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27.俺と美人姉妹と花冠

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 一面の純白の花畑。
 可憐な女の子がせっせと花を編む姿を、俺は飽きずにずっと眺め続けていた。

「んしょ……んしょ……。えっと、ここを通して……こうっ。で、次はこっちを……」

 ……うん、これは和むなぁ~。
 俺は一生懸命に花冠を編んでいるジーナちゃんの前に座り、綺麗な花畑の真ん中でニッコニコしている。
 この真っ白な花畑に咲くのは、ブランという名前の花らしい。
 春の終わりに満開を迎える、背の高い花だ。
 花弁の形が風を受けやすい形で、散りかけの時期になると一気に空へ舞い上がっていく。今日は特に風がよく吹いているから、一瞬一瞬が夢のように美しく、幻想的な風景を楽しむことが出来る。
 そして俺達の横では、ジュリが気持ち良さそうに仰向けに寝転がっていた。

 こんな風に自然の中でゆっくりするなんて、エルファリア家の屋敷に居た時には全く縁が無かったなぁ……。
 どこか遠くに旅行すると言っても、滞在するのは街の高級宿だったり、どこかの領主の城だったりする。
 ラスティーナについて行く俺もそんな場所で寝泊まりするのだから、こうして花畑の中に座り込んだりなんて出来るはずがない。万が一にも汚せないドレスを着ていたり、貴族の令嬢ともあろう者が、そんなことをして過ごすのははしたないと判断されるからだ。
 だから俺は、こうして普通の村人らしい生活をするのが十五年振り。どこか懐かしい気持ちに浸りきって、すっかりリラックスしているのである。
 すると、ようやく花冠が完成したらしいジーナが顔を上げた。

「で、出来ましたぁ……!」

 ブランの花よりも華やかな笑顔を浮かべて、嬉しそうに花冠を掲げるジーナちゃん。
 ほんのり染まったピンク色の頬が、白いブランの花に映えている。何というか、彼女がお花の妖精さんと言われても信じてしまいそうな光景だった。

「レオンお兄ちゃん……ジーナの最高けっさく、どうぞ受け取って下さいっ……!」

 ピョンっと立ち上がった少女が、同じぐらいの高さにある俺の頭にそっと花冠を載せる。
 男なのにこんなに可愛らしい物を身に付けるのは、ちょっとこそばゆい気持ちになってしまう。けれどもこれは、ようやく俺と会話してくれるようになったジーナちゃんの気持ちなのだ。

「あ、ありがとう、ジーナちゃん。俺にはちょっと可愛すぎるかもしれないけど……似合ってる、かな?」
「はいっ、とっても……! よくお似合いですよぉ~」

 そう言って、心底幸せそうに笑うジーナちゃん……マジ天使。
 いやほんと、お母さんのアデルさんも物凄い美人さんなんだが、その血を受け継いだジーナちゃんもジュリも可愛らしい。
 姉妹で性格が正反対ではあるものの、ジュリは活発で健康的な少女。ジーナちゃんはおっとりとして、小動物のような愛らしさの美人さんである。
 こんなに可愛い娘さんが二人も居たら、ジンさんが娘を手放すつもりは無いと宣言するのも納得だ。
 俺もいつか、こんな風に可愛い娘を持ったりするのかなぁ……なんて。相手も居ないのに、そんな先のことを考えても仕方が無いよな。

「それじゃあ、今度は俺がジーナちゃんに指輪を作ってあげるね」
「えっ、指輪……ですか?」

 花冠を貰ったお礼に、次は俺がジーナちゃんにお返しをする番だ。
 こてんと首を傾げる彼女の手を取って、近くに咲いていたブランの花を一輪摘み取る。
 さっきから花畑のど真ん中に居たので気付いていたのだが、どうやらこの花は魔力を含んでいるらしい。なので、その魔力にちょっと手を加えて指輪に変えることにした。
 方法は至ってシンプル。
 まずはジーナちゃんの右手の人差し指に、くるりとブランの茎で輪っかを作る。丸っこい花の部分が宝石の部分と仮定して、手の甲側に来るように調整を忘れない。
 そして、ブランの花に宿る魔力を変質させる。今回は魔力を地属性に変化させようと思うので、軽く地属性魔法を発動させた。
 すると次の瞬間、ジーナちゃんの指に巻かれた花の輪っかが結晶化し、キラキラと太陽の光を反射する花の指輪に変化する。

「わあっ……!」
「す、すごい……! ほんとに花が指輪になっちゃった!」

 いつの間にか起き上がっていたジュリも、その変化に驚きの声を上げた。

「この指輪は、ブランの花の魔力が尽きるまでの間だけ、宝石みたいに硬くてキラキラする魔法をかけて作ったんだ。気に入ってもらえると嬉しいんだけど……」
「う、嬉しいですっ! お花の指輪、ジーナずっと大切にしますね……‼︎」
「良かったね、ジーナ! やっぱりレオンさんと一緒に来て正解だったでしょ?」
「はい! ジーナ、レオンお兄ちゃんにこんなに素敵なものを贈ってもらえて、とってもとっても嬉しいですぅ……!」



 *



 陽が暮れる頃、俺達はブランの花畑を後にした。
 まだジーナちゃんの指にはあの指輪が輝いていて、時折大事そうにそっと指輪を撫でる姿を何度も目にしていた。
 けれどもブランの花の魔力量からして、明日にはあの魔法も解けてしまうだろう。
 ジーナちゃんはずっと大切にしてくれると言っていたが、彼女のその気持ちだけでも、俺はしっかりと受け取っておきたい。

「それじゃあレオンさん、また明日!」
「ばいばいです、レオンお兄ちゃん……!」
「うん、また明日!」

 二人とは村長さんの家の前で別れ、そのまま俺も真っ直ぐに自宅へ向かう。
 ジーナちゃんに貰った花の冠は、ドライフラワーにでもして玄関に飾っておこうかな……なんて考えながら、そろそろ家が視界に入ってくる頃のことだった。
 俺の家の前に、小さくしゃがみ込んでいる人が居る。それも、見た感じは女の子。
 村の人……なのだろうか。俺に何か用事があるのかもしれない。

「あの、どうかされましたか……?」
「…………っ!」

 声をかけると、その女の子はビクリと反応して立ち上がった。
 燃えるように真っ赤な髪に、意思の強そうな黄色い瞳。
 次の瞬間、その女の子はこちらに向かって駆け寄って──

「や……やっと会えたぁあぁぁぁああっ‼︎」
「うおぉぉっ⁉︎」

 最早タックルと呼ぶに相応しい勢いで、何故か俺の胸に飛び込んで来るのだった。
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