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36.俺と生徒の初授業

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 魔法使いが自分の契約精霊を他者と共有するのは、相手を信頼していることの表れだ。
 それは家族であったり、恋人であったり……けれどもその大多数が、魔法使いの卵であるとされている。
 俺も最初に契約したのは、先生の契約精霊だった。
 そして今、俺とジーナちゃんは同じ精霊の契約者となっている。

「これでジーナちゃんは、今日から俺の生徒ってことになるんだなぁ」

 視界の先でヒュウと戯れるジーナちゃんを眺めながら、ぽつりと独り言を漏らす。
 けれどもそれは、ついさっきまで向かうの木の下に居たはずのセーラにも聴こえていたらしい。

「生徒……? それを言うなら、弟子ではないのか?」

 隣にやって来たセーラの長いポニーテールが、彼女が首を傾げると同時に揺れ動く。

「ああ、実はですね……ジンさんがこの村に、魔法や読み書きを教える学校を作りたいんだと話して下さったんです」
「学校か……。確か、王都のような人の多い場所にはあるそうだな」
「ええ。ですがこの村には、学校を建てても魔法を教えられる人が居ないらしくて。でも自分なら一通りの魔法は扱えますし、契約精霊も多いので対応出来るのではないかと思ったんです」
「ああ……それでジーナが君の最初の生徒、というわけか」

 ジーナちゃんとヒュウは楽しそうにしているし、契約も無事に結ぶことが出来た。
 これから少しずつ彼女に魔法を教えていけば、きっとみるみるうちに上達していくだろう。
 精霊と心を通わせることは、立派な魔法使いに必要不可欠なこと。それを自然とやってのけているジーナちゃんが生徒第一号となるなら、他の子供達だって彼女を手本にして学んでくれるはずだ。
 今日の指導が終わったら、まずはジンさんに色々と報告しに行かなくちゃな……なんて思っていたら、ジーナちゃんとヒュウがこちらへやって来た。

「ヒュウと仲良くやれているみたいだね、ジーナちゃん」
「はいっ……! ジーナ、精霊さんのお友達が出来たのが嬉しくて……。おうちに帰ったら、すぐにお母さんとお姉ちゃんにヒュウちゃんのことを自慢しちゃいます!」
「チュンッ!」

 ヒュウの方も、ジーナちゃんのことをかなり気に入ってくれたらしい。
 ただ、ジーナちゃんはヒュウのことをちゃん付けしているんだが……ヒュウは一応、オスの小鳥の形をとった小精霊なんだよなぁ。
 うーん……犬をワンちゃん呼びするのと大差無いのかな……? まあ、ヒュウ自身は気にしてないみたいだけど。
 とにかく、あの子達の相性が良かったならそれでいい。

「それじゃあ早速、魔法の練習を始めていこうかな」
「は、はいっ! ジーナ、ヒュウちゃんと一緒に頑張ります……!」

 俺がそう言うと、ジーナちゃんは張り切って答えてくれた。

「魔法の練習といっても、最初から呪文を使った魔法を使うのは難しいものなんだ。だから最初は……」

 と、言いながら俺は近くの木に近付いていく。
 その木の低い枝に手を伸ばし、一枚だけ葉を取って戻った。

「この葉っぱを、ヒュウと協力して浮かせてみてほしい」
「葉っぱを……?」
「こんな風に……ね」

 俺の手のひらに乗った一枚の葉が、ふわりと宙に舞い上がる。
 その場で滞空し続ける葉を目の当たりにしたジーナちゃんは、思わず目を見開いていた。

「な、何もしてないのに、葉っぱがふわふわしています……!」
「パッと見るとそう感じるかもしれないけど、これは手のひらから魔力を流して浮かせてるんだよ。そこから発生した魔力を、ヒュウが小さな風の力に変化させてくれてるんだ」
「それじゃあ……これも、風の魔法の一つということなんですね……?」
「うん。今日のところは、こうやって葉っぱを浮かし続けられるようになるのを目指していこう!」
「はいっ、頑張ります……!」

 素直に俺の言葉を聞き入れるジーナちゃん。
 俺は葉を浮かせるのを止め、今度はその葉を彼女に手渡した。
 するとジーナちゃんは、小さく

「き、緊張しますね……」

 と本音を漏らす。
 けれどもそんな彼女を励ますように、ヒュウが一声鳴いた。
 それを聞いたジーナちゃんは、

「ヒュウちゃん……! そう、ですよね。ジーナだけじゃなくて……ヒュウちゃんも一緒なんですもんね……!」
「チュッチュン!」
「それでは……早速、やってみましょう!」

 ヒュウと視線を交わして、笑顔を取り戻した。
 そうしてジーナちゃんは自分の小さな手の上に葉っぱを乗せ、意を決して魔力を引き出そうと、集中し始める。

「……う、浮いて下さぁぁぁいっ!」

 彼女が叫んだ次の瞬間──



 ──少女の必死の願いは、見事に叶うのだった。



 *



 それからコツを掴んだらしいジーナちゃん。
 葉っぱを宙に浮かせるだけでなく、その場でくるくると回転させる技術まで会得してしまっていた。
 正直言って、まさか彼女にここまで魔法の才能があるとは予想外だった。
 これだけ正確に魔力の流れを操れるのなら、将来回復魔法を使えるようになった時にも大いに役立つだろう。
 回復魔法は怪我をした箇所に魔力を集中させる必要がある。その絶妙な魔力コントロールや、怪我が治癒するまで集中し続ける精神力を要求されるらしい。
 この調子で腕を磨いていけば、もしかしたら俺以上に高い実力を誇る魔法使いになるかもしれないな。


 それから昼まで魔法の練習をし続けたジーナちゃんは、急に魔力を使い出した反動か、急激な眠気に襲われていた。

「うぅ~……レオン、お兄ちゃん……。お昼寝しに、おうちに帰っても……大丈夫でしょうか……?」

 俺は眠たそうに目蓋をとろんとさせる少女の頭を、優しく撫でてやる。

「ああ。ジーナちゃん、いっぱい頑張ってたからね。俺が抱っこして、家まで送っていってあげるよ」
「ふぁい……お願い、しましゅ……」

 俺は舌ったらずになってきたジーナちゃんをそっと抱き上げて、

「セーラさんも、今日のところは見学はここまでということで良いですね?」
「そうだな。私も行こう」

 そのままセーラさんと一緒に、ジーナちゃんをお姫様抱っこしながら村長さん一家の自宅へと向かっていった。
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