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25.俺と村長さん一家と温かい紅茶

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 歓迎会から一夜明け、俺は自宅で目を覚ました。
 そう、自宅である。
 ルルゥカ村のレオン・ラントが所有する、一軒家なのである……!

「……まあ、俺一人で暮らすにはだだっ広すぎるんだがな」

 のそりとベッドから起き上がり、ぽつりと呟いた。
 最低限の家具は最初から揃っていたので、ジュリ達が掃除してくれていた部屋を好きに使わせてもらっている。
 寝室として所有しているこの部屋には窓があり、朝日が眩しい。目覚ましにはもってこいだ。
 昨日の歓迎会で余った料理を持ち帰らせてもらえたので、今朝はそれを朝食にした。
 家の裏に井戸もあったが、自分の水魔法でコップに注いだ方が手早く済む。食後にその水で薬を流し込んだところで、洗い物を終えて家を出た。
 向かうのは村長さんの家。昨日、先に寝落ちてしまったジュリの様子を見に行く為である。


 村長さんの家に行くと、早速ジンさんが出迎えてくれた。
 奥さんのアデルさんと、娘のジーナちゃんも居る。

「おはようございます、ジンさん。ジュリさんは大丈夫そうですか?」
「ああ、昨日はもうぐっすり眠ってたぜ。今は着替えてるところだから、すぐに来るだろう」
「どうぞあがっていって下さいな。もうすぐお茶が入りますからね」
「はい、ありがとうございます」

 お言葉に甘えて家にお邪魔すると、ジーナちゃんがアデルさんの影に隠れてしまった。
 ジーナちゃんは姉のジュリと同じく、お母さん譲りの綺麗な栗色の髪をしている。
 ジュリはショートヘアだが、対してジーナちゃんは腰まで届くロングヘア。前髪をカチューシャで纏めて、額を出す髪型だ。
 笑顔の多いジュリとは違い、人見知りをするらしいジーナちゃん。そんな彼女も俺の家の掃除を手伝ったり、昨日の歓迎会で飲ませてもらったリンゴジュースも作ってくれていたらしいが……彼女に好かれているのか嫌われているのか、よく分からないというのが正直なところである。

「さあ、お茶が入りましたよ」

 人数分のカップが用意され、アデルさんがティーポットからお茶を注いでいく。
 透き通った茶色の紅茶からは、温かな湯気が立っている。それを目の前に差し出され、

「いただきます」

 カップを手に取って、そっと口を付けようとした瞬間。
 どこか馴染みのある優しい香りが、ふわりと鼻をくすぐった。

「ん? この香り……」
「あっ、レオンさん!」

 その声に振り向くと、ジュリがやって来た。

「昨日は迷惑かけちゃってごめんなさい! わたしったら、途中で寝ちゃってレオンさんに送ってもらっちゃったんでしょ……? ほんとにごめんなさい!」
「お気になさらないで下さい。それより、ジュリさんのお元気そうな顔を見られて安心しましたよ」
「えへへ……情けないところ見せちゃったなぁ」

 そんな話をしていると、アデルさんがジュリの分のお茶もテーブルに置いた。

「ほら、ジュリもひとまずお茶でも飲みなさいな。れたてだから温かいわよ?」
「はーい!」

 照れ臭さをかき消すように、ジュリもテーブルについてカップに口を付けた。
 俺も彼女に続いて、今度こそお茶を一口飲んだ。
 そして、このお茶の香りの正体を確信する。

「この紅茶、もしかして昨日のジュースと同じリンゴを使ったものでしょうか?」
「ええ、そうですわ。香りが良いので、こうしてお紅茶に入れるとより一層美味しくなるものですから」

 やはりこれは、あのリンゴを使ったアップルティーだったか。
 屋敷でも時々ラスティーナに付き合って紅茶を飲んでいたが、こうして果物の香りを移した紅茶を淹れたことがある。
 特にアップルティーなら、シナモンを加えたり牛乳を混ぜたりすれば、冬場にも楽しめるアップルシナモンミルクティーにも出来るのだ。
 普通のアップルティーでも、好みに合わせて砂糖を加えれば問題無く美味しく頂ける。
 その証拠に、

「うーん……ストレートも悪くないけど、あたしはやっぱりお砂糖を入れた紅茶の方が好きだなぁ」

 と言いながら、ジュリが砂糖の入ったポットから砂糖を取り出して、自分のティーカップに入れていた。
 俺はそこまで甘党でもないから、このままでもそんなに気にならないんだけどな。
 ……そういえば、村長さんの姿が見当たらないな。
 俺がそう思ったのを察したのか、ジンさんが口を開いた。

「ああ、爺さんなら湖に釣りに行ってるぜ」
「釣りに?」
「ほら、アンタも馬車で来る時に見たろ? 村の手前にある、あの湖だよ」
「ああ……あそこですか」

 ルルゥカ村のすぐ側には、大きな湖が広がっている。
 どうやら村長さんは朝早くから釣りに行っているらしく、昼には戻って来ると言っていたらしい。どうりで家に居ないわけだ。
 すると、俺が紅茶を飲み干したところでジュリがこんな提案をしてきた。

「あっ、そうだ! 昨日はあのまま歓迎会の準備になっちゃったけど、レオンさんを案内したい場所があるって話、覚えてる?」

 それを聞いて、そういえば昨日の朝にそんなことを言われたのを思い出す。
 あの時は先生からの薬が届いた直後で、そのままドラゴンの所に向かって……。
 治療が済んだので、それを村長さんに報告しに行ったら、そのまま歓迎会をやるという話になったんだったな。
 本来ならあの後、ジュリの行きたい場所について行く予定だったんだ。

「ええ、勿論。覚えていますよ」
「それじゃあせっかくだし、ジーナも連れて『あの場所』に行ってみたいなと思ってるんだけど……」
「ぴえっ……⁉︎」

 小鳥のような小さな悲鳴を上げたのは、未だに母親の影に隠れたままのジーナちゃん。
 アデルさんのスカートをぎゅうっと掴んだ少女は、驚愕の表情で姉を見上げている。

「ジーナも今日は予定無いでしょ?」
「で、でもぉ……」

 渋るジーナちゃんに、アデルさんがそっと背中を押した。

「行ってらっしゃいな、ジーナ。『本当はもっとレオンお兄ちゃんとお話してみたい』って言ってたじゃないの」
「ぴえぇぇっ⁉︎」
「え、そうなんですか?」

 俺が問うと、アデルさんはにこりと笑って頷く。
 思わずジーナちゃんへと視線を向けると、顔を隠してはいるものの、耳が真っ赤になっているのが見えた。
 ほほう……実は影で『レオンお兄ちゃん』なんて呼ばれてたんだな、俺。なんかちょっと嬉しいぞ?

 そういうわけで、ジーナちゃんはお母さんから引き剥がされて、今回のお出かけに強制参加することになった。
 俺としては別に無理はしてほしくないのだが、ジュリの強引さには誰も敵わなかったのである。
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