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島の住民相手の診療所は、人の流れは穏やかだ。
それは近隣の住民が健康な証だ。そう主治医のエンリは日々喜んでいる。
ゆっくりと時間は過ぎる中でも、ベレクトは薬剤師として真剣に仕事に取り組む。処方箋とおくすり手帳を受け取り、患者の体質やアレルギー副作用歴、合併症や既住歴などを確認、薬の費用の明細書作成、そして薬の準備を行う。薬の調製は、神殿製の錠剤を取り扱うだけでなく、二種類以上の薬品の混ぜ合わせや一回ずつの包装の作業など、患者一人一人に合わせて行われる。
ベレクトはミスの無いように、細心の注意を払いながら薬を取り扱う。
やがて太陽は一番高い場所へと昇る。
「パン屋に行ってきます」
「うん。いってらっしゃい」
午前の診療と薬剤の処方が一旦終わり、2人は昼休憩に入る。
診療所はエンリの自宅を兼用しており、昼休憩の際にベレクトはそこで食事をさせてもらっている。弁当を持参する場合もあるが、近場のパン屋で総菜パンやサンドイッチを買う日の方が多い。以前は食堂を利用していたが、β達に目を付けられたので行く事は無くなった。
「焼きたてでーす」
昼食に合わせて焼き上げたパンが、厨房から賑わう店内へと次々と運ばれてくる。
焼きたてのパン目当てでやって来た客達が、並べられたパンを次々にトレーの上へと並べていく。賑わう店内でベレクトは、魚のフライのライ麦パンサンド、ハムとチーズのバケットサンド、そしてブリオッシュを買い、早々に店を後にする。
パンの入った紙袋を手に来た道を戻ろうとしたが、ベレクトは足を止めた。
食堂やパン屋、どこで昼食を食べようか話す人々の中に、見覚えがある顔があった。
かつて被害を与えて来たαだ。
キャラメルブロンドの短い髪に、緑の瞳。額の宝玉は青緑色をしている。シャツにズボンと普段着であるが、背が高く日焼けした恵まれた体格は、自然と道行く人々の目を惹いていた。
「ベレクト!」
ようやく見つけたとばかりにαは嬉しそうな顔で、ベレクトへ駆け寄る。
逃げたいとベレクトは思った。しかし、恐怖のあまり足がすくんでしまった。
「久しぶりだな。5年ぶりくらいか? 元気そうでよかった」
人の良さそうな笑顔を浮かべるαに、自然とパンの紙袋を持つ手に力が籠る。
「イースも元気そうだな」
下手に拒絶すれば、激情される可能性があり、ベレクトは当たり障りのない言葉を並べる。
「まぁな。俺は今、親父の跡継ぐために漁師やってんだけど、そっちは?」
友人と話す様に、親しみを持って接されるなんて気色が悪い。こちらの被害を完全に忘れている様子に、ベレクトは吐き気がした。
「細々と仕事をしているよ」
ベレクトの両親は彼が大学に飛び級した事、奨学金制度を利用した事を知っているが、18歳で家を出て以降の職については何も知らない。
見合いが出来ないなら、会って交流を深めさせようとでも両方の親は思ったのだろうか。イースとベレクトの実家は東の漁港付近にある。これまで、彼が西坂にあるパン屋まで来るなんて事は無かった。島は比較的広いがΩ存在は珍しく、目撃情報を集め、探そうと思えば容易だ。
縁談を含め、今更近づいて来た理由が分からない。このままでは職場と住んでいるアパートが特定されてしまいそうで、ベレクトの中に不安が募る。
「あのさ、これから一緒に昼食でもどう? 久しぶりに話さないか?」
「悪い。もう買ったんだ」
ベレクトは手に持っているパン屋の紙袋を見せる。
「それなら、俺も何か買って来るよ」
「休憩時間はあまりないんだ。ごめん」
採る魚の種類にもよるが、漁師は夜明け前、早朝から昼にかけての仕事だ。昼以降には次の漁の準備や兼業を行ったりと、過ごし方は人それぞれだ。
イースにこの後の予定が無くとも、ベレクトは重要な仕事がある。仮に薬剤師でなくとも、仲良くなりたいと思う相手に予定があるならば、配慮をし、ここは一旦引くべきだ。
「ちょっとくらい時間過ぎても大丈夫だって」
しかし、イースは引かずに、それでもと距離を詰めようとする。
「俺には仕事が」
「なんか、俺のこと避けてない?」
イースの声が僅かに低くなり、ベレクトの肩が小さく震えた。
「おまえがΩだから苦労をしてると思って、心配しているのに、なんでそんな態度とるんだよ」
「こっちにだって生活があるんだ」
「あのなぁ……長時間話すんじゃないんだぞ。おまえの職場って、時間過ぎれば罰則ある位に厳しいわけ? そうじゃないだろ?」
独り善がりの善意を押し付け、威圧する。会話をする気が無く、自分の思い通りにならず、苛立っている。
こちらを支配しようとしているのが感じ取れ、ベレクトは一歩下がろうとした。
「なぁ、ベレクト」
「道の真ん中でナンパするの辞めてくんない?」
良く通る声が、イースの言葉を遮る。
「邪魔すんなよ」
「フェン……?」
「昨日ぶりー」
彼は自然な動きで目元も笑顔を作っている。
黒く染まった長い髪を団子状にまとめ、開かれた瞼の内に青い瞳が輝いている。服は依然と違い、建築や工事の現場で使われる丈夫な作業着と安全靴だ。背中にはつるはしやヘルメット、作業道具は入ったリュックを背負っている。
変装にしても鉱山の作業員の格好は予想外だったこともあり、ベレクトの意識は完全にフェンへと向いた。
それは近隣の住民が健康な証だ。そう主治医のエンリは日々喜んでいる。
ゆっくりと時間は過ぎる中でも、ベレクトは薬剤師として真剣に仕事に取り組む。処方箋とおくすり手帳を受け取り、患者の体質やアレルギー副作用歴、合併症や既住歴などを確認、薬の費用の明細書作成、そして薬の準備を行う。薬の調製は、神殿製の錠剤を取り扱うだけでなく、二種類以上の薬品の混ぜ合わせや一回ずつの包装の作業など、患者一人一人に合わせて行われる。
ベレクトはミスの無いように、細心の注意を払いながら薬を取り扱う。
やがて太陽は一番高い場所へと昇る。
「パン屋に行ってきます」
「うん。いってらっしゃい」
午前の診療と薬剤の処方が一旦終わり、2人は昼休憩に入る。
診療所はエンリの自宅を兼用しており、昼休憩の際にベレクトはそこで食事をさせてもらっている。弁当を持参する場合もあるが、近場のパン屋で総菜パンやサンドイッチを買う日の方が多い。以前は食堂を利用していたが、β達に目を付けられたので行く事は無くなった。
「焼きたてでーす」
昼食に合わせて焼き上げたパンが、厨房から賑わう店内へと次々と運ばれてくる。
焼きたてのパン目当てでやって来た客達が、並べられたパンを次々にトレーの上へと並べていく。賑わう店内でベレクトは、魚のフライのライ麦パンサンド、ハムとチーズのバケットサンド、そしてブリオッシュを買い、早々に店を後にする。
パンの入った紙袋を手に来た道を戻ろうとしたが、ベレクトは足を止めた。
食堂やパン屋、どこで昼食を食べようか話す人々の中に、見覚えがある顔があった。
かつて被害を与えて来たαだ。
キャラメルブロンドの短い髪に、緑の瞳。額の宝玉は青緑色をしている。シャツにズボンと普段着であるが、背が高く日焼けした恵まれた体格は、自然と道行く人々の目を惹いていた。
「ベレクト!」
ようやく見つけたとばかりにαは嬉しそうな顔で、ベレクトへ駆け寄る。
逃げたいとベレクトは思った。しかし、恐怖のあまり足がすくんでしまった。
「久しぶりだな。5年ぶりくらいか? 元気そうでよかった」
人の良さそうな笑顔を浮かべるαに、自然とパンの紙袋を持つ手に力が籠る。
「イースも元気そうだな」
下手に拒絶すれば、激情される可能性があり、ベレクトは当たり障りのない言葉を並べる。
「まぁな。俺は今、親父の跡継ぐために漁師やってんだけど、そっちは?」
友人と話す様に、親しみを持って接されるなんて気色が悪い。こちらの被害を完全に忘れている様子に、ベレクトは吐き気がした。
「細々と仕事をしているよ」
ベレクトの両親は彼が大学に飛び級した事、奨学金制度を利用した事を知っているが、18歳で家を出て以降の職については何も知らない。
見合いが出来ないなら、会って交流を深めさせようとでも両方の親は思ったのだろうか。イースとベレクトの実家は東の漁港付近にある。これまで、彼が西坂にあるパン屋まで来るなんて事は無かった。島は比較的広いがΩ存在は珍しく、目撃情報を集め、探そうと思えば容易だ。
縁談を含め、今更近づいて来た理由が分からない。このままでは職場と住んでいるアパートが特定されてしまいそうで、ベレクトの中に不安が募る。
「あのさ、これから一緒に昼食でもどう? 久しぶりに話さないか?」
「悪い。もう買ったんだ」
ベレクトは手に持っているパン屋の紙袋を見せる。
「それなら、俺も何か買って来るよ」
「休憩時間はあまりないんだ。ごめん」
採る魚の種類にもよるが、漁師は夜明け前、早朝から昼にかけての仕事だ。昼以降には次の漁の準備や兼業を行ったりと、過ごし方は人それぞれだ。
イースにこの後の予定が無くとも、ベレクトは重要な仕事がある。仮に薬剤師でなくとも、仲良くなりたいと思う相手に予定があるならば、配慮をし、ここは一旦引くべきだ。
「ちょっとくらい時間過ぎても大丈夫だって」
しかし、イースは引かずに、それでもと距離を詰めようとする。
「俺には仕事が」
「なんか、俺のこと避けてない?」
イースの声が僅かに低くなり、ベレクトの肩が小さく震えた。
「おまえがΩだから苦労をしてると思って、心配しているのに、なんでそんな態度とるんだよ」
「こっちにだって生活があるんだ」
「あのなぁ……長時間話すんじゃないんだぞ。おまえの職場って、時間過ぎれば罰則ある位に厳しいわけ? そうじゃないだろ?」
独り善がりの善意を押し付け、威圧する。会話をする気が無く、自分の思い通りにならず、苛立っている。
こちらを支配しようとしているのが感じ取れ、ベレクトは一歩下がろうとした。
「なぁ、ベレクト」
「道の真ん中でナンパするの辞めてくんない?」
良く通る声が、イースの言葉を遮る。
「邪魔すんなよ」
「フェン……?」
「昨日ぶりー」
彼は自然な動きで目元も笑顔を作っている。
黒く染まった長い髪を団子状にまとめ、開かれた瞼の内に青い瞳が輝いている。服は依然と違い、建築や工事の現場で使われる丈夫な作業着と安全靴だ。背中にはつるはしやヘルメット、作業道具は入ったリュックを背負っている。
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