白銀の都の薬剤師と盲目皇子

片海 鏡

文字の大きさ
上 下
8 / 21

8 再会

しおりを挟む
 島の住民相手の診療所は、人の流れは穏やかだ。
それは近隣の住民が健康な証だ。そう主治医のエンリは日々喜んでいる。
 ゆっくりと時間は過ぎる中でも、ベレクトは薬剤師として真剣に仕事に取り組む。処方箋とおくすり手帳を受け取り、患者の体質やアレルギー副作用歴、合併症や既住歴などを確認、薬の費用の明細書作成、そして薬の準備を行う。薬の調製は、神殿製の錠剤を取り扱うだけでなく、二種類以上の薬品の混ぜ合わせや一回ずつの包装の作業など、患者一人一人に合わせて行われる。
 ベレクトはミスの無いように、細心の注意を払いながら薬を取り扱う。
 やがて太陽は一番高い場所へと昇る。

「パン屋に行ってきます」
「うん。いってらっしゃい」

 午前の診療と薬剤の処方が一旦終わり、2人は昼休憩に入る。
 診療所はエンリの自宅を兼用しており、昼休憩の際にベレクトはそこで食事をさせてもらっている。弁当を持参する場合もあるが、近場のパン屋で総菜パンやサンドイッチを買う日の方が多い。以前は食堂を利用していたが、β達に目を付けられたので行く事は無くなった。

「焼きたてでーす」

 昼食に合わせて焼き上げたパンが、厨房から賑わう店内へと次々と運ばれてくる。
 焼きたてのパン目当てでやって来た客達が、並べられたパンを次々にトレーの上へと並べていく。賑わう店内でベレクトは、魚のフライのライ麦パンサンド、ハムとチーズのバケットサンド、そしてブリオッシュを買い、早々に店を後にする。
 パンの入った紙袋を手に来た道を戻ろうとしたが、ベレクトは足を止めた。
 食堂やパン屋、どこで昼食を食べようか話す人々の中に、見覚えがある顔があった。

 かつて被害を与えて来たαだ。

 キャラメルブロンドの短い髪に、緑の瞳。額の宝玉は青緑色をしている。シャツにズボンと普段着であるが、背が高く日焼けした恵まれた体格は、自然と道行く人々の目を惹いていた。

「ベレクト!」

 ようやく見つけたとばかりにαは嬉しそうな顔で、ベレクトへ駆け寄る。
 逃げたいとベレクトは思った。しかし、恐怖のあまり足がすくんでしまった。

「久しぶりだな。5年ぶりくらいか? 元気そうでよかった」

 人の良さそうな笑顔を浮かべるαに、自然とパンの紙袋を持つ手に力が籠る。

「イースも元気そうだな」

 下手に拒絶すれば、激情される可能性があり、ベレクトは当たり障りのない言葉を並べる。

「まぁな。俺は今、親父の跡継ぐために漁師やってんだけど、そっちは?」

 友人と話す様に、親しみを持って接されるなんて気色が悪い。こちらの被害を完全に忘れている様子に、ベレクトは吐き気がした。

「細々と仕事をしているよ」

 ベレクトの両親は彼が大学に飛び級した事、奨学金制度を利用した事を知っているが、18歳で家を出て以降の職については何も知らない。
見合いが出来ないなら、会って交流を深めさせようとでも両方の親は思ったのだろうか。イースとベレクトの実家は東の漁港付近にある。これまで、彼が西坂にあるパン屋まで来るなんて事は無かった。島は比較的広いがΩ存在は珍しく、目撃情報を集め、探そうと思えば容易だ。
 縁談を含め、今更近づいて来た理由が分からない。このままでは職場と住んでいるアパートが特定されてしまいそうで、ベレクトの中に不安が募る。

「あのさ、これから一緒に昼食でもどう? 久しぶりに話さないか?」
「悪い。もう買ったんだ」

 ベレクトは手に持っているパン屋の紙袋を見せる。

「それなら、俺も何か買って来るよ」
「休憩時間はあまりないんだ。ごめん」

 採る魚の種類にもよるが、漁師は夜明け前、早朝から昼にかけての仕事だ。昼以降には次の漁の準備や兼業を行ったりと、過ごし方は人それぞれだ。
 イースにこの後の予定が無くとも、ベレクトは重要な仕事がある。仮に薬剤師でなくとも、仲良くなりたいと思う相手に予定があるならば、配慮をし、ここは一旦引くべきだ。

「ちょっとくらい時間過ぎても大丈夫だって」

 しかし、イースは引かずに、それでもと距離を詰めようとする。

「俺には仕事が」
「なんか、俺のこと避けてない?」

 イースの声が僅かに低くなり、ベレクトの肩が小さく震えた。

「おまえがΩだから苦労をしてると思って、心配しているのに、なんでそんな態度とるんだよ」
「こっちにだって生活があるんだ」
「あのなぁ……長時間話すんじゃないんだぞ。おまえの職場って、時間過ぎれば罰則ある位に厳しいわけ? そうじゃないだろ?」

 独り善がりの善意を押し付け、威圧する。会話をする気が無く、自分の思い通りにならず、苛立っている。
 こちらを支配しようとしているのが感じ取れ、ベレクトは一歩下がろうとした。

「なぁ、ベレクト」

「道の真ん中でナンパするの辞めてくんない?」

 良く通る声が、イースの言葉を遮る。

「邪魔すんなよ」
「フェン……?」
「昨日ぶりー」

 彼は自然な動きで目元も笑顔を作っている。
 黒く染まった長い髪を団子状にまとめ、開かれた瞼の内に青い瞳が輝いている。服は依然と違い、建築や工事の現場で使われる丈夫な作業着と安全靴だ。背中にはつるはしやヘルメット、作業道具は入ったリュックを背負っている。
 変装にしても鉱山の作業員の格好は予想外だったこともあり、ベレクトの意識は完全にフェンへと向いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...