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38.俺とドラゴンの大魔法

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 里を襲い、そこに住まう民を殺戮し、挙げ句の果てには最後の生き残りすらも追いかけて来る。
 それが例えドラゴン同士の殺し合いであったとしても、俺は既にこの一件に首を突っ込んでいた人間だ。
 両親や友人達を見殺しにする形で逃げ延び、人の姿に変身していたセーラ。ドラゴンから人の姿へ変わることが出来るのは、単なる竜種では不可能なことだ。
 竜種の中でも、古い血の流れる高位の竜族──竜人族。
 彼らは今でもその血を脈々と受け継ぎ、世界のどこかで暮らしているのだと先生は言っていた。
 つまりセーラは、そんな竜人族の里長の娘だったのだろう。そしてこいつらは……敵対する一族の生き残りに至るまで、皆殺しにするつもりなのだ。

「セーラは絶対に渡さない……。セーラだって、この村だって……お前達から守り切ってやるッ!」
『人間如きがっ……生意気な口を叩くでないわ!』

 大きく口を開いた青竜は、その口の中に魔力の渦を作り出していく。
 それに続いて、リーダー格のドラゴン以外も同様に魔力を溜め込み始めた。
 それは青い光の玉となって、徐々にその力を溜め込んでいく。あの時空に見た青い光は、このドラゴン達が使っていた魔法の予備動作だったのだ。
 青い竜に、青い魔力の光。そしてその光が集まった直後に、ルルゥカ村の上空に発生した雨雲。そこから今も降り注ぐ土砂降りの雨は、こいつらの威嚇行動だったわけだ。
 つまりこいつらが操るのは、水属性魔法。身体をびっしりと覆う青い鱗が、その証拠だ。

『姫を出さぬというのなら、この集落諸共、纏めて溺れ死ぬが良いッ‼︎』

 青いドラゴンの咆哮と共に、奴らの口から天へと向けて無数の光球が放たれていく。
 ただでさえ尋常ではない大雨が降る中、その降水量が増せば、村はひとたまりもない。
 ……しかし、まだ一つだけ打つ手がある。
 俺は先程から練り上げていた魔力を指先に集中させ、頭上に魔法陣を描いていく。
 それは攻撃魔法でも、結界魔法でも、ましてや召喚魔法でもない。
 俺は自身と繋がる四属性の契約精霊達との糸を辿り、彼らに膨大な魔力を引き渡していく。

「くっ……!」

 グッと歯を食い縛る。
 身体からごっそりと魔力が抜け出していくと同時に、ふらつき始めた両脚で、必死にその場に踏み止まった。
 俺の魔力をとある魔法へと変換させていく火の精霊、水の精霊、風の精霊、そして地の精霊。
 俺には風の適性しか無かったが、それはあくまでも『得意分野』を示すものに過ぎない。
 結局のところ、全ての属性を有する精霊達と契約を果たせるのであれば、誰であってもどんな魔法でも行使することが出来るのだ。
 お前には精霊を惹き付ける才能がある──なんて先生に言われたが、今となってはその才能を発揮することが出来て心底良かったと思う。
 でなければ、こんな魔法なんて使えるはずもなかったんだからな……!

『無様に散れ、愚かな人間共よッ──‼︎』

 天に放たれた全ての光球が、再び一箇所に集中する。
 それとほぼ同時に、俺が描いた魔法陣が激しい輝きを放ち始めた。
 青き閃光が視界を覆い尽くす中、俺は叫ぶ。

「四大を司る精霊達よ、今こそ我にその意を示せ!」

 その瞬間、俺の魔法陣は一気に表面積を拡大していく。
 青き閃光と、純白の巨大な光の輪。
 二つの輝きで目が潰れそうになりながら、俺は魔法の成功を確信した。
 光が消えると共に、ぐわりと空間が捻じ曲がる。視界が歪む。
 それと同時に空から降り注いで来る、膨大な水の塊。
 最早雨とすら呼べないドラゴン達の魔法は、さながら空の上に海を創り上げたかのようだった。
 これが重力によって村へと叩き落とされれば、俺達の命は無い。

 だが──

「全てを飲み干せ……四つのカトル・自然のナテュール・位置ポジシオン・変化シャンジュマン‼︎」

 俺の詠唱が終わると共に、とてつもない量の水が、歪んだ空間へと吸い込まれていく。
 空から降る雨諸共、ルルゥカ村の上空をすっぽりと覆う俺の魔法が、あれだけあった水の塊を全てどこかへと追いやったのだ。

『なん、だと……⁉︎』

 驚愕するドラゴン。
 どうやら水属性しか扱えないらしいあいつらには、俺がやってみせた魔法が理解出来なかったようだ。
 それにドラゴン達は、今の魔法にほぼ全ての魔力を注ぎ込んでいたらしい。さっきまでこちらを突き刺すように身体の内側から暴れていた魔力の気配が、ほとんど感じ取れなくなるほどに薄れていた。
 これでもう、あの魔法は使えないはずだ……!

『き、貴様……何をやったというのだ! 我ら蒼海そうかい族が一丸となって放った大魔法を、どうやって無効化した⁉︎』
「お前らに……説明してやる義理なんて、無い……が、特別に、教えてやるよ」

 ……だが、魔力をほぼ使い果たしたのは俺も同じ。
 立っているだけでも意識が飛びそうになるのを堪えながら、俺は目の前で狼狽うろたえる巨大な竜を見上げた。

「俺は別に、お前達の魔法を……無効化なんてしていない」
『ならば、何故我らの魔法が跡形も無く掻き消されたというのだ⁉︎』
「転移魔法……って、知ってるか?」
『なっ……もしや、貴様……!』
「世界創造伝説と密接に関係する、四大精霊……。それと同じ属性を、同時に操り……世界に干渉する、古の魔法の一つ。それが、転移魔法だ……!」

 転移魔法とは、あるものを別の場所へと瞬時に移動させる魔法を指す。
 元は召喚魔法の原型であるとの説も囁かれる、発動条件の厳しい古代魔法だとされている。
 一般的には、四種類の精霊と契約することすらも困難であると言われていて、しかもその全ての精霊の同意を得て協力させるのは至難の業。自分と精霊だけでなく、契約精霊同士の相性にも左右されるのが、この転移魔法なのだ。
 先生はまた別格の存在だが、偶々俺と相性の良い精霊と出会えた幸運が、ここで生きた。俺がこれらの発動条件を満たせたのは、単なるラッキーでしかないんだ。

「俺は、転移魔法であの大量の水を……全て、遠くの海へと移動させた。今頃あの水は、海水と混ざって塩水になってるだろうさ……。っ、ぐぅっ……!」

 そこまで説明したところで、本格的に身体が悲鳴を上げ始める。
 両脚から力が抜けて、ガクリと両膝から崩れ落ちてしまう。
 すると、どこか遠くから声が聞こえてきた。俺の名を呼ぶ、誰かの声が……。

「…………、レオ……レオンっ‼︎」

 その声を判別するよりも前に、身体を支えきれなくなった俺は、雨でぬかるむ地面に正面から突っ伏した。
 それと共に、その声がした方とは反対方向から、馬のいななきがしたのが分かった。
 何が起きているのか分からない。
 目を開けていることすら出来なくなってきた俺は、諦めて目蓋を閉じるしかなく。
 耳に聴こえる何かの騒めき。
 すぐ近くで響く声は、あのリーダー格のドラゴンの言葉だろう。だが今にも意識を失いそうな俺には、その言葉を意味のある音として聞き取れる余裕が無かった。
 すると、誰かが俺の身体を仰向けにさせて、上半身を抱き抱えてくる感覚があった。
 それから間も無くして、側に感じる風。
 ぶわりとした勢いのある風が、頬を撫でる。同時に、魔法の名残りの雨粒が顔に当たるのが分かった。

 それから先に何が起きたのかは、よく分からない。
 自分を抱き締める誰かの体温を感じながら、俺は今度こそ意識を手放した。
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