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34.俺と次女の大発見

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 魔法というものは、元々人間が扱える力ではなかったらしい。

 気の遠くなるような、遠い遠い昔。
 世界は神々と精霊だけが住む楽園で、争いも無い平和な世界だった。
 いつしか世界には生命が満ち溢れ、美しい植物や無垢な動物。人間やエルフといった人類も神々に産み落とされ、繁栄していったという。

 けれどもある時、割れた鏡の向こうから悪しき神が現れた。
 悪しき神は魔物を生み出し、神々の生み出した世界を襲い始める。
 争いを知らない動植物は蹂躙され。
 戦う術を持たない人類は、次々に魔物の餌食となって、命を散らしていく。
 豊かな世界であったが故に増えすぎた生命は、神々や精霊だけでは守り切れない数にまで達していたのである。

 そこで神々は、精霊達に協力を求めた。

『人類と協力し、より強大な力を振るえる契約を交わしてほしい。さすれば我らの世界は、あの悪しき神の魔の手から救われるであろう』

 神々は人類と精霊間の契約──人類の生み出す生命エネルギーを変換し、より強力な魔法を操る為の仕組みを作り出したのである。
 精霊は、生まれながらに魔法を操る。けれどもそれは、神々の扱う魔法に比べれば微々たる威力しか持たなかった。
 神々は世界の維持に力を注がなくてはならない為、精霊よりも強力な魔法を操れる戦士……精霊との契約によって魔法を操る人類を、魔物との戦線に送り出したのだ。

 そこから神々の陣営は、人類と精霊の力によって魔物と互角以上の戦いを繰り広げ、見事勝利を収めた。
 戦いに敗れた悪しき神は、鏡の向こうの世界に追いやられる。
 神々は二度とそこから出られないようにと、幾重にも重なった封印を施し、誰も見付けられない場所へと鏡を隠した。

 しかし、それでも悪しき神は諦めない。
 今もかの神は、鏡の世界から怨念と瘴気を送り込み、そこから魔物を送り込んでいる。
 故にこちらの世界では、未だに人類と魔物は敵対し続けているのだ。



「……っていうのが、一般的に有名な『人類と魔法の歴史』となる訳だ」

 そこまで一通りジーナちゃんに説明したところで、彼女の反応を見てみる。

「世界を生み出した神々は、悪しき神との戦争で疲弊してしまった。それを癒す為に、彼らは天界へと還ったとされてるんだが……」

 すると、しっかりと話を聞いていたジーナちゃんが、

「その神さまの中に、この聖王国を代表する女神……リリィカーナさまがいらっしゃるんですよね? この前、その神話が書かれたご本をお母さんに読んでもらいました……!」

 と、興奮気味に語ってくれた。
 どうやらジーナちゃんは、絵本のような子供向けの内容以外にも興味があるらしい。
 これだけ勉強熱心な子なら、こちらとしても教え甲斐がありそうだ。俺も気合いを入れ直さないとな。

「ああ、よく知ってるな。そのリリィカーナ様が神々の中のリーダー的存在で、エルフやドワーフといった種族よりも弱い人間を特に愛したとされている。それがこのアリストス聖王国の始まりだと言われてる……んだが……」

 ちらりと横に視線を動かすと、見学に来ていたセーラが視界に入る。
 俺達は村長さんの家を離れ、近くに他の建物や畑が無い俺の家の近くまでやって来ていた。
 そこでならどれだけ魔法を使っても安心だと思ったからなんだが……セーラはこれまでの話を聞いていて、少し眠くなってしまったのだろう。木の幹に背中を預けながら、静かに寝息を立てていたのである。

「……まあ、セーラのことはそっとしておこうか」
「ふふっ……そうですね」

 ちょっとした居眠りだろうから、放っておいてもそのうち眼が覚めるはずだ。
 ひとまず話を戻して。

「つまりだな? 魔法というのは、神が人類に与えた、精霊との協力手段である訳だ。人類の生み出す生命エネルギー……魔力を精霊に受け渡し、精霊はそれを取り込むことで力を得る。その力を人類に返すことで、俺達ははじめて魔法の力を操ることが可能になるんだ」
「ということは……ジーナは精霊さんと契約していないから、魔法を使えないんですか……? でも、ジュリお姉ちゃんは契約しなくても、ちょっとした火を起こす魔法は使えてました……。どうしてなんでしょうか……?」

 不思議そうに首を捻るジーナちゃん。
 その仕草すらも可愛らしい。出来ればここに画家さんを呼んで、彼女の可愛さを額縁に収めさせてもらいたいものだが……。
 残念だが、それは諦めよう。俺はこの一瞬を、心のキャンバスに刻み付けるのだ……!
 ……なんか俺、いつか自分の娘が生まれたら親バカになりそうな予感がするな。
 いや、でもほら……実際にジーナちゃんみたいにこんな可愛い娘が出来たら、否が応でも過保護になるに決まってるだろ?
 そういう訳だから、俺は決してロリコンとかではない。可愛いものを可愛いと素直に感じているだけの、至って健全な感想を抱いているに過ぎないんだからな!
 ……と、自己弁護はそこまでにしておこう。

「実はだな……人類と精霊は、長い歴史の中で独自の魔法体系──新しい魔法のルールを作り出した、という説があるんだ」
「新しい、魔法のルール……?」

 本来人類は、精霊との契約無しには魔法を使えないはずだった。
 けれども両者は長い歴史の中で、契約無しでの魔力変換を自然と行う術を会得したのである。

「そもそも、魔力を生み出せるのは人類だけじゃない。その辺に生えてる雑草や、空を飛ぶ鳥にだって魔力がある。けれども精霊という存在だけは、魔力を自力で作り出すことが出来ない」

 魔力が枯渇した生命は、じきに死に至る。
 それは人類も、精霊であっても共通のことわりなのだ。
 神々が地上に居た頃、精霊達は神々から発せられる魔力を糧として生きていた。
 けれども神が天に還ったこの時代。神々が離れた地上に残された精霊達は、何とかして魔力を得なければ死んでしまう。

「精霊の中には、誰とも契約してもらえない『はぐれ精霊』ってやつが居る。そういう精霊達は、生きる為に必死なんだ」
「精霊さんは、魔力が無くなったら死んじゃうんですもんね……」
「そう。だからはぐれ精霊は、契約をすっ飛ばして人類から魔力を貰って、誰にでも魔法を使わせてあげる方法を選んだんだ。……まあ正式な契約じゃないから、その分魔法の威力は弱くなっちゃうんだけどな」
「これが……過酷な生存競争……というものなんですね……!」
「う、うん。そういうやつだね。……ジーナちゃん、難しい言葉を知ってるんだね」
「お勉強は、楽しいですからっ……!」

 心の底から楽しそうに語る少女の笑顔に、嘘の気配は感じない。
 ……やっぱり、ジーナちゃんにならしっかりと魔法を教えてあげられそうだ。

「それじゃあ、魔法のルールをおさらいしたところで……」

 俺はズボンのポケットに手を入れて、その中から無色透明な石を取り出す。子供の手にも馴染むぐらいの手頃なサイズの、楕円形をした平べったい石だ。
 それをジーナちゃんに差し出しながら、更に説明を続けていく。

「これを両手で包み込んで、しばらくじっとしてみてもらえるかな?」
「は、はい。……あの、これで大丈夫ですか?」

 ジーナちゃんの小さな両手に、先程の透明な石が収まった。

「うん。そのまま石から手を離さないようにね」
「はいっ……!」

 律儀に石を包み込む少女が、こくこくと頷く。
 そうしてしばらく待ったところで、彼女の握る石に変化が現れ始めた。

「れ、レオンお兄ちゃん……! 石が、石の色が変わってきました……! もしかしてジーナ、何か変なことしちゃいましたか⁉︎」

 今にもパニックで泣き出しそうになるジーナちゃん。
 俺は慌てて、彼女の前にしゃがみ込む。

「ああ、ごめんごめん! 先に説明しておけば良かったな。この石は、手に持った人の魔力属性を調べる為の道具なんだよ!」
「ま、魔力を調べる、道具ですか……?」
「そうそう。ほら、ちょっと手を開いてみて?」

 俺の言葉に促され、朝からそっと片手を離す少女。
 すると彼女の手の上には、ほんのりとした青と緑のグラデーションの入った石が鎮座していた。
 俺はその二色に染まった石を見て、思わず目を見開いた。

「凄いぞ、ジーナちゃん!」
「ぴえぇっ⁉︎ な、何が凄いんですか……⁉︎」

 戸惑うジーナちゃんに対し、俺は目の前の光景に興奮しながらこう告げた。

「青と緑に染まった石……つまりジーナちゃんは、水と風の精霊と相性が良いってことになるんだよ! 一般的には、一つの属性しか適性がないことが多いんだ。それもジーナちゃんの二つの属性なら、頑張って練習すれば回復魔法だって使えるようになるかもしれないんだよ!」
「じ、ジーナが……回復魔法を使えるように……⁉︎」

 珍しい複数属性への適性と、水と風という組み合わせ。
 それを持った少女がルルゥカ村に誕生していたという事実に、物知りなジーナちゃんも驚愕している。
 回復魔法は、ごく限られた者にしか扱えない貴重な力。
 そんな特別な力を扱える可能性を秘めているなら、ジーナちゃんの将来の選択肢だって格段に増えるのだ。

「……んんぅ……? レオン、ジーナ……何やら騒がしいようだが、何かあったのか……?」

 俺達の騒ぐ声で起きたらしいセーラが、軽く目を擦りながら言う。
 彼女がこの大発見を知って眠気が吹き飛ぶまで、あと十秒も無いのであった。
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