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いつだったか父が言っていた。
私は神に愛された子なのだと。
「どこが…?」
鏡台の前に座り、自らの姿にため息をつく一人の少女。
名はエマ・ローズ。その家名が現すとおり、薔薇が名産品である領地を統括する領主の娘である。
伯爵という爵位を父親が授かっており、いわゆる伯爵令嬢であるが、田舎育ちのためか奔放な性格も併せ持っている。
傍から見ればその身分に相応しいなんとも愛らしい少女であることに違いないのだが、本人はそう思わないらしい。
腰まで伸びた金髪。エメラルドを思わせる緑色の瞳、完璧と言わざるを得ない左右対称に整った目鼻立ちは、領地内のみならず、国内の少女達の憧れの的でもあった。
それなのに、本人は自らの容姿に全くといっていいほど自信を持っていないのであった。
「エマ」
「お父様」
「準備は捗っているかい?」
「はい、確りと」
「しっかり…そうか、そんなに…はりきって……」
扉のノックとともに現れたのは、エマの父。
ローズ地方の領主であり、エマを神に愛された子と称し、彼女を目に入れても痛くないほどに溺愛する自他ともに認める親バカ。
その名もゲイル・ローズ伯爵である。
エマの言葉にがっくりと肩を落とすゲイルにため息し、エマは部屋の隅に置かれた荷物の山を見る。
もう少し荷物を減らした方がいいかもしれない。
そんなことを思いながら鏡台から立ち上がった。
エマは、もう間もなく王都の方へ留学という名の行儀見習いに行くのである。
彼らの暮らす国【フローレンス皇国】は貴族階級の子供たちの中から数年に一度、魔力、知力、体力に秀でたものを王都に呼び寄せ特別な教育を施し、後の皇国の中枢を担う傑物を育てようという試みをしている。
選考方法は試験であったり、現在の政治の中枢である元老院達の会議で決められたりと様々であるが、今回選び抜かれたエマは皇帝の一声で決まったらしい。
実際に宣旨があったのは三年前のことだが、当時エマは十二歳。幼すぎるとゲイルが皇帝に直談判し、留学は延期とされた。
この三年の間に他の候補生が現れエマのことは忘れて欲しいというゲイルの願いはついぞ叶わず、半年前、エマが十五歳の誕生日を迎えた暁には王都に留学を、と再度の宣旨が届き、今度ばかりは断りきれぬとゲイルは泣く泣くそれを受け入れたのだった。
「お父様、そう毎日泣かずとも…」
留学が決まってからは早かった。あっという間に日取りが決まり、城には既にエマの部屋も教育係も整っているというのだ。
その知らせが届く度にゲイルは咽び泣き、エマはその度に小さく息をつくのである。
「アイツめ…この三年の間に諦めてくれりゃ良かったものを…!自慢してエマの写真を何百枚も送るんじゃなかった!」
「自業自得ですね」
「エマ、今からでも遅くない!お前が嫌というのなら断っても」
「行きます。と、何度も言ってます」
食い気味に答えるエマ。この問答も、もう何十…いや、何百と繰り返され、エマ自身少々うんざりしている。
皇帝陛下とゲイルは旧知の仲のようで、他の者なら畏れ多いと口にすることすらはばかられる事をぽんぽんと口にするものだから、小心者を自負しているエマには心が保つか今から心配している。
とはいえ、王都へ向かうのはエマひとりなのではあるが。
「エマ…向こうに行ってなにかほんっの少しでも嫌なことがあったらすぐに帰ってきていいんだからな?むしろ今少しでも懸念があるなら行く必要な……」
「行きます。と、何っ度と、言ってい・ま・す!」
しつこい。
と言葉の外の笑みに込めれば、ゲイルは次の言葉は飲み込み小さくため息をついた。
「エマ…」
「私はお父様の娘です。少々のことではへこたれませんし、一度やると決めたことはやり遂げます。さすがに懸念は少々ありますが、そこは陛下も理解してくださっているんですよね?」
エマの言葉に、ゲイルは心配そうな表情は崩さず深く頷く。
「ああ、お前の魔力のことは全て話してある。制御するための装具も準備するそうだ。……それだけ、期待されてるんだよな」
「期待が大きすぎる気がしてプレッシャーではありますが…。王都でしっかりと勉学に励み、お父様のお手伝いができるようになりたいんです。ですから、お父様には心配より応援をして欲しいです」
可愛い可愛い娘の健気な言葉にいたく感激したゲイルは、そのまま涙目でエマを抱きしめる。
「ありがとうエマ。うん、解った。頑張っておいで!僕はずっとここで君を応援しながら待ってるよ」
「はい。ありがとうございます、お父様。私、頑張ってきます」
父の応援を背に受け、エマは数日後王都からの迎えの馬車に乗り、号泣で見送る父とそんな夫に苦笑混じりの母に見送られ、王都へと旅立ったのであった。
私は神に愛された子なのだと。
「どこが…?」
鏡台の前に座り、自らの姿にため息をつく一人の少女。
名はエマ・ローズ。その家名が現すとおり、薔薇が名産品である領地を統括する領主の娘である。
伯爵という爵位を父親が授かっており、いわゆる伯爵令嬢であるが、田舎育ちのためか奔放な性格も併せ持っている。
傍から見ればその身分に相応しいなんとも愛らしい少女であることに違いないのだが、本人はそう思わないらしい。
腰まで伸びた金髪。エメラルドを思わせる緑色の瞳、完璧と言わざるを得ない左右対称に整った目鼻立ちは、領地内のみならず、国内の少女達の憧れの的でもあった。
それなのに、本人は自らの容姿に全くといっていいほど自信を持っていないのであった。
「エマ」
「お父様」
「準備は捗っているかい?」
「はい、確りと」
「しっかり…そうか、そんなに…はりきって……」
扉のノックとともに現れたのは、エマの父。
ローズ地方の領主であり、エマを神に愛された子と称し、彼女を目に入れても痛くないほどに溺愛する自他ともに認める親バカ。
その名もゲイル・ローズ伯爵である。
エマの言葉にがっくりと肩を落とすゲイルにため息し、エマは部屋の隅に置かれた荷物の山を見る。
もう少し荷物を減らした方がいいかもしれない。
そんなことを思いながら鏡台から立ち上がった。
エマは、もう間もなく王都の方へ留学という名の行儀見習いに行くのである。
彼らの暮らす国【フローレンス皇国】は貴族階級の子供たちの中から数年に一度、魔力、知力、体力に秀でたものを王都に呼び寄せ特別な教育を施し、後の皇国の中枢を担う傑物を育てようという試みをしている。
選考方法は試験であったり、現在の政治の中枢である元老院達の会議で決められたりと様々であるが、今回選び抜かれたエマは皇帝の一声で決まったらしい。
実際に宣旨があったのは三年前のことだが、当時エマは十二歳。幼すぎるとゲイルが皇帝に直談判し、留学は延期とされた。
この三年の間に他の候補生が現れエマのことは忘れて欲しいというゲイルの願いはついぞ叶わず、半年前、エマが十五歳の誕生日を迎えた暁には王都に留学を、と再度の宣旨が届き、今度ばかりは断りきれぬとゲイルは泣く泣くそれを受け入れたのだった。
「お父様、そう毎日泣かずとも…」
留学が決まってからは早かった。あっという間に日取りが決まり、城には既にエマの部屋も教育係も整っているというのだ。
その知らせが届く度にゲイルは咽び泣き、エマはその度に小さく息をつくのである。
「アイツめ…この三年の間に諦めてくれりゃ良かったものを…!自慢してエマの写真を何百枚も送るんじゃなかった!」
「自業自得ですね」
「エマ、今からでも遅くない!お前が嫌というのなら断っても」
「行きます。と、何度も言ってます」
食い気味に答えるエマ。この問答も、もう何十…いや、何百と繰り返され、エマ自身少々うんざりしている。
皇帝陛下とゲイルは旧知の仲のようで、他の者なら畏れ多いと口にすることすらはばかられる事をぽんぽんと口にするものだから、小心者を自負しているエマには心が保つか今から心配している。
とはいえ、王都へ向かうのはエマひとりなのではあるが。
「エマ…向こうに行ってなにかほんっの少しでも嫌なことがあったらすぐに帰ってきていいんだからな?むしろ今少しでも懸念があるなら行く必要な……」
「行きます。と、何っ度と、言ってい・ま・す!」
しつこい。
と言葉の外の笑みに込めれば、ゲイルは次の言葉は飲み込み小さくため息をついた。
「エマ…」
「私はお父様の娘です。少々のことではへこたれませんし、一度やると決めたことはやり遂げます。さすがに懸念は少々ありますが、そこは陛下も理解してくださっているんですよね?」
エマの言葉に、ゲイルは心配そうな表情は崩さず深く頷く。
「ああ、お前の魔力のことは全て話してある。制御するための装具も準備するそうだ。……それだけ、期待されてるんだよな」
「期待が大きすぎる気がしてプレッシャーではありますが…。王都でしっかりと勉学に励み、お父様のお手伝いができるようになりたいんです。ですから、お父様には心配より応援をして欲しいです」
可愛い可愛い娘の健気な言葉にいたく感激したゲイルは、そのまま涙目でエマを抱きしめる。
「ありがとうエマ。うん、解った。頑張っておいで!僕はずっとここで君を応援しながら待ってるよ」
「はい。ありがとうございます、お父様。私、頑張ってきます」
父の応援を背に受け、エマは数日後王都からの迎えの馬車に乗り、号泣で見送る父とそんな夫に苦笑混じりの母に見送られ、王都へと旅立ったのであった。
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