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四十一

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沙雪が友人たちの元へ戻れば、沙雪にとっての招かれざる客がそこにいた。

「お兄様……」
「随分と長電話だったな。一ノ宮か?」
「はい、明日彩子ちゃんをお送りするので、その段取りを」

女性陣に囲まれ、ソファに座りながらワイングラスを傾ける怜。
沙雪は怜から離れた椅子に腰かけ、怜からの問いに答える。

「沙雪姉様、お兄様はなんて?」
「彩ちゃんの事を宜しくと仰ってました。お体無理しない様に、ゆっくりと過ごしましょうね」
「はい!」
「明日は帰ってくるんだよな?」
「はい、勿論。夕方には帰宅できるかと思います」

怜の問いかけにこくりと頷けば、満足げに怜も頷き、ワインを飲み干して立ち上がる。

「お前が一ノ宮家に嫁ぐまで、そんなに日はないだろうからな。公子さんも少しばかり寂しくなるだろうし、家にいる時間を増やしたらどうだ?」
「……ええ、出来る限りはそうしたいと思っています」

どう頑張っても、つい怜の言葉の裏を読み取ろうとしてしまう。
純粋に兄として嫁ぐ妹を寂しがっている様には聞こえるが、沙雪には出来得る限り家に縛り付けておきたいと怜が考えている様に聞こえてしまう。
公子をダシに使われているようにも感じ、思わず眉間にしわを寄せてしまいそうになるのを、懸命にこらえた。

「怜様や公子さんにはとても申し訳ないですが、私は沙雪姉様に沢山お会いしたいです」
「勿論ですよ、彩子さん。一ノ宮家でも仕来りなどありますでしょうし、公子さんのように行儀見習いも行くでしょう。その前に、家族との思い出も造ってほしいだけなんですよ、僕は」

怜の言葉に、小さく頷き、彩子は差し出たことを申しました。ごめんなさい。と頷く。
そんな彩子に軽く首を振り、怜は口を開く。

「それだけ沙雪を慕ってくれて兄としてはとても嬉しいですよ、彩子さん。高山もそうですが、西園寺家は沙雪をどこに出しても恥ずかしくない様にと愛情をこめて育ててきた。それが認められたようで僕は嬉しい」

微笑む怜に、彩子もほっとしたように微笑み、礼を言う。

「お兄様、光様やご友人方は放っておいていいんですか?」
「あいつらと居るといつまでも酒を飲まされてしまうんだよ。とはいえ、いつまでもお姫様方の所にもいるわけにいかないし、戻って酒を浴びせられてくるよ」

苦笑を浮かべながら立ち上がり、怜は軽く肩を回して扉へ向かう。

「沙雪、明日車を用意するか?」
「いえ、一ノ宮家の柏崎さんがお車を用意してくださるそうなので、そちらでお邪魔いたします」
「迎えは?」
「そちらもお任せしてしまっていいそうです。勘太郎さんのお言葉に甘えて、送って頂くことにしてしまいました」

申し訳なさそうに答えれば、そうか、と頷き怜は気を付けて行ってこいとだけ残し部屋を出て行った。

「はぁ…やっぱり美形だわ…」

無意識に息をついてしまう沙雪の吐息にかぶせるように、宮子の嘆息が重なる。
怜の出て行った扉を見ながら呟き、羨ましいわ、と公子を見る。

「私は、親の決めた許嫁ですから」
「あら、では公子さんは怜さんに恋なさってないの?」
「恋…夫婦になるのだから、仲良くありたいとは思っていますけど…」

こてんと首を傾げる公子に、その場にいる皆驚いた。
沙雪でさえ、公子は怜を愛しているのだと思っていたのだ。

「あ、いえ…自分の心をお話しするのは恥ずかしいんですが、好きなんですよ、怜さんの事…。でも怜さんは宮子さんの言うように、とっても素敵で、世間の誰もが認める美形と呼ばれる方です。そんな方をもっと好きになってしまったら、とってもつらい気持ちも同時に味わってしまうのでは、と怖くなってしまうんです」

そんな公子の心の内を聞いた彩子と宮子の視線は、何故か沙雪に向く。

「…なぜ、私…?」
「公子さんのほかに、恋する乙女はここに沙雪しかいないからよ」

宮子の言葉に頷いてみるも、正直沙雪にはさっぱりわからなかった。

「一応うちの兄も美形ともてはやされる程度にはモテているようですけど。その辺りはどうなんですか?沙雪姉様」
「…自信過剰かもしれないけれど、勘太郎さんは、私だけを愛してくださっているのが分かるんです。実際、私との待ち合わせに遅れるから、と告白をなさった方を振り切ってきたと仰ってくれたこともありますし…」
「まぁ、あれだけ沙雪にべた惚れと言ってもいい一ノ宮様が浮気するとも考えられないし…」

沙雪の返答を聞き、公子は静かに頷く。

「私にはその自信がないんですね」
「え?」
「好きな人に、愛されているという自信、です」

実際、公子もわかっている。
怜が自分を愛していないことを。目の前にいる可憐な妹を愛していることを。

「公子さん…」
「でも私、愛されなくとも、いつかは心を開いて下さると信じてるんです。だから、頑張ろうと思っています」

それが何か月、いや、何年後かもわからない。けれど、いくら反対されても勘太郎との愛を貫く沙雪に勇気づけられたのも事実。
公子は自信は持てずとも、希望に満ちた瞳で微笑むのであった。
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