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第6章 逆風を追い風にして
3.反逆の吸血鬼
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リアンさんのパートナーである、三年生のルーク・エリオール。
彼の正体は、千年以上前から生きる魔族の一種──吸血鬼だった。
「ボクは魔族の中でも上位にあたる吸血鬼。キミ達でいう貴族と同じようなものだって言えば、分かりやすいかな」
ルークさんと私は生徒指導室の机を挟んで向かい合い、彼の言葉の続きを待つ。
「ボクのフルネームは、カルサノーラ・ルーク・フェルマリエ・エリオール。長くて面倒臭いからルークって名乗ってるけど、それはどうでも良いとして……ボクはずっと昔、まだこの世界に魔族が大勢生きていた頃に、エリオールの家を飛び出した」
そこから先の話は、以前夢で見た内容そのままだった。
白い花の咲く丘のある地で少女と出会い、巫女として旅立つ彼女の為、魔王に牙を向けると誓った男。
それが彼の、千年前の決断だ。
「当時のボクは、今みたいな子供の姿じゃなくてね。もっと背が高い、ちゃんとした大人だったんだよ」
「それなら何故、今はそのようなお姿に……?」
「呪いだよ。ボクは数少ない魔王軍への反乱分子と共に、カノジョ──巫女エルーレと勇者、その仲間達と協力して戦った。その時に受けた呪いが、今もボクの身体を縛り付けているんだ」
ルークさんが受けた呪いは、肉体の年齢を強制的に若返らせるもの。
単に若返りだけであれば、筋力が落ちた子供の姿になるだけで済んだ。
けれども、事はそんなに単純ではなかったのだ。
「吸血鬼というのは、年齢の積み重ねがとても重要な意味を持つんだ。人間と同じスピードで子供から大人へ成長すると、その後は美しくあり続ける為に老化が止まる」
「容姿の美しさで人を惑わせ、その血を得る為……ですわね」
「うん、その通り。血液というのは、ボクら吸血鬼にとっての食料であると同時に、魔力を蓄えるポーションのような役割も備えててね。そうして血を吸い、身体に蓄えて強くなっていく」
ルークさんは、勇敢に戦った。
誇り高き吸血鬼として。
巫女エルーレとの約束を果たすべく、全力で戦った。
「……でも、流石に相手が相手だ。魔王と正面切って戦ったんだけど、ボクの力じゃどうにもならない程強力な呪いを受けて、この有様ってワケさ」
魔王の呪いによる肉体の若返りには、とんでもない作用があったのだ。
「それまでに溜め込んだ魔力を無かった事にされて、ボクは一気に戦力外。子供の吸血鬼なんかじゃ、とてもじゃないけどあんな軍団とは戦えなかったよ」
「……心中お察し致します。ですがルークさん。それなのに今の貴方は、少しだけですがお身体に変化がありますわ。その理由について、何か心当たりがあるのではありませんこと?」
一ヶ月と少しで伸びたにしては、長すぎるように思う黒髪。
身長だって伸びている。
「理由は分かる。この変化の原因は、キミの持つ魔力だろう」
「私の……魔力、ですか?」
「大森林でのクリストフとの戦いの後、魔力切れを起こしたボクにキミが魔力を注いだでしょ? あの時、とても懐かしい感覚がしたんだ。エルーレと同じ、女神の巫女の魔力……。それを、キミから確かに感じたんだ」
言われてみれば、あの時の状況は異常だったと思う。
必死に彼の中に私の魔力を流し込んでいると、白い光に包まれていた。
そして、命の危機に晒されていたルークさんの口から漏れた『懐かしい光』という言葉。
まさか、千年も前に途絶えた巫女の力を、私が発揮したとでも言うのだろうか。
「巫女と同じ時代を生きたボクが言うんだから、絶対に間違いは無い。レティシア、キミは千年振りに現れた新たな巫女だ!」
ルークさんはそう言って、勢い良く立ち上がる。
「エルーレが施した封印は千年の時を経て劣化している。そのせいでボク以外の吸血鬼、クリストフが現れたんだ。それを予期していた女神が力を与えたのがレティシア──キミなんだよ」
「わ、私が女神の巫女だなんて……そんなの信じられませんわ!」
「それでもキミが巫女なんだ! あの時の魔力の光は、エルーレのものによく似た温かい光だった!」
彼は続けて、当時に起きた出来事を語り出した。
ルークさんが魔王の呪いを受けたその直後、巫女は勇者と共に、封印の儀式を執り行った。
魔王討伐ではなく、封印。
それは、彼女達では魔王とその軍勢を倒し切れないと判断した──最後の手段だったという。
「エルーレは魔族の大陸ごと魔王達を封印した。……だけどそれは、単なる時間稼ぎに過ぎなかった」
「何故魔王を倒せないと思われたのでしょう……。巫女様も勇者様もいらっしゃったのなら、それは可能だったのではないのですか?」
「そうするしか……無かったんだよ」
ルークさんは、苦虫を噛み潰したような悲痛な面持ちで、振り絞るように声を発した。
「太古に女神が遺したとされるそれらの武器があれば、どんな邪悪な魔族でも倒せる……はずだった」
「そ、そんな……まさか……!」
「……神器の一つは、エルーレが。もう一つは勇者……シーグが持っていた。だけど、確かに武器を揃えたはずなのに……倒せなかったんだよ……!!」
バンッ! と拳を長机に叩き付けるルークさん。
私は彼のその姿と声を見聞きしているだけで、胸の中が酷く掻き乱されるようだった。
「……エルーレは孤島の神殿で女神の信託を受けて、勇者とされる若者と島を旅立ったんだ。そこからは魔王を倒す為の修行と、女神シャルヴレアの遺した、神の力を宿す杖と槍を手に入れたんだ」
その旅の途中でルークさんはエルーレさんと再会し、彼と同じく魔王と戦う決意を固めた部下数名と行動を共にしたという。
「女神の武器は、間違い無く魔王にダメージを与えていた。でもそれは、致命傷を与える程のものじゃなかったんだ」
「どうして、そんな事が……」
「ボクもそれがずっと疑問だった。けれども、もう魔王との戦いはあれ以上長引かせられなかった。地上は少しずつ闇に呑まれ始めていて、今更他の方法を探している余裕なんて残されちゃいなかった」
だから彼女は、最後の手段を選ばざるを得なかった。
「……だからこそ、杖と槍に宿った女神の力と、エルーレの全魔力。それらを使い切って、カノジョは魔族大陸を封印した」
「全魔力を……!? そんな事をしたら巫女様は……!」
「その命を投げ出して……死んだ」
──涙が、止まらなかった。
夢でしか見た事のない巫女、エルーレ。
彼女はごく平凡な生まれの、ごく普通の少女だった。
好きな人と結ばれて、幸せな生活をする事を夢見ていた。
それなのに彼女は、自分の命と引き換えに、世界を護る事を選んでしまった。
嗚咽を漏らして泣き出した私を前に、ルークさんは声を震わせながら言う。
「……カノジョが残してくれた時間を、無駄にするワケにはいかない。ボクは魔王との戦いで生き残った仲間と一緒に、今度こそ魔王を倒す方法を死に物狂いで探し始めた」
その戦いのすぐ後、勇者は巫女を死なせてしまった罪悪感からか、姿を消してしまったらしい。
無理もない。勇者として選ばれ、彼女と旅をしてきたその全てが通用しなかったのだから。
残ったルークさんは、ありとあらゆる学者達に協力を仰ぎ、女神の伝承を調べ上げた。
魔族だと言う事が知られないよう、身分を偽り続けながら……千年も。
「……二百年ぐらい前だったかな。とある学者が見付けた遺跡に、古代文字が刻まれた石版があったんだ」
古代文字といっても、数千年も生きられる吸血鬼のルークさんからしてみれば、慣れ親しんだ文字だった。
その石版には、こう刻まれていたという。
『悪しき魔の権化現れし時、星の女神の力宿りし神器を揃えよ。星の女神のななつ星、魔の権化に永遠の眠りをもたらさん』
「女神はエルーレに、神器を揃えよとしか伝えていなかった。星の女神とはシャルヴレアの事で間違い無い。気になったのは『ななつ星』という言葉だ」
「……っ、ななつ星とは……神器の事、でしょうか……」
気を紛らわそうと深呼吸をして、涙を止めようと試みる。
するとルークさんは隣にやって来て、私の頭を子供をあやすように数度撫でた。
「多分そうだね。シャルヴレアのななつ星といえば、有名な星座の事だ」
秋と冬の狭間に見られる、一際輝く七つの星が織りなす星座。
それこそが、『シャルヴレアのななつ星』と呼ばれている。
ルークは机に背を向けてもたれ掛かった。
「その石版の言葉に出会うまで、ボクはずっと勘違いをしたままだった。女神の武器は二つじゃない。全部で七つ──シャルヴレアのななつ星と同じ数を揃えなきゃ、本当の能力は目覚めなかったんだ」
それから彼は、残る五つの神器を探す旅に出た。
子供の姿での一人旅は何かと面倒だったけれど、時折当時の仲間と情報共有をしながら、今日まで探し続けている。
「この国は何かと女神に縁のある土地柄だ。だから、ボクは国のトップレベルの学校を出れば何かと利用価値のありそうな人間関係が作れるかなと思って、ここに入学してね。そしたらたまげた事に、キミと出会った。巫女の力を持つキミに」
千年も神器について調べまわった、彼の言葉。
今なら少しだけ、本当に私に巫女の素質があるのではないかと思えてくる。
「エルーレが持っていた杖は、巫女にしか扱えない。シーグの槍も、彼と同じ勇者として相応しい人間にしか操れないんだ」
「残る五つは、どうなったのですか?」
「二つはお城の宝物庫にあったよ。王様にこの話をしたら、もしかしたら神器があるかもしれないって見せてくれたんだ」
「では、残りの三つの神器は……」
「それらしい武器の話は聞いた事があるけど、確かめられてないんだよねぇ」
そう言うと、ルークさんは椅子に座る私の目線に合わせて腰を曲げた。
「だから、夏休みを利用してそれを確かめに行きたいんだ!」
「ほ、本当ですの?」
「本当さ! 討伐遠征先に選んだアルマティアナの近くは獣王国ガルフェリアのすぐ近くだし、王様に話を聞きに行く絶好のチャンスだと思うんだ」
「ガルフェリアの国王陛下にですか!?」
「だってほら、そこにも神器があるなら貰ってこないといけないでしょ?」
「いけないでしょって……」
彼のとんでもない発言に、調子が狂わされる。
けれど、そのお陰で気持ちが少し落ち着いたのは事実だった。
「魔王の復活が間近だって話は、もうルディエル王から各国に伝えられてる。秘密裏にね」
「国民に知られれば、パニックどころの騒ぎではありませんものね……」
「そ。だからボクは、王様から魔王軍対策のアドバイザーに任命されてね~。巫女候補の護衛もその仕事の内だから、これからもっと会う機会が増える事になるね!」
「み、巫女候補ですか……」
「自覚が無いみたいだから、直接言ってもらった方が話が早いと思うんだよね。だからアルマティアナに行くついでに、もう一つ行きたい場所があるんだ」
「行きたい場所?」
するとルークさんは、つい何分か前までの暗い面持ちとは一変した笑顔を向ける。
「エルーレが居た孤島の神殿だよ! そこで直接、シャルヴレアの信託受けちゃおう!」
「お気楽な雰囲気で言っておりますけれど、信託を受けるだなんて私には……!」
「大丈夫大丈夫~! キミの魔力が巫女のものであるのは間違いないって、ボクの身体が証明してるからね! 魔王の呪いなんていう大きな闇の力を祓えるのは、巫女の力だけ!」
「私があの時出した白い魔力が、巫女の力だったのですか?」
「そうともさ!」
本当ならばすぐにでも呪いを完全に解いてほしいそうなのだけれど、試しにあの時と同じように彼に魔力を送っても、特に変化は見られなかった。
「あの時は何かの作用で一時的に力が目覚めて、ボクに掛けられた呪いの一部が祓われたんだと思う。それなら女神様に直接話をして、レティシアが正式な巫女になれば……」
「あの力を使いこなせるようになる、と?」
「その可能性が高い。だから……どうかボクを、元のイケてるお兄さんに戻してほしい! お願い、レティシア!」
「え、ええと……」
自称イケてるお兄さんが、軽い口調でそんな重いお願いをしてきて良いのかしら……?
けれども、彼が困っているのは事実だものね。
本当に私にしか彼の呪いを解けないのであれば、手助けしない理由は無い。
千年振りに現れた、魔王の呪いへの唯一の解決手段なのだから。
「……分かりましたわ。私に出来る事なのでしたら、協力させて下さいませ」
「ありがとうレティシア! 今世界で一番優しさに溢れてるのはキミだと断言出来るよ! 本当にありがとう!」
彼は全力でお礼を口にしながら、私の両手を掴んでブンブンと握手を繰り返す。
これが本当に魔族の貴族の、イケてるお兄さんなのかしら……。
そんな疑問をどうにか押し込めて、私は曖昧な笑顔を浮かべ、彼の気が済むまで握手に付き合った。
彼の正体は、千年以上前から生きる魔族の一種──吸血鬼だった。
「ボクは魔族の中でも上位にあたる吸血鬼。キミ達でいう貴族と同じようなものだって言えば、分かりやすいかな」
ルークさんと私は生徒指導室の机を挟んで向かい合い、彼の言葉の続きを待つ。
「ボクのフルネームは、カルサノーラ・ルーク・フェルマリエ・エリオール。長くて面倒臭いからルークって名乗ってるけど、それはどうでも良いとして……ボクはずっと昔、まだこの世界に魔族が大勢生きていた頃に、エリオールの家を飛び出した」
そこから先の話は、以前夢で見た内容そのままだった。
白い花の咲く丘のある地で少女と出会い、巫女として旅立つ彼女の為、魔王に牙を向けると誓った男。
それが彼の、千年前の決断だ。
「当時のボクは、今みたいな子供の姿じゃなくてね。もっと背が高い、ちゃんとした大人だったんだよ」
「それなら何故、今はそのようなお姿に……?」
「呪いだよ。ボクは数少ない魔王軍への反乱分子と共に、カノジョ──巫女エルーレと勇者、その仲間達と協力して戦った。その時に受けた呪いが、今もボクの身体を縛り付けているんだ」
ルークさんが受けた呪いは、肉体の年齢を強制的に若返らせるもの。
単に若返りだけであれば、筋力が落ちた子供の姿になるだけで済んだ。
けれども、事はそんなに単純ではなかったのだ。
「吸血鬼というのは、年齢の積み重ねがとても重要な意味を持つんだ。人間と同じスピードで子供から大人へ成長すると、その後は美しくあり続ける為に老化が止まる」
「容姿の美しさで人を惑わせ、その血を得る為……ですわね」
「うん、その通り。血液というのは、ボクら吸血鬼にとっての食料であると同時に、魔力を蓄えるポーションのような役割も備えててね。そうして血を吸い、身体に蓄えて強くなっていく」
ルークさんは、勇敢に戦った。
誇り高き吸血鬼として。
巫女エルーレとの約束を果たすべく、全力で戦った。
「……でも、流石に相手が相手だ。魔王と正面切って戦ったんだけど、ボクの力じゃどうにもならない程強力な呪いを受けて、この有様ってワケさ」
魔王の呪いによる肉体の若返りには、とんでもない作用があったのだ。
「それまでに溜め込んだ魔力を無かった事にされて、ボクは一気に戦力外。子供の吸血鬼なんかじゃ、とてもじゃないけどあんな軍団とは戦えなかったよ」
「……心中お察し致します。ですがルークさん。それなのに今の貴方は、少しだけですがお身体に変化がありますわ。その理由について、何か心当たりがあるのではありませんこと?」
一ヶ月と少しで伸びたにしては、長すぎるように思う黒髪。
身長だって伸びている。
「理由は分かる。この変化の原因は、キミの持つ魔力だろう」
「私の……魔力、ですか?」
「大森林でのクリストフとの戦いの後、魔力切れを起こしたボクにキミが魔力を注いだでしょ? あの時、とても懐かしい感覚がしたんだ。エルーレと同じ、女神の巫女の魔力……。それを、キミから確かに感じたんだ」
言われてみれば、あの時の状況は異常だったと思う。
必死に彼の中に私の魔力を流し込んでいると、白い光に包まれていた。
そして、命の危機に晒されていたルークさんの口から漏れた『懐かしい光』という言葉。
まさか、千年も前に途絶えた巫女の力を、私が発揮したとでも言うのだろうか。
「巫女と同じ時代を生きたボクが言うんだから、絶対に間違いは無い。レティシア、キミは千年振りに現れた新たな巫女だ!」
ルークさんはそう言って、勢い良く立ち上がる。
「エルーレが施した封印は千年の時を経て劣化している。そのせいでボク以外の吸血鬼、クリストフが現れたんだ。それを予期していた女神が力を与えたのがレティシア──キミなんだよ」
「わ、私が女神の巫女だなんて……そんなの信じられませんわ!」
「それでもキミが巫女なんだ! あの時の魔力の光は、エルーレのものによく似た温かい光だった!」
彼は続けて、当時に起きた出来事を語り出した。
ルークさんが魔王の呪いを受けたその直後、巫女は勇者と共に、封印の儀式を執り行った。
魔王討伐ではなく、封印。
それは、彼女達では魔王とその軍勢を倒し切れないと判断した──最後の手段だったという。
「エルーレは魔族の大陸ごと魔王達を封印した。……だけどそれは、単なる時間稼ぎに過ぎなかった」
「何故魔王を倒せないと思われたのでしょう……。巫女様も勇者様もいらっしゃったのなら、それは可能だったのではないのですか?」
「そうするしか……無かったんだよ」
ルークさんは、苦虫を噛み潰したような悲痛な面持ちで、振り絞るように声を発した。
「太古に女神が遺したとされるそれらの武器があれば、どんな邪悪な魔族でも倒せる……はずだった」
「そ、そんな……まさか……!」
「……神器の一つは、エルーレが。もう一つは勇者……シーグが持っていた。だけど、確かに武器を揃えたはずなのに……倒せなかったんだよ……!!」
バンッ! と拳を長机に叩き付けるルークさん。
私は彼のその姿と声を見聞きしているだけで、胸の中が酷く掻き乱されるようだった。
「……エルーレは孤島の神殿で女神の信託を受けて、勇者とされる若者と島を旅立ったんだ。そこからは魔王を倒す為の修行と、女神シャルヴレアの遺した、神の力を宿す杖と槍を手に入れたんだ」
その旅の途中でルークさんはエルーレさんと再会し、彼と同じく魔王と戦う決意を固めた部下数名と行動を共にしたという。
「女神の武器は、間違い無く魔王にダメージを与えていた。でもそれは、致命傷を与える程のものじゃなかったんだ」
「どうして、そんな事が……」
「ボクもそれがずっと疑問だった。けれども、もう魔王との戦いはあれ以上長引かせられなかった。地上は少しずつ闇に呑まれ始めていて、今更他の方法を探している余裕なんて残されちゃいなかった」
だから彼女は、最後の手段を選ばざるを得なかった。
「……だからこそ、杖と槍に宿った女神の力と、エルーレの全魔力。それらを使い切って、カノジョは魔族大陸を封印した」
「全魔力を……!? そんな事をしたら巫女様は……!」
「その命を投げ出して……死んだ」
──涙が、止まらなかった。
夢でしか見た事のない巫女、エルーレ。
彼女はごく平凡な生まれの、ごく普通の少女だった。
好きな人と結ばれて、幸せな生活をする事を夢見ていた。
それなのに彼女は、自分の命と引き換えに、世界を護る事を選んでしまった。
嗚咽を漏らして泣き出した私を前に、ルークさんは声を震わせながら言う。
「……カノジョが残してくれた時間を、無駄にするワケにはいかない。ボクは魔王との戦いで生き残った仲間と一緒に、今度こそ魔王を倒す方法を死に物狂いで探し始めた」
その戦いのすぐ後、勇者は巫女を死なせてしまった罪悪感からか、姿を消してしまったらしい。
無理もない。勇者として選ばれ、彼女と旅をしてきたその全てが通用しなかったのだから。
残ったルークさんは、ありとあらゆる学者達に協力を仰ぎ、女神の伝承を調べ上げた。
魔族だと言う事が知られないよう、身分を偽り続けながら……千年も。
「……二百年ぐらい前だったかな。とある学者が見付けた遺跡に、古代文字が刻まれた石版があったんだ」
古代文字といっても、数千年も生きられる吸血鬼のルークさんからしてみれば、慣れ親しんだ文字だった。
その石版には、こう刻まれていたという。
『悪しき魔の権化現れし時、星の女神の力宿りし神器を揃えよ。星の女神のななつ星、魔の権化に永遠の眠りをもたらさん』
「女神はエルーレに、神器を揃えよとしか伝えていなかった。星の女神とはシャルヴレアの事で間違い無い。気になったのは『ななつ星』という言葉だ」
「……っ、ななつ星とは……神器の事、でしょうか……」
気を紛らわそうと深呼吸をして、涙を止めようと試みる。
するとルークさんは隣にやって来て、私の頭を子供をあやすように数度撫でた。
「多分そうだね。シャルヴレアのななつ星といえば、有名な星座の事だ」
秋と冬の狭間に見られる、一際輝く七つの星が織りなす星座。
それこそが、『シャルヴレアのななつ星』と呼ばれている。
ルークは机に背を向けてもたれ掛かった。
「その石版の言葉に出会うまで、ボクはずっと勘違いをしたままだった。女神の武器は二つじゃない。全部で七つ──シャルヴレアのななつ星と同じ数を揃えなきゃ、本当の能力は目覚めなかったんだ」
それから彼は、残る五つの神器を探す旅に出た。
子供の姿での一人旅は何かと面倒だったけれど、時折当時の仲間と情報共有をしながら、今日まで探し続けている。
「この国は何かと女神に縁のある土地柄だ。だから、ボクは国のトップレベルの学校を出れば何かと利用価値のありそうな人間関係が作れるかなと思って、ここに入学してね。そしたらたまげた事に、キミと出会った。巫女の力を持つキミに」
千年も神器について調べまわった、彼の言葉。
今なら少しだけ、本当に私に巫女の素質があるのではないかと思えてくる。
「エルーレが持っていた杖は、巫女にしか扱えない。シーグの槍も、彼と同じ勇者として相応しい人間にしか操れないんだ」
「残る五つは、どうなったのですか?」
「二つはお城の宝物庫にあったよ。王様にこの話をしたら、もしかしたら神器があるかもしれないって見せてくれたんだ」
「では、残りの三つの神器は……」
「それらしい武器の話は聞いた事があるけど、確かめられてないんだよねぇ」
そう言うと、ルークさんは椅子に座る私の目線に合わせて腰を曲げた。
「だから、夏休みを利用してそれを確かめに行きたいんだ!」
「ほ、本当ですの?」
「本当さ! 討伐遠征先に選んだアルマティアナの近くは獣王国ガルフェリアのすぐ近くだし、王様に話を聞きに行く絶好のチャンスだと思うんだ」
「ガルフェリアの国王陛下にですか!?」
「だってほら、そこにも神器があるなら貰ってこないといけないでしょ?」
「いけないでしょって……」
彼のとんでもない発言に、調子が狂わされる。
けれど、そのお陰で気持ちが少し落ち着いたのは事実だった。
「魔王の復活が間近だって話は、もうルディエル王から各国に伝えられてる。秘密裏にね」
「国民に知られれば、パニックどころの騒ぎではありませんものね……」
「そ。だからボクは、王様から魔王軍対策のアドバイザーに任命されてね~。巫女候補の護衛もその仕事の内だから、これからもっと会う機会が増える事になるね!」
「み、巫女候補ですか……」
「自覚が無いみたいだから、直接言ってもらった方が話が早いと思うんだよね。だからアルマティアナに行くついでに、もう一つ行きたい場所があるんだ」
「行きたい場所?」
するとルークさんは、つい何分か前までの暗い面持ちとは一変した笑顔を向ける。
「エルーレが居た孤島の神殿だよ! そこで直接、シャルヴレアの信託受けちゃおう!」
「お気楽な雰囲気で言っておりますけれど、信託を受けるだなんて私には……!」
「大丈夫大丈夫~! キミの魔力が巫女のものであるのは間違いないって、ボクの身体が証明してるからね! 魔王の呪いなんていう大きな闇の力を祓えるのは、巫女の力だけ!」
「私があの時出した白い魔力が、巫女の力だったのですか?」
「そうともさ!」
本当ならばすぐにでも呪いを完全に解いてほしいそうなのだけれど、試しにあの時と同じように彼に魔力を送っても、特に変化は見られなかった。
「あの時は何かの作用で一時的に力が目覚めて、ボクに掛けられた呪いの一部が祓われたんだと思う。それなら女神様に直接話をして、レティシアが正式な巫女になれば……」
「あの力を使いこなせるようになる、と?」
「その可能性が高い。だから……どうかボクを、元のイケてるお兄さんに戻してほしい! お願い、レティシア!」
「え、ええと……」
自称イケてるお兄さんが、軽い口調でそんな重いお願いをしてきて良いのかしら……?
けれども、彼が困っているのは事実だものね。
本当に私にしか彼の呪いを解けないのであれば、手助けしない理由は無い。
千年振りに現れた、魔王の呪いへの唯一の解決手段なのだから。
「……分かりましたわ。私に出来る事なのでしたら、協力させて下さいませ」
「ありがとうレティシア! 今世界で一番優しさに溢れてるのはキミだと断言出来るよ! 本当にありがとう!」
彼は全力でお礼を口にしながら、私の両手を掴んでブンブンと握手を繰り返す。
これが本当に魔族の貴族の、イケてるお兄さんなのかしら……。
そんな疑問をどうにか押し込めて、私は曖昧な笑顔を浮かべ、彼の気が済むまで握手に付き合った。
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