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一章

7話

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 星神城の裁縫師の工房に、レイシャンの依頼が舞い込んできた時期があった。その数もさることながら、ドレスのデザインから、生地や糸等の細部に至るまでこだわった内容に、苦労させられるが感心もした。
 服飾好きなのだと思っていたクォギアだが、彼の口ぶりからして、服飾だけでなく酒等の娯楽品にも高い金を浪費している。
 浪費癖は問題だが、それ以上に神の役目を放棄したのは、重罪どころでは済まされない。

「5年ほど前に金が底を尽きたのか、こちらの裁縫師を誘惑し、私の神殿の供物や壁の装飾品等を盗んだ。それに飽き足らず、材料費を偽り横領をした」

 ディルギスはレイシャンの顛末を語らず、クォギアが次に知りたいであろう神殿の現状を語る。

「使用人や配下はどちらに?」

 桶にお湯を汲み、クォギアの髪につく泡を少しずつ洗い流していく。
 神殿には金属製のものが全くなかった。納得は出来る話だが、一人で出来る芸当ではない。

「全員、裁縫師に協力した為、解雇処分とした」
「は……? せ、聖騎士も、ですか?」

 類稀なる武術と神への揺るぎない忠誠心を持つ者だけが、聖騎士となれる。専属裁縫師同様に、神の護衛となれるのは聖騎士にとって名誉な事のはず。
 目先の利益の為に神を裏切るなんて、あるまじき行為だ。

「浄化は華々しい活躍ではなく、地道な活動。感謝の言葉は少なく、賞賛される様な場面はない。そんな神のもとに仕える事に、花の無さから職への誇りが薄れ、目の前の栄華と金を手にしてしまった」
「止める事も出来たでしょうに」
「何百何千と同じ行動をする人々を見れば、止める気力すらも無くなる」

 裁縫師が最初ではなく、ずっと何代もの配下や使用人達が金目の物を盗んでいた。共謀し、口裏合わせをし、聖騎士ですら其れに加担していた。
 裁縫師はその中でも金額が桁違いであったことや、子供や住民が噂を広めた事で公になったが、それまで沈黙していた神々が大慌てで鎮火させた。
 人からも、神からも甘く見られてしまっている。
 彼らが悪であるが、無気力なディルギスにも難ありだ。
 このままでは、ディルギスは道具として扱われる日々が永遠と続く。
役目は放棄できないが、現状を変えなければより待遇が悪くなり、事が大きくなるまで放置され続けるばかりだ。

「現状を変えていきましょう。このままではディルギス様は、人と神の負債ばかり背負わされ続けます」
「どうやって?」
「まずは清掃をして、日用品や家具を新調しましょう。模様替えをして、あと庭の整備もして………神殿に変化があれば、相手の心持も変わっています」

 神殿の環境を改善し、雇用を開始すれば、人々は興味を持ち始める。
 神が人を導くが、人は神を支える存在。人の心は頑なでありながら変わり易く、その声は時に雨のようになり、千里へと広がっていく。神の心を動かすのは、集会での交流とは限らない。その日に至るまでに、人から人へと伝わる言霊を聞き、ディルギスに対する印象に変化をもたらす。 
 人と神の姿勢が少しでも変われば、ディルギスの心にも何らかの変化をもたらす筈だ。

「やってみるが良い。おまえの心が変わらないよう願う」

 ディルギスは立ち上がり、湯船から出る。

「変わるはずがありませんよ」

 彼の肢体をタオルで包みながら、クォギアは迷いなく答える。
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