないかのように無視をして、通り過ぎる。
いつもの事だと慣れているエンティーは彼らが通り過ぎたのを確認すると、再び歩き出そうとした。
その時、
「いっ…!」
後ろから、背中を思いきり殴られた。
歩き出そうとしていたエンティーは体制を崩し、倒れ込む。
硬い石畳へ箒が落ち、大きな音が響いた。
「Ωの分際で馴れ馴れしい」
年上のβはそう言って、倒れ込むエンティーの背中を踏みつける。ゆっくりと、その足に体重が込められていく。
「も、申し訳ありません」
「はぁ? 聞こえないんだけど?」
「申し訳ありません……!」
「立ち上げって、ちゃんと言えよ」
エンティーは痛みに耐えて、謝罪を言うが、その様子を面白そうに年上β達が眺め、聞こえないふりをする。踏みつけているにも関わらず、エンティーの髪を掴み、無理やり上へと上げる。
背に体重を掛けられ上手く呼吸が出来ず、無理やり引っ張られる痛みで言葉が出ない。
「ねぇ。何か倒れた音がしたよ?」
「箒かな?」
「誰か片付け忘れたのかも」
「えー? 片付けたつもりだけど」
「ちゃんと確認しないとダメだよ!」
少し離れたところから、平民βの子供達と思しき声が響いてくる。この渡り廊下を掃除場にしている子供達だろう。
年上β達は、その声を聞いて慌ててエンティーを痛みつけるのを辞めて、その場を後にする。子供β達は少なからずエンティーと交流があり、友好的である。この現場を見られては、すぐさま仕事の管理者αへ報告がなされてしまう。エンティーへの加害を有耶無耶にするものが多いが、5年前から未成年達の仕事管理者は特例としてαが務めている。そのαは彼らの将来を見据えてΩを対等に扱う人徳家。年上達は罰を与えられるのを恐れ、保身に走ったのだ。
「あっ! エンティーさん!」
年上達がいなくなり、立ち上がろうとしていたエンティーを見つけ、10歳程の子供達4人が駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと躓いただけだから」
エンティーは立ち上がると、心配する子供達に笑顔を向ける。
彼の妙に乱れた髪を見て、何か察した子供達は少々浮かない顔をする。
「何かあったらすぐに言ってね!」
「そうだよ! 先生もきっと力になってくれるから!」
「私達は、エンティーの味方だからね」
「うんうん!」
口々に言う子供達に、エンティーは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ありがとう。俺は大丈夫だよ。少し疲れが出ただけだから、休めばすぐ元気になるから」
「でもぉ……」
「もう仕事は終わったし、すぐに寝るから心配ないよ。じゃあね」
エンティーはそう言って、子供達から足早に離れた。
渡り廊下を抜け、居住区の一本道。そこに若いβ4人が立っているのが見えた。どれも、銀の装飾品で着飾っている。貴族のβだ。
Ωの居住区は他の居住区とは繋がっていない。平民のβ達が自分の居住区へ戻るため通り抜ける事など出来はしない。こんな場所に貴族が来るなんて、明らかにおかしい。
目的は自分である。嫌味を言われるか。嫌がらせを受けるか。暴力を振るわれるのか。
それとも。
思わず立ち止まった箒を持つエンティーの手に力が籠る。
「お前達、何をしている。早く自室に戻れ」
エンティーの背後から、女性の声がした。
思わず振り返ると、鎧を着た銀髪の女性が立っていた。神殿を守るために配属されている兵士だ。
β達は驚き、足早にエンディーと兵士を通り過ぎ、居住区のある方向へと走っていく。
「あ、ありがとうございます」
シャングアが何か言ったのだろう。内心彼に感謝しつつ、兵士に礼を言った。
「当然だ」
女性はエンティーを見る。
「大事な子宮を守るのは、我々の務めだ」
心が凍り付きそうだった。
エンティーは必死に愛想笑いをして一礼すると、すぐに部屋へ走って行った。
扉の横には、晩御飯として支給された食事が入っている陶器の箱がある。木の蓋を開けてみると中には皿に乗ったチーズやパンは踏みつけられ、虫の死骸がばら撒かれている。
「……」
明日の早朝片付けよう。そう思いながら再度周囲を確認し、扉の鍵を開ける。ほんの少しだけ扉を開け、滑り込むように中へ入る。
そして、かつて住んでいたΩ達が密かに付けてきた10個の内鍵を使って扉を閉める。
念のため扉越しに耳を澄まし、足音が聞こえないか確認をする。
10分程して、エンティーは大きくため息をついた。
破れた袖を見たが、寝台へと直ぐに倒れ込んだ。
「泣いたって、意味がない。怒ったって、意味がない」
顔を枕で抑え、周りに聞こえない様に、しかし自分に言い聞かせるように言う。
「今日はなんてことない。平気。大丈夫。大丈夫」
生きる道具となって、心を無くすことを夢見るが、友人達があまりにも優しすぎた。
彼らを汚すことのない様に。
自分の存在が、彼らの中から薄くなる事を何度も願う。
そして、自分がその役割を全うできるよう、奮い立たせる。
平民Ω居住区は300年前に建設されて以降、利用者はエンティーを含め累計1892人。
番が見つかったものはいない。
αのハーレムに招き入れられた者が32人。
1206人は抑制剤による薬物中毒により、集中病棟に隔離され帰ってくることは無い。
残り653人は、自殺である。
エンティーはまだ、どれにも当てはまらない。
20代前半の年上のβの二人が前から歩いてきた。
「お疲れ様です」
エンティーは止まると廊下の端に行き、彼らに一礼をする。年上β達は、完全にエンティーを存在しないかのように無視をして、通り過ぎる。
いつもの事だと慣れているエンティーは彼らが通り過ぎたのを確認すると、再び歩き出そうとした。
その時、
「いっ…!」
後ろから、背中を思いきり殴られた。
歩き出そうとしていたエンティーは体制を崩し、倒れ込む。
硬い石畳へ箒が落ち、大きな音が響いた。
「Ωの分際で馴れ馴れしい」
年上のβはそう言って、倒れ込むエンティーの背中を踏みつける。ゆっくりと、その足に体重が込められていく。
「も、申し訳ありません」
「はぁ? 聞こえないんだけど?」
「申し訳ありません……!」
「立ち上げって、ちゃんと言えよ」
エンティーは痛みに耐えて、謝罪を言うが、その様子を面白そうに年上β達が眺め、聞こえないふりをする。踏みつけているにも関わらず、エンティーの髪を掴み、無理やり上へと上げる。
背に体重を掛けられ上手く呼吸が出来ず、無理やり引っ張られる痛みで言葉が出ない。
「ねぇ。何か倒れた音がしたよ?」
「箒かな?」
「誰か片付け忘れたのかも」
「えー? 片付けたつもりだけど」
「ちゃんと確認しないとダメだよ!」
少し離れたところから、平民βの子供達と思しき声が響いてくる。この渡り廊下を掃除場にしている子供達だろう。
年上β達は、その声を聞いて慌ててエンティーを痛みつけるのを辞めて、その場を後にする。子供β達は少なからずエンティーと交流があり、友好的である。この現場を見られては、すぐさま仕事の管理者αへ報告がなされてしまう。エンティーへの加害を有耶無耶にするものが多いが、5年前から未成年達の仕事管理者は特例としてαが務めている。そのαは彼らの将来を見据えてΩを対等に扱う人徳家。年上達は罰を与えられるのを恐れ、保身に走ったのだ。
「あっ! エンティーさん!」
年上達がいなくなり、立ち上がろうとしていたエンティーを見つけ、10歳程の子供達4人が駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと躓いただけだから」
エンティーは立ち上がると、心配する子供達に笑顔を向ける。
彼の妙に乱れた髪を見て、何か察した子供達は少々浮かない顔をする。
「何かあったらすぐに言ってね!」
「そうだよ! 先生もきっと力になってくれるから!」
「私達は、エンティーの味方だからね」
「うんうん!」
口々に言う子供達に、エンティーは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ありがとう。俺は大丈夫だよ。少し疲れが出ただけだから、休めばすぐ元気になるから」
「でもぉ……」
「もう仕事は終わったし、すぐに寝るから心配ないよ。じゃあね」
エンティーはそう言って、子供達から足早に離れた。
渡り廊下を抜け、居住区の一本道。そこに若いβ4人が立っているのが見えた。どれも、銀の装飾品で着飾っている。貴族のβだ。
Ωの居住区は他の居住区とは繋がっていない。平民のβ達が自分の居住区へ戻るため通り抜ける事など出来はしない。こんな場所に貴族が来るなんて、明らかにおかしい。
目的は自分である。嫌味を言われるか。嫌がらせを受けるか。暴力を振るわれるのか。
それとも。
思わず立ち止まった箒を持つエンティーの手に力が籠る。
「お前達、何をしている。早く自室に戻れ」
エンティーの背後から、女性の声がした。
思わず振り返ると、鎧を着た銀髪の女性が立っていた。神殿を守るために配属されている兵士だ。
β達は驚き、足早にエンディーと兵士を通り過ぎ、居住区のある方向へと走っていく。
「あ、ありがとうございます」
シャングアが何か言ったのだろう。内心彼に感謝しつつ、兵士に礼を言った。
「当然だ」
女性はエンティーを見る。
「大事な子宮を守るのは、我々の務めだ」
心が凍り付きそうだった。
エンティーは必死に愛想笑いをして一礼すると、すぐに部屋へ走って行った。
扉の横には、晩御飯として支給された食事が入っている陶器の箱がある。木の蓋を開けてみると中には皿に乗ったチーズやパンは踏みつけられ、虫の死骸がばら撒かれている。
「……」
明日の早朝片付けよう。そう思いながら再度周囲を確認し、扉の鍵を開ける。ほんの少しだけ扉を開け、滑り込むように中へ入る。
そして、かつて住んでいたΩ達が密かに付けてきた10個の内鍵を使って扉を閉める。
念のため扉越しに耳を澄まし、足音が聞こえないか確認をする。
10分程して、エンティーは大きくため息をついた。
破れた袖を見たが、寝台へと直ぐに倒れ込んだ。
「泣いたって、意味がない。怒ったって、意味がない」
顔を枕で抑え、周りに聞こえない様に、しかし自分に言い聞かせるように言う。
「今日はなんてことない。平気。大丈夫。大丈夫」
生きる道具となって、心を無くすことを夢見るが、友人達があまりにも優しすぎた。
彼らを汚すことのない様に。
自分の存在が、彼らの中から薄くなる事を何度も願う。
そして、自分がその役割を全うできるよう、奮い立たせる。
平民Ω居住区は300年前に建設されて以降、利用者はエンティーを含め累計1892人。
番が見つかったものはいない。
αのハーレムに招き入れられた者が32人。
1206人は抑制剤による薬物中毒により、集中病棟に隔離され帰ってくることは無い。
残り653人は、自殺である。
エンティーはまだ、どれにも当てはまらない。
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