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二章

22話

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 トトルゥが帰り、クォギアは一旦工房へ戻った。デザインの描かれたスケッチブックを3冊持って再度神殿へ赴き、談話室で待っていたディルギスに渡した。先程、彼は集会に出ると意思表示をした為、礼服を作らなければならないからだ。

「まずは、大まかなデザインを選んでください。そこからディルギス様のご希望に沿って色や部分的に形を変更し、最終的なデザインを決めます」
「わかった。一から作るとして、どれ程時間が掛かるんだ?」

 受け取った一冊のスケッチブックのページを捲りながら、ディルギスは問う。

「材料の調達や職人との交渉がありますので、制作は最低でも3ヶ月ほど待っていただけると助かります」

 魔獣の素材から織られた布の品質の良さ分かり、選択の幅が広がった。デザインによって吟味する必要がある。装飾類に関しても、竜の鱗等の魔獣の素材を加工できる職人を探しておきたい。

「そうか。制作が半ばまで到達した折に、ベルーニャへ連絡を入れるとしよう」
「はい。わかりました」

 その後2人は静寂の中にいる。
 ディルギスはあまり話さない性格であり、クォギアもそれには慣れている。しかし今のクォギアは、とても居心地が悪く感じた。
 クォギアは、かつては隣国カイリオン出身である。身寄りのない彼をディルギスが一時的に引き取り、旅を経て、この国ゼネスマキアの孤児院へと連れて来た。カイリオンの言語も文字も、風習すらも拙い当時のクォギアだから出来た芸当だ。
 いつどこで戦争が起こるか分からなかった当時は、神についての知識は全くなく、再会を果たしたディルギスの説明で〈そんな事があったのか〉と遠巻きに思うだけであった。
だからこそ、常に守られて生活していたのだと実感をする。
 今もそれは変わらず、ディルギスはクォギアに重要な情報を渡してはいない。訊かれた事しか答えず、全て包み隠してしまっている。先程のやりとりも、彼が問題へと足を踏み入れないように、全て手の内にあると見せていた。
 裁縫師が出しゃばる意味は無いが、何も知らずにいるのは、釈然としない。

「ディルギス様」 
「なんだ?」

 静寂を破るのは、いつもクォギアである。

「仕事以外で、私はここに居る意味はありますか?」

 その問いに、ディルギスはほんの少し目を見開いた。
 一呼吸を置き、

「あるとも。私は、おまえが居なければ動かなかった」

 彼は穏やかな声音で答えた。

「私にとって肉体なんてどうでも良く、どんな環境で在れ、役目を遂行できる最低限の水準さえ満たされていれば、それで良い。どうせ、この体は替えが効くからな」
「か、替えが効くって……」
「私は見ての通り、他の神と性質が違う。考え方も、差がある」

 戸惑いはするが、クォギアもそれについては一定の理解がある。
 神は不死では無いが、過去に転生した事例があるからだ。500年前、死霊魔法に長けた者が神となり、戦争で毒矢を受けてしまい助からないと悟った。神は自身の体から魂を抜き取り、配下の女性の腹の中で育ち始めていた胎児に落とし込んだ。そして数か月が経った後、無事に生まれ、成長すると再び神として在位した。
 自伝として其れが残っており、娯楽として読む分には面白いが、その神しか成し得なかった転生について真実か判断が難しい。学者の間では今も議論されていると聞く。
 ディルギスの体は、計り知れない淀みと不浄を内包している。爪が刃物のように鋭利になった出来事もあり、〈神が〉ではなく、彼自身の体が特殊過ぎると考えられ、謎が深まる一方だ。

「替えが効くなら、尚更大事にした方が宜しいのでは? 新しいものを作るには、服同様に材料とか……とにかく、時間が掛かりますから」
「わかっているとも。これは、私の中で一番大切な体だ」

 不思議そうにしながらも言うクォギアを見て、ディルギスは静かに微笑んだ。

「おまえが健やかに育ち、一人の人間として人生を歩めれば、それだけで良かった。だが、こうして再び傍に来て、服を作ると言ってくれた。私が何もせず、ただ日々を過ごしていては、おまえに悪いだろう?」
「ディルギス様にはお役目がありますし、気にし過ぎですよ」
「そうでもないさ」

 昔の自分を見られている様でクォギアは、恥ずかしくも照れ臭くなる。
 ずっと大事に思っていてくれたのなら、それを返したいと強く想う。

「クォギア」
「はい。なんでしょうか」
「私には、何が似合う?」

 その言葉に、クォギアは目を泳がせる。
もしもディルギスの為に服を作る日が来た時の為に、描いていたデザインがいくつもある。きっと似合うとその服を着た姿を想像した事もあるが、実際に彼を目の前にすると、どうしても自信を持って言えない。

「じ、自分でお決めになった方が……」
「クォギアの意見が聞きたい」

 ディルギスはスケッチブックを閉じ、真っ直ぐに金の瞳でクォギアを見つめる。
 先程の沈黙よりもさらに居心地が悪く、迷った末に、まだ開けられていないスケッチブックを一冊手に取る。

「……そ、そうですね。ディルギス様には、こちらは如何でしょうか?」

 不安に思いつつも、クォギアはあるページを開いた。
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