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二章

26話

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「そんで? そのクォギアくんが、どうしたんだ?」
「私の神殿に向かう前に、ビルジュの配下と接触していたようだ」

 あからさまに誤魔化しているクォギアの姿を思い出し、ディルギスはため息をつく。

「うわぁ……確か、クォギアくんって若いよな。若い女のコを差し向けて、責任問題にでも発展させる気満々だな」
「何も言わないのを見るに、問題は発生していない」

 ディルギスの眉間にほんの僅かだが皺が寄る。

「相手から渡されたものは、契約書の控えや家具のカタログなどの当たり障りのないものだ」

 クォギアにはカタログを参考に買ったと言ったが、その業者からは注文してはいない。かつて神殿や聖堂が完成した際に、家具を治めた信頼の置ける会社に依頼し、送ってもらった。

「まぁ、そこから買ったら、何か入れられるだろうな。買い物ある時は、おまえを通した方が良いんじゃないか?」
「いや。北区に関して、奴の息は完全には掛かっていない。彼にもある程度の自由は必要不可欠だ」
「そうだな。クォギアくんも、羽を伸ばす時間は必要だ」

 グラスの中の残り少ない赤ワインを眺めながら、ベルーニャは微笑を浮かべる。

「北区は中心に立つ鍛冶の神と戦神が、法の神と折り合いが悪いからな。うまく丸め込めなかったんだろうさ。安全圏からどんな綺麗事を語った所で、現場で血を流す彼らにとっては戯言に過ぎない」

 魔獣から剥ぎ取れる素材の加工を確立した鍛冶の神。血を糧とし、戦場こそが居場所とする戦神。数多の魔獣の毒を摂取し、抗毒素を持つ医療の神。そして、浄化の神であるディルギス。
 北区で血生臭い現実と戦い続ける彼らにとって、綺麗事やそれに連なる理想論、甘い言葉は反吐が出る程の嫌悪対象である。
 だが、神を騙せなくとも人は容易に手中に収め、水面下で動きがある。

「あの男が、私、もしくはクォギアに近付こうとしている理由に、心当たりはあるか?」
「今のところ、確信が持てる情報が無い。法の神どもは、自分の情報を流さないようにしているからな」

 犯罪者や卑怯な思想を持つ者達に、逃げ道を作らせないよう、法の神達は徹底的に自身の情報を隠し、人間であった時の記録を消去している。

「明確に判明しているのは、年が28歳。隣国カイリオンの戦争孤児で、侯爵の慈善活動でゼネスマキアに入国、永住権取得後は勉強と努力の末に法の番人となり、勤めている最中に選ばれたって事くらいだ」
「カイリオン、か」

 栄光を手に入れた者の成功の物語。真っ当にその道を歩む者もいるが、経歴の捏造するものは幾らでもいる。ディルギスは、一点のみが気になった。

「前代未聞だろ?」

 その国の大樹から賜った実を食さなければ、人は生まれない。神は、その人々から選ばれる。神は権能の絶大な力を有するが、生まれた国を離れる程に効力が衰え、他の国の大樹を目の前にすると完全に無力化されてしまう。これにより神々による他の国へ侵攻と侵略行為を未然に防いでいる。例外として、ディルギスのように浄化の神や農耕の神が、荒廃した国の援助に行く際は、その権能を遺憾なく発揮することが出来る。
 星神の一部であった数多の大樹は、神の権能の源であると実しやかに囁かれている。

「実をこちらで食べ、産んだのはカイリオンであったのだろう」
「情勢が怪しくなり始めている時に、カイリオンに行く身重の女がいるかぁ? 理解出来んな」
「人には人の事情がある。理解できないのは、私も同じだ」

 カイリオンで内戦が始まり20年前から約3年間、ディルギスは度々足を運び、浄化の為に一時期滞在をしていた。浄化のための旅であり、住民との接点は殆どない。あるとすれば、買い物、道や場所を尋ねる程度だった。
 その中でビルジュ、そして彼の母親と出会った覚えなど一切ない。

「何か見落としている気がする」
「おまえの勘は当たるからな……警戒しつつ、今は情報収集しかない。何かあったら知らせる」
「頼んだぞ」

 周囲に満ちていた酒の香りが徐々に薄れ、神々の声がはっきりと聞こえ始める。
 頃合いを見ていたかのように、聖騎士を束ねる戦神の一柱がディルギスへ謝罪をしに来た。それを皮切りに、神々が彼へと挨拶に来る。
 しかし、その中にビルジュはいなかった。
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