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ゲイルの来訪を告げられ、昼食を早めに切り上げたエマは小走りで父が通されたという謁見の間へ向かう。後ろからはルイナが着いてきているようだが、彼女の足取りはゆったりとしたものである。
城内を守る兵士たちに軽く会釈しながら向かっていれば、顔見知りになってきた彼らも会釈を返してくれたり、年長の兵士たちは手を振ってくれたりする。
謁見の間へとたどり着けば、扉を守る兵士がエマの姿を認めて自ずと開けてくれた。
そんな兵士に礼を伝え部屋に入れば、繰り広げられている光景にエマは愕然とした。
「お父様!?陛下になんてことなさるんですか!!」
そこには、偉大なる皇帝陛下であるルイスの胸ぐらを、未だかつて見た事のない凶悪な表情で睨みつけている父、ゲイルの姿があった。
周りの重臣たちはアワアワとした様子ではあるが、ゲイルも伯爵。さらにルイスの幼なじみ故に簡単に止めに入ることが出来ぬようで、両手を宙でばたつかせるに留まっていた。
「こっちは何も聞いてないぞ!?泣く泣く見送った娘が突然皇太子妃になると聞かされたこっちの身にもなってみろ!!本人からでなく城からの手紙だぞ手紙!紙切れひとつで知らされたんだぞこっちは!」
「落ち着けゲイル」
「落ち着いてられるか!」
「お父様!!」
最初のエマの呼び掛けは、怒りに身を任せていたからかルイスに詰め寄ったままであったが、二度目の呼び掛けにはさすがに気づいたようだ。
「エマ…!」
先程の鬼の形相(魔族だが)はどこへやら、エマの姿を見た途端花が飛び散らんばかりの笑みを浮かべ最愛の娘に駆け寄り抱きしめた。
「お父様…」
城内の人は皆優しく、日々勉学などに忙しく過ごしていたため気づかなかったが、ゲイルの温もりと香りに一気に寂しさが溢れ、思わずほっとしてしがみついてしまう。
涙声混じりのエマの様子に、ゲイルはそっとエマの頭を撫で、娘の顔を覗き込んだ。
懸命に涙を堪えるエマ。もう十五歳と思っていたが、まだ十五歳なのだと改めて思う。
「エマ、ここでの暮らしはどうだい?」
「はい、皆さんお優しくて、勉学も為になることばかりで、充実した日々を送らせていただいています」
溜まった涙を軽く拭い問いかければ、にこりとした笑みと共にエマは頷く。そんなエマに笑みを浮かべたままウンウンと頷くが、ゲイルは視線をルイスに向け表情を険しくした。
「おい、ルイス」
「なんだ?ゲイル」
「どれっだけルーク皇子が優秀だろうが、俺はエマを嫁には出さんからな。お前の決定だろうが元老院の決定だろうが、絶対に嫁には出さん!」
腰に片手を当てつつビシッと指を指してくるゲイルの言葉に、ルイスは肩を竦め小さく息をついた。
「お前、それを言うためだけに来たのか?」
「娘の一大事だからな。エマ、お前は今回のことをどう思ってるんだい?」
「私は…よく分かりません。男性に恋をしたこともありませんし、でも、私たちは自由に結婚できる方が少ないとも思っていますし…」
小首を傾げるエマに、可愛いと静かに悶えつつゲイルは何度も頷く。
「まだ恋愛は早いと思うが、エマには幸せな恋と結婚をして欲しいと願っている。だから…この子の相手を決めるのはこの子自身であって、お前ら元老院じゃないんだよ、ルイス」
「…はぁ、ったく。お前の親バカには負けた」
小さく息をつき、ルイスはゲイルを見る。
ゲイルとの付き合いは二十年より長いが、まさかここまで親バカに変貌してしまうとは思いもよらなかった。
確かにエマは出会ったばかりのルイスですら庇護欲をかきたてられ、息子のルークもまた彼女を守りたいと思い始めているようではある。他人ですらそうなのだから、実の親ともなればその思いはことさら強いのであろう。
「よし、諦めたか」
「いや、ここ数日エマを見ていて確信した。俺はエマこそルークの妻、そして我がフローレンス皇国の時期皇妃に相応しいと思っている。お前が認めるまで、諦めんぞ」
「な…はぁ!?」
高らかに宣うルイスに、ゲイルは呆れたように息をつき、額に手を当てる。
ゲイルもまた、ルイスが言い出したらよっぽどのことがない限り意見を覆さない男だということも知っている。
エマが無意識に人を魅了してしまうことも、父であるゲイルはよくわかっている。
ルイスもまた、エマのその未知なる魅力に惹かれてしまったのだろう。
「一生認めんからな」
「一生諦めんからな」
父親二人の火花散る視線を眺めながら、エマは自らの婚期が遠のいていくのをひたひたと感じるのであった。
城内を守る兵士たちに軽く会釈しながら向かっていれば、顔見知りになってきた彼らも会釈を返してくれたり、年長の兵士たちは手を振ってくれたりする。
謁見の間へとたどり着けば、扉を守る兵士がエマの姿を認めて自ずと開けてくれた。
そんな兵士に礼を伝え部屋に入れば、繰り広げられている光景にエマは愕然とした。
「お父様!?陛下になんてことなさるんですか!!」
そこには、偉大なる皇帝陛下であるルイスの胸ぐらを、未だかつて見た事のない凶悪な表情で睨みつけている父、ゲイルの姿があった。
周りの重臣たちはアワアワとした様子ではあるが、ゲイルも伯爵。さらにルイスの幼なじみ故に簡単に止めに入ることが出来ぬようで、両手を宙でばたつかせるに留まっていた。
「こっちは何も聞いてないぞ!?泣く泣く見送った娘が突然皇太子妃になると聞かされたこっちの身にもなってみろ!!本人からでなく城からの手紙だぞ手紙!紙切れひとつで知らされたんだぞこっちは!」
「落ち着けゲイル」
「落ち着いてられるか!」
「お父様!!」
最初のエマの呼び掛けは、怒りに身を任せていたからかルイスに詰め寄ったままであったが、二度目の呼び掛けにはさすがに気づいたようだ。
「エマ…!」
先程の鬼の形相(魔族だが)はどこへやら、エマの姿を見た途端花が飛び散らんばかりの笑みを浮かべ最愛の娘に駆け寄り抱きしめた。
「お父様…」
城内の人は皆優しく、日々勉学などに忙しく過ごしていたため気づかなかったが、ゲイルの温もりと香りに一気に寂しさが溢れ、思わずほっとしてしがみついてしまう。
涙声混じりのエマの様子に、ゲイルはそっとエマの頭を撫で、娘の顔を覗き込んだ。
懸命に涙を堪えるエマ。もう十五歳と思っていたが、まだ十五歳なのだと改めて思う。
「エマ、ここでの暮らしはどうだい?」
「はい、皆さんお優しくて、勉学も為になることばかりで、充実した日々を送らせていただいています」
溜まった涙を軽く拭い問いかければ、にこりとした笑みと共にエマは頷く。そんなエマに笑みを浮かべたままウンウンと頷くが、ゲイルは視線をルイスに向け表情を険しくした。
「おい、ルイス」
「なんだ?ゲイル」
「どれっだけルーク皇子が優秀だろうが、俺はエマを嫁には出さんからな。お前の決定だろうが元老院の決定だろうが、絶対に嫁には出さん!」
腰に片手を当てつつビシッと指を指してくるゲイルの言葉に、ルイスは肩を竦め小さく息をついた。
「お前、それを言うためだけに来たのか?」
「娘の一大事だからな。エマ、お前は今回のことをどう思ってるんだい?」
「私は…よく分かりません。男性に恋をしたこともありませんし、でも、私たちは自由に結婚できる方が少ないとも思っていますし…」
小首を傾げるエマに、可愛いと静かに悶えつつゲイルは何度も頷く。
「まだ恋愛は早いと思うが、エマには幸せな恋と結婚をして欲しいと願っている。だから…この子の相手を決めるのはこの子自身であって、お前ら元老院じゃないんだよ、ルイス」
「…はぁ、ったく。お前の親バカには負けた」
小さく息をつき、ルイスはゲイルを見る。
ゲイルとの付き合いは二十年より長いが、まさかここまで親バカに変貌してしまうとは思いもよらなかった。
確かにエマは出会ったばかりのルイスですら庇護欲をかきたてられ、息子のルークもまた彼女を守りたいと思い始めているようではある。他人ですらそうなのだから、実の親ともなればその思いはことさら強いのであろう。
「よし、諦めたか」
「いや、ここ数日エマを見ていて確信した。俺はエマこそルークの妻、そして我がフローレンス皇国の時期皇妃に相応しいと思っている。お前が認めるまで、諦めんぞ」
「な…はぁ!?」
高らかに宣うルイスに、ゲイルは呆れたように息をつき、額に手を当てる。
ゲイルもまた、ルイスが言い出したらよっぽどのことがない限り意見を覆さない男だということも知っている。
エマが無意識に人を魅了してしまうことも、父であるゲイルはよくわかっている。
ルイスもまた、エマのその未知なる魅力に惹かれてしまったのだろう。
「一生認めんからな」
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