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26.俺と天使と花畑

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「お、お姉ちゃん~……ジーナ、もうおうち帰るぅぅ……!」
「ほーら、恥ずかしがってないでこっちおいで!」
「ぴえぇぇ~! 無茶をいられるぅ~……!」

 ジュリに手を引かれて、家から引きずり出されていくジーナちゃん。
 俺はそれを苦笑しながら眺め、先導していくジュリの後を追っていた。
 空いた方の手で顔を隠しながら歩くジーナちゃんが、一瞬だけチラリと俺の方を振り向く。すると、

「ひうっ⁉︎」

 悲鳴と共に顔を真っ赤にさせて、後ろからついて来る俺から逃げるように、小走りになってしまった。

「えっ、急に走らないでよジーナ! 分かった分かった、ようやく行く気になってくれたんだよね?」
「そ、そういうわけでもなくぅ~……やむをえずぅぅ~‼︎」

 ……何だかもう、見ているこっちの胸が痛む状況だな。
 それにしても、どうしてジーナちゃんは俺から逃げようとしているんだろうか。
 だというのに、影では俺をお兄ちゃん呼びしているらしいし……。

 そのまま二人と一緒に村を歩いていき、北の集会所の横を抜けていく。そこから先は緩やかな上り坂になっていて、一足先に丘の頂上に到着していたジュリ達が、俺が来るのを待っていた。

「レオンさーん! 早く早く~!」

 笑顔でこちらに手を振るジュリと、必死に顔を逸らしているジーナ。
 俺は少し歩くのを早めて、急いで坂を登っていく。
 すると、丘の上から広がる景色が俺の視界に飛び込んできた。

「こ、これは……!」

 丘の下には、一面の真っ白な花畑が広がっていた。
 ちょうど満開の時期だったらしく、風が吹くと白い花弁がぶわりと舞い上がる。
 青い空と緑の大地。そして、一斉に羽ばたく鳥のように空に踊る無数の花弁。

「じゃーん! 凄いでしょ、この景色!」

 ピョコンと髪を跳ねさせながら、俺の隣に立って両手を大きく広げるジュリ。
 その後ろで彼女に引っ付いていたジーナが、消え入りそうな小さな声で呟いた。

「……こ、この場所……ジーナたちの、お気に入りで……多分、お兄ちゃんはまだ見たことないと思って、それで……そのぉ……」
「満開の時期を過ぎたら、来年になるまでこの花畑を見せてあげられないなって思ってたんだ。だから、レオンさんにこの景色を見せてあげたかったの!」

 どうやらジュリは、昨日のうちにジーナちゃんも誘って、三人でここに来たかったらしい。
 けれどもドラゴンの件でうやむやになり、もしかしたら花が散り切ってしまうのではないかとヒヤヒヤしていたんだとか。
 その気持ちは、妹のジーナちゃんも同じだったようで──

「……れ、レオン……お兄ちゃん……!」

 何かを決意したように、ジーナちゃんが俺の顔を見上げた。
 その顔は未だにリンゴのように真っ赤で、今にも泣き出してしまいそうなほどに瞳が潤んでいる。
 少女はぎゅっと掌を握り締め、振り絞るようにこう言った。

「あのぉ……も、もうジーナは窮地に追い込まれてますので、死を覚悟して打ち明けます……! じ、ジーナと……ジーナと一緒に、遊んでくれませんか……⁉︎」

 一世一代の勇気を露わにしたジーナちゃん。
 死を覚悟して、だなんて大袈裟すぎる表現かもしれない。
 だけどその言葉は、彼女にとっては本気の本気。口に出すのも視線を合わせるのも、きっと死ぬほど恥ずかしくて勇気を必要とすることだったはずだ。
 そんなジーナちゃんの本気を肌で感じた俺は、彼女の目線に合わせてそっと片膝をつく。

「勿論だよ、ジーナちゃん。今日は陽が暮れるまで、いっぱい遊ぼうね」

 俺の言葉を受けて、ジーナちゃんはクリッとした大きなエメラルド色の瞳を輝かせた。

「ほ、ほんとですかぁ⁉︎ ジーナ、嬉しいですぅぅ~!」
「うん、本当だよ。ジーナちゃんは何をして遊びたい?」
「ええと、ええと……れ、レオンお兄ちゃんに、お花のかんむりを作ってあげたいです! ジーナ、この日の為にお姉ちゃんから作り方を教わっていましたので!」

 キラキラとした笑顔を浮かべるジーナちゃんが、その小さな手を俺の指先へと伸ばしてくる。
 俺の人差し指と中指をきゅっと握り込んで、はにかみながら少女は言う。

「だから……その……。今までジーナがお兄ちゃんとお話出来なかった分、いっぱいいっぱい、遊んで下さいね……?」

 羞恥の中に喜びの色を混ぜた、天使のようなジーナちゃんの微笑み。
 それを超至近距離で喰らった俺は、静かに目の前の少女の尊さを噛み締めるのであった。
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