上 下
22 / 55

22.俺とドラゴンのお別れ

しおりを挟む
 一滴、また一滴。
 ほんの少しその緑と金の液体を垂らすだけで、淡い光に包まれた傷口は、失われたはずの鱗まで綺麗に再生させていく。
 その光景に俺は驚きながらも、手を休めずにポーションで傷を癒していった。

「……まだ他に痛む箇所はございますか?」

 俺の問いに、ドラゴンは無言で否定する。
 どうやらこれで、西の森に迷い込んできたドラゴンは全快したらしい。心なしか、薬を使う前よりも気分が良さそうに見える。
 足りなくなるかもと心配していた先生お手製のポーションだったが、ほんの一滴で特大の効果を発揮してくれたお陰で、まだ小瓶の半分ぐらいは残っていた。
 俺は一旦それに栓をし直して、懐に仕舞ってドラゴンに向き直る。
 傷も無くなり、美しい赤い鱗に覆われたドラゴン。
 何が原因で怪我をしたのかは分からないが、これなら無事に元の場所に戻れるはずだろう。

「良かった……」

 思わず、そんな呟きが漏れた。
 このドラゴンは、見知らぬ森でいつ危険が迫るとも知れない中、孤独に耐え忍ぶしかなかった。
 近隣の人間には迷惑がられ、恐れられ……きっと良い気分では無かったはずだ。
 でもこれで、このドラゴンは自分の翼で羽ばたいてゆける。

 自分の力で……好きな場所へ。

 ──どこか自分の境遇と重なるドラゴンの今後が、どうか幸福で満ちたものでありますように。

 そう願わずには、いられなかった。



 *



「それで、そのまま西の森のドラゴンはどこかに飛んで行っちゃったの?」
「ええ。少し名残惜しそうに、何度かこちらを振り返りながら……」

 それから俺は、あのドラゴンが森を飛び去っていったことを報告に向かった。
 村長さんの家に戻っていたジュリも一緒に、村長さんに事情を説明し終える。

 傷が治ったドラゴンは、飛び立つ前にそっと俺の頬に顔を寄せて、寂しそうな目をして去っていった。
 村長さんとの約束のタイムリミットよりも早く、事態は終結した……のだが。
 たった三日間の付き合いだったとはいえ、互いに好意的な空気の中で同じ時間を共有した。人間とドラゴン。時には敵対する可能性もある種族とはいえ、俺達は穏やかな関係が築けていたように思う。
 あのドラゴンとは、もう二度と会うことは無いかもしれない。
 ……だが、彼も俺と同じように、あの森で過ごした時間を楽しく感じてくれていたのなら……と、思ってしまう。

 すると、俺の話を聞いた村長さんが呆れたように溜息をついて、

「まさか、本当にドラゴンを生かして追い払ってしまうとはな……」

 と、苦笑を浮かべた。
 しかし次の瞬間、村長さんは大笑いをしながらこう言った。

「わっはっはっは! いやはや、お前さんには度肝を抜かれたわい! レオン、お前さんを晴れてこのルルゥカの一員として歓迎しよう。この村の英雄としてな!」
「え、英雄ですか……⁉︎」
「よく考えてみろ。お前さんはドラゴンを傷付けず、この村への被害を出さずに危険を回避したのじゃぞ? あのドラゴンは群れからはぐれた個体のようじゃったが、仮にあれを下手に刺激し仲間を呼ばれでもしておれば、この村は壊滅していたやもしれん」

 それを見事に回避した俺は、村の英雄と言っても過言ではない──と、村長さんは言葉を続けた。
 ……いや、普通に過言じゃないですかね?
 とはいえ、ここで本音を漏らしては不味いだろう。そんな大げさな称号を貰っても気恥ずかしいのだが、これだけ喜んでくれるのなら……まあ、うん。お褒めの言葉として受け止めましょうか。ほんと、めちゃくちゃ恥ずかしいけどな……!

「じゃがまあ、最初は冗談半分で頼んでしまった話だったんじゃが……」

 ボソリ、と驚愕の事実を漏らした村長さん。
 え、冗談混じりだったんですか?
 でも確かに、療養したいと言ってる人に頼む内容じゃなかったような……。
 まあ、俺が馬車で倒れた日とは違って薬も飲んでるし、あのドラゴンも悪いドラゴンじゃなかったから、戦闘にもならずに済んだんだが。
 うん……終わり良ければ全て良し、かな? 楽天的すぎるかもしれないけどさ。

「よし、約束していた空き家へ案内してやろう! ジン、ジュリ、頼めるか?」
「任せとけ、爺さん! 良かったなぁ、レオン。これでアンタもうちの村の仲間入りだ!」
「あの空き家、かなり荒れちゃってるけど近くに畑もあったよね? 何か育ててみたいなら、わたしもお手伝いするからいつでも言って!」
「はい! 皆さん、ありがとうございます」

 村長さんに促され、俺達は村の端の方にある空き家へと向かう。

 ここは他の家とは少し距離を置いて建てられていて、ジュリの言っていた畑らしきものも確認出来た。
 この空き家はかなり昔から放置されていたらしく、畑も手付かずのまま。すっかり乾いた地面が割れていたり、石が転がっていたり、雑草が伸び放題といった状況だ。
 今からここを使える状態にまで戻すには、かなり苦労しそうだな。
 しかし、農具は村の人達がお古の物を譲ってくれるそうなので、当面はそれらを使って畑を復活させていくことになりそうだ。
 そして、空き家の方はというと──

「レオンさんならきっとお爺ちゃんの課題を達成出来るって信じてたから……実はレオンさんに隠れて、お母さんとジーナと交代でこっそり大掃除してたんだよね!」

 ジュリの言葉通り、長年放ったらかしにされていたとは思えない程に綺麗な状態だった。
 後で彼女達にもお礼を言っておかないといけないな。それに、今日まで俺を教会に泊めてくれた神父さんにも。
 部屋数はそこそこで、一人暮らしをするには充分すぎる大きさだ。屋根裏は倉庫にもなっていて、かなりの良質物件だと言えるだろう。
 そうして一通り部屋を見て回った後、ふとジンさんに呼び止められた。

「なあレオン、今夜時間あるか?」
「はい、特に予定はありませんが……」

 すると、ジンさんとジュリは互いに顔を見合わせて、親子そっくりの笑顔で俺に告げる。

「それじゃあ今夜、集会所でパーっと歓迎会だな!」
「ぜ~ったいに来てよね、レオンさんっ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族で異世界転生!!

arice
ファンタジー
普通の高校生が神のミスで死亡し異世界へ シリアス?あるわけ無い! ギャグ?面白い訳が無い! テンプレ?ぶっ壊してやる! テンプレ破壊ワールドで無双するかもしれない主人公をよろしく! ------------------------------------------ 縦書きの方が、文章がスッキリして読みやすいと思うので縦書きで読むことをお勧めします。 エブリスタから、移行した作品でございます! 読みやすいようにはしますが、いかんせん文章力が欠如してるので読みにくいかもです。 エブリスタ用で書いたので、短めにはなりますが楽しんで頂ければ幸いです。 挿絵等、書いてくれると嬉しいです!挿絵、表紙、応援イラストなどはこちらまで→@Alpha_arice フォロー等もお願いします!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】悪役令嬢と言われている私が殿下に婚約解消をお願いした結果、幸せになりました。

月空ゆうい
ファンタジー
「婚約を解消してほしいです」  公爵令嬢のガーベラは、虚偽の噂が広まってしまい「悪役令嬢」と言われている。こんな私と婚約しては殿下は幸せになれないと思った彼女は、婚約者であるルーカス殿下に婚約解消をお願いした。そこから始まる、ざまぁありのハッピーエンド。 一応、R15にしました。本編は全5話です。 番外編を不定期更新する予定です!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

処理中です...