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ゲイルは本日、城へ泊まり明日帰るらしい。エマは午後からも授業のため、ゲイルとは夕飯を食べる約束をし、ルイスへ無礼を謝ってから部屋を辞した。
「何だか……どっと疲れた…」
小さく息を吐きながら歩いていれば、訓練が終わったのだろうか、騎士団の面々が歩いているのが見えた。
騎士団に宿舎はあるのだが、何故か食堂が併設されておらず、騎士団の団員たちは後宮内の食堂を利用している。
後宮の防犯上あまり人の出入りが頻繁でない方がいいと思うのだが、ルイスの信頼を得ていると言う誇りを持った騎士団員たちが後宮内で重大な問題を起こしたことは未だ無かった。
そんなことを教えてもらったな、と考えながら彼らを見ていればやはり何故かレオンの姿を探し、見つけてしまう。
なんでだろうと考えてみるも、その思考を直ぐに振り払う。
レオンの容姿も、かなり人目を引くものだ。烏の濡れ羽のようなサラサラの黒髪にアクアマリンのような青い瞳。けれど左目は光り輝く星が散らされた銀河のような美しさである。細身でありながらも均整の取れたその体躯に触れたいと心ときめかす女性は少なくない。
「ん?エマー」
レオンを見ながらそんなことを思っていれば、レオンと目が合い呼びかけられた。
エマが微笑み軽く頭を下げれば、レオンは同僚に一言告げてからこちらへ掛けてきた。
同僚から離れる際に何か言われたのか、笑いながら走り出す姿はまだ少年のようなあどけなさも持っている。
「レオンさん」
「よ。さっきぶり」
エマに呼びかけられれば、レオンは思わず嬉しそうに表情筋を弛めてしまう。エマに出会ってからというもの、彼もまたエマの姿を探し、見つけては愛おしそうな視線を向けているのだった。
「訓練お疲れ様でした。あの後、大丈夫でした?」
「んー、まぁな。俺は大丈夫。ルークが怒りすぎてやばかったけど」
目の前に立つレオンを見上げ、エマはくすくす笑う。
そんなエマにレオンも笑みを浮かべれば、親父さん来たんだって?と問いかける。
「はい、突然で驚きました。でも、数日しか経ってはいませんけど、父の顔を見られて嬉しかったです」
「そっか、良かったなぁ、っつか、親父さん陛下の胸ぐら掴んだってマジ?」
レオンの言葉に、もうそこまで話が拡がっているのか、と苦笑しつつもエマは頷く。
「はい。陛下は笑って許してくださいましたけど…私は身も凍る思いでした……」
「エマの親父さんは本当にエマが大事なんだな。ダチとはいえ陛下相手に啖呵切れるなんて…。こりゃエマ、結婚とか彼氏とかだーいぶ先になりそうだな」
「私もそれを懸念しています…。これでも年頃なので興味はあるんですよ?」
一つ年上ではあるが、同年代のルイナは恋に盛ん。領地にいた頃もちらほらと恋の話は出ていた。
その頃は特に恋愛などは物語の中のもので自分には縁がないものと思っていたが、最近は父以外の男性と話す機会が増えたからか、僅かながら興味が湧いてきたようだ。
「興味…ふぅん?なら、俺がその恋のお相手致しましょうか?お嬢様…」
小首を傾げるエマの顎を指先でクイと上げ、笑みを向ける。
その笑みは、普段エマが見るレオンの笑みとは違う、艶めいたものに感じた。背筋がぞくりと粟立ち、腹の奥がきゅう、と引き締まる。身体中の血液が顔に集まってきたのかと思うほど、頬が熱くなった。
「レオンさ…」
エマはレオンを見上げたまま頬を真っ赤に染める。その表情に、レオンは何やら幸せそうに微笑み、エマの赤くなった頬を撫でた。
「マジ……可愛い…」
「そん、な……からかわないでください」
目を逸らし、一歩下がろうとするエマから離れまいとレオンも一歩進む。
「からかってなんかねぇよ。俺、マジだから」
「へ……」
レオンのその言葉に、エマは目を見開き彼を見上げる。
「ふっ、目ん玉零れ落ちそ。なぁ、エマ、俺さ……本当にお前のこと」
好き。
その言葉は、エマの耳に届くどころか、レオンの口から出ることもなかった。
「アイリー・レイス様ご来場にございます!エマ・ローズ様、謁見の間にてご同席願います!!」
客人を告げる声が鳴り響き、その音にレオンも声を飲み込んだのである。
「マジかよ……今いいとこ……」
「アイリー…レイス、様……」
エマの顔面蒼白の呟きに、レオンは大丈夫かと問いかけたが、直ぐにその顔色の原因に思い当たる。
「そうか、レイス嬢っつーと、ルークの元婚約者か」
「ご存知だったんですね。今日は父と言い……お客様が沢山です」
苦笑混じりのエマ。父の来訪は驚きはあるものの嬉しいものであったが、アイリーの来訪は嫌な予感以外しないのであろう。
レオンは心配そうに眉を寄せたあと、それを吹き飛ばすように笑う。
「よっしゃ!大丈夫だエマ!俺が護衛してやる!」
「レオンさん。ご飯が先です。騎士団は体が基本。ちゃんと食べてください」
「はい……」
ピシャリと断られ、レオンはエマに見送られつつ、泣く泣く元来た道を戻っていくのであった。
「……ありがとうございます。レオンさん」
エマがその笑顔に勇気づけられた事には気付かぬままに。
「何だか……どっと疲れた…」
小さく息を吐きながら歩いていれば、訓練が終わったのだろうか、騎士団の面々が歩いているのが見えた。
騎士団に宿舎はあるのだが、何故か食堂が併設されておらず、騎士団の団員たちは後宮内の食堂を利用している。
後宮の防犯上あまり人の出入りが頻繁でない方がいいと思うのだが、ルイスの信頼を得ていると言う誇りを持った騎士団員たちが後宮内で重大な問題を起こしたことは未だ無かった。
そんなことを教えてもらったな、と考えながら彼らを見ていればやはり何故かレオンの姿を探し、見つけてしまう。
なんでだろうと考えてみるも、その思考を直ぐに振り払う。
レオンの容姿も、かなり人目を引くものだ。烏の濡れ羽のようなサラサラの黒髪にアクアマリンのような青い瞳。けれど左目は光り輝く星が散らされた銀河のような美しさである。細身でありながらも均整の取れたその体躯に触れたいと心ときめかす女性は少なくない。
「ん?エマー」
レオンを見ながらそんなことを思っていれば、レオンと目が合い呼びかけられた。
エマが微笑み軽く頭を下げれば、レオンは同僚に一言告げてからこちらへ掛けてきた。
同僚から離れる際に何か言われたのか、笑いながら走り出す姿はまだ少年のようなあどけなさも持っている。
「レオンさん」
「よ。さっきぶり」
エマに呼びかけられれば、レオンは思わず嬉しそうに表情筋を弛めてしまう。エマに出会ってからというもの、彼もまたエマの姿を探し、見つけては愛おしそうな視線を向けているのだった。
「訓練お疲れ様でした。あの後、大丈夫でした?」
「んー、まぁな。俺は大丈夫。ルークが怒りすぎてやばかったけど」
目の前に立つレオンを見上げ、エマはくすくす笑う。
そんなエマにレオンも笑みを浮かべれば、親父さん来たんだって?と問いかける。
「はい、突然で驚きました。でも、数日しか経ってはいませんけど、父の顔を見られて嬉しかったです」
「そっか、良かったなぁ、っつか、親父さん陛下の胸ぐら掴んだってマジ?」
レオンの言葉に、もうそこまで話が拡がっているのか、と苦笑しつつもエマは頷く。
「はい。陛下は笑って許してくださいましたけど…私は身も凍る思いでした……」
「エマの親父さんは本当にエマが大事なんだな。ダチとはいえ陛下相手に啖呵切れるなんて…。こりゃエマ、結婚とか彼氏とかだーいぶ先になりそうだな」
「私もそれを懸念しています…。これでも年頃なので興味はあるんですよ?」
一つ年上ではあるが、同年代のルイナは恋に盛ん。領地にいた頃もちらほらと恋の話は出ていた。
その頃は特に恋愛などは物語の中のもので自分には縁がないものと思っていたが、最近は父以外の男性と話す機会が増えたからか、僅かながら興味が湧いてきたようだ。
「興味…ふぅん?なら、俺がその恋のお相手致しましょうか?お嬢様…」
小首を傾げるエマの顎を指先でクイと上げ、笑みを向ける。
その笑みは、普段エマが見るレオンの笑みとは違う、艶めいたものに感じた。背筋がぞくりと粟立ち、腹の奥がきゅう、と引き締まる。身体中の血液が顔に集まってきたのかと思うほど、頬が熱くなった。
「レオンさ…」
エマはレオンを見上げたまま頬を真っ赤に染める。その表情に、レオンは何やら幸せそうに微笑み、エマの赤くなった頬を撫でた。
「マジ……可愛い…」
「そん、な……からかわないでください」
目を逸らし、一歩下がろうとするエマから離れまいとレオンも一歩進む。
「からかってなんかねぇよ。俺、マジだから」
「へ……」
レオンのその言葉に、エマは目を見開き彼を見上げる。
「ふっ、目ん玉零れ落ちそ。なぁ、エマ、俺さ……本当にお前のこと」
好き。
その言葉は、エマの耳に届くどころか、レオンの口から出ることもなかった。
「アイリー・レイス様ご来場にございます!エマ・ローズ様、謁見の間にてご同席願います!!」
客人を告げる声が鳴り響き、その音にレオンも声を飲み込んだのである。
「マジかよ……今いいとこ……」
「アイリー…レイス、様……」
エマの顔面蒼白の呟きに、レオンは大丈夫かと問いかけたが、直ぐにその顔色の原因に思い当たる。
「そうか、レイス嬢っつーと、ルークの元婚約者か」
「ご存知だったんですね。今日は父と言い……お客様が沢山です」
苦笑混じりのエマ。父の来訪は驚きはあるものの嬉しいものであったが、アイリーの来訪は嫌な予感以外しないのであろう。
レオンは心配そうに眉を寄せたあと、それを吹き飛ばすように笑う。
「よっしゃ!大丈夫だエマ!俺が護衛してやる!」
「レオンさん。ご飯が先です。騎士団は体が基本。ちゃんと食べてください」
「はい……」
ピシャリと断られ、レオンはエマに見送られつつ、泣く泣く元来た道を戻っていくのであった。
「……ありがとうございます。レオンさん」
エマがその笑顔に勇気づけられた事には気付かぬままに。
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