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22.俺とドラゴンのお別れ
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一滴、また一滴。
ほんの少しその緑と金の液体を垂らすだけで、淡い光に包まれた傷口は、失われたはずの鱗まで綺麗に再生させていく。
その光景に俺は驚きながらも、手を休めずにポーションで傷を癒していった。
「……まだ他に痛む箇所はございますか?」
俺の問いに、ドラゴンは無言で否定する。
どうやらこれで、西の森に迷い込んできたドラゴンは全快したらしい。心なしか、薬を使う前よりも気分が良さそうに見える。
足りなくなるかもと心配していた先生お手製のポーションだったが、ほんの一滴で特大の効果を発揮してくれたお陰で、まだ小瓶の半分ぐらいは残っていた。
俺は一旦それに栓をし直して、懐に仕舞ってドラゴンに向き直る。
傷も無くなり、美しい赤い鱗に覆われたドラゴン。
何が原因で怪我をしたのかは分からないが、これなら無事に元の場所に戻れるはずだろう。
「良かった……」
思わず、そんな呟きが漏れた。
このドラゴンは、見知らぬ森でいつ危険が迫るとも知れない中、孤独に耐え忍ぶしかなかった。
近隣の人間には迷惑がられ、恐れられ……きっと良い気分では無かったはずだ。
でもこれで、このドラゴンは自分の翼で羽ばたいてゆける。
自分の力で……好きな場所へ。
──どこか自分の境遇と重なるドラゴンの今後が、どうか幸福で満ちたものでありますように。
そう願わずには、いられなかった。
*
「それで、そのまま西の森のドラゴンはどこかに飛んで行っちゃったの?」
「ええ。少し名残惜しそうに、何度かこちらを振り返りながら……」
それから俺は、あのドラゴンが森を飛び去っていったことを報告に向かった。
村長さんの家に戻っていたジュリも一緒に、村長さんに事情を説明し終える。
傷が治ったドラゴンは、飛び立つ前にそっと俺の頬に顔を寄せて、寂しそうな目をして去っていった。
村長さんとの約束のタイムリミットよりも早く、事態は終結した……のだが。
たった三日間の付き合いだったとはいえ、互いに好意的な空気の中で同じ時間を共有した。人間とドラゴン。時には敵対する可能性もある種族とはいえ、俺達は穏やかな関係が築けていたように思う。
あのドラゴンとは、もう二度と会うことは無いかもしれない。
……だが、彼も俺と同じように、あの森で過ごした時間を楽しく感じてくれていたのなら……と、思ってしまう。
すると、俺の話を聞いた村長さんが呆れたように溜息をついて、
「まさか、本当にドラゴンを生かして追い払ってしまうとはな……」
と、苦笑を浮かべた。
しかし次の瞬間、村長さんは大笑いをしながらこう言った。
「わっはっはっは! いやはや、お前さんには度肝を抜かれたわい! レオン、お前さんを晴れてこのルルゥカの一員として歓迎しよう。この村の英雄としてな!」
「え、英雄ですか……⁉︎」
「よく考えてみろ。お前さんはドラゴンを傷付けず、この村への被害を出さずに危険を回避したのじゃぞ? あのドラゴンは群れからはぐれた個体のようじゃったが、仮にあれを下手に刺激し仲間を呼ばれでもしておれば、この村は壊滅していたやもしれん」
それを見事に回避した俺は、村の英雄と言っても過言ではない──と、村長さんは言葉を続けた。
……いや、普通に過言じゃないですかね?
とはいえ、ここで本音を漏らしては不味いだろう。そんな大げさな称号を貰っても気恥ずかしいのだが、これだけ喜んでくれるのなら……まあ、うん。お褒めの言葉として受け止めましょうか。ほんと、めちゃくちゃ恥ずかしいけどな……!
「じゃがまあ、最初は冗談半分で頼んでしまった話だったんじゃが……」
ボソリ、と驚愕の事実を漏らした村長さん。
え、冗談混じりだったんですか?
でも確かに、療養したいと言ってる人に頼む内容じゃなかったような……。
まあ、俺が馬車で倒れた日とは違って薬も飲んでるし、あのドラゴンも悪いドラゴンじゃなかったから、戦闘にもならずに済んだんだが。
うん……終わり良ければ全て良し、かな? 楽天的すぎるかもしれないけどさ。
「よし、約束していた空き家へ案内してやろう! ジン、ジュリ、頼めるか?」
「任せとけ、爺さん! 良かったなぁ、レオン。これでアンタもうちの村の仲間入りだ!」
「あの空き家、かなり荒れちゃってるけど近くに畑もあったよね? 何か育ててみたいなら、わたしもお手伝いするからいつでも言って!」
「はい! 皆さん、ありがとうございます」
村長さんに促され、俺達は村の端の方にある空き家へと向かう。
ここは他の家とは少し距離を置いて建てられていて、ジュリの言っていた畑らしきものも確認出来た。
この空き家はかなり昔から放置されていたらしく、畑も手付かずのまま。すっかり乾いた地面が割れていたり、石が転がっていたり、雑草が伸び放題といった状況だ。
今からここを使える状態にまで戻すには、かなり苦労しそうだな。
しかし、農具は村の人達がお古の物を譲ってくれるそうなので、当面はそれらを使って畑を復活させていくことになりそうだ。
そして、空き家の方はというと──
「レオンさんならきっとお爺ちゃんの課題を達成出来るって信じてたから……実はレオンさんに隠れて、お母さんとジーナと交代でこっそり大掃除してたんだよね!」
ジュリの言葉通り、長年放ったらかしにされていたとは思えない程に綺麗な状態だった。
後で彼女達にもお礼を言っておかないといけないな。それに、今日まで俺を教会に泊めてくれた神父さんにも。
部屋数はそこそこで、一人暮らしをするには充分すぎる大きさだ。屋根裏は倉庫にもなっていて、かなりの良質物件だと言えるだろう。
そうして一通り部屋を見て回った後、ふとジンさんに呼び止められた。
「なあレオン、今夜時間あるか?」
「はい、特に予定はありませんが……」
すると、ジンさんとジュリは互いに顔を見合わせて、親子そっくりの笑顔で俺に告げる。
「それじゃあ今夜、集会所でパーっと歓迎会だな!」
「ぜ~ったいに来てよね、レオンさんっ!」
ほんの少しその緑と金の液体を垂らすだけで、淡い光に包まれた傷口は、失われたはずの鱗まで綺麗に再生させていく。
その光景に俺は驚きながらも、手を休めずにポーションで傷を癒していった。
「……まだ他に痛む箇所はございますか?」
俺の問いに、ドラゴンは無言で否定する。
どうやらこれで、西の森に迷い込んできたドラゴンは全快したらしい。心なしか、薬を使う前よりも気分が良さそうに見える。
足りなくなるかもと心配していた先生お手製のポーションだったが、ほんの一滴で特大の効果を発揮してくれたお陰で、まだ小瓶の半分ぐらいは残っていた。
俺は一旦それに栓をし直して、懐に仕舞ってドラゴンに向き直る。
傷も無くなり、美しい赤い鱗に覆われたドラゴン。
何が原因で怪我をしたのかは分からないが、これなら無事に元の場所に戻れるはずだろう。
「良かった……」
思わず、そんな呟きが漏れた。
このドラゴンは、見知らぬ森でいつ危険が迫るとも知れない中、孤独に耐え忍ぶしかなかった。
近隣の人間には迷惑がられ、恐れられ……きっと良い気分では無かったはずだ。
でもこれで、このドラゴンは自分の翼で羽ばたいてゆける。
自分の力で……好きな場所へ。
──どこか自分の境遇と重なるドラゴンの今後が、どうか幸福で満ちたものでありますように。
そう願わずには、いられなかった。
*
「それで、そのまま西の森のドラゴンはどこかに飛んで行っちゃったの?」
「ええ。少し名残惜しそうに、何度かこちらを振り返りながら……」
それから俺は、あのドラゴンが森を飛び去っていったことを報告に向かった。
村長さんの家に戻っていたジュリも一緒に、村長さんに事情を説明し終える。
傷が治ったドラゴンは、飛び立つ前にそっと俺の頬に顔を寄せて、寂しそうな目をして去っていった。
村長さんとの約束のタイムリミットよりも早く、事態は終結した……のだが。
たった三日間の付き合いだったとはいえ、互いに好意的な空気の中で同じ時間を共有した。人間とドラゴン。時には敵対する可能性もある種族とはいえ、俺達は穏やかな関係が築けていたように思う。
あのドラゴンとは、もう二度と会うことは無いかもしれない。
……だが、彼も俺と同じように、あの森で過ごした時間を楽しく感じてくれていたのなら……と、思ってしまう。
すると、俺の話を聞いた村長さんが呆れたように溜息をついて、
「まさか、本当にドラゴンを生かして追い払ってしまうとはな……」
と、苦笑を浮かべた。
しかし次の瞬間、村長さんは大笑いをしながらこう言った。
「わっはっはっは! いやはや、お前さんには度肝を抜かれたわい! レオン、お前さんを晴れてこのルルゥカの一員として歓迎しよう。この村の英雄としてな!」
「え、英雄ですか……⁉︎」
「よく考えてみろ。お前さんはドラゴンを傷付けず、この村への被害を出さずに危険を回避したのじゃぞ? あのドラゴンは群れからはぐれた個体のようじゃったが、仮にあれを下手に刺激し仲間を呼ばれでもしておれば、この村は壊滅していたやもしれん」
それを見事に回避した俺は、村の英雄と言っても過言ではない──と、村長さんは言葉を続けた。
……いや、普通に過言じゃないですかね?
とはいえ、ここで本音を漏らしては不味いだろう。そんな大げさな称号を貰っても気恥ずかしいのだが、これだけ喜んでくれるのなら……まあ、うん。お褒めの言葉として受け止めましょうか。ほんと、めちゃくちゃ恥ずかしいけどな……!
「じゃがまあ、最初は冗談半分で頼んでしまった話だったんじゃが……」
ボソリ、と驚愕の事実を漏らした村長さん。
え、冗談混じりだったんですか?
でも確かに、療養したいと言ってる人に頼む内容じゃなかったような……。
まあ、俺が馬車で倒れた日とは違って薬も飲んでるし、あのドラゴンも悪いドラゴンじゃなかったから、戦闘にもならずに済んだんだが。
うん……終わり良ければ全て良し、かな? 楽天的すぎるかもしれないけどさ。
「よし、約束していた空き家へ案内してやろう! ジン、ジュリ、頼めるか?」
「任せとけ、爺さん! 良かったなぁ、レオン。これでアンタもうちの村の仲間入りだ!」
「あの空き家、かなり荒れちゃってるけど近くに畑もあったよね? 何か育ててみたいなら、わたしもお手伝いするからいつでも言って!」
「はい! 皆さん、ありがとうございます」
村長さんに促され、俺達は村の端の方にある空き家へと向かう。
ここは他の家とは少し距離を置いて建てられていて、ジュリの言っていた畑らしきものも確認出来た。
この空き家はかなり昔から放置されていたらしく、畑も手付かずのまま。すっかり乾いた地面が割れていたり、石が転がっていたり、雑草が伸び放題といった状況だ。
今からここを使える状態にまで戻すには、かなり苦労しそうだな。
しかし、農具は村の人達がお古の物を譲ってくれるそうなので、当面はそれらを使って畑を復活させていくことになりそうだ。
そして、空き家の方はというと──
「レオンさんならきっとお爺ちゃんの課題を達成出来るって信じてたから……実はレオンさんに隠れて、お母さんとジーナと交代でこっそり大掃除してたんだよね!」
ジュリの言葉通り、長年放ったらかしにされていたとは思えない程に綺麗な状態だった。
後で彼女達にもお礼を言っておかないといけないな。それに、今日まで俺を教会に泊めてくれた神父さんにも。
部屋数はそこそこで、一人暮らしをするには充分すぎる大きさだ。屋根裏は倉庫にもなっていて、かなりの良質物件だと言えるだろう。
そうして一通り部屋を見て回った後、ふとジンさんに呼び止められた。
「なあレオン、今夜時間あるか?」
「はい、特に予定はありませんが……」
すると、ジンさんとジュリは互いに顔を見合わせて、親子そっくりの笑顔で俺に告げる。
「それじゃあ今夜、集会所でパーっと歓迎会だな!」
「ぜ~ったいに来てよね、レオンさんっ!」
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