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53.俺だけの彼女への誓い

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 純白のドレスを着たラスティーナは、最後に見たあの時よりも、ずっとずっと綺麗だった。
 雪のように真っ白なロングヘアーはハーフアップに纏められ、毛先をくるくるとカールされている。少し身動きをするだけでも、ふわふわと髪の毛が揺れるのだろう。
 そして透き通るようなアイスブルーの瞳が、突然姿を現した俺を困惑した目で見上げていた。
 どうして俺がここに居るのか。彼女が本気で混乱しているのが、一瞬で見て取れる。

「あ、あなた……なんで、ここに……?」

 ラスティーナの周りには、彼女の身支度を整えていたであろうメイドさん達が控えていた。
 けれども、彼女達の顔には見覚えがない。多分このメイドさん達は、城で働いている女性達なのだろう。
 未だに城のどこかから爆発音が鳴り響く中、急にやって来た俺は、メイドさん達にとっては不審者でしかない。王子の花嫁を守るべく、すぐに俺とラスティーナとの間に彼女達が割って入って来た。

「お下がり下さい、ラスティーナ様!」
「不審な輩は、ラスティーナ様に指一本触れさせません!」

 どうやら彼女達はただのメイドではないようで、すぐに魔法を詠唱してラスティーナに防御結界を使用していた。
 脅迫結婚とはいえ、一応は王子の妻として選ばれた身。その周囲に置かれる人材も、それ相応の実力を持った者に限られているのだろう。
 だがこのままではラスティーナに近付けない。俺は落ち着いて姿勢を正すと、これまでに培ってきた従者の作法によって、完璧な礼をして名乗りを上げた。

「フィエルタ城にお勤めのメイドの皆様、お初にお目に掛かります。私はエルファリア侯爵家にお仕えする、レオン・ラントと申します。本日は侯爵様の付き人として、こちらに参った次第なのですが……」

 顔を上げながら、ちらりとラスティーナに視線を向ける。
 やっぱり彼女は状況が飲み込めていないらしい。それもそうだ。俺が今日限定で侯爵様に雇われているなんて、知っているはずがないんだもんな。

「侯爵様より、『お嬢様の身の安全を確保してくるように』との命令を頂いております」
「エルファリア家の付き人の方……ですか。ラスティーナ様、こちらの男性は侯爵家にお仕えする方でお間違いありませんか?」
「えっ、ええ……。そう、だったはず……だけど……」

 そう『だった』はず。
 うん、ラスティーナの言い分は正しいよ。再雇用だもんな、俺。
 まあ、お嬢様の身の安全の確保といっても、ユーリス王子から救い出すのが主な目的ではあるんだが。
 俺の話とラスティーナの証言をもとに、メイドさん達の間でしばらく沈黙が流れる。少しして、代表として一人のメイドさんが口を開いた。

「……申し訳ありませんが、私共もラスティーナ様の身辺警護にあたるよう命じられた身でございます。エルファリア侯爵からのご命令より、ユーリス殿下のご命令が優先されてしまうのです」
「と、おっしゃいますと……?」
「『レオン・ラントと名乗る男が現れれば、即刻捕縛せよ』……と」
「……ラスティーナの近くに置く人間には通達されてたってわけか」

 つまり、俺がここに潜入出来たのは王子の罠だったわけだ。
 ユーリス王子が王都騎士団を使って人探しをしていたのも、屋敷を飛び出して行方不明になっていたラスティーナを探す為。
 その過程で俺の名前を知ったユーリス王子が、二人の結婚を知れば俺が城にやって来るだろうと確信し、見事に俺を誘い込んだのだ。

「詳細は存じ上げませんが……少々手荒な真似に出させて頂きます」

 言いながら、四人のメイドさん達は隠し持っていた武器を取り出す。
 短剣を構えたメイドさん達は、一人がラスティーナの前に。残りの三人が扇状に広がって、扉を背にした俺を囲んでいく。
 ここで俺がやらなければいけないことは、二つある。
 一つは、ラスティーナを連れてこの部屋を出ること。
 そしてもう一つが──

「レオン・ラント、大人しく投降しなさい!」
「闇を司る精霊よ、今こそ我にその意を示せ! 重力拘束グラビティ・バインド!」
「これ、はっ……⁉︎」

 メイドさん達を、無傷の状態で振り切ることだ。
 俺がその魔法を詠唱すると、その場で立っていられないような超重力フィールドが形成された。
 けれどもその対象はメイドさん達四人だけで、俺とラスティーナは対象外。彼女達はもう、武器を持つことすらもままならい。全員その場に短剣を落として、床に倒れしたり、膝を折った状態で耐え忍んでいる。
 けれどもここまでは、俺を囲む彼女達が邪魔をして、ラスティーナが扉に辿り着けないだろう。

「……ちょっとだけごめんな」
「何、を……!」

 キッとこちらを睨み付けてくるメイドさん達に謝りながら、俺は重力変化を利用して、彼女達を壁際へと追いやった。
 これで俺とラスティーナの間には、邪魔をする者は誰も居なくなったことになる。
 俺はすぐに彼女の元へ駆け寄り、手を差し伸べた。

「……迎えに来たよ、お嬢様」

 ラスティーナは口をパクパクとさせながら、俺の手と顔を交互に見やる。
 化粧のせいか、頬が綺麗なピンク色に染まっているなぁ、なんて思いながら彼女を待っていると、

「……お……」
「お?」

 ようやく言葉を返してくれるか。というか、それよりも早くここを出た方が良いんだけどな……。
 そんな風に思っていたら、ラスティーナがいきなり俺の胸に飛び込んで来た。

「遅いのよっ、ばかぁぁ~!」

 ……いきなりの罵声である。
 しかし、その声は涙混じりだった。
 ラスティーナは俺の腰にギュッと腕を回し、その温もりを伝えてくる。

「あたしがっ……あたしがどれだけあんたのことを探してたか、分かってる⁉︎ ホントに屋敷から居なくなっちゃうし、あの性悪腹黒王子に聞いたら、あたしのことなんてすっかり忘れて田舎で楽しく暮らしてたらしいじゃない!」
「性悪……ああ、ユーリス王子のことか。いや、だってほら、療養する為に田舎に越したんだしさ。地元の人と仲良くなるのは良いことだろ?」
「そ、それはそうかもしれないけど……! そうじゃなくって……その……」

 急に声が萎んできたかと思うと、今度はあれだけひっついてきたくせに距離を取るラスティーナ。
 視線を右往左往させながら、両手で頬を包んで……。それからしばらくして、瞳を潤ませながら俺の顔を見上げた。
 不覚にもそんな弱気な彼女を見て、小さく胸が高鳴ったのはここだけの話だ。

「あの、ね? あ、あたし……レオンに会ったら、ちゃんと謝らなくちゃって思ってて……」
「謝る……?」
「ほら! これまでレオンに無茶なことばっかりさせて、あなたが身体を壊すようになるまで、あたしは何も気付かなくって……。だから、その……今まで、本当にごめんなさい!」

 まさかあの、我儘で自分勝手なラスティーナが……こんなに深く反省しているだなんて……!
 しかも彼女の謝罪は、それだけにとどまらなかった。

「あたしね、あの性悪王子に捕まるまで、レオンが修行をしていた北の里に居たの。そこであなたの師匠のメルセデスさんに会って、どうしてあたしがあなたに無茶なことばかりさせていたのか、ちゃんと話しなさいって言われて……」

 それからラスティーナは、俺が従者としてこなしてきた数々の無茶な要求の理由を明かしてくれた。


 ラスティーナは由緒正しい家柄のお嬢様で、魔法の扱いにも長ける才色兼備のレディである(と彼女自身が言っていた)。
 対して、そんな彼女の従者として拾われた俺は、ただの村人でしかなかった。
 火傷の跡は残らなかったが、髪もボサボサで戦う力も無い。魔法の使い方も知らず、貴族社会のルールも何も分からない。
 読み書きも満足に出来ず、自分の食事を用意するのもままならない……ラスティーナという高嶺の花と並ぶには、俺はあまりにも貧相な雑草に過ぎなかったのだ。

 けれどもラスティーナがこれまでに俺に命じてきたことは、それらを克服する為の課題ばかりだった。
 従者としての勉強を重ね、外見に気を配ることや言葉遣い。読み書きや計算だって、屋敷の皆が一丸となって俺に教えてくれた。
 ラスティーナの好きな味を覚えて、彼女好みの料理やお茶の淹れ方をマスターして、一緒に過ごす時間はとても楽しかった。


「それにね……あたしが国立学校の入学説明会に行った時のことなんだけど」
「それって確か、俺も付き添いで行ったやつだよな?」
「ええ。その時にね……あなたと少しだけはぐれちゃったことがあったでしょ?」

 そういえば、そんなこともあったな。
 あの時は入学説明会に来ていた人波に流されて、ほんの数分だけラスティーナとはぐれてしまったんだった。

「あなたが居ない間に、よく知らない貴族の令嬢達に絡まれたの。『あなたの連れている従者、当然魔法の心得があるのよね?』」
「……っ!」
「……『だって名門のエルファリア家の従者なのでしょう? 良いわよねぇ、良家のお嬢様は周りの人間も優秀で』……って、ケラケラ笑いながら言ってきたのよ! あの子達、あなたがまだ魔法の力に目覚めてないのを分かってて、そんな風にからかってきたの!」
「そんなことが、あったんだな……」

 まだその頃の俺は、魔法についてはからっきしだった。
 まともに魔法を使わないままでいると、その人の持つ魔力も微弱なまま。他人がその魔力を察知することも難しいのだ。
 だからその令嬢達は、どこかで俺とラスティーナが一緒に居るところを見ていた。そうして彼女が一人になるタイミングを窺って、わざわざ煽りにきていたのだろう。

「だからお前は、あの後急に俺を北の里へ行かせるようにしたんだな。俺を馬鹿にされたのが、悔しかったから……」
「だってそうすれば、レオンならきっと魔法も使えるようになるはずだって思ったの! そうしたら、あなたを馬鹿にしたあの子達に自慢してやるつもりで……あたしの大好きな幼馴染は、世界で一番素敵な人なのよって……それで、それでっ……!」
「……そう、だったんだな。俺の知らないところで、お前はそんなに、俺のことを大切に思ってくれてたんだな」

 ありがとう──と、俺はそっと彼女に囁いて。
 その小さな身体を抱き寄せて、ぼろぼろと涙を零すラスティーナの頭を撫でてやる。

 ラスティーナは俺の為を思って、あれこれと世話を焼いてくれていたんだ。
 素直じゃないから口には出さなかったけど、ずっとずっと。
 従者な俺と良家のお嬢様が釣り合うように、彼女なりに頑張って考えてくれていた……。
 それなのに俺は、そんなラスティーナの気持ちに気付かずに……怒りに身を任せて、彼女に別れを告げてしまった。
 他人が俺を馬鹿にしていただなんて下手なことを言って、俺自身を傷付けないように。かなり遠回りではあったけど、ラスティーナは厳しくも優しい選択をしてくれていたというのに……。

「謝らなきゃいけないのは……俺の方だよ」
「ううん……レオンは悪くない。あたしが何も伝えられなかったのがいけないの……!」

 顔を上げたラスティーナと、視線が絡み合う。
 瞳に涙を溜めた青い瞳が、揺れている。
 互いの吐息が触れ合う距離に、この世で一番愛しい君が居る。

「ラスティーナ。俺……やっぱり、お前しか好きになれないんだ」
「あたしも……一緒になるなら、レオン以外に考えられない。だからレオン……お願い」



 あの王子から、あたしを奪って──



 その言葉を言い終わるよりも早く。
 俺は彼女の唇を、自分のそれで塞ぐのだった。
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