天使な伯爵令嬢は不良近衛騎士兵に恋します

綾峰由宇

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馬車を降り、玄関と称するにはあまりにも大きな扉が開かれれば、正面に設けられた大きな階段までカーペットを挟みメイドたちが列を成し、一様に頭を下げてエマを迎えていた。
伯爵家でありながら素朴な生活を好み、召使いも必要な人数しか雇っていなかった上に、召使いと言えど家族のように過ごしてきたエマにとって、この光景はただただ圧巻であった。

「陛下がお待ちです。応接間へご案内致します」

階段の裾まで歩きよれば、燕尾の執事服に身を包んだ男性が一歩出てエマへ再度頭を垂れる。
そのまま歩き出す彼に、メイベルも続き三人で歩き出した。
応接間へと向かう間にも、食堂や本城への渡り廊下などの道を合わせて教えてもらう。
外からは複雑そうに見えたが、場内はシンメトリー構造になっており、部屋の並びと階数さえ間違えなければ迷子の心配はある程度大丈夫そうである。

「お城の中って…静かなんですね。陛下の御家族しかいらっしゃらないからでしょうか?」

エマの言葉に執事は微笑み頷く。

「それもあるかもしれませんが、本日は騎士団の訓練も休み故に余計にかと」

近衛兵が多く所属する騎士団の訓練所は、本城と後宮の近くに備え付けられているようだ。皇帝陛下の身辺を守るための兵団なのだから納得の位置関係ではある。

「騎士団…」

エマが繰り返すように呟くと、メイベルが足を止め振り返ってエマを見た。その目つきは少しばかり怖い。

「近衛騎士団は身元確かなものたちで編成され、現在は皇太子殿下であらせられるルーク様が陣頭指揮を取られておりますが、全ての兵士が品行方正とまではいかず、素行の宜しくないものもわずかながら在籍しております。あまり近づかない方が賢明かと」

何か騎士団の団員に困らされていることでもあるのだろうか。苦々しくエマに警告するメイベルに気圧され、エマは僅かに身を引きながらも二度頷く。メイベルの背後では執事が苦笑を浮かべている。と言うことはメイベルの騎士団に対する態度はいつものことなのだろう。
エマの反応に満足したのか、メイベルはそっと微笑み、また踵を返し応接間への道を歩み始めた。

このエマという少女は、肩書きこそ伯爵令嬢ではあるが、まさに自由奔放天真爛漫が板に着いた朗らかな女の子である。
十五年間過保護ではあったもののわりかし自由に育てられ、勉強も令嬢たちによくある家庭教師などではなく、身分関係なく領地の子供たちと共に学校へ通っていた。
田舎の良家育ちのお嬢様という清純さとおっとり感は当然あり、好奇心も人並み、もしかしたらそれ以上にある。
近付くな、と言われてしまったら、ほんの少し一目でも見たくなるのが人の、子供の性ではなかろうか。
とは言え、今は尊敬すべき皇帝陛下を待たせている。己の心のままに振舞っていい場所といけない場所の分別は当然持っている。好奇心をググッと押さえつけ、エマは執事とメイベルに続き応接間へと向かうのであった。

「…なぁ、あんな金髪の子いたっけ?」
「ああ、候補生だろ?陛下直々に呼び付けた子らしいぞ」
「ってことはルークの?」
「殿下って呼べよ。…ああ、かもな」
「……ふぅん、かぁわいいじゃん?」

そんなエマたちを遠目に見ている瞳があることなど露知らず、エマは豪奢な城に目を輝かせているのであった。
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