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本日二度目の謁見の間へとやってきたエマ。
先程は速やかに開かれた扉が今度は開かれず、エマは扉を守る兵士を見る。
その視線を受けた兵士は苦笑を浮かべ、扉をちらりと見た。
なるほど、既に中は熱戦が繰り広げられているようだ。甲高い声が分厚いはずの扉越しに聞こえてくる。
「あら…お元気ですね」
「エマ様、お覚悟を。かなり憤っておられますので…」
どうやら兵の話では謁見の間へ入る時からぷりぷりと怒っていたらしい。
はぁ、と小さく深呼吸し、エマは兵に頷く。
それを合図に扉が開かれれば、何かが飛んでくるのがわかり、エマは咄嗟に自らの前に防御壁を張った。魔力で練り上げられた壁の向こうで壺のようなものが砕け、その更に向こうで驚きを隠せない様子でこちらを見る者達の姿が見えた。
「ああ、高そうな壺…。咄嗟の事で魔力の調整が出来ませんでした。申し訳ありません、陛下」
「…それは投げた方が悪いからな。お前は気にしなくていい、エマ」
割れた壺の破片を見てつぶやき頭を下げ一礼するエマに、ハッとしたようにルイスは口を開く。彼の周りは未だあっけとしているものが多い。
エマが魔術に秀でていることは事前に聞いていた。魔力の高さも感じ取っていた。けれど、その口ぶりは、調整が可能ならば壺が割れぬように防御壁を作り出すことが出来ると言っているようなものだ。
「あんな一瞬で……あんなに強固な防護壁を…」
「すごい瞬発力…エマ、すごいじゃない!」
ルークとルイナの言葉にエマは恐れ入ります、と微笑んでから視線を動かしルイスを見る。
「壺を投げたうっかりさんはどなたですか?」
「え?ああ……彼女だよ。アイリー・レイス嬢だ」
問いに答えるルイスの視線を追い、そちらに向けば、肩で息をしている金髪の美しい少女が立っていた。
そんなアイリーの姿を認めれば、エマはそちらへ向かい彼女の目の前に立ち一礼した。
「お初にお目に掛かります、アイリー様。エマ・ローズにございます。せっかくお呼び頂きましたのに、遅れての参上、申し訳ありませんでした」
顔を上げにこりと微笑むエマに、アイリーは厳しい目を向ける。
「……アイリー・レイスよ。貴女がエマね…。陛下も元老院の方々も、なぜ貴女のようなちんちくりんを選んだのかしら。どう考えたって見たって、家柄も容姿も私の方が上じゃない」
「ちんちくりん……。確かに私は、アイリー様のように美しくありません」
「エマは可愛い系だからな。魔族だけど天使だからな」
「家柄も、伯爵家の私より侯爵家のアイリー様の方が位は上です」
「教養は爵位とは関係なさそうだけどなぁ」
「あなた、お静かになさいませ」
エマの言葉の合間に口を挟むルイスに、マリアはおっとりと微笑みながらやんわりと窘める。そんなマリアに目配せで礼を伝え、エマはアイリーに目を向ける。
「けれど、どんな事情があったとしても、万が一のことを考え、行動をするということは未来の皇妃に必要なスキルかと思います」
「な……」
「あなたの投げた壺が万が一、陛下やマリア様、ルーク様やルイナ様に当たってしまったら?」
ペラペラとよく喋るエマに強い憤りを感じていたアイリーであったが、エマのその言葉にハッとして顔色を変える。
「皇族の皆様に当たらないとしても、周りの兵士の方々や給仕の皆さんにあたって怪我をさせてしまったら?」
「兵や給仕……?当たったところで何なのよ。代わりなんていくらでも……」
「いません」
はっ、と鼻で笑い腕を組むアイリーに、エマは間髪入れずピシャリと言い切る。
「例えば今箒を持ってきてくれた彼女は、小さな双子を育て支える母です。それを手伝う彼は、今年兵になったばかりで、遠くに住む両親に毎月仕送りをしています。そんな彼らは料理や掃除、剣技や魔術のエキスパートです。誰一人、欠けていい人なんて、ここにもどこにもいないんです」
「エマ様……」
エマは城に来てたったの数日。それなのにここまで使用人たちの事情を知っていることに一同驚いた。
元々なつっこく、人に隔てを作らない性格ではあるが、ここまで身分に関係なく様々なもの達と交流しているとは思わなかったようだ。
引き合いに出された使用人や兵も、嬉しそうにエマを見て涙ぐみながら微笑んだ。
「全ての国民が国を作ります。そして使用人や兵が国を導く皇族の方々を支えます。そんな方々を蔑ろにするような方が皇妃になれるとお思いですか?」
「……黙って聞いていれば…生意気なのよ貴女…!」
その問いに、アイリーは肩を震わせ、キッとエマを睨みつける。
エマはその視線に怯むことなく、真っ直ぐにアイリーを見た。
これで何かが伝わればいいと思っては見たものの、アイリーは激昂するばかりで、その視線も逆効果だったようだ。
「なんで……何であんたなんかが殿下の婚約者なのよっ!!私だったのに…私だったのに!!」
叫びながら、アイリーはその手のひらを振りかざす。
同じ魔族とはいえ、人に魔力を使う危険性を考えればエマは防御壁を繰り出す訳には行かない。
どうすべきか判断がおくれ、アイリーの手のひらが振り落ちてくるのが分かり、エマは目をぎゅっと閉じた。
先程は速やかに開かれた扉が今度は開かれず、エマは扉を守る兵士を見る。
その視線を受けた兵士は苦笑を浮かべ、扉をちらりと見た。
なるほど、既に中は熱戦が繰り広げられているようだ。甲高い声が分厚いはずの扉越しに聞こえてくる。
「あら…お元気ですね」
「エマ様、お覚悟を。かなり憤っておられますので…」
どうやら兵の話では謁見の間へ入る時からぷりぷりと怒っていたらしい。
はぁ、と小さく深呼吸し、エマは兵に頷く。
それを合図に扉が開かれれば、何かが飛んでくるのがわかり、エマは咄嗟に自らの前に防御壁を張った。魔力で練り上げられた壁の向こうで壺のようなものが砕け、その更に向こうで驚きを隠せない様子でこちらを見る者達の姿が見えた。
「ああ、高そうな壺…。咄嗟の事で魔力の調整が出来ませんでした。申し訳ありません、陛下」
「…それは投げた方が悪いからな。お前は気にしなくていい、エマ」
割れた壺の破片を見てつぶやき頭を下げ一礼するエマに、ハッとしたようにルイスは口を開く。彼の周りは未だあっけとしているものが多い。
エマが魔術に秀でていることは事前に聞いていた。魔力の高さも感じ取っていた。けれど、その口ぶりは、調整が可能ならば壺が割れぬように防御壁を作り出すことが出来ると言っているようなものだ。
「あんな一瞬で……あんなに強固な防護壁を…」
「すごい瞬発力…エマ、すごいじゃない!」
ルークとルイナの言葉にエマは恐れ入ります、と微笑んでから視線を動かしルイスを見る。
「壺を投げたうっかりさんはどなたですか?」
「え?ああ……彼女だよ。アイリー・レイス嬢だ」
問いに答えるルイスの視線を追い、そちらに向けば、肩で息をしている金髪の美しい少女が立っていた。
そんなアイリーの姿を認めれば、エマはそちらへ向かい彼女の目の前に立ち一礼した。
「お初にお目に掛かります、アイリー様。エマ・ローズにございます。せっかくお呼び頂きましたのに、遅れての参上、申し訳ありませんでした」
顔を上げにこりと微笑むエマに、アイリーは厳しい目を向ける。
「……アイリー・レイスよ。貴女がエマね…。陛下も元老院の方々も、なぜ貴女のようなちんちくりんを選んだのかしら。どう考えたって見たって、家柄も容姿も私の方が上じゃない」
「ちんちくりん……。確かに私は、アイリー様のように美しくありません」
「エマは可愛い系だからな。魔族だけど天使だからな」
「家柄も、伯爵家の私より侯爵家のアイリー様の方が位は上です」
「教養は爵位とは関係なさそうだけどなぁ」
「あなた、お静かになさいませ」
エマの言葉の合間に口を挟むルイスに、マリアはおっとりと微笑みながらやんわりと窘める。そんなマリアに目配せで礼を伝え、エマはアイリーに目を向ける。
「けれど、どんな事情があったとしても、万が一のことを考え、行動をするということは未来の皇妃に必要なスキルかと思います」
「な……」
「あなたの投げた壺が万が一、陛下やマリア様、ルーク様やルイナ様に当たってしまったら?」
ペラペラとよく喋るエマに強い憤りを感じていたアイリーであったが、エマのその言葉にハッとして顔色を変える。
「皇族の皆様に当たらないとしても、周りの兵士の方々や給仕の皆さんにあたって怪我をさせてしまったら?」
「兵や給仕……?当たったところで何なのよ。代わりなんていくらでも……」
「いません」
はっ、と鼻で笑い腕を組むアイリーに、エマは間髪入れずピシャリと言い切る。
「例えば今箒を持ってきてくれた彼女は、小さな双子を育て支える母です。それを手伝う彼は、今年兵になったばかりで、遠くに住む両親に毎月仕送りをしています。そんな彼らは料理や掃除、剣技や魔術のエキスパートです。誰一人、欠けていい人なんて、ここにもどこにもいないんです」
「エマ様……」
エマは城に来てたったの数日。それなのにここまで使用人たちの事情を知っていることに一同驚いた。
元々なつっこく、人に隔てを作らない性格ではあるが、ここまで身分に関係なく様々なもの達と交流しているとは思わなかったようだ。
引き合いに出された使用人や兵も、嬉しそうにエマを見て涙ぐみながら微笑んだ。
「全ての国民が国を作ります。そして使用人や兵が国を導く皇族の方々を支えます。そんな方々を蔑ろにするような方が皇妃になれるとお思いですか?」
「……黙って聞いていれば…生意気なのよ貴女…!」
その問いに、アイリーは肩を震わせ、キッとエマを睨みつける。
エマはその視線に怯むことなく、真っ直ぐにアイリーを見た。
これで何かが伝わればいいと思っては見たものの、アイリーは激昂するばかりで、その視線も逆効果だったようだ。
「なんで……何であんたなんかが殿下の婚約者なのよっ!!私だったのに…私だったのに!!」
叫びながら、アイリーはその手のひらを振りかざす。
同じ魔族とはいえ、人に魔力を使う危険性を考えればエマは防御壁を繰り出す訳には行かない。
どうすべきか判断がおくれ、アイリーの手のひらが振り落ちてくるのが分かり、エマは目をぎゅっと閉じた。
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